EP-26 計画
「遊びに行こう」
学校から帰って早々に愛音は言う。脈絡の無い言葉にママの夕食作りを手伝っていた私は面食らうが直ぐに意図を理解して頷いた。
「うん、行ってらっしゃい」
「しー姉ぇも行くのー!」
望まぬ回答だったのか愛音は私の腕を掴んでゴネ始める。包丁を持っていない左腕だから良いけど普通に危ないからやめて欲しい。
「もー、ネギを切るので忙しいんだから後にしてよ」
「ネギなんて後でも切れるじゃん!」
「食べ物を同じ大きさに切る練習をしているの」
それともお前はすき焼きの中にネギが無くても良いと言うのか。ネギが無いすき焼きなんて豚肉を入れ忘れた豚汁と同じだぞ。
「ネギの無いすき焼きは嫌だけど私の話しも聞いてよ」
「聞くのは構わないけど答えはノーだよ」
「どうしてよ!」
「見たら分かるでしょ」
何故私が4月になっても高校に行かず引きこもっているのか分かるか。他人の視線が怖いからだよ。その理由は答えるまでも無いだろ。
今朝もカフェの手伝いをしていたとき、お店の前を通る学生達の声を聞いた私の気持ちが分かるのか。しっかり罪悪感を覚えたし居た堪れなくてママの目をまともに見れなかったんだぞ。
「ねー遊びに行こうよー。可愛いお姉ちゃんがいることを大衆に自慢したいんだよー」
「可愛いお姉ちゃんならもう1人いるでしょ」
「琴姉ぇは可愛いというよりお淑やかで綺麗って感じだよ。それにほら、学校より沢山の人に注目されれば学校に行くことにプレッシャーも感じなくなるって」
「なんだその荒療治は」
まるで獅子が我が子を崖に突き落とすようなやり方だな。そんなに好いてくれているならもう少し優しくしてくれても良いじゃないか。
愛音に絡まれながら遅々と料理の手伝いをしていると玄関のドアが開く音がした。噂のもう1人の姉が帰って来たようだ。
「ほら、邪魔するから琴姉ぇが帰ってきちゃったよ」
「そんなこと言って話しを逸らそうとしても駄目だよー」
「ただいまー。今日の夕飯は何かしら?」
「あれ、本当だった」
「ほら見たことか」
会話のあらすじを知らない琴姉ぇが疑問符を浮かべていると愛音がその胸に泣きつくようにして事情を語る。所々で内容を脚色して私が悪者みたいな言い方をするのはやめて欲しい。
「どう思いますか琴の姉御」
「姉御はやめて。ヤクザの娘みたいだから」
「2人で遊びに行ってきなよ。その方が気楽で楽しいでしょ」
「あら、詩音と行くのは私も賛成よ。3人揃ってお出かけなんて楽しいじゃない」
「えっ」
手を合わせて喜びを表す琴姉ぇ。その背後では愛音が黒い笑みを浮かべている。こ、こいつ謀りやがったな。
きっと琴姉ぇは純粋に私が外を出歩けるようになって欲しいと前から考えていたんだ。愛音はそれを知った上で琴姉ぇが賛成しそうでかつ、自分の欲求を捩じ込んだ提案をしたに違いない。
「場所はどこが良いかな」
「近くのショッピングモールで良いんじゃないかしら。ついでにフードコートでお昼も済ませましょう」
口を挟む余地も無く2人の間で計画が練られていく。せめて最初はヒトが少ない時間帯の公園とかにして欲しいんだけど。
そんなことを言ってみたけど有無を言わさず却下された。小学生低学年が遊ぶのとは違うと。静かなベンチで外の風を感じながらのんびり過ごすのも良いと思うんだけどな。
「それならついでに買って来て欲しいものがあるんだけど頼んでも良いかしら。前に買い物をしたとき忘れちゃって」
「あれだけ買い込んだのにまだ何か足りないものがあるのか」
「普通の買物の方でね。でも女の子だけで出かけさせるのは母さん心配だわ」
「安心して。私こう見えて空手部と柔道部の部長同士の喧嘩を止められるから。物理で」
愛音が構えをとるとその場でシャドーボクシングを始めた。動きのキレがもう素人では無い。
でも格闘技を喧嘩に使うのは反対です。ちゃんと話合いで解決しようね。
「それなら良介でも呼ぼうか。前に連絡先教えてもらったし」
「姉妹水入らずの時間を野郎に邪魔されたくない」
「野郎!?愛音って良介と面識あるよね。そんなに嫌いだったっけ?」
「家族だけで遊びたいの!」
「それなら父さんについて来てもらいましょう。お小遣いをねだってゲームセンターで遊ぶとかどう?」
「その辺りが落とし所か」
「どうして1番我儘を言っている奴が1番偉そうなのさ」
スマホを取り出してパパに電話をかける愛音。どうでも良いけどスマホの操作が凄く早かった。ピアノを弾いている私に劣らない早さで指先が正確に動いていた。
「あっ、お父さん?今度の休みにお姉ちゃん達と遊びに行くことにしたからナンパ避けに一緒に来て欲しいの」
『えっ、詩音も出かけるのか?』
「勿論。しー姉ぇを外に出すために行くようなものだよ」
『おぉぅ、急だな』
言っておくけど私はまだ出かける事に了承していないからね。雰囲気と成り行きで強行されそうになっているけど。
通話越しにパパが若干困っているのが伝わる。少しして愛音が答えるとスマホをスピーカーモードにしてテーブルに置いた。
『もしもーし。詩音もそこにいるか?出かけるって本当なのか?』
「私は行くとは一言も言っていないけど、愛音が止まらないから仕方なく」
『ちなみに場所は?』
「ショッピングモール。ウィンドウショッピングをしてゲームセンターで遊んで、ついでにご飯も済ませて来るわ」
「私が頼んだ買物も忘れないでね」
『そうか、良いんじゃないか。ただし詩音に無理をさせるような事があったらその時点で帰るからな』
「はーい」
親の許可を得られていよいよ顔のニヤつきが止まらなくなってきた愛音。これで学校では非の打ち所がない優等生で通っているのだから不思議だ。よくその二面性を隠し通しているよ。
しかしゲームセンターか。小さい頃は生活の全てをピアノに費やしていたから行ったこと無いんだよね。中学生になってからも特に興味を持たなかった。
確か丸い玉とか10円玉を弾いて遊ぶんだよね。それでクリアするとお菓子が貰えるんだ。
「詩音、それは古き良き駄菓子屋にあるゲームよ」
「えっ?」
「今どきのゲームセンターにそれらのゲームは存在しないわ」
「えぇっ!?」
「恥ずかしがるしー姉ぇが見たくて言い出したけど、これは本当に行くのが楽しみになって来たよ」
戦慄する私を他所に楽しそうに笑う2人。それを見て絶対に碌な目に遭わないことを察した私はまだ先の予定だと言うのに早くも不安を抱えるのだった。
詩「やっぱりすき焼きは美味しいね」
愛「うん、美味しいのは良いんだけどさ。どうしてしー姉ぇは焼豆腐を食べながら冷奴を食べてるの?」
詩「初めて半獣モードになったときにびっくりして思わずママ。母さんって呼んだの」
琴「ママと言わなければ炭水化物が豆腐にされるっていうあの約束?本当にやっているのね」
愛「あれはいくらなんでも不可抗力でしょ」
詩「そうだそうだ。せめて揚げ出し豆腐にしてよ」
母「詩音、やらせている私がいうのもアレだけど、そこはご飯を食べたいと言って良いところなのよ」
詩「でも約束は約束だし」
琴「なんて健気な妹なのかしら」




