SS-165 継がれし少女の血脈(表)
小さい頃に捨てられた子犬を拾ったとき、酷いアレルギーを発症して倒れたことがあるらしい。
そのとき一緒に遊んでいた雲雀が周りの大人に知らせて直ぐに病院に運ばれたから助かったけど、当時は本当に危なかったのだとか。私自身はあんまり覚えてないんだけどさ。
どんなに動物が好きでもアレルギーはどうしようもない。成長するにつれて症状は軽くなっているし、最近は竜崎先生が教えてくれた薬のお陰で随分と楽になった。
これはそろそろいけるのでは?雲雀の家で飼っている柴犬のお腹に顔を埋めるという悲願。遂に叶えるときが来たようだね。
「駄目に決まっているでしょ」
「そこを何とか!何卒お願いします」
「絶対にだーめ。怒られるの私なんだから」
今日も今日とて家に遊びに来た雲雀に土下座して頼みこんだけど食い気味に断られた。無慈悲である。
雲雀は物心がつく前からの幼馴染。お互いに少し特殊な家庭を持っている事がきっかけで知り合った。
今みたいに仲良くなったのは小学1年のとき。クラスでいじめられていた私を助けてくれたのが雲雀だった。
正確には助けるというより一方的な虐殺だったけど。悪い意味で遠慮を知らない子ども達を、物理的に黙らせる雲雀。いつの間にか被害者の私が泣いて止めに入るくらいには容赦がなかったからねぇ。
「それで、今日は何をしに来たの?」
「理由がないと会わないような関係でもないでしょ」
「どうせ来るならお賽銭くれよー」
「あなたのお小遣いのために参拝するなんて嫌だな」
「その考えはひねくれ過ぎだよ!ちゃんと神社の維持費として使っているから」
「その割には相変わらずボロボロで古い神社だけどね」
「黙れ小僧」
いやここは発想を逆転してみよう。修繕しているのにいつまでもボロいのではない。修繕しているからこそボロくても今日まで形を保っているのだ。うん、自分で言って悲しくなってきた。
真面目な話しをすると見た目こそ年季が入った古い建物だけど、造りは相当頑丈らしい。ご先祖様には感謝ですな。
ちなみにそのご先祖様だけど、これがまた随分とファンタジーな伝承があるんだよね。
普通の稲荷神社が奉る神様は狐ではなく、彼らの眷属が狐なんだ。でも桜里浜神社に奉られているのは本物の狐の神様なのである。
元々は凄く強い力を持った妖狐で、悪戯が大好きな厄介者だったのだとか。そのときの気分でトラブルを起こす愉快犯でありながら強すぎて手がつけられない。まさに天災というべき存在だった。
けれどある日、彼女は独りの農夫と出会い恋に落ちたんだって。この辺りの経緯、というか惚気話しの詳細は省く。要は実直な彼が妖狐を助けた事がきっかけで両想いになったのだ。爆発すれば良いのに。
それから妖狐は人々と共に暮らし、この土地を豊かにしていった。気付けば彼女は土地神として桜里浜の地を護り、今日に至るまで繁栄させているという。
それで、その妖狐と農夫の男の間に産まれたのが私のご先祖様。つまり私には少なからず神様の血が流れているということだ。
深掘りすれば本が一冊書けそうな我が家の伝承。でも最近それがフィクションだと決めつけられないと思うようになったんだ。そのきっかけがしーちゃんとの出会いだった。
「雲雀はさ、初めてしーちゃんに会ったときのこと覚えてる?」
「あれかー。覚えてる覚えてる。アレルギー症状で倒れる前提の特攻だったからね。あのときは本当に気が気でなかったよ」
雲雀が心配する気持ちはよく分かる。でもさ、ある日突然動物の耳と尻尾が生えました。そんな奇跡の生命体が現実にいるのなら、もふリストとして拝まない訳にはいかないでしょうよ。
しーちゃんの存在は噂として広まったとき、病院送り上等の覚悟で行こうとする私を見て雲雀は色々と悟ったのだとか。
暴走するならせめて目が届くところで。ということで私達は2人で会いに行くことにした。
ちなみにこのときの私は信憑性皆無の噂にそれは見事に振り回されていたけど、雲雀は直ぐにしーちゃんの居場所を特定していた。何故か知らないけど昔からこういうことをやらせると早いんだよね。
「しーちゃんの尻尾に顔を埋めたときの感動は忘れられないな。あのとき初めて生きていることを実感したよ」
「友達が中学卒業までゾンビだったと思うと怖いなわ」
「しーちゃんのもふもふって突然変異みたいなものかな?私にも尻尾が生える可能性ある?」
「んー、竜崎さんだっけ?調べているはずだけど詳細は分からないみたい」
「そっかぁ。はぁー、私にもふわふわの尻尾があればなー」
「きっとお手入れ大変だぞー」
「やっぱり愛でるだけで良いや」
