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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
135/199

SS-135 少女は孤高の聖夜を過ごす

 町の街灯やあちこちに飾られたイルミネーションが夜空を照らす。年に一度のクリスマスというだけあって、いつも以上に賑やかな一夜。それでも私の一日はいつもと変わることはない。

 通っている塾を後にした私は冷たい風に吹かれ、身に付けていたマフラーで口元まで隠す。寒さから逃げるように早足で家路に就くが、そのとき持っていたスマホから通知音が鳴った。


「もしもし、どうしたのお母さん」

『あっ、芽衣理。もう塾は終わった?』


 電話越しに聞こえるお母さんの声は気丈に振る舞っているものの、どこか疲れていることが分かる。

 冷静沈着でありながら人間離れしたバイタリティを持つヒトだが、責任が重い医者という仕事。加えて時間も不規則で残業が多く、ときには休日も返上する日々が続いていれば無理もないことだ。

 それでもこうして娘を心配してこまめに連絡をしてくるのだから、面倒見は良い母親だと思う。


「丁度いま終わったわ」

『お疲れ様。それでその、今夜の約束なんだけど。私もお父さんも急に帰れなくなったの』

「あらそう」

『ごめんなさい。クリスマスだけは一緒に過ごそうって約束していたのに』

「別に。いつものことじゃない。それにさっき同じ内容のメッセージがお父さんからも届いたわよ」


 予定がキャンセルされるのも日常茶飯事。幼少期から幾度となく繰り返したやり取り。あの頃は年相応に不満を抱いていたが、今となってはもう慣れてしまった。

 私の両親は桜里浜(おりはま)の町にある病院に勤めている。どちらも3度の食事より仕事が好き。そんな2人の子どもが私である。


「何か買っておくものとかある?」

『大丈夫よ。ちゃんと栄養のバランスを考えるようにね。勉強も程々にしてちゃんと寝ること。それから』

「はいはい。お母さんさんが実践してくれたら考えるわ」

『うっ』

「冗談よ。またね」

『えぇ。メリークリスマス、芽衣理』


 通話を切るついでにスマホの画面に表示された時間を確認する。もう遅いがまだ薬局は開いているはず。

 何も要らないと言われたけれど、2人とも明日の朝にはシャワーを浴びて着替えるために家に帰ってくる。栄養ドリンクと栄養調整食品の在庫を足して置きたい。というか我が家の冷蔵庫には水の他にはそれくらいしか入っていない。


「カップ麺と違ってお湯すら使わなくて良いんだから便利よね、これ」

「チラッ」


 クリスマスを楽しむ家族やカップルとすれ違い、薬局に入った私は目当ての商品をカゴに入れていく。ものにもよるけどコンビニやスーパーより安いものが並ぶから結構便利だと思っている。


「でもこのカゴを鮫島君と詩音さんに知られたらきっと怒られるわね」

「チラッ、チラッ」

「そしてさっきから視線が気になる」

「チンチラ、チンチラ」

「なんだ。ウサギの名前を連呼しているだけか」

「違う!チンチラは齧歯目(げっしもく)だからネズミの仲間。ウサギは重歯目(じゅうしもく)だから全く別物なの」


 そう憤りながら現れたのは無類の動物好きで無類の言ノ葉さん好きの狐鳴さんだった。まさかこんな場所で同級生に会うとは思わなかった。


「いやー、まさか芽衣理に会えるとは。今日は良い日になりそうだ」

「あと数時間で終わるけど。そっちはこんなところに何をしにきたのよ」

「前に動物病院のお医者さん。竜崎先生だっけ。あのヒトにアレルギーに良いお薬を教えて貰ったから探していたの」

「成果は?」

「上々だよー。それでそっちはまた偏ったものを買い込んでいるね」


 栄養ドリンクがダース単位で入っている私の買い物カゴをみた狐鳴が若干引いているのが分かる。私1人で消費すると思っているみたいだけど、それは大間違いだから。


「こんな悲しいクリスマスを送ろうとする女子高生は見たことない。私は悲しいよ」

「あなたに悲しまれる筋合い無いんだけど」

「もしやこの後、家に帰っても勉強する予定だったり?」

「よく分かったわね」

「やれやれ、ナンセンスだよ。全くもってナンセンスだよ猫宮クン」


 肩をすくめて左右に首を振り、呆れたように溜息を漏らす狐鳴さん。学生が将来を見据えて勉強することの何が無意味(ナンセンス)だというのか。

 いや、それはこの際どうでも良い。ヒトの意見は千差万別。イベントは楽しまなければ損であるという主張も分かる。だとしてもどうして彼女は他人の神経を逆撫でする態度が取れるのだろうか。買い物で手が塞がっていなければ反射的にビンタをしていた自信がある。


