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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
175/199

EP-175 棗の受難

 突然の嵐に遭遇し、水族館から帰れなくなってしまった私と鮫島君。当然ながら私達以外のヒトも困っているようで、大勢のヒトがあちこちを奔走していた。


「言ノ葉さん。ちょっと相談というか、お願いがあるんだけど」


 傘を購入したその足で館内の案内所に来た鮫島君はスタッフの方に相談しつつ、この後の対応をしていた。

 一方の私はというと完全に置いてきぼりだったから邪魔にならない場所で大人しく待っていた。そのはずだった。


「さすが言ノ葉さん。人気ものだね」

「どうしてこうなった」


 今後の予定が決まり戻って来た鮫島君が見たのは名前も知らないちびっ子達に群がられている私。

 どうしてこのような状況になったのか。端的に言うと私と鮫島君と同じ悩みに苦しむ家族連れの親御さんが、子どもの面倒を私に頼んだのである。

 困り果てる親に対して退屈を持て余して騒ぎ出す子ども。そんなときに私を見つけて興味と関心の全てが向けられたのである。

 私と遊びたいと更に騒ぐ子ども達。親御さんにも頭を下げられた私は鮫島君が戻るまでならと了承した。そのやり取りを何度か繰り返した結果、水族館の一角に非公式の託児所が生まれたのだ。


「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「ごめんね。私は皆んなのために世界を救うという使命があるから」

「ピ、ピュアウルフだぁ!」

「皆んなも世界平和のために一日一善。協力してね」

「「はーい!」」

「設定を使いこなし始めている」


 瞳を輝かせる子ども達。と、何故か数名の大人達。流石ウルピュア。世代も場所も男女の垣根も超えて愛されているんだね。

 尚、この日を境に地域周辺のポイ捨てが激減し、治安が良くなり、住みやすい街ランキングの上位となるのはまだ先の話しである。


「それでナツメ君。この後はどうする?」

「うん。まず天候は明日の朝まで回復しないみたい。電車で帰るのはかなり難しいと思う」

「わぅー」

「しかも道路の方も凄く混んでいるから、バスやタクシーも使えない。迎えに来てもらうのも無理かな」

「そっかぁ」


 どうやら思っていた異常に大変なことになっているみたい。聞いた限り八方塞がりみたいだ。

 最悪の場合は家まで歩くことになるのかな。うん、道中で力尽きる未来が見えたよ。


「それでその、苦肉の策なんだけどさ。スタッフの計らいでここから近いビジネスホテルを一泊取ることができたんだ」

「ホテル?ってことは」

「幸い今は連休で明日も休み。今日はホテルで一泊して、明日になってから帰るのが良いと思うんだ」


 そう言った鮫島君は最後に「勝手に決めて申し訳ない」と頭を下げた。

 突発的なこの災難。私達と同じような結論に至るヒトは多いはず。そんな中でホテルの空き部屋を確保するのは容易でないことは想像できる。私の意見を聞く時間は無かったのだろう。

 そんな中で比較的お値段が控えめなホテルを確保した鮫島君は相当頑張ったはずだ。そんな彼に感謝こそすれ、非難するなんてあり得ない。


「お泊りかぁ。家族以外とお泊りは初めてだけど良いよ」

「本当?良かったぁ」

「他ならぬナツメ君と一緒だからね」

「アッ」

「どうしたの?」

「何かいま、聖女の背後に死神が見えたような」


 どうやら相当お疲れのご様子。私よりも鮫島君を休ませるためにもやっぱりお泊りは正解だな。

 ホテルの予約が取れたのなら急ぐ必要はない。一先ず水でも飲んで落ち着きたまえ。私の飲みかけしかないけどね。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 鮫島君が言っていた通り、相変わらず豪雨は収まる気配はない。それでも僅かに弱まったタイミングを見計らって私達はホテルに向かった。

