EP-177 これからも友達、だよね?
「はー」
「わぅー」
鮫島君はジェットコースター。私はお化け屋敷。それぞれ精神をすり減らした私達はいま、何をするわけでもなく空いていたベンチに座り放心していた。生きているってこんなに素晴らしいことなんだね。
ここに来る前に昼食代わりに買ったホットドッグを静かに、無心で食べる。柔らかいパンとソーセージの肉汁、ケチャップの酸味のバランスが良い。マスタードは抜いてもらって正解でした。
「さて、この後はどうしようか」
「なんかもう色々あって疲れちゃったねぇ」
お腹が膨らんで多少は気力が回復したけど、激しいアトラクションを楽しむ元気は残っていない。このまま帰るときまでのんびり過ごすのも悪くないのではないだろうか。
しかし時刻はお昼を少し過ぎたくらい。ここで帰るのは勿体ないと思うのも事実だ。
何をしようかと空を見上げていたとき、視界の端に観覧車が回っていた。あれならのんびりできるし景色も楽しめるのではないだろうか。高い所が平気ならという条件が付くけど。
「ナツメ君は高い所とか平気なヒト?」
「別に普通だよ。バンジージャンプとかは怖いと思うけど」
「それならあれに乗ろう!」
「観覧車か。遊園地の定番だけど、確かに乗ったことはないかも」
そうと決まれば早めに行って並ぶとしよう。私は鮫島君の手を引いて、遠くからでも目立つ観覧車に向かって歩き出す。
が、案の定行き交うヒトの波に押し流されてしまう私。気付けば立場は逆転して鮫島君に手を引かれる形となっていた。無念。
それでも無事に到着したけれど、遊園地の目玉なだけあって流石に行列ができていた。考えることは皆んな同じということか。
「んー、少し混んでいるね」
「そうだね。先にメリーゴーランドでも乗る?」
「良いね。一緒に行こう!」
「いいや、俺は先に並んで待っているよ」
「どうしてそうなるの」
「いやぁ、高校生の男がメリーゴーランドっていうのはちょっと。というかかなり恥ずかしい」
「私も男子高校生なんですけど」
確かに観覧車とは違い、集まっているのは子ども達が多い。それでも私達と同じくらいの学生や大人のヒトも並んでいるから決しておかしくはないはずだ。
渋る鮫島君の背中を押して。と言っても私の力では全く動かないんだけど。促されるままに列に並ぶ鮫島君。どうにも周りの視線が気になるのか、目が泳いでいるのが見ていてちょっと面白い。
「腹を括りたまえ」
「分かった分かった。っと」
スタッフのヒトに通されて、さてどこに行こうかと考えた矢先、待ってましたと言わんばかりに後ろに並んでいた子ども達が一斉に走り出して場所取りを始めてしまった。
さすが遊園地の定番の一つ。既に選択肢はほとんど無くなってしまった。
どうしたものか2人揃って立ち尽くしていると、スタッフのヒトが気を利かせて空いている木馬を教えてくれた。
他よりやや大きいその白馬は2人乗りのようで、近くにある同じ馬では子どもとその保護者が乗っていた。
「ナツメ君、早く早く」
遅れてやって来る彼を手招きしつつ木馬に乗る私。スカートの丈が長いから跨ることはできないので、足を揃えて横乗りスタイルでの乗馬だ。乗り心地は意外と悪くないね。
「見てママ!もふもふのヒト!」
「そうねー、青春しているわねー」
「お願いだから知り合いが誰も見ていませんように」
まさか高校生にもなって乗ることになるとは思わなかったけど、実際にやってみるとなんだかんだで楽しいものだ。これも鮫島君と一緒だからそう思えるのかな。
「えへへ、楽しかったね」
「そうだね」
「ナツメ君、顔が赤いけど大丈夫?ちょっと休む?」
「大丈夫、大丈夫だから」
「ママ、せいしゅんってなーに?」
「あの2人みたいな仲良しな友達と過ごすことよ」
楽しい時間を過ごしたものの、観覧車に並ぶ行列の長さはあまり変わっていなかった。やっぱりそう上手くはいかないか。