「仕方ない。聖夜を寂しく過ごす芽衣理のために、狐鳴サンタがプレゼントをあげよう。はいどうぞ」

「それはどうも。で、これはなに?」

「クリスマス仕様のスノードーム。雲雀(ひばり)とお揃いにしようと思ったけど芽衣理にあげる」

「えっ、それは悪いわよ」

「構わぬ構わぬ。もう1個買うだけのことだから。というか友達が勉強している同時刻に私だけ浮かれているとか居た堪れないから。大人しく楽しめ!」

「そんな怒られ方されたの初めてよ。でもありがとう」

「よし。あっ、お返しは学年末試験の勉強を教えてもらうということでよろしく。それではまたねー」


 そう言い残すと狐鳴さんはクリスマスの人混みの中に消えていった。夜も遅い時間だというのに随分とテンションが高い。相変わらず嵐のようなヒトだ。

 その後、会計を済ませた私は値下げのシールが付いたお弁当を購入して帰宅。マンションのオートロックを開けて、エレベーターを上がり家の鍵を開ける。そこに人気は無く、暗くて静かな玄関がいつものように出迎える。


 まずはお風呂の準備をして、待っている間に購入した諸々を片付ける。ついでに狐鳴さんから貰ったスノードームを飾ることにしよう。

 お菓子の家とその傍にある針葉樹に雪が降る小さな世界。てっきり詩音さんをイメージして狼の要素があると思ったけど普通だった。そして意外とセンスが良いのが地味に腹が立つ。

 ご飯を食べて、お風呂を済ませた後は寝る時間まで勉強をする。それが普段の私の日常だけど、今日くらいは息抜きに好きなことをしようと思う。狐鳴にも言われたばかりだからね。


 やって来たのはお父さんの書斎。医学に関する専門書が所狭しと並んでいる。そして最近になってまた新しい本がいくつか増えたのだ。

 それは獣医師の専門書や動物の解剖書など。人間を相手に治療するお父さんが持つには違和感を感じる動物に関する本だ。私が詩音さんのことを相談して以来、お父さんは資料を集めて新しい分野の知識を深めている。


 お父さんは患者と関わり診療する臨床医では無く、治療法が無い病気の解明や新しい治療法の開発を行う研究医なのだ。詩音さんの存在を知ってからは好奇心を刺激されたのか、関係がありそうな文献を調べ続けている。

 そして私も無茶を頼んだ手前、何もしないのも落ち着かない。だからお父さんのようには行かなくても自分なりに調べているのだ。勉強の合間の息抜きにもなるから一石二鳥だと思っている。


 書斎から犬の解剖書を拝借して読むことしばらく。玄関の辺りで物音が聞こえた。鍵はかけているから不審者なら入れないはずだけど、経験からしてこれは十中八九身内である。

 読んでいた本に栞を挟み、玄関に設置されているカメラの映像を見る。そこに居たのは案の定、私のお母さんだった。電話では帰れそうにないと言っていたけど、どうにか時間を作って帰宅したらしい。それも日付が変わる前に帰って来るなんて、相当無理をしたに違いない。


「あら、鍵が無いわ。おかしいわ。どこに入れたのかしら」


 家の前で自分の荷物を漁るお母さん。冬の夜だというのに上着まで脱ぎ、服のポケットまで大捜索している。一体何をやっているのやら。時間がかかりそうだからこちらから鍵を開けてやる。


「お帰り、お母さん」

「あら、芽衣理ただいま。お母さんね、電話では遅くなるって言ったけど早く帰って来たよ。サプラーイズ!」

「そうなの。で、何をしていたのよ」

「なんか鍵を落としちゃったみたいなの」

「どうせ上着のポケットでしょ」

「そこはもう探したもん。でも無かったのよ。ほら」


 心外だと言わんばかりに頬を膨らませ、証拠を見せつける上着を逆さまにして上下に振るうお母さん。そのとき金属が落ちたような甲高い音が辺りに響いた。

 視界の端を転がるそれに視線を向ける。誰がどう見ても紛れもなく我が家の鍵である。足下に現れた鍵に気付いたお母さんと視線が交わり、彼女は失敗を誤魔化すように笑ってみせた。


 この通り私のお母さんは天然というかマイペースというか。兎に角、かなり抜けているところがあるヒトだ。ふわふわした雰囲気が出ているのは詩音さんと似ているかもしれない。

 しかしそれはプライベートの話。医師として仕事をしているときは正に女傑であり、外科医として大勢のヒトの命を救っている。その姿は尊敬しているし、私のなりたい目標の姿でもあるのだ。


