EP-193 身から出た錆
「それでは第二回、夏休みにしー姉ぇと遊びに行く場所計画会議を始めます」
「「わぁー」」
放課後の教室を占領して唐突に始まった謎の会議。主催は狐鳴さん。司会進行は愛音。考えうる限り最悪の組合せである。
「去年は海に夏祭りと王道の中の王道を楽しみました。今年も是非にと思う反面、様々なしー姉ぇを堪能したいというのが全人類の願い。そう、遺伝子に刻まれた本能なのです」
「なに言ってんだコイツ」
「去年の夏を踏まえて今年の夏はどう過ごしたいか。しー姉ぇとどう夏りたいか。先輩達の意見をお聞かせください」
私と夏るってどういう意味なの。言いたい事は何となく分かるけど、そんな言葉は存在しないから。名詞を無理矢理動詞にしては駄目なんだよ。
「やりたいことと言われてもな。俺らの意見を聞くより詩音の希望を聞いた方が早いだろ」
「暑いの嫌だから家から一歩も出たくない」
「そう、しーちゃんは夏になると途端にやる気がふにゃふにゃになる。だから私達で連れ回すしかないのだよ」
「そうだなぁ。暑くても出かけられる場所なら屋内施設になるよね」
「私が通う塾の夏期講習とかどう?無料体験とかあるし、高校2年生から準備しておけば」
「ぷぎゃー!」
猫宮さんのとてつもなく現実的な発言に発狂する狐鳴さん。学生として合理的であるが故にその一撃は致命傷である。
机に伏して沈む彼女とは違うけど、大切なことだと分かっていても素直に頷けないのが今の私達の本音である。勿論課題くらいはちゃんとやるけどね。
「それなら水族館は?前にナツメ君と行ったけど、屋内施設もあるからそんなに暑くなかったよ」
「知っていますか鮫島先輩。かまぼこにはサメのすり身が使われるものがあるらしいですよ」
「愛音ちゃん。どうして今その話しを俺にしたのかな」
「サメのすり身。アリだとは思いませんか?」
「それってかまぼこの話し?かまぼこの話しだよね。そうだと言って愛音ちゃん」
「ハッ!閃いた。狐鳴稲穂、良案を思いつきました!」
何故か鮫島君が追い詰められているその最中、奇跡の復活を遂げた狐鳴さんは自信満々に教壇に立ち、教卓を叩いて注目を集まる。手、痛そうだなぁ。
「今年の夏のメインイベントはキャンプでどうでしょう!」
「「おー」」
賛否はとりあえず置いておき、何となくまばらな拍手を送る。しかしこの辺りでキャンプができる場所なんてあっただろうか。少なくとも私は知らないぞ。
「キャンプと言ったものの、厳密にはグランピングと言う方が正しいかな。涼しい山の中で自然に触れて、美味しいものを食べてリフレッシュ。どやぁ!」
「虫が多いところとか私イヤなんだけど」
「暑いのやだ」
「大丈夫。良い感じのコテージに泊まれば快適なはずだから」
「はずって、あなたねぇ」
「グランピングってお金がかかるイメージがあるな。あんまり高いと俺はちょっと」
「泊まりとなると日帰りと違って簡単にはいかないしな」
「暑いのやだ」
「オーケー、皆んなの心配はよく分かる。でも私にはその憂いを大体取り除ける秘策があるのだよ」
「そこは嘘でも全部解決できるって言う流れだろ」
「ヘイ!カモン雲雀!」
「えっ、私?」
突然名前を呼ばれて驚く飛鳥さん。話しを振られたものの、全く心当たりがないらしい。
また面倒なことを思い付いたのか。そう言いたそうな表情を浮かべつつ、手招きをする狐鳴さんの近くに寄る。どうやら狐鳴さんの秘策とは飛鳥さん頼みの思いつきだったみたいだね。
「ほら、小さい頃に親戚が持っている土地だとかで山というか秘境というか。何か自然のど真ん中みたいな場所に連れて行ってくれて一緒に遊んだでしょ」
「あー、そう言えば稲穂も来たことあったっけ」
「うろ覚えだけどね。あそこなら皆んなと大自然を謳歌できると思うわけよ」
「いや、でもあそこはちょっと」
「確か結構立派な家に泊まったと思うんだよなー。コテージとは少し違うかもしれないけど似たようなものでしょ。値段の方はほら、身内のコネで良い感じにさ。ねっ」
「清々しいまでの他力本願じゃねぇか」
