EP-199 思っていたのと違う!
グランピング2日目の夜。ホタル観賞改め肝試し開催のとき。1組目の琴姉ぇと良介のペアが出発して数分後、いよいよ私と狐鳴さんが出発する時間となった。
「しーちゃんお願い。お願いだから離れないでねえぇ」
「分かった。離れない、離れないから」
右手に懐中電灯、左腕に狐鳴さんを装備して指示に従い道を歩く。腕から狐鳴さんの震えが伝わって微妙に歩きにくい。
装備と言えばもう一つ。実は先に出発した2人と狐鳴さんが目を覚ますまでの間に夜食を作ってきました。夕食のカレーライスで残ったご飯をおにぎりにしただけだけどね。
ヒトはお腹が空いていると余計に不安になるという持論に基づき2人分のお弁当と水筒を用意。あとはいつものようにハンカチとティッシュに、圏外で使い物にならないスマホ。最後に気休めにお塩を一袋。これが私の持ち物の全てだ。
しかしながらお化け退治と言えばお塩ということで持って来たものの、食用のやつでも効果があるのだろうか。塩化ナトリウムには霊を払う力があるなんて化学の教科書には書いてないけど。
「い、いま変な音がした!」
「ただの風だよ」
「ひゃあ!もうなに!?」
「川に石が落ちたみたい」
「女のヒトの叫び声が!」
「後ろから来ている猫宮さん達だねぇ」
自分より怖がっている人が隣にいると、自分は逆に冷静になると聞いたことがある。しかしまさか自分が冷静になる側になるとは。お化け屋敷の鮫島君も同じような感覚だったのかな。
その多少なりとも落ち着いた頭で考えて気付いたことがある。私は普通のヒトよりも耳が良くて夜目も効く。だから暗い森の中でも周りの状況が結構分かるんだよね。
それで思ったんだけど、ヒトが何かに怖いと感じる原因の1つとして、その正体が分からない。つまり未知の物事に対して警戒しているから怖いと感じるのだと思う。
とどのつまり、今の私は昼間の森を歩いているのとほぼ同じ。何せ道の先で誰がか隠れているということまで何となく分かるんだもん。お化け屋敷のときに気付いていればあんな醜態を晒さずに済んだのになぁ。
しかしそんな些かズルい事をしている私だけど、それ故に避けられない驚きというものも存在するのだ
「ばぁ」
「うぎゃあぁー!」
夜の闇に浮かぶ白いお化け。所謂ハロウィンゴーストに扮したヒトが樹の陰から現れる。落ち着いて見ると丸い目と口があるだけで愛嬌すら感じる装いだけど、狐鳴さんには効果絶大である。
そして耳が良い私にとって耳元で叫ばれるという行為もまた、その効果は絶大だ。出てくるお化けは平気でも、それを見て叫ぶ狐鳴さんの声に驚いてしまうのだ。真の敵は身近にいたというわけだね。
「しーちゃん!しーちゃん!しーちゃん!」
「大丈夫大丈夫。私が付いてるからね」
「ばぁ」
「しーちゃあぁーん!」
「ほら尻尾。尻尾もふもふして良いから。ほーらもふもふー」
「もふもふもふも」
「ばぁ」
「みゃーー!!」
どうやら彼女お化け嫌いは筋金入りらしい。私のもふもふセラピーを貫通して発狂してしまうとは。彼女の正気度はもうゼロだよ。
「ふー。やっと吊り橋に着いた」
「うおぉ、足が。足があぁ」
「ちょ、危ないよ狐鳴さん。自分の足で歩いて。頑張って」
吊り下げられた作り物の狐火を見ては逃げるように走り、こんにゃくを顔に当てられては尻餅をついて倒れる。ようやく吊り橋に着いた頃には自分の足で立つことすらままならず私の腰にしがみつく始末である。
何とか吊り橋を渡ったところで一休み。無言のままおにぎりを口に詰め込み、しばらく尻尾をもふもふして幾分かは気力が戻ったみたいだけど、立つのは無理ということで私がおんぶをして先を進むことした。彼女が小柄で良かったよ。
「うぅ、しーちゃんの温もりを感じる。結婚して下さい」
「吊り橋効果が絶大過ぎる」
両手が塞がり懐中電灯は使えないけど、星と月の明かりがあれば私には充分。気付けば本来の目的であるホタルも森や川を静かに照らしていて、薄い靄と相まって現実とは思えない幻想的な世界が広がっていた。
「まるで宇宙の天の川を歩いているみたい」
「視界が涙で何にも見えぬ」
一緒にホタルを見れたお陰か、はたまたもふもふを摂取したお陰か。いずれにせよ話せるくらいには元気を取り戻した狐鳴さんの手を引いて、私は中間地点の社を目指す。
