EP-163 宣戦布告
「詩音先輩、これを!」
「わぅ?」
その早業は辻斬りの如し。声をかけられて振り返った私に押し付けるようにそれを渡したその生徒は声をかける間もなくどこかに去ってしまった。
少し見えたネクタイの色からして、愛音と同じ1年生かな。顔すらまともに見れないまま居なくなったから本当に何も分からないんだけど。どうしたものかな。
「わぅー」
「おはよう詩音さん。どうかしたの?」
「おはよー、猫宮さん。何かね、1年生の子にこれ貰ったの」
私は偶然会った猫宮さんに貰ったそれを渡す。シンプルながらも可愛いデザインの封筒には触った感覚からして中身が入った手紙なんだけど。
どうして初対面の私にそれを渡すのか分からないんだよね。
「これって。ねぇ、誰から貰ったの?」
「分かんない」
「そう。とりあえず皆んなには秘密にしておいて。絶対に面倒なことになるから」
「分かった」
見せないようにと言われてもどうしたものかな。とりあえず鞄にしまっておこうか。
そう思って鞄を開けると同じような封筒が何十通も詰め込まれていた。そう言えば朝学校に来るときから出会うヒト達から貰っていたんだった。もう一杯だけど、あと一通くらいなら入りそう。
「ちょっと待って。何がどうしてそうなったの」
「さぁ。手紙を書いてあげるのが今の流行りなのかな」
「愛音ちゃんと大狼君は?何か言わなかった?」
「登校するときに最初に手紙をくれたヒトを追いかけてどこかに行っちゃった」
「んぁー」
手を目に当てて顔を覆い、変な声を漏らす猫宮さん。頭が痛いのかな。気休めにしかならないけど頭を優しく撫でてあげよう。
「先に行ったのなら大狼君はもう教室にいるはずよね。話しを詳しく聞かないと」
「待ってー」
早足で先を進む彼女の後を追いかけて教室に行く。とりあえず机に教科書を入れておこう。
と思ったけど貰った大量の手紙が邪魔だな。先に出して机の端に置いておこう。
「詩音ちゃん詩音ちゃん」
「飛鳥さんおはよー」
「おはよう。でさ、そこにある無数の手紙はなに?」
「うん?うーん、秘密!」
「ぎゃああぁ!しーちゃんが!私のしーちゃんがああぁ!」
「狐鳴さんのではないよね」
猫宮さんに言われた通りに秘密にしたら狐鳴さんが発狂しました。面倒な事にならないために言われた通りにしたのに。どうしてこうなった。
「猫宮さん」
「そんな目で私を見ないで」
「猫宮、お前はまだまだ詩音という奴を理解しきっていなかったようだな」
「良いからちゃんと説明しなさい。狐鳴さんがショックで溶けかけているわ」
確かに背骨が無くなったのかと思うほどふにゃふにゃになっている。飛鳥さんと鮫島君が2人がかりで支えないと座れないほどには。文字通り立ち直れない様子である。
「お前らも知っているだろ。今年の1年生がどうして桜里浜高校を選んで入学したのか」
「それはまぁ」
「明白ね」
「なになに、どうしてなの?」
「先生方や彼女が諸々の説明をしている最中だが、どうしても気持ちを抑えられない者が何人かいるみたいなんだ」
「その気持ちは分かる」
「稲穂はその先駆者だから」
「ファーストペンギンってやつだね」
「ペンギン?ナツメ君はペンギン好きなの?」
2年生になって知った事実。鮫島君はペンギンが好き。今度機会があれば水族館に遊びに行こうね。でも近所に水族館ってあったかな。
「しかし甘い。チョコと蜂蜜といちごジャムを混ぜ合わせてコトコト半日煮詰めたものよりも甘い!」
「それ絶対美味しくないからやめて」
「私なんて毎日のように愛の告白をしているんだよ。手紙一通で振り向かせられるような軽い女ではないんだよ。しーちゃんは」
