EP-164 春ですねぇ
今日の予定もあっという間に過ぎ、午後の部活動紹介が始まる。私達以外の帰宅部のヒトは皆んな帰ったけど、部活をやっているヒト達にとってはここからが本番なのだろうね。
「今頃、果たし状を送った連中は先生に粛清されているんだろうな」
「詩音ちゃんが来たと思ったのに猩々先生だったら控えめに言って絶望だよね」
「生きて明日は迎えられないだろうね」
「皆んなは先生のことを何だと思っているの」
生憎と私は部活に入るつもりはないので頑張る皆んなを冷やかすだけになるけど。それはそれで楽しそうだからやっぱり行ってみたい。
「ここから近いのはどの部活かな」
「基本的に部室棟だけど、運動部はそれぞれの練習場所にいると思う。陸上部とかその辺りを走っているんじゃないか?」
陸上部といえば槌野君と小鹿さんだ。2人が練習しているところは見たことが無かったから、これを機に見学してみよう。
「おっ、噂をすれば2人揃ってランニング中みたいだな」
「相変わらず仲が良いねー」
「俺には槌野が追いかけ回されているようにしか見えないけど」
「だからこそだよ。サメはまだまだ乙女心が分かってないね」
「ご、ごめん」
急いで教室を後にした私は校庭を走っていた2人を追う。当然ながらその姿は既に見えないけど陸上部ならグラウンドに移動しているはず。
「あっ、いた!槌野くーん」
「ん?おぉ、言ノ葉さん。お前らも揃ってどうしたー?」
「もしかして言ノ葉さん、遂に陸上部に入ってくれる気になったのかな」
「えっ、いや、その」
「言ノ葉さんは家の手伝いとかあるんだから無理だって。確かに駅伝とか参加してくれたら心強いのは確かだけど」
「それもそうかー。せめて大会があるときは応援に来てね」
「うん、分かった」
体育祭のとき以来、小鹿さんは時々こうして部活の勧誘をするようになった。私の運動能力なんてたかが知れているのにね。
今後何か言われたら愛音を紹介することにしよう。私は観覧席でポンポンを持っているくらいがお似合いなのさ、ぐすん。
「部活の勧誘の調子はどう?」
「まあまあだなー」
「陸上部は毎年それなりに人数が集まるからそこは安心だよ」
「でも中距離と長距離の種目は期待していてくれて良いぞ。言ノ葉さんのお陰でな」
「私?何かしたっけ?」
そんなに陸上部に関わった経験なんて今まで無かったと思うけど。まぁ、知らないうちでも役に立てているなら良かったよ。
2人と別れた私達はそのままグラウンドで練習している他の部活の様子を見に行くことにした。
知っているヒトはいないかと周囲を見ていると、サッカー部のヒトがグラウンドを周回していた。あれだけで疲れそうだけど、皆んなにとってはウォーミングアップに過ぎないんだろうな。
「サッカー部なら烏賊利君がいるわね。どこにいるのかしら」
「こんだけヒトが多いと探すのも一苦労だな」
「あっちかな。烏賊利君の声が聴こえる」
「相変わらずとんでもない耳の良さだな」
彼は丁度小休憩を挟んでいる最中だった。格好良い男子が流れる汗を拭いながら水筒の水を飲む姿は随分と様になるね。
別に羨ましくないからね。そういうのじゃないんだからね!