 残念ながら無慈悲な雨により私のもふもふは失われたけれど。傘1つでは守り抜くことができなかった。未熟。


「すみません。予約をしていた鮫島です」

「鮫島様ですね。少々お待ち下さい」


 プロの対応をしていた受付の方だけど、顔を覗かせる私を見た途端にあからさまに動揺する。私は同伴のペットではないんだぞ。

 耳を揺らして待っている間、手元のパソコンを確認するフロントマン。しかし私と鮫島君に視線を走らせると他のスタッフを呼びに言ってしまった。

 何かトラブルでもあったのかな。まさか私をペット枠で予約していたとかないよね。


「鮫島様。確認ですが2名様でご予約されていますか?」

「はい。そのつもりですけど」

「それがどうやらシングルを予約されているようでして」

「えっ」


 シングルということは1人部屋。当然ながら私達は2人。つまり私は本当にペット枠で予約をされたということに。自分で言い出したことだけど忘れられるよりショックだよ。

 まぁ、それは冗談として。冗談だと信じることにして。ただでさえホテルの予約に苦労したのに、この時間から改めて探しても見つからないのは明白。

 何故だろう。雨が降る中で「拾って下さい」と書かれたダンボールの中にいる私の姿が想像できた。なんか切ない気分になってきた。


「あー、水族館で相談したとき1人だったからかなぁ」

「周辺のホテルにも確認を取っていますが、空きがあるかどうかは」

「ですよね」

「くぅーん」

「あの、そのシングルの部屋に2人で泊まる事はできますか?料金はちゃんと払いますから」

「はい、問題ありません」

「ありがとうございます。良かったね、言ノ葉さん」

「うん。これで雨の中野晒しのダンボールで寝ないで済むよ」

「そんな事をさせたら比喩でなく俺の首が吹き飛ぶよ。もう手遅れだろうけど」


 カードキーを受け取った鮫島君の後をついて行き、予約していた部屋に入る。

 案内された部屋は1人用といってもやや手狭で、窓から望む景観も映えるものではなかった。それでも清潔感はあるし、必要な設備は一通り揃っている。何よりお値段が非常に良心的。

 鮫島君は勿論のこと。色々と手助けをしてくれた方々に感謝だね。


「おー、良いところだね」

「それじゃあ言ノ葉さん。先にお風呂とか使って良いから。雨で冷えて風邪なんて引いたら大変だし」

「ナツメ君は?」

「俺は後で良いや。荷物の整理とかいくつかやりたいことがあるから」


 確かに暖かい気候とはいえ、数分でもふもふが失われる雨量だった。このまま放置して風邪でも引いたら竜崎先生には白い目で見られ、パパには怒られてお出かけ禁止になる恐れもある。それは避けたいところだ。

 お風呂の準備をしている間に荷物の無事を確かめつつ、現状を家族に連絡しておく。こういうときは琴姉ぇだな。4人の中で一番冷静に聞いてくれるから。


『そっか。それは災難だったわね。皆んなには私から説明しておくから今日はゆっくり過ごしなさい」

「はーい」

『何なら明日は遊園地で遊んでから帰っても良いから。水族館と遊園地のフリーパスだって柚が言っていたし』

「へー、そうなんだ」

『連休中は使えるはずだし、勿体無いから遊んで来なさい』

「分かった。後で聞いてみるよ」


 そんなやり取りをしている間にどうやらお風呂の準備ができた様子。話しは後でゆっくりするとして、鮫島君には悪いけど浴槽を抜け毛まみれにしてやろう。

 お湯の温度を確認してようやく湯船に浸かり一息つく。最安値とは言いつつも必要なものは一通り揃っているし、特に不満は感じない。良いホテルですな。

 特に意味もなく鼻歌を歌いのんびり過ごす。そのとき私はあることに気付いた。ママ達に散々言われて習慣となった入浴後のお手入れだけど、そのときに使うアイテム一式の待ち合わせが無いということに。


 ホテルの備品として用意されているシャンプー等はあっても、化粧水やクリームまでは流石に無い。

 こんなとき、世の中の女性は一体どうしているのだろうか。まさか一式揃えて家から持って来るのだろうか。あれを全部持って来るなんて正気の沙汰ではありませんな。


「女のヒトの荷物が多い理由の一つが分かった気がする」

 

