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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
173/199

EP-173 スプラッシュ!

「お越し頂きありがとうございました。こちらは記念品です

「わーい。ありがとうございます」


 お昼ご飯を食べてお腹も気力も満たしたところで、いよいよ一番楽しみにしていたイルカショーに向かう。

 会場には既に大勢のヒトが集まっていて、空いている席を探すのも大変なほどに賑わっていた。

 どこかに座れる場所は無いかと探していたとき、ここでも役に立ったのが例のリストバンドだった。彷徨っている私達はこれを見つけたスタッフの方に声をかけられ、会場全体を満遍なく見ることができる前列に案内されたのだ。


「凄くたくさんの視線を感じる」

「イルカより注目を集めそうだね」


 体裁を気にする大人はまだしも、純粋な子ども達は実に素直だ。近くにいる子は私の尻尾に視線を合わせて微動だにしない。

 そんなに私の事が気になりますか。気になりますよね。だってもふもふだもの。


「お集まりの皆様。大変お待たせ致しました。当園が誇るイルカショーの開演です!」


 司会を務めるトレーナーさんの声がスピーカーで響き渡り、観客の注目を一手に集める。いよいよ待ちに待ったイルカショーの始まりだ。


『よーし、やってやるわよ!』

『ショウタイムだー!』

『そうだー、頑張れー』

『『お前もだよ!』』

『えー』


 堂々の入場をして現れたのは3匹のバンドウイルカ。トレーナーの合図に合わせて水面から現れると胸ビレを振って挨拶をする。約一匹やる気が控えめと言うか、マイペースなイルカはあの子だろうな。


『うぉー!俺を!俺を見てくれぇー!』

「なんかあのアシカ。やけに自己主張が強くないか?」

「どうしてもイルカの方に視線が向くから必死なんだよ」


 鼻先で器用にボールのバランスを取ったり、大きな玉の上に乗ってバランスを取ったり、トレーナーさんが投げるフープを次々と首にかけていくアシカ。何となく、事ある毎に客席に顔を向けているのは気のせいではない。私には分かる。


「続いてはイルカ達のハイジャンプです。今日は誰が一番高くまで跳べるかなー?皆んなも予想してみてねー」


 トレーナーさんが構える棒を飛び越えたり、投げられたボールを空中で突いたり、吊るされたボールを回転しながら尾ビレで弾いたり、息のあったジャンプを披露したり。華麗でありながら迫力のあるパフォーマンスに多くの歓声が上がる。

