EP-179 詩音の隠しごと
「ほー、ここが詩音ちゃんのお部屋かぁ」
「以外と物が少ないのね。前に貰っていたぬいぐるみが飾ってあるくらい」
家にやって来た4人は早速私の部屋に入り、好き勝手に物色を始める。と言っても主に漁っているのは飛鳥さんだけど。
一方で問題児の狐鳴さんはというと、私のベットを占領するように布団に包まり枕に顔を埋めて寝ていた。
今朝は寝不足だったのかな。それは別に良いのだけれど、女のヒトが自分のベットに寝ているのは何だが妙な気持ちになる。
「詩音のやつ。随分と変わっちまったな」
そう呟いて独り黄昏るのはクローゼットの中を見た良介だ。確かにその中身だけはかつての私の面影は欠片も残っていないかもしれない。
でも勘違いしないで欲しい。そこに収められた服の数々は例外なくママや愛音達の趣味であり、私の意思は一切介在していない。
にも関わらず知らない間に、でも定期的に服の種類が更新されているから不思議なんだよね。いつ一新しているのか今でも謎なのです。
「ねぇ、そろそろ出ましょうよ。後で詩音さんに怒られても知らないわよ」
「はいはーい。いやぁ、良いものを見れました」
「芽衣理ちゃんどうしよう。このベット凄く良い香りがする。これはもうお布団から出られない」
「出なさい。この変態が」
「みぎゃぁー!」
夢現つの中で二度寝をしようとする狐鳴さん。その態度に青筋を浮かべた猫宮さんは彼女の耳を引っ張ることで強引にベッドから引き摺り出した。
あれは痛い。絶対に痛い。想像するだけで全身の毛がざわざわする気がする。
「あなたね、自分がやられて嫌なことは他人にもやるんじゃないの」
「しーちゃんが私のお布団に。ごくり」
「次は引きちぎるわよ」
「ヒィ!?ごめんなさい!」
猩々先生を彷彿とさせる気迫に気圧されて借りてきた猫のように大人しくなる狐鳴さん。猫宮さんは怒らせると怖い。それがよく分かる一幕だな。
「しかし思っていたより普通の部屋だったね。もっと面白いものが出てくると思ったのに」
「お前は詩音に何を期待しているんだ」
「私としてはもっと女の子に染まっているか、年頃の男子らしくあんなものやこんなものがあると思っていたんだよ」
「良い意味でしーちゃんらしいよね」
「そんなのあるわけないだろ。あいつ、こっちの部屋にはそういうの置かないから」
飛鳥さんのありもしない想像を否定する良介。しかし、それと同時にさらりと口を滑らせてしまったことに私は気付く。
「ん?こっちの部屋とは?」
「えっ」
「こっちの部屋ということは即ち、あっちの部屋もあるということかな?そうなのかな?」
「あ、いや。別にそういうことでは」
人知れず心音を高鳴らせていたとき、言葉の違和感に気付いた狐鳴さんが凄い勢いで良介に詰め寄る。さっきまで私のベッドで寝ようとしていたヒトと同一人物とは思えない迫力である。
それは体格に歴然の差がある良介すら怯む迫力がある。問い詰める様子はまさに尋問である。
しかしこれはまずい。あの部屋の事は家族を除けば昔から家に遊びに来ていた良介しか知らない秘密。言い換えれば言ノ葉家の闇であり、踏み込んではならない禁忌なのだ。絶対に皆んなを入れるわけにはいかない。
「間違いない。この部屋は偽装。しーちゃんの本当の部屋は別にある!雲雀、探せ!」
「あいあいさー!」
「やっば。後で詩音に怒られる」
部屋を飛び出して家を捜索する2人の背中を見送る良介はどうしたものかと頭を掻く。そんな悠長にしている場合ではない。何とかして止めないと!