 当然私はそんなものを持って来てはいないし、コンビニとかで購入してもいない。まぁ、1日くらいやらなくても大丈夫でしょ。

 ママ達も居ないから怒られる心配も皆無。お泊りとは素晴らしいものだね。

 えも言われぬ背徳感に気分を高揚させつつ、久しぶりに自由なお風呂の時間を堪能する。そのまま良い気分で浴室を出たけど、私はそこで鮫島君の姿がないことに気づいた。


「あれ、ナツメ君?ナツメくーん」


 まだ湿り気が残る尻尾を揺らしながらゴミ箱の中を覗く。残念ながら彼の姿はない。

 一体どこに行ったのだろうか。そう思った矢先、部屋の扉が開いて鮫島君が帰って来た。


「あっ、お帰り。どこに行っていたの?外はまだ雨が降っているのに」

「夕食と着替えを買いにコンビニに、ってぇ!?言ノ葉さん服!服を着て!」


 慌てて壁の方を向いた鮫島君に指摘されて私は自分の失敗に気付いた。一応バスタオルは巻いているけど、相手からすれば関係ないよね。


「これはこれはお見苦しいものを。でも服は全部雨で慣れちゃったんだよね。どうしよう」

「こういうホテルならパジャマみたいなやつがあるはずだからそれを着て。お願いだから」

「分かったー。あっ、でも代わりの下着がないや」


 収納されていたパジャマを出して、いざ着替えようというところでようやく気付いた衝撃の事実。まだ干してすらいないそれを身に付けるのはあまり気分が良いものではない。

 どうしたものかと思案していると、鮫島君が顔を背けたまま1つの包みを渡してきた。

 それはレディースの下着だった。飾り気の無い無地のデザインで、フリーサイズのそれは現状のような緊急時を想定して作られたものらしい。


「店のヒトに事情を説明したらそれを勧められたんだ。その、サイズとかそういうのよく分からなくて」


 もう一度彼を見ると、背を向けたまま耳まで赤く染まっていた。これを入手したという事はつまり、取り扱っている場所に行ったということ。高校生の男子が1人だけで。

 きっともの凄い葛藤があっただろう。私もその気持ちはよく分かる。だからこそ感謝の気持ちはあれど非難するつもりは全くない。


「一先ず俺もお風呂に入って。後は洗濯と乾燥か。靴は明日までに乾くと良いんだけど」

「それなら私が」

「洗濯は俺が後で行くから言ノ葉さんは部屋で待機ね」

「何故に」

「理由を挙げるとキリが無いけど」

「そんなにあるの!?」

「少なくともまだ着替えていないヒトを外に出すことはできないよ」

「ごめんなさい」


 返す言葉もないとはまさにこの事。湯冷めして体調を崩そうものならそれこそ申し訳がないため、浴室に入る鮫島君を見送り大人しく着替えを済ませる。

 でもこれ、胸元がちょっときついかも。それともフリーサイズのものはこれが普通なのかな。服や下着は全部ママ達に任せていた弊害がここにきて起きるとは思わなかった。

 そして追い討ちをかけるようにパジャマのボタンが届かないという悲劇。仕方がないから一回り大きいサイズにする。袖をまくれば一応着れるし。ダイエットは頑張っているつもりなんだけどなぁ。

 鮫島君がシャワーを浴びて、洗濯に行って戻るまでの間、部屋から出るなと言われた私は意味もなくベッドの上をコロコロと転がったり、尻尾のお手入れをしたり、テレビを付けてのんびり過ごす。化粧品は無くても櫛は持って来ている。それが私。


「ふー、後は乾燥が終わり次第回収するだけだ」

「お帰り。さっき天気予報で明日は朝には晴れるって言っていたよ」

「良かったー。あれ、言ノ葉さんはまだ食べていなかったの?」

「ナツメ君と一緒に食べたいから」

「あー、待たせてちゃったか。それなら今から一緒に食べよう」

「やったぁ」


 何となく付けたテレビ番組を見ながらご飯を食べて、今日の出来事を思い付くままに話し合う。改めて思い返すと随分と内容の濃い1日だったな。

 夕食を済ませた後は服の乾燥が終わる時間まで鮫島君に尻尾を梳いてもらいました。少しぎこちないけど丁寧にやろうという気持ちが伝わるので良しとしよう。これからも精進したまえ。


