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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
157/199

EP-157 創作活動

 寒さのピークが過ぎた今日この頃。温かいコーヒーを求めて今日も「Lese(レーゼ)zeichen(ツァイヒェン)」にお客様がやってくる。

 彼らの目当て。それはある日突然メニューに加えられた「狼の気まぐれブレンド」というコーヒーである。名前が無駄に気取っているけど、要は私がコーヒーを淹れる練習でできた一杯を消費してもらうという適当過ぎるメニューだ。

 豆のブレンドは私が一切の知識もなく適当にやっているから毎回味が変わる。淹れ方も毎回ばらつきがあるから2度と同じ味を飲むことはできない。悪い意味でね。

 練習だから値段は安いけど、味の保証は一切ナシ。にも関わらず注文するヒトが地味に多い不思議なコーヒーなのである。


 そんな一期一会な出会いを求めて今日もお客様がやって来る。すっかり常連と化している琴姉ぇの親友こと、柚さんである。

 専門学校は忙しいのだろうか。ノートパソコンを弄ったり、スケッチブックに何かを書いたり。酷いときは無表情で虚空を見つめていたりする日もある。


「詩音くーん。注文でーす」

「はいはい。何にしますか」

「いつものでお願いします」


 今日はかなり余裕があるみたいで、服飾の専門書を片手にくつろいでいる様子。心にゆとりがあるのは良いことだ。

 ちなみに柚さんはコーヒーと日替わりケーキのセットをいつも頼んでいる。今日のケーキはティラミスだね。ママに教わりながら頑張って作ってみたよ。


「ごゆっくりどうぞ」

「くるしゅうない」

「ねーね、ここ教えてー」

「良いよ。どこを聞きたいのかな」


 楽譜を抱えて店内にあるピアノを使って練習しているのは乃亜(ノア)ちゃん。時間があればこうして練習しているので凄い早さで上達しているのだ。

 もしかすると乃亜ちゃんは天才なのかもしれない。だって可愛いし、可愛いもん。

 一生懸命頑張る彼女の横顔を見ていたとき、お客様の来店を告げるベルが鳴る。私は静かに乃亜ちゃんの隣を離れていつものように案内をした。

 現れたのは2人組のお客様。帽子を深く被りマスクをしていたその表情は分からない。まだ空気が冷える季節だからそうした格好のヒトは珍しくないけどね。


「いらっしゃいませ」

「こんにちはです」

「2人で。えっと待ち合わせなんですけど」

「あっ、瓜南(かなん)さんと人形(ひとかた)さん。来てくれたんですね」


 突然の知り合いの訪問に驚きつつ、会えたことは素直に嬉しい。制服姿を見られるのは少し、いや結構恥ずかしいけどね。


「よく私達だって分かったね」

「知っているヒトの声なら聞いたら分かるよー」

「さすが言ノ葉さん。やっぱり凄いなぁ」

「えへへ。はっ、とりあえず中へどうぞ」


 店内に案内した2人が座ったのは意外にも柚さんがいる席だった。3人は知り合いだったのか。それは知らなかったな。


「注文は後で聞こうか?」

「大丈夫。柚葉さんと同じものをお願い」

「わ、私も」

「はーい」

「詩音ちゃーん。オムライス1つ」

「私はオムライスではないのですー」


 乃亜ちゃんのピアノの練習を店内BGMに仕事を進める。ケーキセットの用意はママにお願いして私はオムライスを作るとしよう。卵が破れないように祈っていてくれ。


「ママさん。琴は今日いますか?」

「ええ、いるわよ。呼んでこようか?」

「お願いします」


 毎回ではないけれど柚さんは琴姉ぇを呼ぶことがある。琴姉ぇはこの時間は部屋で大学の課題をやっているけれど、それを中断させて召集させることができるのはママと柚さんくらいなものだ。

 オムライスの他に注文された料理も同時並行で作っていると、呼び出しに応じた琴姉ぇがやって来た。そしていつもの定位置に座る柚さんを見つけて空いている席に座る。


「瓜南さん。人形さんも。珍しい組み合わせね」

「は、はい!お邪魔しています」

「お久しぶりですお姉様。文化祭のとき以来ですね」

「久しぶり。それで柚、あなたこの子達に何を吹き込んだの」

「いやいやいやいや!濡衣、濡衣だよ!」


 何やら琴姉ぇに対して必至に弁明している柚さん。仲の良いやりとりに瓜南さん達も楽しそうに笑う。

 珍しい組み合わせだと思ったけど結構仲が良かったのか。嬉しいことだけど一体どこで知り合いになったのだろう。


「詩音、ちょっと注文が重なってきたわ」

「うわっ、本当だ。えっと、えーっと」

「落ち着いて。ひとつずつ順番にやれば大丈夫だから」

「分かった。ひとつずつ落ち着いて」

「詩音、オムライスにカレーをかけないで」

「ああぁあぁ」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 何やら騒がしくなり始めたお店のキッチンに視線を送る琴音。内心で心配を募らせつつも今は柚葉の話しに耳を傾ける。