鮫島君と相談した結果、今度は軽食と飲み物を買い大人しく順番を待つことにした。ここでもリストバンドのお陰で飲み物を無料にしてもらえたので、ちょっとお得な気分を味わいました。
「次の方どうぞー」
「ついに来たね!私達の順番」
「そうだね。足下に気を付けてね」
はやる気持ちを抑えつつ、案内に従い観覧車に乗る。どうやら最大で4人まで乗れるみたいだけど、私達は2人だけだからスペースは十分に確保できた。
揺れ動く中で乗り込んだ私は鮫島君と向かい合って座る。一周するまでの時間は十数分。その間は景色を楽しむ以外にはこれといった事は起きないんだけど、全く飽きる気がしないから不思議だ。
「いやぁ、まさか言ノ葉さんとこうして遊びに行く日が来るとは。1年前は想像すらしてなかったよ」
「えー、いきなりどうしたのさ」
「あはは。でも実際俺達が知り合ってから丁度1年くらいになるんだよ。そう思ったら何かこう、ね」
私に写真を撮られながらも外の景色を眺めていた鮫島君。突然何を言い出すかと思ったけど、確かに彼の言う通りである。
去年の2月。不慮の事故に遭い不本意にも今の姿になった私は、身に起きた事に混乱していたのもあるけど、外に出ることを嫌がっていた。
それでも家族に説得されて学校に登校したのが5月のゴールデンウィーク明け。あのときクラスメイトの全員が動物のコスプレをして、教室が野生と化していたのは今でも鮮明に覚えている。
「私が学校に来る前の教室ってどんな感じだったの?」
「うーん。特にこれといった話しはないよ。同じ中学だったり気が合う仲間で友達のグループができ始めて。部活が同じヒト同士でも楽しそうにしていたよ」
「へー」
「言ノ葉さんの話しが出始めたのは入学して1週間後くらいかな。いきなり不登校の奴がいるって色んな噂もされていたよ」
「うぅ。でもまぁ、そうなるよね」
「あ、そういえばあのとき大きな事件が1つあったのを思い出した」
「事件!?私が知らないところで一体何が」
「大したことでは無いんだけどね。結果的にそれが言ノ葉さんに対する誤解が解けるきっかけになった事件だし。もう時効ってことで全部話すけど」
そう前置きをした鮫島君は当時の事を思い出すように。それでいてどこか面白そうに語った。
というのもクラス内でも私に関する誤解は早々に解けたという。その原因は当時まだ比較的大人しかった狐鳴さんの行動にある。
ありもしない噂が広まる中、遂にその状況に耐え切れなくなった狐鳴さんは揺るがぬ証拠を見せたのである。それは私がママに言われて始めたばかりの「Lesezeichen」の接客姿だった。
まだ着慣れないお店の制服に身を包み、本来ヒトには無いはずの動物の耳と尻尾を揺らして接客をしている当時の私の写真である。
「いやそれ肖像権の侵害なのでは!?」
「かもねー。でもほら言ノ葉さんのためにやったことだから。大目にみてあげてよ」
「むー」
「当時は|桜里浜〈おりはま〉で同い年の学生が交通事故に遭ったってニュースが広まっていたし、ネットにも桜里浜に未確認もふもふが現れたって情報が錯綜していたんだよ。何故か直ぐに話題にならなくなったけど」
「み、未確認もふもふ」
事実無根の噂話が広まりやすい時期の中、狐鳴さんがもたらした証拠と私がどんなヒトなのかを語る熱量は凄まじい気迫と説得力があったらしい。
加えてその騒ぎは担任の|猩々〈しょうじょう〉先生の耳にも入る。先生方はパパから事情を聞いていたため、その説明には皆んなが納得できたという。
というか、あのヒトの威圧感にまだ耐性が無かった当時では理解する以外に方法はなかったと思う。私なんて今でも怖いもん。
「それでもあのときの席替えで隣にならなかったら、こうして話す仲にはならなかったかな。俺も自分から話しかけるタイプではないし」
「そうなの?あのとき最初に話しかけてくれたのはナツメ君の方だったと思うけど」