「おーい、烏賊利くーん」
「それでさー、間蛸の奴がさー」
「いーかりくーん」
「なぁ、あの子お前のこと呼んでいるぞ」
「ん?誰がグホォッ!」
駆け寄る私に気付いた途端、思いっきり咳き込む烏賊利君。水分補給は大切だけど勢い良く飲むのは危ないんだよ。
「こ、言ノ葉さん。どうしてこんなところに」
「えっとね、烏賊利君を見かけたから会いに来たんだよ」
「ぐはぁ!?」
私が話しかけた途端、四つん這いになって倒れ込む烏賊利君。もしかして体調が悪いのかな。近くでしゃがんで背中をさすってみる。これで少しは楽になるかな。
「烏賊利、お前」
「いや違うんです。これには訳があって」
「グラウンド、あと10周走ってこい」
「あっ、ハイ」
有無を言わせない気迫を放つ先輩の指示に大人しく従うなんて真面目だなぁ。走り込みは基礎だけど体力作りのために大切だからね。
私は運動が苦手だけど頑張ってくれたまえ。
「ところで烏賊利。今年は大会に出場するのか?」
「まだ決まってないけどそのつもりだ。一応全国大会の出場を目指しているけど」
「それって凄いの?」
「そうね。簡単にできることではないでしょうね」
「そうなんだ。烏賊利君、頑張ってね」
「あはは、ありがとう」
「大会に出られたら応援に行っても良い?」
「うん。是が非でも行くわ」
彼はそう言い残してとんでもない勢いで走り込みに行ってしまった。耳が赤かったけど、熱中症には気を付けて欲しいな。
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サッカー部の見学。もとい冷やかしをしたところで次はどこに行こうかと思案する。そのとき何か甲高い音が響いた。
どうやら野球部のヒト達がバッティングの練習を始めたらしい。ところでどうしてあんなに細いバットに小さいボールを打ち返せるのだろうか。控えめに言って謎である。
「間蛸の奴はどこにいるかな」
「あれかな。一番勢い良く打ち返しているヒト」
彼はバッターの練習中のようで、仲間が投げたボールをしっかり狙い打ち返していた。凄く遠くまで飛んだけど、あれを拾うの大変そうだなぁ。
近くに落ちているボールを拾いつつ、間蛸君の側に近付く。とは言えあまり近付き過ぎるのも危ないので見ているだけだけど。
頑張って練習しているなぁ。いつになったら気付くかな。
「じー」
「間蛸、次いくぞ」
「お願いします」
「じー」
「くたばれ!デッドボール!」
「なんで!?」
突然の仲間の裏切りにより投げられた暴球にも関わらず、間蛸君は咄嗟の判断で何とか打ち返した。
私なら驚いて尻尾が膨らんでいるに違いない。間蛸君凄い。思わず拍手をしてしまったよ。
「畜生!次期エースのうえに彼女持ちとかふざけるな!俺は認めん、認めんぞ!」
「彼女なんていないから。いきなりどうしたんだよ。お前らしくないぞ」
「間蛸君、間蛸君」
「ん?」
地面を叩いて涙を流す友人に声をかける間蛸君の背中を指で突っつく。振り向く彼に向かって笑うと驚きのあまり跳ねるようにして飛び退いた。
「のああぁあ!言ノ葉さん!?」
「えへへ。間蛸君に会いに来ちゃった」
「ほら見ろよ。ほら見ろよ、ほらぁ!」
「違う違う違う!誤解誤解誤解!」
どうやらボールを投げる相方は情緒不安定なご様子。でもその気持ちは分かる気がする。
だって野球部は人気な部活の1つだ。きっと大勢の新入生が見学に来るし、仮入部をするヒトもいるだろう。そう考えると緊張して不安にもなるよね。その気持ち、私には分かるよ。
「これはボールだけ返して早く撤収した方が良さそうね」
「そうだね。これ以上邪魔するのも悪いし」
まるで私が練習の邪魔をしているみたいな言い方だな。確かに冷やかしに来ているだけだから事実なんだけどさ。
「間蛸君。はい、ボール」
「ど、どうも」
「ねぇねぇ、野球って大会とかに勝ち続けると甲子園に行けるんだよね」
「ん?うんまぁ、そうだね」
「そうなんだぁ。もしも甲子園に行ったら応援に行くからね。頑張ってね、間蛸君」
私は彼の大きな腕をぺちぺち叩いて応援すると、そのまま手を振って野球部の練習場所を後にした。
去り際に何となく後ろが騒がしい気がしたけど、良介の大きな背中に隠れてよく分からなかった。大した事ではないから別に良いけどね。
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グラウンドを後にした私達がやって来たのはその隣。ここにはサッカーコートやテニスコート。更にはバスケットコート等の施設が並んでいる。
でも実際の試合と同じ広さなのかは知らない。何せ私にスポーツ全般における知識は皆無だからね。
