EP-191 趣味が高じて
「へー、半熟卵って結構簡単に作れるだ」
「そうだよ。卵はビタミンCと食物繊維以外の栄養が採れる完全栄養食だからね。今度作ってみると良いよ」
「うん。いまネット通販で買った。帰ったらやってみるよ」
「ねっとつうはん」
夜桜さんに頼まれたお仕事のお手伝い2日目。朝から皆んなとお仕事をする場所に移動した私達は、始まるまでの束の間の時間を過ごしていた。
今日集まったのは卯月さんと未月さん。それと私と琴姉ぇの4人だけ。そして私は未月さんがいつも持ち歩いているというノートパソコンの画面を何となく隣で眺めている。
お話しをしつつ、凄い速さでキーボードを叩いている未月さん。一体何を調べているのか、画面を見ても私にはさっぱり分かりません。
「一晩で随分と仲良くなったわね」
「ふふん。詩音ちゃんと未月は相性良いと思っていたんだよねー。さすが私」
「それにしてもまさか未月さんが男の子だったとは。見た目も声も女の子だし、喉仏を隠されると本当に分からないわね」
「まぁまぁ、難しく考えることはないのだよ。女の子より可愛い男の子っていうだけのことだし」
「傍から見ているとどっちも女子にしか見えない」
「どっちも男だよ」
「僕は女の子って思われるの悪い気はしないけど」
「ゑ」
「あはは!中々に話しが拗れていますな。愉快愉快」
確かに客観的に見るとこの雑談をしている光景を見た大半のヒトが女子が4人いると思うかも知れない。半分は男なのに。なんて嘆かわしいことでしょう。
「ところで昨日の配信の反響はどうなのよ。ねぇねぇ、どうなのよ」
「まだ確認してないよ。今朝だって朝早く起きてここに連れて来られたんだから。今日は僕関係ないのに」
「そんな寂しいことを言うなよー。愛する弟よー」
「ちょ、暑いからくっ付かないでよ」
「あーん、意地悪ぅー」
やや激しめのスキンシップをする卯月さんと、これを牽制する未月さん。随分と仲良しだけど何だろう。どこかで見たことがある気がする。
と思ったけどこれはあれだ。執拗に私にくっ付く愛音と同じだ。鬱陶しいけど何か邪険にはできないんだよね。
「全くもう。ほら、僕はコードの続きを書いているからお姉ちゃんは早くいきなよ」
「はーい。それで行こう詩音ちゃん。頑張って仕事して、お昼はPさんに鰻重を奢ってもらうぞー!おー!」
「お、おー!」
やる気に溢れる卯月さんに背中を押され、私は今日のお手伝いを始める。
はっきり言って服のことは全く分からないけれど、着せ替え人形にされた回数は数知れず。初めて女子の服を着せられたとき。浴衣の着付けで異常に強く締め付けられたとき。それらの苦行と比べれば大抵の事は大丈夫だと思う。
何より、尻尾のお手入れだけは入念にやってきました。後は精一杯頑張るのみ。言ノ葉詩音、推して参る!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「さてと、始めるか」
撮影が始まり、楽しそうに仕事をする姉を眺めながら、未月は持って来たノートパソコンに向き合う。本当なら昨晩やろうと思っていた作業を今のうちに進めるためだ。
その隣ではこれまた持って来たパソコンである作業を始める琴音。普通なら大学の課題をしていると思うだろうが、詩音が居ないタイミングで徐に始めたことを考慮すれば、何をしているのかは察しの通りである。
「えっと、未月ちゃん」
「はい?」
「未月ちゃんはいま何をしているの?」
「いやその。別に大したことではないですよ」
「ふーん」
あまり公にしたくないのか、言い淀ませる未月。しかし直ぐにその必要はないのではないかと考えを改める。
何せ琴音は詩音の姉であり、その境遇を充分理解しているヒトだ。更には未月が配信活動をしていることを始め、少し特殊な状況であることを知ったにも関わらず、変わらない態度で接してくれている。今さら趣味の一つを隠したところで無意味であると。
「えっと、実は僕、自作のゲームを作っているんですよ」
「へー、ゲームを。えっ、自分で作っているの?」
「はい。配信活動を始める前からパソコンとかずっと弄っていて。それでプログラミングの勉強とかも個人的にしていまして」
