EP-139 1日魔法少女
「キャー、なにこの子!可愛いー!」
「これが作りものではない本物のもふもふ。温かい、柔らかい」
「こんな逸材どこで見つけたのPさん」
「たまたま買い物に来ていてね。今日来られなくなった彼女の代役をしてもらうことになったんだ」
「聖夜の奇跡だねー。ケモ娘ちゃん連絡先教えてー」
ウルピュアの衣装を纏った女性達に遭遇するや否や揉みくちゃにされる私。多勢に無勢とはまさにこのこと。徒党を組んだ女性達が相手では男は無力。私にできることは大きな鏡の前に座り、大人しく髪を弄られる他に無い。
「私ね、こう見えて結構有名な事務所の所属なの。まだ無名だけど。モデルとかやっているからよろしくね」
「ケモ娘ちゃんの名前はなんて言うの?」
「えっと」
「あっ、芸名あるならそっち教えて。私達も芸名で活動しているから」
「いや一般の子に芸名とかある訳ないでしょう」
「ならふぇんりるちゃん!どうよ、可愛いでしょ」
なんか以前どこかで名乗ったことがあったような名前を付けられた。別に今後関わることなんて無いからどうでも良いけど。それに隠したところで会って早々にとられたスマホを見られているからもう本名バレているし。
皆んなが満足するまで髪型を弄られた後、私は疲弊で震える手でスマホを取る。そこにはさっきまで無かった筈の連絡先が複数登録されている。いつの間にか芸能界との不可思議な繋がりができてしまった。
「さて、そろそろ舞台の段取りを伝えないとね」
「ふぇんりるちゃんのお肌もちもちしてるー。最早チートだよ」
「これなら軽くのせるだけで充分映えるね。あなたの化粧ポーチ貸して」
「どうぞどうぞ」
「台詞は全部別にあるから適当に口パクをしてくれれば大丈夫だよ。アクションも少しあるけど、彼女達の真似をして何となく動いてくれれば充分だから」
私を勧誘した男のヒトが何か話しているけど、今はそれどころではない。私は顔に落書きをされないように必死になって抵抗しているのだ。結局やられたけど。
「一応台本はあるから時間まで見ておいてくれ。ストーリーの大筋を知るだけでも動き易くなるはずだから」
果たしてそれができる気力が私に残されているのか疑問なところだけどね。私の体力はレッドゾーンに突入しているよ。
とりあえず私を見捨て乃亜ちゃんと客席に行ったパパを恨んで気を紛らわせるとしよう。クリスマスは砂糖無しの苦いチョコレートケーキを味合わせてやる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「いやー、ナイスファイトだったよ。ふぇんりるちゃん」
どうにかこうにかウルピュアショーを乗り切り、満身創痍で控え室に戻る私。自慢の尻尾も萎れてしまい、床掃除を始めてしまう始末である。
ウルピュア達に好き勝手撫でられているのに抵抗する気力すら湧かない。今すぐにでも衣装を脱ぎ捨てたいけど、まだそういう訳にもいかないのが辛い。
目の前にいる大勢のお客さんに頭が真っ白になったのは必然。正直に言って舞台に立っていた間の記憶は無い。唯一、今まで見たことが無いほど乃亜ちゃんが熱狂していたことは覚えているけど。
「あぁ!何やってるのふぇんりるちゃん。折角のふわふわ尻尾に埃が付いちゃう」
「モップみたい」
「慣れないことをするのは大変だよね。でもよくやりきったぞ」
ショーに出るだけでも私の気力は相当削られたけど、更に追い打ちをかけたのはふれあい会なるイベントである。要は来てくれた子ども達と握手をしたり、写真を撮ったりして遊ぶのだ。
相手が子どもだからと侮るなかれ。遠慮を知らない子どもというのはある種の脅威だということを身をもって感じたよ。保護者の方も鬼気迫る表情でカメラを構えていて怖かったし。
因みにふれあい会には特に年齢制限は無かったので、後半はママみたいな魔法少女ファンの大人の相手をすることにもなったけど。大きい子どもの熱量は凄まじいね。
そう言えば途中までいた大柄の男性はどこに行ったのかな。荒い息遣いで私をずっと見ていたから目立っていたし気になっていたんだけど。
「言ノ葉さん、お疲れ様。本当に助かったよ」
「わぅー」
「ねーね格好良かった!」
「わぅー」
「母さん達に良い土産話ができたな」
「裏切り者」
「俺への反応が辛辣」
「まぁまぁ、一先ず休憩しましょう。折角のクリスマスですからね。そこでいくつかケーキを買って来ましたよ」
「「やったー」」
そう言って男のヒトは彩り豊かなケーキの数々をテーブルに並べる。宝石細工のように細やかな装飾がされたものからサンタクロースのマジパンが乗った可愛いものまで様々だ。
ちなみに乃亜ちゃんが迷わず取ったのはプレゼントボックスを持った狼のマジパンが乗ったケーキ。つぶらな瞳が可愛いけど、カラーリングがピュアウルフに似ている気がする。沢山ある中でよくそれを見つけたね。
「おいしー」
「そうだね。ノアちゃん、私のも一口どうぞー」
「ありがとう!ねーねも、あーん」
「わぁ、ありがとう」
「うーん、良き!」
まだ一口も食べていないのに賞賛の言葉を口にする他の魔法少女達。ケーキを目の前に食べるより先に写真を撮っている。早く食べれば良いのに。
