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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
150/199

SP-150 子猫が奏でる狂詩曲(ラプソディー)

 僕は寒いのが苦手だ。1人ぼっちで震えていたときの寂しかったときを思い出すから。

 でもいまはそこまで苦手じゃないんだよ。あるじに拾われたときのポカポカが寂しさを包み込んでくれたから。


『ふにゃあ』

『おはよう、あんこ。今日も良い朝だね』

『きなこ先輩!おはようございます』


 目を覚ました僕は身体を軽く伸ばした後、一緒に寝ていたきなこ先輩に挨拶をする。僕の1日はこうして始まる。

 きなこ先輩は小麦色の毛並みが格好良い先輩。あるじが言うには柴犬という生き物で、僕より大きくて格好良い先輩なのだ。

 そして先輩が言っていた「あんこ」という名前。これが僕の名前。黒色の毛並みをみて、あるじが名付けてくれた宝物なんだよ。


 そう言えばあるじは名前とは別に僕のことを「猫」、きなこ先輩のことを「犬」と呼ぶときがあるけれど、これは名前とはまた違うんだって。「猫」はたくさんいるけれど、「あんこ」は僕だけ。とても特別なものなんだ。

 そんな特別をくれたあるじの事が僕は大好き。優しくて格好良いきなこ先輩も大好き。それだけ分かればそれで良いと思うんだ。


「きなこー、あんこー、おはよう。朝ご飯を持って来たぞ」


 あるじが褒めてくれた毛並みのお手入れをしていると美味しそうな匂いと一緒に雲雀(ひばり)がやって来た。

 雲雀はあるじの友達で、僕の世話をしてくれる良いヒトだ。ときどき夜鷹(よたか)秧鶏(くいな)黒鵐(クロジ)が来てくれるときもある。でもどちらかと言うと3人からは訓練をしてもらう方が多いかな。


「きなこ待て、待てだよー」

『ご主人の頼みならいくらでも』

『待つー』

「あはは、あんこまで律儀に待てしてる。はいどうぞ」

『わーい!』


 ご飯をお腹一杯食べられるなんて幸せなのだろう。いつもあっという間に食べ終わってしまう。思わずきなこ先輩のご飯に視線が向いてしまうけど、ここは我慢しないとダメだ。

 他の猫のものはとってはいけない。自分がやられて嫌なことは他の猫にやってはいけない。前にあるじがそう言っていたからね。

 僕達がご飯を食べ終わる頃には雲雀は居ない。学校っていうところに行かないといけないんだって。ヒトというのも大変なんだね。


 雲雀が学校に出かけた後、僕はこの家の庭に行った。そこには既に何人ものヒトが集まっていて、各々が多種多様な訓練に取り組んでいた。

 塀のを上を走り、垂直の壁を登り、地面に足をつけないように樹木を飛び移る。皆んな黒一色の服を着ているから、僕の真似をしているのかな。

 きなこ先輩より大きいヒトには難しい動きなはずなのに、皆んな平然と活動している。最初はとても大変だったらしいけど、毎日毎日繰り返し練習してできるようになったんだって。


「はあぁっ!」

「浅い、遅い。気迫が無い。私を葬るつもりできなさい」


 大勢の黒いヒトに囲まれて1対多数を喧嘩をしているのは夜鷹(よたか)。雲雀のお父さんで黒いヒト達の中で一番偉いんだって。

 きなこ先輩は夜鷹のことを(しのび)の長だと言っていた。僕も同じくらい黒いから大きくなったら忍になるのかなと思ったけど、そういうことではないらしい。難しいね。


「湯呑み一杯程度の毒を接種した程度で動きに支障が出るとは嘆かわしい。雲雀は倍の濃度と量を接種しても平然と学校に通っているというのに」


 訓練の様子を離れた場所で見ているのは黒鵐(クロジ)。昔はこの中で一番偉かったけど、お爺ちゃんになっちゃったから、雲雀が生まれたときに夜鷹に「偉い」をあげたんだって。

 黒鵐に撫でて貰った僕はのんびりお昼寝。という訳にはいかない。何故なら僕もこの訓練に参加するからだ。


「きなこ、あんこ、今日も世のために頑張っていこか」

『はい!』

『がんばるー』


 訓練はとても大変。何回も繰り返せば少しずつ慣れてくるけど、慣れた頃にはもっと苦しいことをやらないといけない。どんなに頑張っても苦しいがずっと続くからとても大変だ。