「凄いじゃない。どんなのを作っているの?」
「大したものはないですよ。パソコンで遊べるフリーゲームみたいなもので。RPGとかノベルゲームとか、種類は色々ありますけど」
「それっていま見れるの?」
「あっ、はい」
思っていたより琴音の興味を引いたことが嬉しいのか、未月は少し顔を赤らめて俯きつつパソコンを見せる。
それらのデータを見た琴音はそのクオリティーの高さに驚いた。RPGというジャンルに絞っても簡単に遊べるものから戦略性の高いものまであり、操作性も高くストレスなく遊ぶことができる。
作成したプログラムの一部も見たが、やはり素人のレベルは軽く凌駕していた。充分にプロとして通用するレベルの能力である。
しかし、だからこそ琴音は思った。なんて惜しいんだ、と。
ゲームとしての質は全くもって問題ない未月の作品。それ故にゲーム以外の部分にかなりの難点を抱えていた。
例えばシナリオだ。ゲーム自体は面白いのに、物語が進むにつれて辻褄が合わなくなったり支離滅裂な発言をしていることが度々あるのだ。世界観やキャラクターに魅力を感じるヒトにはかなり残念な仕上がりである。
また、途中で差し込まれる挿絵もキャラクターの感情を表せていない。どうやらどうやらAIを用いて作ったようだが、描写に合っていなかったり、所々に違和感を感じるのである。
あとは音楽だ。これも自由に使える素材を使用している。何となくやりたいことは分かるのだが、実際に遊ぶヒトの心には刺さらないだろう。
「ぁ、やっぱり面白くないですよね」
「そんなことはないわよ」
「いいえ、気を遣わないで良いですよ。いくつか販売もしてみたけど酷評ばかりだったので。所詮は自己満足なんですよ。へへ」
琴音の表情を見て察したのか、自ら暗い沼に沈んでいく未月。根は良い子なのに随分とネガティブな思考をしている子である。
自傷気味に笑う未月を見て琴音は思った。このままではいけないと。プログラマーとしての能力はとてつもなく高いのだ。この最高の人材を逃してはならない。例え琴音でなくても同じ結論に辿り着いたであろう。
刹那の思考の後、琴音は決めた。
「ところで未月ちゃん。何かメールが届いているみたいよ」
「あ、そう言えば配信中にきてましたね。まだ見てなかった」
未月はパソコンを返してもらうと早速それを確認する。相手の心当たりはないがどうやら何かのイラストのデータらしい。
つい昨日友達ができたばかりの自分にメールを送る人物。心当たりがないことにまた少し傷つきつつ、疑問に思った未月はそれを確認することにした。
詐欺やウイルスを警戒してアドレスを調べるが問題はなし。いよいよそれを見た未月は目を丸くして驚いた。
毛先が瑠璃色という特徴的な銀色の長髪。小柄な体に付いた獣の耳と大きな尻尾。宝石のように煌めく翡翠色の瞳。雪のように白い肌。そう、言ノ葉詩音をそのまま二次元に落とし込んだイラストがそこにはあった。
「え、というかこれアバターのデータだよね。詩音さん、というかふぇんりるちゃんの。え、何で?」
未月が困惑している間に第二の矢が飛来する。届いたメールの送り主は同じ。確認してみるとそれは様々な表情パターンのデータだった。
こちらに笑顔を向ける詩音のイラストに顔を赤らめつつ、どういう事かとパソコンから視線を上げた未月は言葉を噤む。琴音の意味深な表情を見ておおよそのことを理解したからだ。
「こ、琴音さん」
「私の事に関しては口で説明するよりこれを見て貰った方が早いわ」
言うが早いか。琴音は更に追加のデータを送り自分の正体を開示していき、それを確認した未月は驚きを通り越して冷静になり始める。自分が言うのもアレだが、本当にヒトは見かけによらないものである。
「まさか琴音さんが作家さんだったとは」
「作家を語るにはまだまだ未熟な卵だけど」
「この資料の内容。もしかしなくても相当前から構想を練ってましたよね」
「まあね。やってみたいとは思っていたけど流石に手が足りなくて。未月ちゃんなら信頼できるし。どうかな?」
「確かに興味はあります。でも」
