EP-136 聖夜の招待
「クラスの皆んなでクリスマスパーティー?」
「そう。参加は自由だけど参加の可不可は早めに教えてくれると助かる」
槌野君はそう言いながら私の手に招待カードを置いた。簡素な作りだけどクリスマスらしい飾りがあしらわれていて、結構なやる気を持って取り組んでいるのが分かる。
「ありがとう!」
「既に過半数に断られて泣きそうだけどな。それじゃあ待っているから」
そう言い残して彼は放課後の陸上部の活動に向かって行った。どうやら自発的に企画してみたものの、その成果芳しくないみたい。心なしか彼の背中から哀愁が漂っている気がする。
一先ず尻尾の毛繕いを中断して貰った招待カードに書かれた内容を確認する。
皆んなでお喋り楽しみながら軽食を摘み、クリスマスプレゼントの交換会を行う。その後は主催者こと槌野君が用意するゲームを実施。「参加者は各自景品の用意を求む!」と書いてあるから、ゲームはきっとビンゴ大会のことだね。
「おー、詩音もそれ貰ったのか」
「良介お誘い!私お誘いされた!」
「それは良かったなー」
招待カードを掲げて飛び跳ねていると良介に頭を押さえられて、強制的に大人しくさせられた。こうされると手を伸ばしても絶対に手が届かなくなる。なんて絶望的なリーチの差なのだろう。
「これどこか場所を借りてやるんだね。Lesezeichenじゃ駄目なのかな」
「クリスマスなんて繁忙期に利益を全く生まない学生が貸し切るなんて最早テロだからな」
「ママはそんなこと言わないよ」
「ただでさえ客寄せ効果抜群の看板娘を招待するんだから」
「その看板娘ってもしかして私?」
「もしかしなくても私」
その意地悪な言い方に頬を膨らませて抗議の意を示したものの、良介の大きな手に阻まれて萎ませざるを得なくなった。離せ、その手を離すんだ。
「相変わらず仲が良いわね。あなた達は」
「お前らは招待されたのか?」
「えぇ、掃除の時間にツチノコから」
「私もー。昼休みの時間に」
そう言いながらも猫宮さんと飛鳥さんは実に興味が無さそうである。最も私もその理由は分からないでもない。
まずクリスマスパーティーはどこか場所を借りて開催するみたいなのだけど、そのレンタル代は参加者で分担して支払う。つまり参加者が少なければ少ないほど1人の負担が大きくなり、そこに更に軽食代が加算されるのだ。
また招待カードに書いてある通り、景品は各自で用意する必要がある。つまり自己負担である。そしてこれとはまた別にクリスマスプレゼントを用意しなければならない。
これが豪華なものなら良いのだけれど、準備するのは私達自身。しかし高校生の予算で相手が喜ぶものを用意するのは至難と言わざるを得ないのだ。
「皆んなの分のプレゼントってなると、お徳用のお菓子を配るしかない」
「それなら自分で買った方が早いね」
「あれ、槌野に聞かなかったか?ビンゴの景品以外でプレゼントを用意するのは3人分だぞ」
「ビンゴ大会はもう確定しているんだ。でも3人ってどういうこと?」
「参加者が確定した時点で皆んなでクジを引いて、そこに書かれているヒトにあげるプレゼントを用意するんだよ。これならプレゼントを選びやすいし、1人に予算をかけられるだろ」
確かに誰にあげるのか分かっていた方がプレゼントは選びやすいね。それに自分のことを考えて用意してくれたプレゼントが貰えるのは普通に嬉しい。
「まぁ、どうせ参加者なんてほとんど居ないだろうから、参加費だけで予算オーバーだけどな」
「私は毎年家族だけで過ごすから、そういうのには参加しないわね」
「私は毎年狐鳴の家と一緒にやるよ。囲炉裏の隣に短冊を飾ったクリスマスツリーを置いて、大豆を撒いてお団子を食べるの」
「混ざり過ぎ。もう色々と混ざり過ぎ」
「嘘だけど」
「でしょうね」
一言にクリスマスと言ってもそれぞれの家庭で過ごし方は全く違うんだね。
良介なんて毎年大量のフライドチキンを買って一人で全部食べるという意味不明なことをしているし。それでちゃんと食べ切るし、その後も何故から太らず筋肉になるんだよ。なんて羨ましい奴。
ちなみに私の家のクリスマスは詮索しないことをおすすめします。ここ数年の私は色々あって荒んでいた。とだけ言っておこうかな。今年は昔みたいに5人で楽しくできると良いんだけど。
「ハァ〜〜、何がクリスマスだよ。キリストとかいうヒトが生まれたことを祝って何が楽しいのかねぇ〜」
そんな他愛の無い雑談を切り捨て、大きな溜息を吐く人物が一人。机に頬杖を付いて髪を弄るその姿は態度も姿勢も実に悪い。
何にどんな感想を抱こうと個人の自由だと思うけど、とりあえず全国のクリスチャンには謝るべきだと私は思うよ。
「カーッ!ペッ!」