「うぅ、しーちゃんに格好悪いところ全部見られてめっちゃ恥ずかしい」
「誰にだって苦手なものはあるから仕方ないよ」
「もうお嫁にいけない。もうしーちゃんに貰ってもらうしかない」
「見て狐鳴さん。あれが飛鳥さんが言っていた社じゃないかな」
生い茂る草木を掻き分けた先にあったのは本当に小さい社だった。社の周りにも雑草が茂っていて鳥居も相当に古い。私がイノリと会ったあの社と同じような感じだ。
本当にここで合っているのか気になるところだけど、肝試しの目的地として考えるとこれくらい雰囲気がある方が良いのかもしれない。
でも道中の草木が多過ぎるのは如何なものかと思う。少なくとも道と呼べる状態では無かった。もうちょっとお手入れを小まめにした方が良いと思います。
「着いた。ようやく着いたよ、しーちゃん!うぅ、長い道のりだった」
「まだ折り返し地点だけどね」
「ふぐぅ」
飛鳥さんの指示ではここで鈴を奉納しないといけないけれど、こういうときってどこに置いておけば良いのだろうか。
とりあえず目立つところに置いて手を合わせる。確か参拝のときは神様にお願いをするのではなく、感謝の礼を伝えると言いと聞いたことがある。
今日まで元気に過ごせました。神様ありがとうございます。そろそろ男に戻してください。これで良し。
「それじゃあそろそろ戻ろうか」
「意義なし!」
私は出発時と同じように狐鳴さんを腕にくっ付けて帰りの道を歩いていく。分かれ道に差し掛かったけど後続の猫宮さんと柚葉さんのペアはまだ来ていないみたいだね。
「ふぎゃあ!今の音なに!?」
「野良猫が近くを通ったんだね」
「ネッコまで私のことを脅かすのか。ぐすん」
「ネッコってなぁに?」
「うわぁー!懐中電灯が切れたー!もう終わりだぁー!」
「スマホの明かりがあるから平気だよー」
肝試し後半に差し掛かっても勢いが衰えない狐鳴さん。私は使えなくなった懐中電灯を預かると代わりの光源としてスマホのLEDライトを点ける。お化け屋敷での経験が生きました。
しがみつかれた腕が引き千切られそうになりながらも進み続けること少し。驚かせてくるヒトの気配もしないけどホタルも居なくなってしまった。悲しい。
「ほら狐鳴さん。帰りの橋が見えてきたよ」
気付けば靄が霧と呼べるほどに濃くなってきた頃、私達は帰りの橋を見つけた。でも何というか、随分と趣のある雰囲気だな。
前半に通った吊り橋は細いながらも丈夫なワイヤーが張られている現代的なものだった。対していま目の前にあるのは古いながらも立派な木製の架橋。端には灯篭が等間隔に並び、橋全体を仄暗い朱色に照らしている。
川が流れているはずの橋の下は何も見えない。暗くて見えないというよりは何も無いから暗いという感じだ。何か火の玉みたいなやつが漂っているような気もするけど、あれはきっとホタルだ。うん、そういうことにしておこう。
厳かで神秘的な雰囲気。不思議と惹かれるものがある。とりあえず写真でも撮っておこう。パシャリ。
「いやマイペース!よく考えてしーちゃん。森の中にこんな立派な架け橋があるわけない。少なくとも私の記憶にはない!」
「それはそうだけど。でも飛鳥さんが言っていた順路はこっちではずなんだけどな」
「だとしてもこれを渡るのは絶対に不味いって」
「確かに。それは私もそう思う」
「だよね!よし引き返そう、そうしよう。後から来る皆んなのことなんか知ったことか。作戦名は命を大事に。これは戦略的撤退である」
「お姉さんどこ行くの?」
「ふぎゃぁー!」
怖すぎるあまりに尋常でなく饒舌になる狐鳴さん。そんな彼女に声をかけたのはまだ小さい男の子だった。背後からいきなり声をかけられた狐鳴さんは絶叫。でも無理はない。私だって声をかけられるまで気付かなかったから尻尾の毛が逆立ったもん。
男の子は不思議そうに首を傾げたあと、何かが面白かったのか楽しそうに笑う。そして私達に別れを告げて霧がかかっている架橋の先へと走り去っていった。
いいや、厳密には走っていたかは分からない。だって彼の下半身は透けていて、私達には見えなかったのだから。
「もしかしなくても、本物のお化け?」
「あばばばばば」
「お、落ち着いて狐鳴さん。ほら尻尾。大好きな尻尾だよ」
「もふもふもふも」