 そうして客席の熱気が高まる中、司会のトレーナーさんの合図によってプールから遥か高い位置に色が異なる3つのボールが吊るされた。


『今日こそお前に勝つからな。覚悟しろ!』

『今まで何度も練習してきたもの。負けないから』

『頑張れー』

『君もやるの!今日こそ一番になって褒めてもらうんだ』

『君の連勝記録もここまでなんだから』

『えー』

「ナツメ君。私はあの子が勝つと思う」

「へー、よく分かるね」


 だって彼らの会話の内容が聞こえるんだもの。あのイルカ、マイペースなのにできる子なのか。なんか竜崎先生みたいな子だな。

 ちなみに勝負の結果、一番高くまで飛んだのはそのマイペースイルカだった。残り2匹が心の底から悔しがる声が聞こえるのが申し訳ないけど可愛いかったな。


「それでは次はお待ちかね。イルカさん達との触れ合いタイムだよー。やってみたいヒトは手を挙げてー」

「「はーい!」」

「それでは誰にしようかなー。っと?」


 司会のトレーナーさんが誰かを選ぼうとしたそのときだ。先程までトレーナーさん達と戯れていたはずのイルカ達が私の前にやって来ていたのだ。


『何だろう。不思議な音がするヒトがいるね』

『そうだなー。あの白い奴じゃないか?』

『本当、真っ白だ。ましろちゃーん、遊ぼー』


 アクリル製の大きなプール越しに私の近くに集まるイルカ達。透明なそれを突いたり、水面から顔を出して鳴いたりして遊びたいと誘って来る。

 その光景はあまりに不思議でトレーナーの方々もどうしたのかと近寄って来た。

 これは不味い。何か大事になってきたぞ。出番を終えて退場したはずのアシカさんまで戻って来たし。どうにかして彼らを落ち着かせなければ。


「とりあえず落ち着いて。ほら、トレーナーさんの言うこと聞かないと」

『ボクはイルだよ』

『私の名前はルカ』

『カイだよー。よろしくー」』

「あ、うん。私の名前は詩音だよ。いや今それは置いておいて」

『シオンー、一緒に遊ぼうよー』

「うぅ、どうしたら良いの」

『ムリムリ。こいつら一度言い出すと聞かないから』

「そんなぁ」


 自由なイルカ3匹の事はよく知っているのか、アシカさんに諦めるよう諭されると、彼はそのまま近くにいたトレーナーさんに状況を伝える。


「どうやらイルカさん達の方からご指名があったみたいですねー。こんな事は初めてですよー」

「すみません。ご協力して頂けますか?」

「うぅ、分かりました」

「一緒に行こうか?」

「ありがとう」


 さすがの付き合いの長さだろうか。アシカさんの反応から事情を察したのだろう。司会の方はアドリブで間を繋ぎ、その間にアシカさんのパートナーであるトレーナーさんが確認してきた。

 この状況で断れるほど私の肝は据わっていない。気を遣ってくれたくれた鮫島君と一緒に私は客席と水槽の間にあるスペースに降りた。


「それではこれからイルカさん達とキャッチボールをして頂こうと思います。果たして上手くできるかなー?」


 私は傍にいるトレーナーさんからハンドサインを教えてもらい、ビーチボールを受け取る。サインを出した後にこれを投げると位置に着いたイルカさんが打ち返してくれるのだとか。

 問題は私がボールを投げるのが絶望的に下手であるということ。こんな大勢のヒトの前で投げたボールが頭の上に落ちてくるという醜態は晒したくない。


「大丈夫かなぁ。不安しかないよ」

『平気平気。ボク達に任せて』

『はやくはやく!』

『よーし始めるぞー。シオンは5秒後にボールを投げてねー』

「えっ、いきなり?合図とかは?」

 

 言うが早いか。合図を待たずに動き出した彼らは軽く潮を吹いて深く潜ってしまった。これにはトレーナーさんもびっくりである。

 兎に角5秒だ。言われた通りに待った私は両手を使って思いっきり前に投げた。

 なんとかボールはプールの方向に飛んだものの、狙った地点から大きく外れてしまう。そんな失態をした私だけど、3匹のイルカ達はこれを見事な連携技でカバーしてみせる。


 まずは私の暴投をイルが捕球した。ボールが落下したタイミングで水面から飛び出すとより高く打ち上げたのだ。それも次の技が繋げやすいようにボールの落下地点を狙って調整している。

 その次続くのはルカだ。イルの的確なパスに対してこれまた完璧なタイミングでジャンプすると、宙返りをしながらボールを尾ビレで飛ばしたのである。

 更には最後を飾るカイまで宙返りを披露。ルカが前方に回転していたのに対してこちらは後転である。

 3匹が繋げたボールは私が居る場所へとる。それを最後にアシカさんが鼻先で捉え、ボールを私に返して終了。一部始終を見ていた観客は拍手喝采を彼らに送った。


 意外だったのはトレーナーさん達もそのショーに驚いていたことだ。なんでも3匹が阿吽の呼吸で一つの演技をしたのは今回が初めてらしい。そもそもそうした練習は一切していないのだとか。

 それを半ば思いつきで実行して、しかもそれを成功させるなんてさすがの一言に尽きる。でも1つだけ言わせてほしい。私は何もしていないということを。何ならイルの負担を増やした自覚があります。