「シナリオとイラストは私がやるから。音楽に関してほら、本物のプロがいるから」
「プロ?一体誰のことですか?」
「あら、知らなかったの?実はね」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「2人ともお疲れ様。順調に進んでいるし、少し休憩にしよう」
「「はーい」」
カメラマンのヒトにそう言われて、私はようやく一息つくことができた。と言っても私は本当に大したことはしていない。言われた通りに動いていただけだからね。
「詩音ちゃん平気?疲れたらちゃんと言うんだよ」
「大丈夫です。ママに比べればずっと優しいです」
「詩音ちゃんのママって何者なの?」
「狼を狩る猟師ですかね」
「何それコワイ」
『うえぇー!?』
卯月さんと雑談に興じていたとき、遠くから未月が驚く声が響いた。思わず尻尾が逆立つ声量を控えめな性格の未月さんが出すなんて。一体何があったのかな。
卯月さんと一緒に戻ったけれど、特に問題はなさそうだった。むしろさっきより琴姉ぇと仲良しになっている気がする。
「どうしたの未月。珍しく大きな声を出して」
「ごめん。ちょっとびっくりしただけ。ヒトは見かけによらないんだなと思って」
「わふ?」
何故か私と琴姉ぇを交互に見る未月さん。一体どうしたのだろう。尻尾に糸屑でも付いていたのかな。
ハッ!もしやセロハンテープか。セロハンテープが付いているというのか!奴は危険だ。小さいうえに透明で目に見えにくいし、軽いから重さでも気付きにくい。それでいて私の尻尾に深刻なダメージを与えてくる。糊の次くらいに危ないやつなのだ。警戒せねば。
「なんだこの可愛い生き物」
「それで詩音。未月ちゃんに曲を作るって約束したのよね」
「うん。したよ」
「できればそれを何種類か作って欲しいのよ。折角なら未月ちゃんが配信活動するときにBGMとして使ったりとか、色々と使えると便利でしょ」
「うん。というか最初からそのつもりだけど」
「最初から!?」
「あ、それで琴姉ぇにお願いしたいことがあってね。曲の方は作ってみたいイメージがたくさんあるんだけど、歌の方をどうしようかと思って。琴姉ぇなら頭良いから格好良い歌詞を一緒に作れないかなって思うんだけど」
「うーん、やったことは無いけれど、それでも構わないなら良いわよ。どんな感じにしたいのかイメージは教えてね」
「ありがとう。琴姉ぇ」
琴姉ぇはよく本を読んでいるし、そもそも頭が良いから色んな言葉の表現方法を知っている。初めてとはいえ、まず間違いなく良い歌詞を作ってくれるはず。
未月さんが歌う姿を想像すると色んなイメージが湧いてわくわくしてくる。どんな曲にしようかな。家に帰ったらすぐに取り掛からないとね。
「な、なんか話しがどんどん大きくなっている気が。プロの作家とピアニストに曲を作ってもらうなんて。普通に頼んだらいくらするんだろう」
「知らない。こういうのは有難くご厚意に甘えれば良いのだよ」
「お姉ちゃんはもっと遠慮というものを知るべきだと思うよ」
「遠慮をしていたらお仕事はいつまでもやってこないのだよ。というわけで行くぞ詩音ちゃん!」
「はーい」
休憩もほどほどに再び突撃する卯月さんの後をついて行く。どんな曲をにするか考えるのは楽しいけど、今は卯月さんのお手伝いに集中しないと。まだまだ今日は始まったばかり。頑張るぞ。
未「詩音さん。実はその、お願いがあるんだけど。僕のことは未月さんではなく、ちゃん付けで呼んで欲しいな。なんて」
詩「わぅ、分かった!これからもよろしくね。未月ちゃん」
未「うん。うん!僕の方こそよろしく。詩音ちゃん」
詩「いや、私の方はちゃん付けしなくて良いから」
未「えっ!?そんな、いきなり呼び捨てだなんて。そんな急に」
詩「そこは君とかさんで良いと思うんだけど」
未「それだと今度は距離を感じる気がする」
詩「そうかなー?まぁ、好きに呼んでくれたら良いよ」
未「それならやっぱり詩音ちゃんかな。一番合う感じがする」
詩「そっかぁ。ちゃんが一番合うのかぁ」
卯「くひひ!お、面白過ぎる。お腹、お腹が痛い」
琴「そうね。また面白いネタが増えたわ」




