EP-140 学生クリスマス
槌野君がくれたメールに添付された地図を頼りに辿り着いたのはお洒落なカフェのようなレンタルスペースだった。
クリスマス仕様なのか、建物の周囲は沢山のイルミネーションが飾られている。昼間だから明かりが付いていないのが少し悲しいけど。帰る時間になれば綺麗な光景が見えるかも。
「あっ、良介だー」
「おっすおっすー」
誰かいないか探しながら近付くと、それはそれは見知った人影が現れた。ジーンズにTシャツとは相変わらずこの男は季節感というものを知らないね。
「ちょっと良介。今からクリスマスパーティーなのにその格好は流石にマナーがなっていないと思うよ」
「そうか?」
「その上着、毛玉の数が尋常じゃないよ」
「見た目に興味が無い男なんてこんなもんだろ。というか俺としてはお前の方が気合が入り過ぎだと思うが」
「えっ、そうなの?パーティーならそれ相応の衣装を着ないと駄目ってママが言ってたのに」
「学生が集まって騒ぐだけなのに正装も何もあるか。誰かの結婚式でもあるまいし」
瞬間、私の脳裏に戦慄が走る。ママに聞いたらピアノのコンサートみたいなものだと言われてわざわざ用意して貰ったというのに。
私の格好はクリスマスらしく赤と緑を基調としたドレスである。所々に織り込まれた金色の装飾は私が動くたびに輝いて高級感を出している。ツリーに飾られたオーナメントみたいだ。
黒地に金色の糸を編んだショールも羽織っているけど、ドレスのデザイン的にこれを取ると肩や腕を隠すものが無くなる。冬に着るには防寒性が皆無だけど、私は寒さにめっぽう強いから問題ない。
「もしかしてお前その格好で家から来たのか?」
「パーティーが楽しみで浮かれたヒトじゃないんだから。さっきまでちゃんと上着を着ていたよ」
服装のマナーは大切だと言われ、嫌々ながら女性ものの服を着たというのに。無駄な挙句、空回りまでしているなんて辛過ぎる。私だけ浮いていたら立ち直れない。
良介の後に続いて中に入ると、中々に広い部屋があった。クラスメイトが全員入り、多少動き回るくらいなら充分な余裕がある。
「おっすー」
「おー、来たか。入れ入れ」
「あれ!?言ノ葉さん凄いおめかししてる!」
「見ないで」
「そいつは無茶なご相談」
良介の背中に隠れたけどあっさり見つかった。すかさずスマホを構えて写真を撮り始める小鹿さん。逃れるように持って来たプレゼント袋で顔を隠したけど、カメラが連写モードになるだけで逆効果だった。
「言ノ葉さん。これを」
「なぁに?」
振り返るとそこにいたのは瓜南さん。だった。彼女は持っていたサンタ帽子を私の頭に乗せると、満足そうに頷いた。本当に何なのだろうか。
「これがクリスマスバージョンのしーちゃんか。眼福眼福。ぐへへ」
「稲穂、いつにも増して気持ち悪いよ」
「デュフフフ」
「駄目だ。もう止まらないわ」
「お願いだから諦めないで」
「ほらほら、いつまでも言ノ葉さんに群がるんじゃない。皆んな揃ったし、早速クリパ始めるぞー」
槌野君の締まらない仕切りでぬるりと始まったクリスマスパーティー。その騒がしさは休み時間の教室とあまり変わらない。
皆んなの格好と場所が違うから特別な雰囲気はあるけどそれだけ。狐鳴さんを筆頭とした数名が私の尻尾を追いかけるのもいつもの光景である。
「言ノ葉さん、一緒にチキン食べよう」
「おい抜け駆けするな!詩音さん、ピザ取ってきたよ」
「ナンセンスだな。ここはやっぱり甘いものだろ。という訳でこちらのケーキをどうぞ」
「うーん。今はいいかな」
「「「ば、馬鹿なぁ!?」」」
「言ノ葉さん喉乾いてない?ジュースあるよ」
「ありがとー」
「「「このクソ鮫がぁ!」」」
「えっ、ちょ、なに!?何なの急に!」
オレンジジュースを持って来てくれた鮫島君だけど、突然他のヒトに絡まれて人気者になってしまった。人気のあまり揉みくちゃにされている。ここは戦略的撤退を図るべし。
普段あまり話す機会が無いヒトともお喋りを楽しみつつ、安全地帯を求めて彷徨う。その結果、辿り着いたのは猫宮さんの隣だった。