「あ、シオンちゃんまで行っちゃった。それで大狼君。詩音さんの部屋が2つあるって本当なの?」
「まあなぁ。ここが詩音の部屋なのは本当だけど、もう1つ完全な趣味部屋があるんだよ」
「ふーん」
「とは言っても別に隠されているわけでもないけどな。ここに来る途中で通り過ぎたし」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
三姉弟の部屋がある2階へ続く階段。それとリビングを繋ぐ廊下の途中にそれはある。
見た目は特に何の変哲もない扉であるそれは一見すると物置きにも見えるだろう。実際に皆んなも最初は特に気にせずに通り過ぎて私の部屋に向かっていた。
「ここだ。きっとこの先にしーちゃんの秘密の部屋がある」
「別に隠しているわけではないけど」
「私達に聞いてくれたら普通に答えるよね」
期待に胸を膨らませる狐鳴に途中で事情を聞いて合流した愛音達がそう話す。いや、そんな呑気にしていないで皆んなを止めてよ。私の立場が今まさに危ぶまれているというのに。
やはり私だけでどうにかするしかない。役に立たない2人は置いて、私は皆んなの行く手を遮るように扉の前に立つ。
「お、シオンちゃん!どうしたの?そんなに私と遊びたいの?もう仕方ないなー」
「そんなふうには見えないけど」
狐鳴さんに好きなだけ撫でられるのも致し方なし。私は不退転の覚悟で扉の前で伏せて進路を塞ぐ。
愛音達が後ろで苦笑いをしているけど知ったことではない。男には引いてはならないときというものがあるのだ。
「シオンちゃん退いてー。そこにいたらドアを開けられないよー」
「なんか怒ってへそを曲げたときの詩音みたいだな」
「そう言われると凄く似ている気がするかも」
「んー、別に退かせないことはないんだけど」
「そんな可哀想なことできないよ!」
私の気持ちを理解してくれたのか、首元に抱きついて庇ってくれる狐鳴さん。
諦めてくれるなら嬉しい。でもその手が胸元の毛を撫でているのが気になります。
「あらあら、こんなところで集まってどうしたの?」
騒ぎを聞いてやって来たのはママだった。私達が部屋にいた間に琴姉ぇと愛音から事情を聞いたのだろう。
そのうえで今の状況を見て、現状を察し、2人と似た微妙な感情を笑顔で誤魔化す。
何をどう思われても私はここを退くつもりはない。それはもう絶対にだ。
「ここの部屋に入ってみたいんですけど、シオンちゃんが退いてくれないんです」
「大狼君はこの先に何があるのか知っているのよね」
「まあな。でも流石に詩音の許可なしでこれ以上話すわけにはいかないかなと」
「愛音ちゃん」
「うっ!いやその、えっと。琴姉ぇよろしく!」
「私に話しを振らないでよ」
2人は私本人がここに居ることを知っている。もしも余計なことを話したときは、話したときはどうしよう?どんな報復をするかとか特に何も考えてなかったよ。
「ふふっ、でもその子を無理矢理ではなく簡単に退かす方法ならあるわ。ちょっと待っていて」
そう言ってどこかに行ったママは少し経ってからあるものを持ってきた。
その名は粘着テープローラー。私の毛を根こそぎ奪おうとする凶器である。
「あっ、逃げた!」
「見ただけで逃げるとは凄い効果だな。脱兎の如くとはまさにこのことか」
「掃除機でも効果あるわよー」
「賢いからこそ、ね。可哀想に」
ママは楽しそうに笑うと粘着テープローラーを戻しにまた去って行った。悪魔だ。まさしく悪魔の所業だよ。
その場を退いてしまったことで無慈悲にも扉は開けられる。それでも何とかしようと狐鳴さんの服の裾を咥えて妨害を試みる。
しかしその抵抗も虚しく終わり、最終的に私は抱き上げられて無力化された。無念。
「おぉ、なんか秘密基地みたい」
他よりやや重いドアを開けた狐鳴さんの感想だけど言いたいことは分かる。パソコンやスピーカー、キーボードを除けばそこにある機器の数々は知らないヒトには見慣れない代物だろうから。
これはDTMと呼ばれるもので、簡単に言うと曲を作るためのソフトウェアや機材のことだ。
部屋には防音設備が備え付けられていて、壁一面には相当量の収納ができる棚が並んでいる。機材はどれも結構良いものが揃っているから、結構本格的な作業ができるのだ。
でも折角楽器があるので、最近は実際に演奏した音で曲を作ることも多い。1人でいくつも弾いてそれを組み合わせるのは大変だけどね。
「これは、どういう?」
「詩音は昔、ピアノを止めてからは趣味の延長で曲を作っていたんだよ。あのときは毎日のように弄っていたけど、今でもたまにやっていたんだな」
「えっ、あの詩音さんが作曲!?」
「本人曰く、流行りの曲を勝手に弄っているだけって話しだけどね。実際にはオリジナルの曲も結構な数があるはず」
「しーちゃんこの機械使えるの!?」
「普段はスマホの使い方すら怪しいのに」
「あの子は音楽に関することなら本当に何でもできるから」
思い思いの感想を述べる一同。一部さり気なく馬鹿にされたのは気のせいではないよね。
私だってスマホくらい使えるもん。たまに充電を忘れて物言わぬ板と化したり、そもそも携帯することすら忘れているときもあるけれどさ。
「ちなみに隣にあるこっちの部屋は完全に収納用。フルートとかクラリネットとか、色んな楽器が置いてあるよ」