恥じることも悪びれることもなく擦り寄る狐鳴さんに対して珍しく難色を示す飛鳥さん。
いつもなら狐鳴さんの頼みなら何だかんだと許容してくれるのに珍しい。まぁ、この一件は飛鳥さんだけでなくその親戚の方にも迷惑をかけるのだから無理もない。
「何だよー、何でそんなに渋るんだよー。お願いだよぉー」
「いやその、あそこは自然というか隠れ里というか。キャンプ場というよりは修行の場というか。なんなら地図にも書いていないくらいだし」
「ふーん。よく分からないけどヒトが居ないなら好都合だと思うけど。詩音さんが他人の視線を気にせず楽しめる場所はそう多くないもの」
ここに来て狐鳴さんの後ろから猫宮さんによる援護射撃。確かに他人の視線を気にしなくて済むのはありがたい。去年の海水浴も夏祭りも楽しかったけど、それはもうとてつもなく注目を集めたからね。
「まぁ、やること自体は大丈夫だと思う。稲穂が来るなら皆んな喜んで手を貸してくれると思うし」
「本当に!?やったぜ、ダメ元でも聞いてみるものだね」
「今度そのキャンプ場を運営している飛鳥先輩の親戚のヒトにお礼を言わないといけませんね」
「でもあれだよ。普段は関係者以外は入れないから色々と準備する時間は頂戴。山の一部を拓いたり、そこら中に仕掛けられた罠を外したり。泊まるところだって建てるところから用意しないと」
成程。つまり伸び放題の雑草の手入れやゴミ拾い。コテージの掃除はしないといけないということか。
大袈裟な言うなんて飛鳥さんらしい冗談だ。関係者以外入れないキャンプ場というのも完全予約制とかそういうことだろう。
暑いのは嫌だけど、青空の下でバーベキューとかやってみたいのは事実。時間がある今だからこそできる事と考えれば行ってみるのも良いかもね。
問題はお泊りとなるとパパがとんでもなくごねるということか。卯月さんに呼ばれたときみたいに琴姉ぇに同伴してもらえば許してくれるかな。
「何だかんだで話しはまとまったかな?飛鳥先輩に結構な負担をかける感じになっちゃったけど。私に出来ることがあるなら言ってください」
「ありがとう愛音ちゃん。頼りにさせてもらうね」
「あれ、私は?ねぇねぇ、私は?」
「レクリエーションでも考えていなさいよ。そういうのなら得意でしょ」
「それだ!任せておけ。皆んなが楽しめる最高のプランを考えておきますよ」
「頼むぞ狐鳴。面白くなかったら猫宮の出張夏期講習になるからな」
「ヒェッ!全力でやらせて頂きます」
どうやら大体の話しはまとまった様子。面倒だとも思ったけど、いざ行くと決まると楽しみになってきたかも。
とりあえず私は気持ちの良い夏休みを迎えられるようにその前にある試験の勉強でもしよう。夏休みの宿題も早く終わらせて2度目の夏休みを謳歌するぞ。
夜鷹「まさか稲穂様が我らの隠れ里にいらっしゃる事になるとは。以前来たのはもう15年近く前になるのか。感慨深いなぁ」
鳥「まさか小さい頃に遊びに行ったときに適当に付いた嘘を覚えているとは思わなかったけど」
秧鶏「別にええやないの。むしろええ機会かもしれしまへんで。この際やさかい、温泉の一つでも用意してあげましょ」
鳥「お母さん、それもうキャンプではなく旅館だから」
夜鷹「しかし大丈夫だろうか。あの土地は昔から曰くつきで、化物が出るという噂がある。狐鳴様は心霊の類は苦手だから酷く恐れるだろう」
鳥「それ多分、修行中の私達に会った普通のヒトが見間違えただけだと思う」
秧鶏「あらぁ、修行中とはいえ堅気の方に迷惑をかける輩がおるなんて。こら最初から稽古をやり直さなあかんわなぁ」
夜鷹「それなら彼らに頼んで合同訓練でもするか。立場は違えど同じ志を持つ同士。きっと手を貸してくれるだろう」
鳥「おいこら。娘とその友達がキャンプをしている隣で何をするつもりだ」
秧鶏「何もせぇへんよ。ちょっと寝てる間に近くの森で鉄砲の玉とクナイが飛び交うだけのことやさかい」
鳥「それがダメだって言ってんの!絶対に余計なことはしない。させない。分かった?」
夜鷹・秧鶏「「えー」」
鳥「えー、じゃない!」