 しばらくして服も回収して明日の準備も整え、後は寝るばかりという時間になった。それはつまり、今まで目を逸らしていた問題に向き合わなければならないということだ。

 私達は改めて部屋にあるベッド見つめる。何度見ても1つしか無いという事実は変わらない。1人用の部屋だから当然だけど。それを承知で泊まっているわけだし。

 とは言え結論は既に出ている。ベッドが1つだけならそこで2人が寝るしかない。不本意ながら今の私は小柄だから、狭いのは変わらないけど寝ること自体はできるんだよな。


「それじゃあベッドは言ノ葉さんが使って。俺はその椅子で休むから」

「えっ、それだと疲れが取れないよ。一緒にベッドで寝ようよ。ちょっと狭いけど寝られるって」

「平気平気。どこでも寝られるのが俺の特技だから」

「嘘つけ!それなら私よりもたくさん頑張ったナツメ君がベッドを使うべきだよ」

「いやいやいやいや、それこそ絶対にさせられないから!うぅ、何て言えば良いんだ」


 普段は温和な鮫島君なのに、今回には何故か頑なに拒んでいる。

 そんなに私と一緒に居るのが嫌なのだろうか。それなら仕方ないけど普段から仲が良いだけにちょっと悲しい。


「よし分かった。言ノ葉さん、今から言う状況を想像してみて欲しい」

「うん」

「まず言ノ葉さんがベッドで寝た場合、これを後で狐鳴さんに話したとして、彼女はどんな反応をすると思う?」

「別に普通だと思うよ」

「では次だ。言ノ葉さんを差し置いて俺がベッドで寝た場合、それを知った彼女はどんな反応をすると思う?」

「ナツメ君に怒り狂うだろうね」

「では最後に。言ノ葉さんと俺が同じベッドで寝た場合、彼女はどうすると思う?」

「ナツメ君をこの世から消そうとするね」

「つまりはそういう事だよ」

「うん。完璧に理解できました」


 私の不服を完全に実に分かりやすい仮説を用いて論破してみせた鮫島君。それにこの説明は愛音やパパを想定して考えても当て嵌まる。言ノ葉家の長男として恥ずかしいよ。

 確かに後の事を考えて丸く収まる回答は1つだけだな。既に同じ部屋にいる時点で危うい気もするけど。その点に関しては考えるのはやめておこう。


「それともう1つ。言ノ葉さんのことは同級生の男友達だと思っているけど、あんまり近付かれると流石に落ち着かなくなる」

「え?あっ、あぁ〜」


 これ以上は話さないと顔を逸らす鮫島君。でもその横顔の表情を見れば何を言いたいのか何となく分かった。

 何せ私自身が見た目はどうであれ中身は健全な男子高校生だ。その尊厳は我が家の女性陣3名によって粉々に砕かれたとはいえ、その思いを忘れたわけでは無いのだ。ちょっと危なかったけど!


「分かった。今回はナツメ君のお言葉に甘えるよ。でも無理をしたら駄目だからね」

「分かっているよ。それじゃあまた明日」

「おやすみー」


 椅子に座り布団を被った鮫島君はそのまま寝る姿勢を取る。明日に疲れが残らないと良いけれど。

 というか彼が眠った後にベッドに運んでしまえば良いのではないだろうか。狼の姿になれば1人を運ぶくらいできると思うし。

 鮫島君の意思を尊重するべきか、彼の身体を労わるべきか。何をするのが正解なのか考えながら、私は寝返りを打つのであった。

狐「2人が帰って来ない?どういう事なの!」


鳥「この嵐だから仕方ないよ。まぁ、何とか泊まれる場所を見つけたらしいから大丈夫だよ」


狐「待て。まさか2人で同じ部屋で泊まっているとかないよね」


鳥「そこまでは知らない」


狐「それが1番肝心なところでしょうが!今すぐ確認しないと」


鳥「もう夜も遅いんだから止めなさいよ」


狐「もしも一緒に寝ていたら呪ってやるんだから」


鳥「どんなやつ?」


狐「ここは古典的に、バナナを皮を踏んで滑って転ぶ呪いにしよう」


鳥「そう上手くいくかなー。彼ってギャルゲーの主人公みたいな体質だし、それが原因でまた何かイベントを起こすかも」


狐「しーちゃんを攻略するのは私だ、誰にも譲らん!」

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