 母がいるからお客様が困るような問題は起きないはずだが、姉として心配なものは心配なのだ。


「私達は今年の桜里浜(おりはま)高校の文化祭をきっかけに知り合ったでしょ。この縁をそれで終わりにしないで仲良くなりたいと思ったのだよ」

「私はお姉様ともっと仲良くなりたいので嬉しいです」

「柚」

「だから違うって!瓜南ちゃんは最初からこんな感じだったもん。私は悪くないもん」

「私は別に。同じ学校の同級生というだけで充分です」

「とか言って人形ちゃんはこの中で一番業が深いことをやっているけどね」

「はうっ」


 否定しつつも心当たりは大いにあるのか、真っ赤に染まった顔を両手で覆ってしまう人形。

 そんな彼女が持って来たバッグには自作した例のキャラクターが揺れているのだから、一番かは分からないが業が深いのは間違いないだろう。


「ここに集まったメンバーの特長。それは詩音君をテーマに創作活動に勤しむ同志ということだよ」

「柚と一緒の括りにされるのは不服だけど。まぁ、良しとしましょう」

「前から考えていたんだよ。お互いの好きを理解して、尊重して、刺激を受けて高め合える仲間が欲しいとね」


 要は今後作品を制作するにあたり、詩音の日常をもっと近くで観察したいのである。琴音には関係のないことだが、知り合い以上の関係性になるのが難しい3人にはとても切実なのだ。

 雑談を交えながらも視線だけは詩音から外さない3人に呆れながらも付き合う琴音。一方、観察対象である詩音は怒涛の連続注文に区切りをつけて一呼吸置いたところだった。


「詩音、これからは別料金を払ったらケチャップでマークとか文字を書くサービスをやろうと思うの」

「えっ、嫌だよ。字を書くのあんまり上手くないもん」


 母の問いかけに対して微妙に求める答えを返さない詩音。

 あの有名なコンセプトを大切にするカフェの存在を知っている者なら察することができる話しの振り方なのだが、それを知らない、気付かないのが詩音なのである。


「それなら愛情を注ぐのはどう?美味しくなる魔法をかけてみたり」

「私は魔法なんて使えないよ」

「んー、そうなんだけど」

「でも安心してママ。魔法は使えないけど愛情はたくさん注いでいるから」

「あらまぁ」


 そうして油断させた後に予想を超える発言をするのが詩音なのである。それも冗談ではなく本気で話しているからタチが悪い。良い意味で。

 

「美味しくなーれ」


 尻尾と耳を動かしながら火にかけたカレーをおたまで回す詩音。その姿を見て少なくない人数の客がカレーを注文したのは言うまでもない。


「ママ、コーヒー淹れたから一休みしよう」

「ありがとう。うん、今回はまあまあの出来ね」

「まあまあなら良しとする」


 束の間の小休憩に淹れたてのコーヒーに口を付ける。後から足した砂糖の量が丁度良いらしく、幸せそうな表情をしている。

 尻尾を揺らしながら「ぷぅー」と気の抜けた音を出す様子は見ているだけでも幸福が伝播してくる。

 ちなみに何を思ったのか、詩音は時々ブラックコーヒーに挑戦しようとする。その場合はコーヒーの苦さに負けて「ぷぇー」と悲しみの声を漏らすのだ。

 涙目の詩音が見られるため、常連はこれを密かな楽しみにしている。


「ねーね、ここ弾けるようになった!きいてきいて」

「本当?聴かせて聴かせてー」


 お店の片隅にてピアノの練習をしていた女の子が呼びかけると詩音は嬉しそうに側に寄る。

 乃亜は詩音によく懐いている女の子で、詩音も彼女のことをとても可愛いがっている。頭を撫でるときの優しい表情がその仲の良さを物語っている。


「どうかな?上手くできたかな?」

「うんうん。ノアちゃんは可愛いよ」

「やー!ちがうー」

「あ、ごめんね。えっとね、音とテンポは合っているよ。後は音の強弱を意識してできるともっと上手くなれるよ」

「ん、わかった!」


 可愛さのあまりに乃亜を抱きしめる詩音。その姿から想像できないが、彼女の音楽に関する才能は本物である。

 また教え方も的確で、それでいてやる気を損なわないようにするのがとても上手い。乃亜の秘める能力を存分に伸ばすその教え方は彼女が積極的に練習していることも合わさり、とてつもない速度で成長している。

 正直に言って今の段階でピアノのコンクールに出場すれば上位は確実。1位も充分に狙える実力があるのだが、乃亜にとって詩音が褒めてくれるのならそれで良いのである。

 見守る客からすれば無垢で素直なやり取りが見られるのならそれで良いのだが。


「尊い。ただひたすらに尊い。ここが楽園なのですね」

「溜まっていた穢れが浄化されるのが分かるよね」

「この空間を文字に起こすのがどれだけ難しいのかということなのよ」

「そうですね」

「なんか人形ちゃん、反応薄いな」

「すみません。次回作のアイデアが次々と湧いてきたので。書きまとめています」

「あっ、ずるい!私もデザイン描く!」

「私はどうしようかな。言ノ葉さんならやっぱり喜劇。いやあえて悲劇をうーん」


 どこまでも突き進む彼女達。無限の溢れる創作意欲を止める者はどこにもいない。

 本人が知らない間にそれぞれの解釈で想像の世界はどこまでも広がる。可能性と同時に広がる業の深さに琴音は独り苦笑いを浮かべるのだった。

霊「言ノ葉さんが家族にしか見せないような珍しい姿が見たいです。何かありますか?」


琴「んー、そういうのは愛音が集めているから私はあんまり」


柚「愛音ちゃんは凄いよね。コスプレをしたうえに踊って歌って、事故とは言え動画を拡散して。そこまでやったのに本人公認みたいな感じになっているし」


琴「あれかー。因みにあの動画は踊っているのは愛音だけど流れている曲と歌は本人のものなのよ」


人「えっ、あんなに声質が違う曲を歌い分けているんですか!?」


琴「本人曰く、微妙に音や歌う速さが合っていないのが気になるんだってさ」


柚「愛音ちゃんだってその辺のアイドルが震えるくらいの歌唱力はあるのに。さすが私達の詩音ちゃんだぜ」

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