「俺に向かって無い痰を吐くな」
「そんなことしているとサンタさん来てくれないよ?」
「他人の家に勝手に忍び込むおじさんなんてこっちから願い下げだね」
「どうしたの。いつにも増して荒れているわね」
「いやー、ごめんね。狐鳴はクリスマス、というか年末が近づくと毎年こうなるんだよ」
「どうして?クリスマスが来たらお正月。学校も休みで楽しいこと一杯だよ」
「しーちゃん、それは普通のヒトならの話なんだよ」
「どういうこと?」
「年末年始の連休だって?そんなもの、巫女には、無いんだよ!」
突然椅子から立ち上がり机を叩いてご乱心なされる狐鳴さん。しかしその内容を聞けば確かに納得してしまう。
彼女の家はこの辺りでは一番歴史がある桜里浜神社だ。年末年始になれば昼夜を問わず地域のヒトが参拝に集まり非常に混雑することだろう。
その人々の対応をするのは恐らく狐鳴さんとそのご家族。勿論助っ人を頼むだろうけど、東奔西走することは間違いないだろう。
「はーいそこまで。神様に仕える神職なのに裏に蔓延る闇を暴露しないの」
「むぎゅう」
暴れる狐鳴さんを唖然と見つめていると、頃合いを見計らった飛鳥さんが介入。あっという間に組み伏せて制圧してしまう。毎年のことだと言っていたし、彼女にはもう見慣れた光景なのだろう。
それでもしばらく暴れていた狐鳴さんだけど、次第に落ち着いたのか、顔を伏せて大人しくなる。そして聞こえてきたのは悲しさを搾り出して漏らす嗚咽。どうやら本当に、切実に、大変らしい。
「皆んな連休を謳歌しているのに、何が楽しくて極寒の夜空の下で御守りを売らないといけないんだ。三日三晩おせちと餅しか食べられないとか、もうある種の修行だからね、苦行だからね」
「おせち美味しいよ」
「いや、流石に毎日それだけは飽きるだろ」
「フライドチキンを食べている奴が何を言っているの」
「想像してごらん。クリスマスケーキを楽しみに帰ったのに、待っていたのが大量のお餅だったときの絶望を。ケーキはケーキでもライスケーキは詐欺だよ!」
「それは、ちょっと辛いわね」
「私は生クリームが食いてぇだけなんだよぅ。バターと砂糖に飢えているんだよぅ」
前から思っていたことだけど、どうして彼女の家は和食以外を許さないのだろうか。油揚げの使用率も好きを超えて偏食の域に達している気がするし。
もしかして学校でパンを食べたり、「Lesezeichen」で洋食を食べるのは彼女の中では相当大きな意味があるのかも知れない。
「チョコレートケーキが食いてぇよぉ」
「重症だな」
「ほら元気出して。詩音ちゃんが巫女服着て手伝ってくれるって」
「マジで!?そんな奇跡あって良いんですか!」
組み伏せられたままでありながら、彼女の表情は希望に溢れている。無いはずの狐耳と尻尾が忙しなく動いている幻覚がみえた気がした。
「いや、そんなこと一言も言ってないし。私も家族で初詣に行くから手伝えないし」
「ニンゲンなんて滅べば良いんだ」
組み伏せられたままでありながら、彼女の表情は絶望に沈んでいる。無いはずの狐耳と尻尾が元気なく萎れている幻覚がみえた気がした。
「あっもう折角元気になったのに。どうしてくれるの詩音ちゃん」
「言い出したのはあなたでしょ」
「んー、じゃあ再来年ならお手伝いしても良いよ。三日三晩は無理だけど」
「だってさ。ほら稲穂、これならどう?」
「うん、来年はその言葉だけを支えにして生きるよ」
「想いが重いな」
面倒な約束をしてしまった気もするけど、落ち込み過ぎて溶けかけている狐鳴さんを見たら断れないよ。まぁ、本当にやる事になったとしても、巫女さんなんて経験はそうできるものではない。貴重な機会だし1回くらいは良いと思う。
「それで話しは戻るけど、結局クリスマスパーティーには行くのか?」
「行く!折角誘ってくれたんだもん」
「変わったなお前。勿論良い方向にさ」
生まれて初めて貰った招待カードを手に、私は詳細を聞くために陸上部の部室に向かう。
皆んなは参加を渋っていたけど、参加すると決めたら急に楽しみになってきた。さて、誰にどんなプレゼントを用意することになるのかな。
男子1「槌野主催のクリスマスパーティーか。俺はパスだな」
女子1「私も。気の合う友達だけで過ごしたいもん」
狼「結局クリスマスパーティーには行くのか?」
詩「行く!折角誘ってくれたんだもん」
男子2「なにっ、言ノ葉さんが参加するだと!」
皆(ざわざわ、ざわざわ)
女子2「ひょっとして私達が全員不参加の場合、言ノ葉さんだけ参加することになるのでは」
男子2「言ノ葉さんと槌野が聖夜の夜に2人きり。ということか」
女子1「ふーん、そっか。成程ね」
皆(それだけは絶対に阻止する。絶対に)