「本当に何でも演奏できるんだ」
「あー、この前お母さんがあげていた三味線がどこにあるのかと思ったけど、ここに保管していたのかぁ」
「歌を収録するスタジオまであるよ!ってうわぁ!グランドピアノがあるぅー!」
「調律とか一体どうやって。って詩音さんなら自分でできるか。本当に凄いわね」
あれやこれやと思い思いに物色していく一同。愛音達も最近は入れていなかったため、目新しいものはないかと瞳を輝かせて物色している。
こんな横暴は絶対に許してはならない。いつか必ず報復してやるからな。
「おー、データは綺麗に整理されているしバックアップも取ってある。さすが詩音ちゃん。マメだなー」
「えっ、あの魔法少女アニメソングの歌が網羅されている。詩音さんはこういうのも聴くのかしら」
「それはノアちゃんが好きだからわざわざ勉強したやつかな」
「折角だからどれか聴いてみようよ」
そう言って飛鳥さんが再生した曲は私の世代なら誰もが知る有名な一曲だ。確か何かのアニメで使われたらしいけど、私は曲の方にばかり意識が向いていて肝心の作品はあまり詳しくなかったりする。
ちなみにアニメの曲ということで当然歌詞もあるわけで。曲だけでなく歌詞入りのデータも一応ある。
だってこのときは誰かに聴かれるなんて思ってなかったんだもん!完全に個人的な趣味なんだもん!できることなら過去に戻って当時の私を頭突きして止めてやるのに。
「や、やばぁ。思わず聴き入っちゃった」
「赴くままに才能を惜しみなく注ぎ込んでいるんだもんな。そりゃあ凄いものが出来上がるわけだ」
「まさかアニソンを聴いて感動するとは思わなかったわ」
「これさ、同じタイトルでいくつかあるみたいだよ。何か違いがあるのかな」
確かに私は同じ作品でも演奏のやり方を変えて異なる曲調のものをいくつか残している。でも再生されたのは先程と全く同じメロディ。違うのはこの先、歌うヒトが違うののだ。
正確には歌っているのは変わらず私なんだけど、声質を変えてみたのである。
「うわぁ、雲雀だ!雲雀の声がする!」
「これ私?私なのか!なんか凄く上手いし。いやでも何故そんなものが」
そのクオリティは親友の狐鳴さんが舌を巻くほど似ているらしい。その驚きは相当なものだった。
勿論これだけではない。それぞれの曲に対して色んなヒトの声を真似して録っているので、狐鳴さんや猫宮さんの声で歌ったものもある。
どうやらそれが随分と面白いようで、皆んなはあれやこれやと探しては聴き始めた。何だこの地獄。私はもう学校に行けないよ。
「狐鳴さんが本気で歌ったらきっとこんな感じなのね」
「何かあれだね。私は歌っていないのに何となく恥ずかしくなるね。ほら次いこう、次!」
そうして流し始めたのは今の流行りと言うには少し昔の曲だった。それでも私達の世代なら誰もが聞いたことがあるもので、少し懐かしさを感じるだろう。
しかしその後で聴こえた歌声に猫宮さんが首を傾げた。理由は簡単。彼女が知らない男の声だからだ。
それは狐鳴さん達も同じみたい。当然といえば当然だけど、呆けている表情の知能指数が低い感じがする。見ている分には面白いな。
「んー?この声は誰だろう。聞いたことないや」
「ふむ。私には声の主がイケボであるということしか分からぬ」
「私達が知らないヒトじゃないかしら」
「ふふっ、そうね。確かに知らないヒトだけど、よく知っているヒトでもあるわよ」
「えぇー、何ですかそれ。なぞなぞじゃないんですから」
「今のはあれだろ。詩音が男だったときの声だろ」
「正解。さすが大狼君ね」
「なにぃ!今のがしーちゃんの声だと!?そんなはずがない!」
まるで雷に打たれたような衝撃を受ける狐鳴さん。というかそんなはずはないって何だ。正真正銘、本来の私の声だよ。
人知れずむくれる私だけど、飛鳥さんと猫宮さんの驚き方も相当なものだった。どうやら今のもふもふの私しか知らないヒトには想像し難いギャップがあるらしい。実に不服である。
「いやー、鮫島君には悪いけど良い経験ができたねー」
「ウチの神楽舞の音楽とか発注できないかなぁ」
「今度頼んでみたらどう?飛鳥ちゃんに三味線を貰ってからはよく和楽器を弾いているし。可能性はあると思うわよ」
「本当ですか!?私のお小遣いありったけ注ぎ込もう」
「協力は惜しみませんよ。狐鳴先輩」
狐鳴さんはまたよからぬことを企み、愛音がそれに便乗する。私の部屋で一体何をやっているのやら。愛音に関しては私がここにいると知っているだろうに。
まぁ、別に頼まれたら断る理由はないけどさ。所詮は下手の横好き。神様の失礼になりそうで怖いなぁ。
詩(このまま私だけ損をして終わるなんてあってはならぬ。よし、こうなったら)
狐「おっ、シオンちゃんが動いた。シオンちゃんも何か聞きたいのがあるのかなー」
愛「こ、これは!」
琴「なに?どうしたの?」
琴「女児向けアニメを全力で熱唱する大狼君、だって」
狼「そんなものどこに需要があるんだ」
愛「面白そうだから聴いてみよう!」
狐「うーん、これは」
猫「これはちょっと」
鳥「ないわー。大狼君、ないわー」
狼「俺じゃねぇ!歌っているの俺じゃねぇから!」
琴「ふふっ、相変わらず仲が良いんだから」




