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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
20/199

EP-20 憂鬱

 この日の私は性別が変わった後の生活の中でも特に気分が優れなかった。最もテンションが低いと言っても良いくらいだ。

 その理由は外を見れば一目瞭然である。


「雨、止まないわね」

「うー」


 昨夜から降り続ける雨は空気中の湿度を上昇させていた。その結果、目を覚ましたときには髪は大きく唸り尻尾の毛はあちこちがボサボサになっていたのだ。

 男のときなら髪が跳ねたくらいでは気にも留めなかっただろう。今だって別に命に関わるような一大事というほどでもない。精々身嗜みが整わず格好がつかない程度だ。

 そのはずなのに私は未だかつて無いショックを受けていた。ずっと大切にしていたお皿を落として割ってしまったような感じ。この例えが適しているのか分からないけど、あちこち毛が跳ねた尻尾をみると直したくて仕方なくなり、他の事が手につかなくなるのだ。


「女の人はいつもこんなに大変なことをやっていたんだね」

「今の詩音ほど苦労している人はそういないわよ」


 朝一番でエアコンを除湿モードにして、ドライヤーと櫛で梳いた甲斐もありもふもふは取り戻した。その代償に気力を使い切った私はソファで絶賛不貞寝中だけど。

 クッションを抱いているけど触り心地はまあまあかな。私の尻尾には及ぶまい。


「女の子歴1ヶ月なのに毛繕いだけは私達よりこだわっているわね」

「よくやるよね。私は諦めて短く切ったから。泳ぐのにも邪魔だし」

「水泳部も大変ね」


 お風呂で洗うのは構わないんだけどな。綺麗になってさっぱりするし、水自体なら意外と弾いてくれるんだよね。洗って萎んだ後も丁寧に乾かせばちゃんと元通りになる。だから小雨そのものは特に気にはならない。

 しかし湿気は駄目だ。乾かしてもしばらくするともふもふが萎んで悲しいことになる。なんて恐ろしいやつだ。


「そうだ。髪の手入れで思い出した。これ見て琴姉ぇ」

「あら?あらあらまあまあ」


 スマホで撮った動画を見る2人。琴姉ぇがチラチラと私を見ている。またか、また私の日常生活を勝手に撮ったのか。私にだって肖像権はある、はずなんだからね。

 ソファから起き上がりその映像を見る。案の定、そこには私が映っていた。

 映像の私はお風呂上がり半裸の状態だった。手にしているバスタオルのお陰で大事な所は見えていないけど、身内で無かったらこれ普通に犯罪だよね。

 ほっこり身を温めた私は髪を拭きながら少し前傾姿勢になる。次の瞬間、目にも止まらない速さで髪と尻尾を振るわせたでは無いか。

 これに似た動きを見たことがある。体を洗った動物が全身をブルブルと震わせて水気を飛ばす行動。カーミングシグナルの一種だ。


「犬みたいね」

「えっ、全然自覚なかった」

「3人でお風呂に入ったときもやっていたよ。後ろにいた私達びしょ濡れになったんだから」

「ご、ごめん」


 そりゃあ勢い良く水滴を飛ばせば周りにかかるのは自明の理だ。これを無意識でやっていたなんて我ながら怖い。


「自覚が無いってことは止めさせるのは難しそうね。無理矢理止めさせて知らない間にストレスが溜まっていたとかになると大変だし」

「ストレスは駄目だよ!至高のもふもふに悪影響を与えるに決まっているんだから。しー姉ぇはこれからも気にせずブルブルして良いからね!」

「やかましい妹の方がストレスを感じる」

「はうっ!?」

「冗談だよ」


 とは言えは風呂に入る度に脱衣所をびしょ濡れにする訳にはいかない。これから意識して気を付けないと。


「それにしてもしー姉ぇはよくこんなに早く首が動くよね。そのうち首が取れるんじゃない?」

「怖いこと言わないでよ」


 さらりと怖がらせる愛音から逃げるようにソファに戻りテレビを付ける。見るのは勿論天気予報。どうやら明日には雨が上がるようだ。


「たった1日の雨でこんなに苦労するのなら、私は梅雨を乗り切れないと思う」

「今度トリートメントとコンディショナーの使い方を教えようか?スキンケアの方に慣れてきた頃合いを見て話そうと思っていたんだけと」

「是非!」

「この短期間でしー姉ぇの女子力が爆上がりしている」


 いや別に肌のお手入れに関してはそんなにやる気ないよ。やらないと2人が猛抗議して煩わしいからやっているだけで。こんなくだらないことで姉妹喧嘩するのも虚しいでしょ。

 でも尻尾のお手入れは別。頑張るほど目に見えて艶が良くなるこれを愛音が羨ましそうにしているのをみるとちょっとだけ優越感を覚える。

 とは言えあまり調子に乗ると暴走して襲われかねないので毛繕いの手伝いということで適度に触らせている。触り心地に喜んでくれるのもこれはこれで嬉しいから悪くない。


愛「琴姉ぇはあんまりもふもふチャージしないよね。何か理由あるの?」


琴「普通に節度を守っているだけよ」


詩「愛音は本能に忠実過ぎるんだよ」


愛「でも琴姉ぇだってしー姉ぇが寝ているときとかもふもふしてるよ。指を入れて、顔を埋めたり、抱き着いたり。私よりよっぽど好き勝手にやってるもん」


琴「ちょっと愛音!」


詩「ふーん。その辺りもう少し詳しく聞きたいな」


琴「あうぅ」

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