「いやー、なんか新技を完成させてしまいましたねー。でもこれ彼女が居ないと無理なような気が。まぁ、良いや!兎に角おめでとうございまーす」

「ど、どうも」


 これ以上注目を集めると羞恥が振り切れそうだ。

 私は鮫島君の手を引いて早く客席に戻る。しかしまだまだ遊び足りないのか、イルカ達は私を止めようと何度も鳴いた。


『えー、帰っちゃうのー?』

『もっと遊ぼうよー』

「ごめんね。また今度ね」

『仕方ないなー。そうだ、最後にとっておきを見せてやるかー』

『アレか!ヒトが一番喜ぶやつ』

『よし、やろうやろう』


 一体何を企んでいるのか。唐突に話し合いを始めたと思った瞬間、3匹はまた深く潜り泳ぎ始めた。

 当然これは彼らの独断であり、指示も無く動き出すのでトレーナーさんも困惑している。

 プール際に近づいて水面を覗いたとき、3匹は一斉にこちらに向かって泳いで尾ビレを水面から出したのだ。

 それによって生じるのはとてつもなく大きな波。私と、たまたま側に立っていた鮫島君を巻き込んだそれは2人の悲鳴を掻き消すには余りある威力だった。


「お、お客さまー!」


 悲鳴を上げるトレーナーさんを他所に大成功だと喜び、期待に目を輝かせているイルカ達。どうやら悪気は一切ないらしい。私は空笑いをして応え、四肢を着いて身体を震わせて水気を飛ばした。

 これは後でパンフレットを読み返して知ったのだけど、この水族館のイルカショーではこうした水浴びのパフォーマンスをするのだそうだ。

 しかしそれは暑さが厳しい夏季限定に、ずぶ濡れになることを了承した希望者に対してやるもの。5月上旬のゴールデンウィークにやるのはまだ時期が早くて、本来ならイベントの期間外なんだよね。

 しかしそんな事はイルカ達が知るはずがない。故に悪気があるはずもない。そんな彼らを責める理由も言葉も私は持ち合わせていない。


「言ノ葉さん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。というかそれは私の台詞だから」

「平気だよ。幸い貴重品は無事だか、ら」


 キャッキャッと鳴くイルカ達にお別れをして、重くなった尻尾を持ち上げる。そのとき手を差し出してくれた鮫島君だけど、手を取る前に引っ込められてしまった。

 それどころか顔を逸らして視線すら合わせてくれない。こちらから覗き込んでも逃げられる始末である。何故だ。


「お客様、一先ずこちらを!」


 あからさまに避けられている態度に落ち込んでいると、駆けつけたトレーナーさんがタオルを持ってきてくれた。そこで私はようやく自分が置かれた現状に気付く。

 誰よりも近くで波を浴びた私は当然ながら全身ずぶ濡れだ。当然ながら下着までその被害を受けて、結果として服から透けて見えてしまっていたのである。

 まぁ、私としては別に気にするほどの事ではないんだけどね。だって鮫島君と私は男同士だから。これで相手が女性なら恥ずかしかっただろうけど、同性ならそんなに気にすることも無いと思う。

 とは言え今は他のお客さんがいるので見られるのは御免だ。渡されたタオルはありがたく受け取らせて頂きます。


「えー、最後にちょっとトラブルがありましたが、これにてイルカショーは終了です。皆様、ありがとうございましたー」

「2人はこちらへ!着替えを用意致しますので」

「すみません。ナツメ君もタオルどうぞ」

「いや大丈夫!言ノ葉さんが全部使って」

「でも」

「良いから良いから。というかどうか使って下さい。お願いします」

「そうなの?まぁ、良いや。ありがとうね」

『またねー』

『さようならー』


 純粋無垢なイルカ達に見送られた私達はトレーナーさんの案内でスタッフルームにお邪魔することになった。

 とんだ災難ではあったけど、貴重な体験ができたのは事実だから。結果的には良しとしよう。



狼「こうなる気がして咄嗟に目を閉じた俺。我ながら英断だと思う」


猫「そうね。もしも見ていたら愛音ちゃんに眼球を抉り取られていたでしょうし。他の観客は既にパートナーに処刑されているし」


狼「もしかして俺の周り。阿鼻叫喚だったりする?」


猫「改めて見ると、詩音さんって立派なものを持っているのね。ちょっと羨ましいかも」


愛「しー姉ぇのアレは天然ものだからなー。私はお母さんから色々と教わってこれだけど」


猫「その話し、詳しく教えて貰っても良いかしら」


愛「良いですけど保障はできませんよ。琴姉ぇには悲しいくらい効果が無いので」


狼「これはあれだな。しばらく耳も塞いだ方が良いやつだな。自分の身を守るためにも」

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