それにしても広い。とっても広い。こんなに広い土地を贅沢に使うなんて勿体ないとすら思う。もっともそれはスポーツに縁が無い生活をしている私個人の感想だけどさ。
「この時間に練習しているのはバスケ部だけみたいだな」
「ナツメ君は背が高いからバスケ強そうだよね」
「いやぁ、有利ではあるかもしれないけどそれだけで勝てるようなスポーツではないよ」
コート内では既に部員のヒト達が簡単な試合形式で練習をしていた。ボールをドリブルしてスタッフを踏む音が春の青空に響き渡る。
その中で一際洗練された動きをしているのが1人。行く手を阻む相手をフェイントで欺くと続けて2人3人と抜き去り、そのままの勢いでダンクシュートを決めた。
その姿は同じ男からみても格好良いと言わざるを得ない。思わず拍手をするくらいには。さすが帆立君。
「相変わらずやるな。去年に入部して直ぐ幽霊部員になったとは思えないよ」
「恐縮でーす」
そのとき、ふと彼の視線が私を捉えた。それに気付いたから手を振って応えると、ぶら下がっていたゴールから落ちた。
「ほ、帆立くーん!?」
「格好悪っ!あいつ格好悪っ」
思いっきり背中を打った帆立君。慌てて駆け寄ったときには立ち上がっていたから怪我はしていないみたいだけど。保健室に行くなら付き添いくらいやるからね。
「言ノ葉さん、どうしてここに」
「んー、帆立君に会いたくなったから」
「がはぁ!?」
なんとか立てたというのにまるで何かに突き飛ばされたかのように倒れる帆立君。これはやっぱり保健室に行った方が良いって。絶対に。
「やめるんだ詩音。帆立の体力はもうゼロだ」
「私が何をしたというの」
「むしろ彼がこうなった原因の大半は詩音ちゃんだよ」
「私が何をしたというの」
相手に触れることなく危害を加えるなんて猩々先生じゃないんだから。部活動見学に来ただけなのに何故ここまで言われなければいけないのだろうか。
「ほ、本当に大丈夫だから」
「帆立、お前」
「何もないっすよ。ただの知り合いってだけで」
「ただの知り合い」
「友達です」
「お友達!」
「遠慮しなくて良い。俺達はお前のことを応援しているぞ」
「色々なヒトから闇討ちされるからやめて」
「それなら正面から葬ってやんよ!」
荒ぶる狐鳴さんの首根っこを掴んで制圧する飛鳥さん。さすが扱いが分かっていらっしゃる。彼女がいなければシャープペンの先端が帆立君を強襲していたことだろう。
「そうだ。もし君達が良ければバスケ部の試合を見に来てよ」
「試合中のこいつはなかなか様になっているぞ。何せウチのエースだから」
「それもう公開処刑なんですけど」
「へー、帆立君も大会に出場するんだ」
「帆立君、も?」
「さっき烏賊利君と間蛸君に会ったんだけどね。大会に出られたら応援に行くって約束したんだぁ」
「言ノ葉さん。俺達のバスケの試合、どうか応援に来てくれないか」
「本当?ありがとー」
どうやら今年は色んな部活動のイベントに出没することになりそうだね。
愛音の水泳部の記録会には行ったことがあるし、似たようなものだろうから何とかなると思う。というか、後輩が一人残らず愛音に洗脳されていたあれと比べれば大変なことなんてまず無いだろうし。
「次はどうする?愛音ちゃんが入部するであろう水泳部にでも行く?」
「そうだね。それじゃあ帆立君、またねー」
「あ、あぁ」
桜里浜高校の部活動は結構多いから、全てに行こうと思うと結構な時間がかかる。
私は今後愛音がお世話になるであろう水泳部が練習している場所に向かう。あいつの兄であるこの私がしっかり品定めしてやるのだ。
ちなみにこのときの約束がきっかけとなり、後に桜里浜高校はあらゆる部活において全国に名を轟かせる強豪校になるのだけど。それはまた別のお話し。
鮫「言ノ葉さんは球技が苦手なのは分かるけど、その中でも特に苦手なスポーツなに?」
詩「全部と言いたいところだけど、嫌な思い出あるのはテニスかな」
猫「へー、どうして?」
詩「前に家族と遊んだんだけど。まず愛音は運動能力が狂っているでしょ。勝負にならないんだよね」
狐「あー、それは想像できるなー」
詩「次に琴姉ぇなんだけど、これがもう酷いボールばっかり打つの。ライン上ギリギリに落とすのは当然として、ネットとかポールに狙って当ててくるんだもん」
狼「あー、そんなこともあったな」
鳥「凄いテクニックだね」
狼「ちなみに3人と勝負して1番怖いのは詩音だ。ダブルスで味方のとき、前に出て打った筈なのに後ろにいる俺の顔面にめがけてボールが飛んでくるんだ」
猫「なにそれ怖い」
詩「実質1対3だよね」
狼「お前が言うな」