良識のある彼女は邪な心を持って近付くヒトを追い払ってくれる。飛鳥さんも悪戯好きだけど節度は保ってくれるから良いんだけどね。いま彼女は邪念の塊を相手にしているから。アレの相手は飛鳥さんにしかできない。
「さてさて、皆の衆。良い感じに盛り上がってきたところでメインイベントいくぞー」
「「いぇーい」」
「それじゃあ各々プレゼントの用意を頼む」
「あれ?ビンゴ大会から始めるんでしょ」
「いや、特に決めて無かったけど」
「グッダグダじゃねぇか。司会ちゃんとやれー」
野次が飛び交う中、一考した槌野君はプレゼント交換会を先にする事を決定した。私が用意したものは喜んで貰えるのか。私は誰から何を貰えるのか。不安だけどちょっと楽しみだな。
「お前は何を貰ったんだっけ」
「野郎3人から語るまでも無い粗品を。お前は?」
「オオカミと七匹の子ヤギ、ふぇんりるバージョン。後日譚の特別書き下ろし。著者は勿論、瓜南霊子」
「それまだ非売品だろ。国宝じゃねぇか」
「飛鳥さんから丸太を貰った。なんで?」
「良かったな。変わり身の術ができるぞ」
「可愛いラッピングを剥がしたら、大学の過去問題集が出てきた。新手のいじめだと思う」
「それ多分猫宮さんだな」
どうやら皆んな、中々に個性的なプレゼントを送っている様子。何のために事前に贈る相手を選んだのか分からないくらい我が強いものばかり出てくる。ちょっとの楽しみが大いなる不安に飲み込まれたよ。
ちなみに今のところ個人的なMVPはマフラーになりきれなかった毛糸玉とかぎ針のセット。20センチくらい編まれているのがまた哀愁を感じる。
でも顔を赤くして恥ずかしそうに渡す男子と、同じく顔を赤くして嬉しそうに受け取る女子のやりとりは見ていて心がほっこりしました。
「次はネネちゃんだね。ネネちゃんは誰にあげるのかなー」
「ふふん。聞いて驚け。なんと私は選ばれし3人のうちの1人」
「ま、まさか!お前がプレゼントを渡す相手とは!」
「お察しの通り。私はここで好感度を一気に上げてハッピーエンドに一直線。他の2人なんてどうでも良い」
そう言うと音々さんはポケットから出した一口サイズのチョコレートを取り出す。あれはコンビニとかで1個数十円で売っているやつだったはず。
美しい放物線を描いて投げ渡す音々さん。上手い具合に相手の手元に渡ったみたいだけど、貰った方は流石に悲しいだろうに。
「詩音っちのプレゼントはこれ。DAPです!」
「えっ、凄い!本当に貰って良いの?」
「DAPって何だ?」
「デジタルオーディオプレイヤー。要は音楽プレイヤーだよ。詩音っちは音楽が好きっていうから、これでいつでも聴き放題だよん」
「でも詩音はイヤホン使えないよな」
「そうだねぇ」
「はうっ!致命的なミス!」
残念ながら私の耳の形に合うイヤホンやヘッドホンはこの世界には無い。当たり前だけどね。ワイヤレスイヤホンなんて使おうものなら、耳の奥に入ってそのまま出てこなくなる気がしてちょっと怖いんだ。
でも家の中でなら気兼ねなく使わせてもらう。とりあえず家に帰った後で琴姉ぇに使い方を教えてもらわないと。
「うーん残念。あわよくばここで狐鳴っちの好感度を抜いて、友達の座から引きずり降ろそうと思ったのに」
「なんて計画を立てるの。音々、恐ろしい子」
「はいはーい、時間にも限りがあるから次に行くぞー」
槌野君が促すままにプレゼント交換会は進んで行く。私の番はまだだけど、果たして相手は喜んでくれるだろうか。DAPみたいな高価なものなんて用意できないから少し不安になってきたよ。
戌「竜崎先生、メリークリスマスです!」
竜「おー、メリクリー」
戌「という事でこちらがプレゼントです」
竜「どうもどうも。それじゃあ俺も。はいどうぞー」
戌「開けても良いですか?」
竜「勿論」
戌「わぁ、可愛い髪飾り。相変わらずセンスが良いですね」
竜「そう言うお前は今年もコーヒーか」
戌「なんだかんだでそれが好きじゃないですか」
竜「まぁねー。よく分かっていらっしゃる」
ひのえ『主人達はどうして番にならないのだろうか』
このと『解せぬ』
ココロワ『それが人間という生き物なのさ』