普段はぽわぽわした雰囲気を纏いどこか抜けているところがあるしーちゃんだけど、神と尻尾のお手入れはとても丁寧にしている。生まれ持った素質も途轍もないけど、それだけではあのもふもふは維持できない。だからこそ究極のもふもふなのだ。
でもあの子の恐ろしいところはそれだけではない。良い感じに知識と興味が無い事を良いことに、姉妹からスキンケア等のお手入れを仕込まれ、母からは料理を初めとした花嫁修行の英才教育を受けている。
簡単に言うとしーちゃんの女子力はもの凄く高いのだ。大抵の女子では比較にすらならないほど圧倒的に高い。
「やらないと怒られるから」という抱きしめたくなるほど可愛い理由で続けているみたいだけど、ふとしたときにその片鱗を見せられると膝が震えるよね。これまで何度言葉で表せない焦燥に苛まれたことか。
「それで稲穂。あっちの調子はどうなの?」
「ん?宿題ならもう終わっているよん」
「違う違う。巫女修行の方だよ」
「うっ!急にお腹が」
「拾い食いでもした?」
「雲雀は私を何だと思っているのかな」
滝に打たれるとか、怪しい術を覚えるとか、刀や弓の扱いを練習するとか。そういうのは空想の世界だけだと何度も言っているでしょうが。
一応親は2人とも私の将来に関して寛容で、必ずしも巫女の後継になる事は無いと言ってくれている。
でも私は巫女さんになっても良いかなとは思っている。雲雀は実家の呉服屋を継ぐだろうし、私自身巫女さんのお仕事は嫌いではないし。
今でもお小遣い欲しさに御守りの中に入れる護符を書くのを手伝うくらいはしている。でも仕事となると覚えること、やらないといけない事が途端に増えるから面倒なんだよ。他の仕事でも同じだろうけど。働きたくないでごさる。
あっ、でも神楽の舞はちゃんと練習しています。いつかしーちゃんの演奏に合わせて舞うという野望を叶えるために。あわよくば見て貰って格好良いと言ってもらうんだ。そしてそのまま就職してもらってずっと一緒に。ふへ、ふへへ。
「よし、何か急にやる気が出てきた」
「こんな私欲に塗れた奴が神職を勤めるなんて。この町の未来は大丈夫かな」
我が家はボロいけど広さだけは無駄にある。テーブル等の周りにあるものを適当に端に寄せれば私1人が動く程度の空間は充分に確保できる。
真面目に練習を始めておよそ半年。一通りの流れは覚えたけど細かな部分はまだまだ足りない。何としてでも今年中にマスターして、来年はしーちゃんとコラボするんだ!
「神楽って神様に捧げるやつでしょ。そんな邪な気持ちでやったらバチが当たるよ」
「平気平気。どうせこんなの形だけだから。神様なんて居るわけ無い。居たとしてもそんなピンポイントで私のことを見てないでしょ」
「こいつ絶対に巫女向いてないよ」
雲雀が冷たい視線も気にすることなく、私は神楽の練習を始める。生憎その程度の逆風で挫けるような軟弱なメンタルは持ち合わせていないのだよ。
それに邪な感情が原動力だとしても、それで上達するなら良いじゃない。
胸の中に気持ちを押し込めて、言いたいことを我慢しても苦しくて辛いだけ。小さい頃の私にそれを教えてくれたのは他の誰でもなく雲雀なんだから。諦めて責任を取りたまえ。
「あっ、そこ違うよ」
「えっ、どこが?」
何だかんだで付き合ってくれる親友と一緒に今日も今日とて変わらぬ日常を過ごす。そう思った矢先の出来事だった。
指摘されて止まろうとしたそのとき、何を血迷ったのか。私は自分で自分の足を踏んで盛大に自爆したのだ。
頭の先まで突き抜ける激痛により更にバランスを崩した私は勢いをそのままに壁に激突。挙句の果てにその衝撃で壁にかけていた時計が脳天に直撃した。
「あーあ、神なんて居ないとか言うから」
「く、クソが」
見慣れた天井と我が親友の腹が立つ笑顔が私を見下ろしている。文句の1つでも言わないと気が済まないけど頭が痛すぎてそれどころではない。
激痛で考えがまとまらないまま意識が闇に沈んでいく。
おのれ雲雀。そして神。このまま終わりだと思うなよ。
鳥「前から思っていたんだけどさ。もふリストって何?」
狐「もふもふを愛する者は皆んなもふリスト。即ち同志だよ」
鳥「いや答えになってないし。そんな一般常識みたいに言われても」
狐「もふもふを愛し、もふもふに愛される者。これぞ究極のもふリスト。そんな存在に私はなりたい」
鳥「愛された頃には倒れているよ。アレルギーで」
狐「私にとって動物とお話しができるしーちゃんは神。もふもふそのものであるしーちゃんは神。あと単純に可愛いくて女子力が高い。故に神」
鳥「ダメだこりゃ。話しが通じないや」