「ふふっ、どうしても芽衣理と過ごしたくて頑張って帰って来ちゃった。ちゃんとケーキも買ったのよ」

「ふーん」

「でも並ぶ行列を間違えて、隣のドーナツ屋さんに入っちゃった」

「買えてないじゃないの」

「まぁまぁ、ドーナツもケーキも似たようなものよ」


 そう言いながらお母さんは家に入り、キッチンから皿を出してドーナツをお披露目する。箱の中にはいくつもドーナツが入っていたけど、全部同じ種類だった。

 こういう場合って選べるように何種類か買うものだと思う。そう言いたいけど凄く楽しそうだから言い辛い。まぁ、私も嫌いじゃないから良いけれど。


「ねぇ、お母さんは詩音さんの事どう思う?」

「詩音さんって狼の獣人ちゃんのこと?うーん、直接会ったことが無いから何とも言えないけど、話しを聞く限り良いお友達よね」

「それはそうだけど。医者として何か思うところはあるかって話」

「それは勿論。現代科学では分からない事ばかりで考察が尽きないわ。一度専属の医師に。あっ、獣医師だっけ。そのヒトにも会ってお話しを伺いたいくらい」


 そう言いながら紅茶を淹れるためのお湯を沸かし、ドーナツに蝋燭を刺すお母さん。ケーキの代わりだからといってドーナツに蝋燭を刺さないで欲しい。

 百歩譲って蝋燭は許すとしても、仏壇用の蝋燭はダメだ。クリスマスにお腹を壊したくない。


「ここだけの話だけどね。本当なら狼ちゃんは私達がいる病院に通院するはずだったのよ。そしてお父さんは主治医として色々と調べる予定だったの」

「へー、そうだったんだ」

「そうなのよー。普通のヒトには無い体質だもの。他にヒトにも起こる可能性があるのか気になるし、今のところ治らない病気の治療法が見つかるかもしれないからね」

「それならどうして詩音さんは行っていないのかしら。設備だって充分に揃っているのに」

「狼ちゃんだって一般人として日常を過ごす権利があるからね。それを私達の都合で害するなんてできないわ。医師である前にヒトとして、倫理の一線は超えてはいけないの」

「そうね。それは何より大切なことだわ」

「まぁ、お父さんは凄く残念だったみたい。院長先生に随分と食い下がっていたみたいだから」


 確かにお父さんは興味を持ったものに対して深くのめり込むきらいがある。探究心が旺盛なのは研究者として大切なのかもしれないけど、節度が無ければ周囲に迷惑をかけてしまい兼ねない。


「その点、いまの先生は上手くやっているみたいね。丁度良い距離感で狼ちゃんと仲良くしているんだって。動物と触れ合うことが癒しになっているのかしら」

「どちらかと言うと詩音さんが周りに癒しを振り撒いているわよ」

「あらー、それは良いわね」


 正確には辺り構わず撒き散らしていると言った方が正しいかもしれない。彼女の周りはいつもふわふわした雰囲気が出ているし、狐鳴さんや妹の愛音さんにはとてつもない影響を与えている。

 あれはある意味で魔性の女だ。元々男性だったらしいがそれは些末なこと。あれは魔性の女なのだ。


「でもねお母さん。詩音さんは癒しの塊みたいな子なのに、英語の成績だけは可愛くないのよ」

「それは前にも聞いたよー。前期からずっと満点なのよね。あのときの芽衣理は凄く悔しそうにしていたし、後期の試験勉強は刺激を受けて凄とても頑張っていたものね」

「それでもリスニングとか英語の発音は全く及ばないわ。詩音さんのはもうネイティブと同じだもの」

「それは仕方ないわよ。昔の彼女は世界中を渡り歩いたらしいから。芽衣理も留学してみる?」

「今はいいわ。いつか行きたいと思ったらよろしくね」

「勿論。お母さん応援するよー」


 お母さんがお気に入りの紅茶を淹れたところで私達はテーブルに着いた。

 蝋燭の穴が空いたドーナツを食べるクリスマス。きっと他のどの家庭でもこの光景は見られないけど、中々会えない家族と一緒なら案外悪くないものだ。

 向かい側に座り、同じようにドーナツを食べるお母さん。目が合ったときのその様子はどこかおかしくて、どちらからともなく顔を綻ばせてティーカップに手を伸ばすのだった。


「「あっちゅい!」」

猫「皆んなは留学に行くならどこが良い?」


詩「藪から棒だね。どうしたの?」


猫「特に意味はないけど。海外に行くならどこが良いのかなって」


狼「海外なんて行ったことないけど、ハワイかな。日本語だけでもそこそこ通じそう」


鳥「やっぱりアメリカ。カナダも行きたい」


鮫「俺はヨーロッパのどこかかな。美味しいものがたくさんありそう」


狐「中国だね。人口が多い。即ち大勢のヒトに布教できる」


猫「何をとは聞かないでおくわ。詩音さんは?」


詩「私はあそこ。猫の国に行ってみたい」


皆「「猫の国!?」」


詩「いつか遊びに行こうってココロワが言っていたから」


鳥「詩音ちゃんが言うとファンタジーだって一蹴できないな」


鮫「世の中って思っていた以上に不思議で溢れているんだなぁ」



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