 それでも僕を助けてくれた皆んなのために。独りだった僕を拾ってくれたあるじのために。精一杯頑張ると僕は決めたんだ。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


「あんこ。今日はあんたに頼みたい大切な任務があるんや」


 鮮やかな柄の(ボール)を追いかけて遊んでいると、囲炉裏に付いた火を挟んで秧鶏が話し始める。

 僕はボールを隣に置いて、右前脚を少し前に出す。これが「はい」の意味。反対に左前脚を出すと「いいえ」の意味になるんだ。

 猫である僕はあるじ以外のヒトとお話しができない。でも気持ちを伝え合うためにこうやって身振り手振りで言いたいことを表現できる方法を教えてもらっているんだ。

 もっと詳しいお話しのやり方はいま勉強している最中だよ。でも「ほぼ完璧だね」って前に雲雀に褒められたんだ。


「ええ返事やな。今回の任務はこの書簡をあるお方に渡すことや」

『しょかん?あっ、お手紙ですね。任せて下さい』

「ええ返事やな。さぁ、近くに寄って」


 僕が言われた通り秧鶏に近付くとツヤツヤの黒い箱を大きな布で包み、それを僕の首に結んだ。僕は少し動いて箱が落ちないか確認する。箱の中にある紙が音を立てているけど、しっかり結んでもらったから落ちることはなさそうだ。

 ちなみにこの手紙。書かれているものはヒトがよく使う言葉ではなく、よく分からない文字が書かれているんだ。

 この家のヒトとこれを渡したいヒト。もしもそのヒト達意外の誰かが読んでも何が書いてあるのか分からないようになっているんだって。きなこ先輩はこれを「暗号」だって言っていたよ。

 それと手紙を入れている箱も不思議なものなんだ。見た目はつやつやの黒い四角いやつで、蓋とか鍵穴が付いていないの。これは絡繰箱というもので、決まった手順で弄らないと中身を取り出せないんだって。

 不思議だよね、凄いよね。ところで絡繰(カラクリ)ってどういう意味なんだろう。


「急ぎとちがうけど重要な任務や。初めての仕事やけど気張りぃな」

『はい!頑張ります』


 秧鶏に頭を撫でてもらい、僕はやる気を充分に屋敷を出る。屋敷の外では僕は一匹の猫。あくまで自然に、それでいて愛想良く過ごすこと。人畜無害の子猫になりきるべし。

 そう教わったけど、愛想良くとかよく分からないんだよね。子猫になりきると言われても僕は初めてから猫だもん。

 「皆んなと友達になれば良い」ってきなこ先輩が言っていたけど。そんな当たり前のことを改めて言われても困っちゃうよ。


「見てあの子猫。荷物を持って歩いているよ。可愛い〜」

「何かのお使いかな?おいでー」


 塀の上や建物の間。壁に空いた穴をすり抜けて歩く僕を見たヒトが不意に近付いてきた。初めて嗅いだ匂いだけど悪いものでは無さそう。訓練で嗅いことがある「毒物」とか、危ないお薬の匂いがしないから。

 本当はたくさん撫でて欲しいけど、いまは大切なお仕事の最中。知らないヒトにお手紙を触らせるわけにもいかないから、ここは先を急ぐことにしよう。

 あるじの家に行くには近くの公園を通ると速いんだ。でも通るときは注意しないといけない。小さなヒトに見つかると追いかけられて、もしも捕まると大変な目に遭うのだ。

 僕は公園の中にある樹に隠れながら様子を見る。そういえばこの樹はスズメさんのお家だったな。先に行く前に挨拶をしよう。


『スズメさん、こんにちは』

『おっ、君は確か詩音のお気に入りの』

『あんこ君だ。こんにちはー』

『こんにちは、あんこ。最近寒いけど君は元気だね』

『カラスさん!こんにちはです』


 どうやらカラスさんもスズメさんの家に遊びに来ていたらしい。彼らは昔からこの町で暮らしていて、町のことにとても詳しいのだ。

 エサ場とか寒い冬の越し方。夜でも明るくて安全な場所。僕が知らない色んなことを教えてくれるとても優しい鳥さん達なのだ。


 でも僕には少し気になることがある。それはカラスさんだ。きなこ先輩が言うにはカラスさんは何でも食べられる鳥さんで、ときにはスズメさん、そして昔の僕みたいに小さい猫を狙うこともあったという。