「それにしてもこういうショーで着ぐるみとか使わないのは珍しいですよね。コスパ悪いし、運営側としては大変なのでは?」
「えぇ、でも集まってくれたお客様が喜んでくれるのが何より大切ですから」
「成程。でも皆さんは大変ではないんですか?」
「他のバイトよりお給料が良いから」
ケーキを頬張りながらさも当然といった様子でパパの質問に答える。夢と希望を体現する魔法少女がそれで良いのだろうか。とりあえずそれ以上の話は乃亜ちゃんが居ないところでやって下さい。
「ところでふぇんりるちゃんは芸能界とか興味ある?私一応モデル、の卵なんだけど。今度の撮影を是非とも一緒に。どうかな?」
「待った!それなら私の事務所の方が良い。有名な俳優が沢山所属しているんだから。私はまだ無名だけど」
「異議あり。ふぇんりるは顔出しがNG。故に声優になるべき」
「どれもお断りします」
「えー」
何故か乃亜ちゃんが不満そうな顔をしているので、何かを話し始める前にその小さな口にケーキのイチゴを放り込んでやる。
「パパも何か言ってやってよ」
「ん?まぁ、やるやらないは兎に角、繋がりを持っておくに越したことは無いぞ。特に芸能界なんて作ろうと思ってできるものでもないからな」
「そんな可能性、万に一つもあり得ないよ」
「それなら今日は億に一つの奇跡の日だな」
「むぐぅ」
パパの切り返しに言葉に詰まる。確かに今日は偶然に偶然が重なり、なし崩し的にやることになったに過ぎない。
こんな奇跡はそれこそ滅多に起こるものではないし、起きたとしても2度とやらない。やらないと言ったらやらないのだ。
「さて、そろそろ2人にちゃんとしたお礼をしないと」
「生憎いまは手元にものは無いけれど、ウルピュアのグッズならほとんど持っているわ」
「過去シリーズのものや期間限定のものは勿論。非売品のグッズも一通りあるよ」
女のヒトがノートパソコンを開き、いくつもの画像を乃亜ちゃんに見せる。彼女の目がキラキラと輝いていたから、そこには貴重な品々も写っているのだろう。私にはさっぱり分からないけど。
「ん?これ確かオークションでかなり高価で取引されていたものでは?」
「その通りです。数量限定のプレミア品なのですがよくご存知ですね」
「妻が昔からファンでして。私も昔無理矢理ビデオ鑑賞させられたことがあります」
「ははっ、それは大変でしたね」
「詩音さんは何か気に入るものはありますか?あぁ、勿論もの以外でも何か望みがあったら聞かせて下さい。できる限り応えますので」
「うーん」
どうやら男のヒトの話には嘘偽り無く、惜しみなくご褒美をくれるとのこと。とは言え私にはものの良し悪しが分からないから困る。このヒト達が悪いものを持っているとは思っていないけど。
もしもここにママが居れば全部任せるのに。いや、それでは私の醜態が光の速度で拡散されていたに違いない。この場に居たのがパパでまだ良かった。
「嫌だ!私はふぇんりるちゃんとランウェイを歩くんだ!」
「女優として色んな映画に出て世界で活躍するふぇんりる。皆んなも見たくない?」
「否。顔を出さない声優こそ才能を発揮できる」
「歌手デビューしてウルピュアの主題歌とか歌ってくれないかな」
「それな」
やっぱり乃亜ちゃんに任せようと考えていると、ウルピュア達の不穏な会話が否応にも耳に届く。今更だけど今回の様なヒーローショーに出るヒトはキャラクターの着ぐるみを着たり、覆面の衣装を着て演じるものだと思っていた。
でも彼女達はキャラクターのコスプレをしてイベントを盛り上げていた。現実に本物の魔法少女が現れたようで皆んなの盛り上がりがより高まっていたように思う。
中身は兎に角見た目だけは立派な魔法少女。それを見て私はあることを思いつく。
「皆さん。実はちょっと、お願いがあるのですが」
「おっ、なになに?お姉さん何でも応えちゃうよ」
「遠慮は不要」
「そんな大したことでは無いんですけど」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「えへへ」
帰り道の自動車の中で、乃亜ちゃんは終始笑顔で頬が緩んでいた。私のように耳と尻尾があれば激しく動いていたことだろう。
そんな彼女が持っているのはサイン色紙。あのとき出会った魔法少女が乃亜ちゃん宛に寄せ書きをしてくれたのだ。
あくまでも魔法少女の寄せ書きだから、何故か私も一筆書かされたけど。こんなの絶対に愛音に見られたくないな。
ちなみに私が貰ったのは芸能人としての彼女達のサインである。それと乃亜ちゃんを中心にした全員の集合写真も撮って貰った。こういうことには慣れているのか、全員完璧な笑顔とポーズを決めている。勿論私以外ね。
本人達はまだまだ無名だと嘆いていたけど、是非とも夢を叶えるために頑張って欲しい。少なくともここにファンが1人いるのだから。
男「うおぉー、離せー!俺は何もやっていない!」
H「先輩、怪しい男を捕らえました」
L『消せ』
男「待ってくれ。俺は本当に何もしていない。愛でることはあっても決して触れることはない。超えてはいけない一線は弁えている。俺は誇り高き紳士なんだ!」
H「先輩、怪しい変態を捕らえました」
L『消せ』