「私は男だけど」
「そう言えばこの手紙、男女問わず色んなヒトが書いているみたいだよ」
「想いというより崇拝ね。内容も純粋な好意が綴られているのがまた罪深いわ」
「あっ、何で皆んなが先に読むの!私が貰ったのに」
「やめておけ。これは全部果たし状だ」
「果たし状!?これ全部!?」
「そうだ。全部果たし状だ」
果たし状って確か決闘とかするときに渡すやつだよね。私は一体いつの間に各方面から恨みを買ってしまったのだろうか。
やっぱり皆んな狼は嫌いなのかな。童話にも悪者で出てくる事が多いし。狼は嫌われる定めなのだろうか。
「とりあえず手紙を出したヒト達の名前をまとめておこうか」
「そうだね。後は先生に頼んで対応してもらうのがベストかな」
「ううん。全員まとめて呪うから」
「そんな物騒なことしないからね。対処は先生にお願いする。はいこれで決定」
不穏に笑う狐鳴さんから手紙を没収する鮫島君。確かに猩々先生にお願いすれば何とかしてくれると思う。狐鳴とは違う方向で怖いことが起こりそうな気もするけど。
「詩音、とりあえず今日は真っ直ぐに家に帰ろう。送ってやるから」
「そう言えば今日は午後から部活動の勧誘があるからいつもより早めに終わるんだっけ」
「部活動紹介?」
「新入生に部活をやってもらうために在校生が紹介するんだよ。体育館それぞれの活動内容とかこれまでの実績をアピールしたり、仮入部の勧誘みたいのも色んなところでやるはずだよ」
「詩音さんは去年の4月はいなかったから知らないわよね」
「へー」
私の場合は皆んなに付き合って貰って文化系の部活だけ見たけど、本格的なやつをやるのか。
今更どこかに入部するつもりは無いけど、愛音は水泳部に行くだろう。ちょっとだけ様子を見に行ってみたいかも。
「果たし状の事は先生にお願いするとして、部活のやつは見に行ってみたいな」
「おっ、詩音ちゃん部活やるの?2年生から挑戦とはやるね」
「いやいや。愛音がいるから様子を見るついでに。雰囲気だけでも楽しもうかなって」
「これは荒れるぞ」
「間違いなく荒れるね」
「荒れるわね」
「なんでよ!私は何もしないもん」
「しーちゃん。しーちゃんはそこにいるだけで災害なんだよ」
存在するだけで災害が起きるなんて、そんな理不尽なことがあるのか。私は台風と同じ存在だとでも言うのか。
「別にいいもん。皆んなが居なくても私1人で行くもん。愛音に案内してあげるんだもん」
「おはよう諸君。どうした、朝から騒がしいな」
「あっ、先生。おはようございます」
「大変です先生。しーちゃんに沢山の果たし状が!」
「そうか、うむ。とりあえず落ち着きなさい」
いつものように冷静な様子の先生に事情を話し、問題の果たし状を渡した。先生はそのうちの1通を確認すると黙って頷いた後に全部回収してくれた。
果たし状なら会う場所と時間が書いてあると思うけど。その場所で待っていたら先生が来るなんて、控えめに言って絶望だろうなぁ。
鳥「そもそもさ、先輩である詩音ちゃんを呼び出すなんて1年生達も良い度胸をしているよね」
狼「場所にしたって体育館の裏だったり屋上だったりと定番を裏切らないなー」
猫「これさ、何気に同級生の子とか先輩も混じっているみたいよ」
狐「ふーん」
鮫「あれ、意外と狐鳴さん冷静だね」
狐「考え方によっては同志だからね。あの計画を知れば賛同してくれるはず。ふひひ」
厳「ん?この手紙の送り主。どうやら生徒会長のようだが」
猫「さらっと大物の名前が出てきた」
詩「会長さんは狼が好きなんだね」
厳「そうだろうか。彼女は相手を外見で判断するようなヒトではないが」