 この機会に僕は彼らに聞いてみることにした。どうして天敵なのにこうして仲良くしているのかと。


『うーん、それを言われると心苦しいな。でも私達もご飯を食べないと生きていけないから。そこはどうか理解して欲しいとしか言えないかな』

『分かっている。所詮この世界は弱肉強食。私達も虫を食べるし、生きるためにやる行いを咎めることはできないし、するつもりもない』

『でもこうやって話し合いができるくらいお互いを分かり合えたのは詩音さんのお陰だよ。あのヒトが仲介して、話し合う機会をくれたんだ』

『そうだね。生きている限り、命のやりとりはどうしたって無くならない。でも余計な確執や(しがらみ)、先代から繋がれた怨嗟の鎖は浄化されたと思う。少なくても私達の群れはね』

『そうだね。それもこれも詩音さんが居たからこそ叶ったことだ。お陰でこの町は他と比べてとても過ごしやすいよ』

『そっか。スズメさんとカラスさんにとって、あるじは大切な恩人なんだね』

『そうだよ。だからもしも彼女が困っていたら、できるだけ助けてあげたいと思うんだ』


 なんだかとても良い話を聞けた気がする。帰ったら秧鶏さんに話しておいた方が良いかもしれないね。

 スズメさんとカラスさんに別れを告げて僕は先に進む。町中に漂う匂いを嗅ぎ分けて、手紙を渡す相手がどこにいるのか探すんだ。

 僕はきなこ先輩ほど鼻は良くないけど、毎日頑張って訓練しているからね。知っているヒトの区別くらいならできるようになったんだよ。


「ここか。例の獣になった女がいる場所というのは」

「はい。調べによると今日は彼女1人で店にいます。数分後にはゴミを捨てに裏口から出てくるはず」

「よし、お前ら配置につけ」


 あるじの家の近くまで来たとき、黒くて大きいやつに寄りかかっていたヒトの声が聞こえた。あれは「くるま」っていうヒトが使う道具。あれはとても危ないものだって夜鷹が言っていた。

 普段なら近付いてはいけないと教わったけど、そういう訳にはいかないみたい。

 話している内容もだけど、あのヒト達からはとても嫌な匂いがする。訓練で嗅いだことがある黒い砂の臭い。とても危ないお薬の臭いもする。

 あれはきっと、いや間違いなくあるじに嫌なことをする悪いやつだ。ああいうヒトはあるじが会う前にやっつけるのが僕達のお仕事だって秧鶏も言っていたもん。


 とはいえ僕は1匹の猫。ヒトが相手だとどうにもならない。それに僕は忍ぶ者。真正面から威嚇はしない。人知れず任務を遂行するのだ。

 ちなみに黒いヒト達はあるじが1人だけで居る、なんて言っていたけど、それは絶対にあり得ないことだよ。実際、ここに悪いヒト達よりたくさんのヒトが近くに隠れて様子をみているからね。彼らが気付いていないだけなんだ。

 ここで僕がやるべきことは悪いヒトに関わらず、お手紙を届けることを優先すること。でもこのまま彼らを見逃すことなんて僕にはできない。あるじは僕が守るんだ!


 僕は近くの樹を登って黒くて大きいものの上に飛び乗り、透明な板の上から中を覗き込む。更に前脚で叩いてやると中で座っているヒトと目が合った。こんにちは、あんこだよ。


「なんだこの猫。邪魔なんだよ」


 追い払おうとそのヒトが出てきた瞬間を見計らい、手をすり抜けるように中に侵入。狙い澄ました一点を自慢の肉球で触れる。


「なっ!こいつエンジン止めやがった!」


 大きな手が迫ってきたからすかさず回避。悪いヒトの周りを駆け回って翻弄する。狭い空間なら大きいヒトより僕の方が自由に動けるもんね。

 硬いものにぶつけたのか、ヒトが怯んだからその隙に外に逃げる。僕はその隙に「キラキラ」を咥えて外に脱出。近くの樹に登り、家の屋根に飛び移ればもうあのヒト達からは僕の姿は見えない。

