EP-137 母親代わり
「でね、でね、これがそのとき貰ったカードなんだよ。良いでしょ」
「そうねー、良かったわねー」
その日の放課後、「Lesezeichen」の仕事の合間を見つけてクリスマスパーティーに招待されたことをママに報告する。
「詩音、お前はクリスマス当日にパパと。いや家族ではなくどこの馬の骨かも知れない男と一緒に過ごすのか?」
「んー、厳密には当日では無いけど。時期が近いからそう言っているだけだし」
「パーティーってことは他のクラスメイトも一緒でしょ。あなたは心配し過ぎなのよ」
「そうか。そうだよな」
「あっ、でも2人だけの可能性も無くはないかも」
そのときパパが飲んでいたコーヒーを盛大に吹いた。どうやら今日の気まぐれブレンドはハズレだったらしい。お客さんに出す前にパパが味見をしてくれて良かった。
「それでね、明日にでもプレゼントを買いに行こうと思うんだ」
「あらそう。この辺りで色々とものが揃うならあそこね。映画館があるところ。色々なお店が入っているからオススメよ」
「あそこは電車乗らないといけないからなぁ。ママが散々買い物したところは駄目なの?」
「日用品なら揃うけど、贈り物用に良いのはあまりないかも」
「うー」
「ねーね、おでかけするの?」
ママに買い物を相談をしていたとき、近くから愛らしい声が聞こえた。その正体は今日も「Lesezeichen」に遊びに来た海月乃亜ちゃんである。
彼女のお母さんに頼まれて時々保育園のお迎えに行った後、仕事が終わりお店に来るまで面倒をみる。それまでは私と遊んだり、ピアノを教えるのがいつもの過ごし方なのだ。
乃亜ちゃんの家にはピアノが無いらしいけど、毎回会う度に上手くなっているんだよね。この子は将来大物になる。だって乃亜ちゃんだもの。
「ノアもね、明日ママのいっしょにお出かけするの!ウルピュアに会いにいくの!」
「そうなんだ。良かったね」
「ねーねとおそろい!」
「お揃いだねぇ」
電車に乗るのは不安だ。大勢のヒトの注目を否応無く集めることになるから。でも全く知らない場所に行く訳ではない。一度皆んなで出かけたことがあるからね。
それに誰にプレゼントをするのかはもう決まっている。何を贈るのかはまだ分からないけど、ある程度の目処は立てているからそこまで時間もかからないはず。
素早く買い物を終えて速やかに帰宅する。そんなできる男に私はなる。そう静かに意気込んでいたとき、お店のドアベルを鳴らして乃亜ちゃんのお母さんが現れた。
「ママだ!おかえりなさい」
「ノア、待たせてごめんね。詩音さん、いつもありがとう」
「いえいえ」
駆け寄る乃亜を抱き止める彼女は嬉しそうに、でもどこか疲れた様子で頭を撫でる。今の今までお仕事をしていたのだから無理もないけど、今日はそれだけでは無さそうに見える。
「ノア、明日のお出かけのことだけど」
「ウルピュア!」
「そうウルピュア。でもお母さん、明日も急にお仕事に行かないといけなくなってしまったの」
「おしごと?」
「お母さんの職場に怪人ムチャナ・ノーキが現れたのよ」
「ふぇ!?」
明日は休日なのにお仕事に行かないといけないなんて。それも急に決まるなんて、大人は大変なんだな。
乃亜ちゃんもウルピュアの悪役に例えたら事情を理解した様子。私はアニメ等を見ていないから詳しくは分からないけど。
ちなみに私のウルピュア知識は沢山出てくる敵キャラの名前が怪人シャチークということくらいです。
「お母さんはウルピュアみたいに強くないから、職場の皆んなと力を合わせて守らないといけないの」
「でも、ママやくそくしたのに」
「ごめんね。本当にごめんね」
仕事を頑張るお母さんの応援はしたいけど、折角の遊ぶ機会が無くなるのはやっぱり悲しいはずだ。それでも困らせないために泣くのを我慢して黙って頷く乃亜ちゃんは偉いと思う。