当時の事を正確に覚えているわけではないけど、人見知りを拗れに拗れさせていた私が初対面のヒトに自ら話しかけるほどコミュニケーション能力があるはずがない。我ながら悲しい自己分析だけど。
「言ノ葉さんが緊張していたように、俺は俺でどうしたものかと考えていたんだよ。今だから言えるけど、あのときはどんな感じで接すれば良いのか分からなかったんだ」
「そうだったの?」
「何て言えば良いのかなぁ。あのときの俺は言ノ葉さんのことを心と体の性別が違うヒトだと思っていたんだよ。でも俺はそういうヒトが世の中にいることは知識として知っているけど、会ったことはなかったから。どんな感じで接するのが良いのか分からなくてさ」
心と体の性別。確かにそれは繊細な問題だ。
特に私は自分の意思に反して、体の方の性別が突然変わるという例の無いパターンだ。私の性格を知らないヒトが口伝えで状況を聞いても困ると思う。
むしろ私の家族や良介の適応力の高さがおかしいのだ。まぁ、そのお陰で助けられたのも事実だけど。
「あのときは何か複雑な事情があるのかとか色々と邪推していたんだよ。それでいざ会ったら外見は完全に女の子なんだもん。驚いたよ」
もしも事前に猩々先生や狐鳴さんから話しを聞いていなければ、それこそどう接すれば良いか分からなかっただろうと鮫島君は笑う。
それでも彼は兎に角普通に接するように努めたという。私が学校生活を不安に思っていた頃にそんな事を考えていたとは。全然そんな感じはしなかったからびっくりだ。
「それでも中身は男のままで、言葉遣いや細かい仕草も男のそれ。かと思えば尻尾のお手入れをする姿はどう見ても女子だし」
「なんですと」
「でもね、そんなのは別にどうでも良いことなんだよ。男子でも女子でも、耳や尻尾があろうとなかろうと。それが詩音の個性であって、魅力でもあるんだって分かったから」
「ふぇ!?えっと、その。わうぅ」
いつものように笑う鮫島君。その裏表のない真っ直ぐな言葉に何故だか顔が熱くなる感じがした。
それは彼の言葉が頭の中で反復する度に熱を上げ、思わず頬に手を当てる。お化け屋敷ではないのに手足が狼になりそうだ。どうしてこんなに動揺しているんだ、私。
視線を上げて鮫島君を見ると、笑っていたはずの彼もどこか落ち着かない様子で観覧車の外の景色を見ていた。その横顔は心なしか赤く染まっている。
夕焼けの緋色、にしてはまだ陽は高いんだよなぁ。
「あっ、というか名前!いま私のことを名前で呼んだよね!」
「えっ、あ、ごめん。なんか思わず出てきちゃった。気をつけるよ」
「いやまぁ、別に良いんだけど。思えば私の方は最初から名前で呼んでいるし。ナツメ君ならその、嫌じゃないし」
「えっと、それなら」
腕を組みんで何か思案すること数秒。一度頭を掻いてからどこか緊張した様子で鮫島君は口を開く。
「これからもよろしくね。詩音さん」
「ん、よろしくお願いします。ナツメ君」
以前よりも近付いて、でも少し離れて、また近付いて。
2人で探り合ってどうにか着地した場所は確実に前よりお互いが大きく見える。
それは2人きりで観覧車に乗る時間が楽しいと思える関係性。私は確かにそれを心地良いと感じたのであった。
L「鮫島棗。娘に余計なことを言ってみろ。今すぐにこの世から消し去ることも俺は厭わんぞ」
H「スナイパーライフルを構えてスコープ覗きながら言うと冗談に聞こえませんよ」
L「冗談ではないからな」
H「ですよねー。昨晩の嵐の中、ずっとホテルを監視して間違いが起きないか見張るくらいですからねー」
L「これで彼が善良な一般市民でなければ合法的に葬れるのだが」
H「物騒なことを言わないでください。やれやれ、少年も大変だな」
L「流石に公私混同はしないさ。既に6回ほど引き金を引きかけたが」
H「6回も未遂事件が起きていたのか。本当に絶対に止めてくださいよ。俺程度ではあなたを止められませんから」
L「善処しよう」
H「善処では困るんですってば」