「あの、大丈夫ですか?」
「ひにょわあぁーー!」
もふもふセラピーの最中に声をかけられた狐鳴さんは私の腰にへばりついてきた。片手で尻尾を掴み、もう片方の手を腰に回す。何が何でも私から離れたくないという確固たる意志を感じる。
それに万力のように腰を締めつけるその力はとても女の子とは思えない。そして涙と鼻水で汚れた顔で助けを求めるその姿もとても女の子とは思えない。
「むぎゃあぁーーー!もうムリ!もうヤダ!あーーー!」
「ちょ、痛い。痛いよ狐鳴さん」
「見捨てないでしーちゃん!もう足も腰も立たないの!下半身がナメクジなの!お願いだから見捨てないでー!」
「見捨てない。見捨てないから」
「あのー」
「あ、すみません。ちょっといま取り込み中でして」
心を追い込まれて遂に錯乱し始める狐鳴さん。私だって怖いよ。泣きそうなくらい怖い。でもそれ以上に掴まれている尻尾の毛が痛いんです。見捨てたりなんてしない。しないから一先ずその手を離してください。
で、私よりも狐鳴さんを心配してくれている目の前にいるヒト。伸ばした手の行き場を失い虚空に漂わせるその男性は私よりも頭2つは背が高かった。
質素な着物を着ている彼は先程の男の子のように足が無いわけではなく、声色や体格からして普通の男性だ。ただ唯一普通と異なるのは口元から上の表情を隠す面布を着けていること。そんなのを着けるヒトなんて舞台の黒子さん以外で見たこと無いよ。
「ほら狐鳴さん、またおんぶするから。もうちょっと頑張って」
「前世のときから愛しています」
「最期に言い残していたことを言い始めた」
とうとう狐鳴さんが手遅れなとことまで来てしまったそのとき、更に追い打ちをかけるようにして背後から大きな音がした。何かを地面に打ちつけるような音。振り返る勇気もなくその場で固まっていると、私の隣を巨大な何かが通った。
「「ゑ」」
それはまるで金剛力士像のような巨体と気迫を備えた大男だった。大人の男性の三倍はありそうな背丈。手にはそれよりも長い朱色の棒を携えている。顔はお猿さんのように肌が赤くて長い毛で覆われていて、一瞬だけ私達を見下ろす眼孔はまるで修羅のようだった。
着ている和服の袖が髪を撫でる程の至近距離。言葉が出ず動くこともできないまま、彼が霧の向こうに消えるまでただ見送ることしかできなかった。
やがて思い出したように息を吸って隣に佇む男のヒト。というかお化けの方を見る。まだ居たのかと思う反面、気遣ってくれたのは事実だから無碍にはできない。
こういうときは何を言えばいいのだろう。お礼か謝罪か、それとも改めて挨拶からするべきか。
とりあえず会釈をすると向こうも同じように返してくれた。人見知りによる何とも言えない無言のやりとり。もしかして相手も私と似たような心境なのかな。そう思うと急に親近感が湧いてきたかも。
そんなことを考えていたとき、どこからか水が流れる音がして私の服を濡らした。一時の思考を経て何が起きたのかおおよそを察した私は恐る恐る狐鳴さんに視線を向ける。どうやら先程の接触がとどめになったのか、狐鳴さんは私にくっ付いたその体勢のまま白目を剥いて気絶していた。
どうやら遂に限界を超えて意識が落ちてしまったらしい。その水の音と私の服が濡れた理由は追及しないで欲しい彼女の尊厳と名誉のためにも。
琴「ねぇ、大狼君は知っている?山の中にある鳥居ってたまに良くないものもあるの。特に古い鳥居でそこに続く道が無い場合は」
狼「えっ」
琴「そういう鳥居は本来なら存在しないもので、神様が悪戯や気まぐれで見せているの。もしもその鳥居を潜ると神隠しに遭う。かもしれないんだって」
狼「うわぁ、今日の肝試しの中で一番怖いんですけど」
琴「ふふっ、大丈夫よ。一時期噂話程度に言われただけだし、私達が行った社は最近建てたばかりの新しいものだったでしょう」
狼「そういえばそうでしたね。でも琴音さんがそういう話しを信じていたなんて意外です」
琴「別に信じてはいないけれど、フィクションの物語や小説みたいで面白いから」
狼「怖い話や怪談の類いをそんな風に楽しめるなんて凄いっすねー」
琴「少なくとも私は幽霊とかそういうのに危害を加えられたことはないから。そういう意味では人間の方がよっぽど怖いわよ」
狼「あー、確かに」