乃亜ちゃんを抱いたまま席に着いた彼女のお母さんにママは何も言わずにコーヒーを差し出す。パパが飲んだものと違ってとても美味しいから安心してね。
「そう言えばさっき、ウルピュアに会いに行くってノアちゃんが言っていたけど。何かイベントでもあるの?」
「はい、隣町のショッピングモールでショーをやるんです。でも明日までみたいで。何とか時間を空けようとしたのですが」
「まぁ、この時期は繁忙期でどこも大変だからな。面倒な顧客がくると余計にキツイよな」
「それを理由にこの子との時間を疎かにしたくはないのですけど」
「ショッピングモールって映画館があるところ?」
「そうです」
その答えを聞いたママと私は思わず目を合わせる。ウルピュアのショーが行われる場所。それは私が買い物に行こうとしていた場所と同じだったからだ。
私はヒーローショーがあることなんて知らなかったけど、目的の場所が同じなら面倒をみてあげることができる。
問題は私に乃亜ちゃんの面倒をみてあげられるかどうか。でも乃亜ちゃんのためなら取る選択肢は1つしかないよね。
「ノアちゃん、私で良かったら一緒にウルピュアに会いに行かない?」
「ふぇ?」
「私も同じ場所に行く予定だったんだよ。ママの代わりになるか分からないけど、一緒にウルピュア達に会いに行こう」
「ねーねといっしょ、ねーねといっしょ!」
私の言葉を聞いた乃亜ちゃんは悲しい表情から一転して満面の笑みで抱きついてきた。その突撃は以前より質量が増していて、もう少しで倒されるところだったけど。何とか踏みとどまったけど、次はもう勝てないかもしれない。
でもまぁ、乃亜ちゃんの笑顔が見れたから良しとしよう。やっぱりこの子は笑顔のときが一番可愛いね。
「あの、良いんですか?お休みなのにご迷惑では」
「もともと買い物に行く予定だったので気にしないで下さい。それにノアちゃんとお出かけに行くの楽しみです」
さて、約束はしたものの果たして私は乃亜ちゃんを案内することができるのだろうか。電車に乗るのも躊躇う私が小さな女の子を連れて買い物をしてヒーローショーを観る。
うーん、自分で言い出したもののできる気がしない。良介でも呼んで付き合ってもらおうかな。でもあいつ絶対にからかってくるよな。乃亜ちゃんの前では格好良いお兄ちゃんでいたいから、あまり醜態を晒したくない。
「でも子ども2人で出かけるのは危ないですよ」
「私もう高校生ですよ」
「女の子2人で出かけるのは危ないですよ」
「私は男ですよ」
「あなた、明日は2人を車で連れて行ってあげなさい」
「おう、任せろ」
一切信用が無いのは悲しいけど、パパがついて来てくれるのはとても助かる。私も何を買うかある程度目処をつけておいて、できるだけ乃亜ちゃんと過ごす時間を大切にしたい。
まずはショーが何時から始まるのか調べないと。時間が許せばキャラクターの勉強もしよう。
乃亜ちゃんのお母さんには及ばないと思うけど、私なりにこの子を楽しませてみせるぞ。
乃亜「これが敵の幹部。真ん中の奴がムノー・ブチョー。右にいるのがDr.ハラスメント。左の子がシャチョー・レイジョーだよ」
詩「ドクターだけど科学者っていう設定なんだね」
乃亜「これが悪の組織のリーダー。名前はブラックシャチョー。ずっと昔からたくさん酷いことをやってきた、兎に角悪い奴なの」
詩「歴代のウルピュアが何度もやっつけているのに、壊滅には至っていないと。まさに永遠のライバルって奴なんだね」
父「母さん、ウルピュアって本当に女児向けアニメなのか?現代社会の闇に深く切り込み過ぎていないか?」
母「大人になるとまた違った見かたができる良作よね。だから幅広い世代に愛されているの」
父「違う見かたの意味がおかしくない?」
母「新しい解釈に気付いたとき、その子は大人への階段を上り始めるのよ」
父「そうか。とりあえず俺、明日からもっと仕事頑張るわ」