 そのまま騒げば周りのヒトから注目を集めてしまうし、強行すれば隠れている皆んなが止めに入る。今日はこのまま大人しく帰るしかないはずだ。


 悪いヒトに見つからないように少し遠回りをして、僕はあるじがいるお家に着いた。でもお使いをするのはあるじではない。早速臭いでどこにいるのか探さないと。


「よいしょ、よいしょ」

『あっ!あるじー!』


 お使いの相手を探していたとき、家の中からあるじが出てきた。

 ふわふわで、ポカポカで、とても優しい僕のあるじ。気付いたときには脇目も振らずその胸の中に飛び込んでいた。


「わぁ!?空からあんこが降ってきた」

『あるじ見て。これ、おみやげ』

「お土産?ありがとう」


 本当はあるじに会う予定はなかったのに、いざ見つけると我慢できなかった。僕もまだまだ訓練が足りないみたい。でも後悔はしていないよ。


「んー、さてはあんこ、何かお使いの途中だな?こんなところで寄り道して良いのかなー」


 突然会いに来たのに優しく撫でてくれるあるじ。僕はその手に先程手に入れたお土産を渡す。これが僕の訓練の成果だよ。


「これって車のキーだよね。道端の落し物を拾ったの?」

『僕頑張ったんだよ。すごい?』

「うーん、これどうしようかな。警察に届けに行けないけど、お店を留守にはできないし」

『あるじー、褒めてー』

「うんうん。ありがとうあんこ、お手柄だよー」

「おーい詩音。お客さんが待っているぞ」

「パパ!良いところに」


 あるじがたくさん褒めてくれていたそのとき、あるじのお父さんがやって来た。そうだ、僕はお使いの途中だった。背負っているお手紙をお届けしないと。

 僕はあるじの腕の中からあるじのお父さんの肩に飛び移る。ここも意外と悪くない居心地だね。


「実はあんこが鍵を拾って来ちゃって。警察に届けないといけないけどお店もあるから」

「ほーう。それなら俺が代わりに行くよ。どうせ暇だからな」

「良いの?ありがとう!」


 あるじのお父さんは小さいやつをあるじから受け取り、僕を連れたままお店を後にする。


「いつも詩音を気にかけてくれてありがとう、あんこ。これからもよろしく頼むぞ」

『あるじは僕が守るよー』


 あるじのお父さんにも撫でて貰い、満足した僕は彼の手の中から飛び出した。お使いは無事に終わったけど、無事に帰るまでがお仕事だからね。

 途中に通った空き地に集まっていた鳩さん達に挨拶をして僕は家路を目指す。

 生垣の隙間を潜り抜け、樹をよじ登り塀に降りる。ここなら小さいヒトや声が大きい犬さんは届かないから安心だ。

 順調に歩いていたそのとき、不思議な香りが鼻を掠めた。自然には存在しない、ヒトが作ったお薬の匂い。この近くにある病院からただよっているんだ。

 病院っていうのは元気がないときに行くと元気にしてくれる場所だよ。でも僕はあんまり好きじゃない。あそこにいると何となく不安と緊張な気持ちになるんだもん。


 それでも来たのはココロワに会いたいと思ったからだ。ココロワはこの病院にいるヒトと一緒に暮らしていて、とっても物知りなんだ。

 前にどうしてそんなに頭が良いのか聞いてみたんだけど、話しが難しくてよく分からなかったよ。「僕はもう2回転生しているからね」って言っていたけど。テンセイってどういう意味なのかな?

 教えてもらおうと来てみたんだけど、残念ながら今日は会えなかった。ちょうど猫の国に出かけているのかも。仕方ないから聞くのは次の機会にしよう。


『あっ、そろそろ帰らないと怒られちゃう。急がないと』


 前に遊びに出かけて雲雀よりも帰るのが遅くなったとき、秧鶏に凄く怒られたんだ。その日のご飯はいつもより少なくてとても悲しかった。

 あんなことはもう二度と繰り返したくない。僕は今度こそ真っ直ぐ家に帰る。

 こうして今日という日も平和に過ぎる。さて、明日はどんな1日になるのかな。

雀「あんこのやつ、いつの間にか立派になったな」


烏「飛鳥の家のヒトは皆んな動物に優しいよ。私達の一族も遣いとして良好な関係を築いているし」


雀「やっぱり黒くないと駄目なのか?この小柄な体は諜報活動に充分役立つと思うし、数も多いから情報収集は得意だぞ」


?「寿命が短いからでは?烏は10年くらい生きるのに対して雀は3年くらいで生を終える。調教しても成果が還元されなければ無意味だからね」


雀「君も居たのか。鳩」


烏「お久しぶりです」


鳩「君達も元気なようでなにより。しかしこうして三種族が揃って話しができる日が来るとは。詩音には感謝しないといけませんね」


烏「恩人である詩音のために。皆で力を合わせて平和な街を作りましょう」


雀「勿論だとも」

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