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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
132/199

EP-132 雪遊び

 一際寒い冬の夜が明るく照らされる朝日。冷たく澄んだ空気が肌を撫でる感覚が気持ち良い。普通のヒトは思わず震えてしまう寒さだろうけど、今の私には全く気にならないのです。

 今日みたいに寒い日。そして狼の姿になっているときは普段より調子が良いんだよね。明け方になるにつれて半獣モードに戻ってしまったけど。

 それでも今日は特に気分が良い。それは夜が明けて一面に銀世界が広がる外を見れば分かるだろう。

 この辺りは冬になれば毎日のように雪が降る地域ではない。新雪が降り積もるのは年に数回程度でそれなりに珍しいのだ。

 それはまだ何も描かれていないキャンバスと同じ。琴姉ぇみたいに絵を描くのは上手くないけど、これを見て何もしないという選択肢は無い。


「とぉ!」


 ということで私は早速雪の中に飛び込んだ。若干水気を含んでいるのか、パウダースノーというほどではない。でもその触り心地はふわふわ柔らかくて、冷たさも相まって気持ち良い。

 膝の高さまで積もったそれは雪だるまを作るには丁度いいと思う。この肉球で作ることができるかはまた別の話だけど。

 積もった雪を蹴って散らしてみたり、横になって転がってみたり。周りの雪をかき集めてその中に潜ってみたり。なんかこれ落ち着くな。静かだし、冷たくて気持ち良い。


「ふふっ、若いって良いわねー」

「はっ!?」


 両手を掲げるようにして雪山を掻き分けたそのとき、嫌な視線を感じて振り返ると家の窓から無機質なレンズが覗いていた。

 ビデオカメラから視線を外したママはそれは楽しそうな笑顔をしている。その後ろでスマホを構えて写真を撮り続けている愛音もまた、それはそれは楽しそうな笑顔をしていた、


「やめ、止めて。わぷっ」


 その悪行を止めようと近付くけど2人にその気配は無い。それどころか途中で転び前のめりに倒れた私に焦点を合わせてフラッシュを焚く始末。

 おかしいな。どうして雪は冷たいのに私の顔は熱いのだろう。この醜態が現在進行形で残されていると思うともう立ち上がれない。


「朝から何をやっているんだ。詩音もいつまでそうしていないで起きろ。風邪引くぞー」

「がぅー!」

「うおっ、危ない」


 羞恥心を隠そうとパパに襲いかかるけど、きちんと爪の手入れがされた肉球は無力だった。華麗に避けられたからどのみち当たってはいないけど。

 それどころか勢いを利用されて肩の上に抱き上げられる始末。もがいてみたけど逃れられる気がしない。

 そんな私に2人の視線と2つのレンズが向けられる。ヒトはこれを恥の上塗りというのかな。雪の中に潜りたい。


「詩音は本当に寒いの平気なのね。私には無理だわ」

「お母さん、コーヒー淹れたよ」

「ありがと〜、ことね〜」


 ママと一緒に淹れてもらったコーヒーから立ち上る湯気に鼻を近付ければ良い香りを感じられる。そうしながら尻尾を動かしていると、琴姉ぇが角砂糖とミルクを足してくれた。

 分かっていらっしゃる。流石私の姉である。


「足跡とかが何もついていない雪ってテンションが上がるよね」

「もっと寒い地域に行ったらそんなこと言っていられないぞ。一日に何回も雪掻きをしないと住む家が無くなるんだから」

「うーん、それは大変だなー」


 そう言いながらゆで卵の殻を取ってくれた愛音の手からそれに齧りつく。半熟な黄身がとろりと流れたのですぐに2口目をいただく。

 尖った犬歯が愛音の指に触れてしまったけど、本人は嬉しそうだから別に良いや。こういうのは気にしたら負けなのだ。


「童心に返る詩音。可愛かったわー」

「この1年足らずで作ったアルバムの量だけで紫音だった頃の量を上回ったらしいぞ」

「私の15年は一体どこに消えたんだ」

「仕方ないよ。これなんてもう永久保存版だもん」


 そう言って愛音がスマホに表示したのは昨夜に狼の姿で雪にはしゃいでいた私だった。こいつ2日連続で盗撮していたのか。許さぬ。


「言っておくがその姿の詩音を他人に見せびらかすんじゃないぞ。満月の日とその前後に変身するっていうのは俺達と竜崎先生しか知らないんだからな」

「分かっているって。でも狼になったしー姉ぇ、本当に綺麗で格好良いよねー」

「分かる。遊んでいるときは格好良さと可愛さが合わさってもう無敵よね」

「よし分かった。そのスマホをコーヒーに沈めるからよこしなさい」


 この肉球ではスマホを操作できないのだから強行手段に出るしかない。大丈夫、相手は盗撮犯だ。正義は私にある。


「折角だから私も雪遊びしようかな。たまには童心に返るのも良いでしょ」

「それなら私も!一緒に雪だるま作ろう。大きいやつ」

「それは良いけどちゃんと温かい服に着替えなさい。ほら」


 どうやらママは私が雪の上を転がっていたのが耐えられなかったらしい。私は攫われるように連れて行かれて防寒着をしっかり着させられた。

 ただでさえ冬毛仕様だからもふもふの密度が高いのに、更にもこもこになってしまった。余程暖かいのだろう。ママが抱きついたまま離れてくれない。

 ひとしきりもこもこを堪能されたところで私は再び外に出る。朝ご飯を食べている間にも雪は降っていたので、たくさん付けた足跡も結構薄くなっていた。


「よし、大きい雪だるま作る。3段重ねのやつ」

「そう言えばどうして雪だるまって2段と3段のものがあるのかしら?」

「2段の雪だるまは日本特有のものなの。その名の通り達磨がモチーフになっているからね」

「言われてみると確かに」

「それに対して海外の雪だるま、つまりスノーマンね。これは達磨では無くヒトの形を模しているから頭胴足の3段で作るのよ」

「さすが琴姉ぇ。物知りだね」


 そんな雑学を聞いている間に早くも大きめな雪玉を生成する愛音。あれがどこのパーツになるかは分からないけど、かなりの大作になるのは間違いなさそうだ。

 それに対して私は雪玉作りでは敵わないと早々に諦めて雪うさぎ作りに勤しむことにした。私が本体となる雪の塊を作り、そこに琴姉ぇが飾り付けをするのである。

 ちなみに本来の雪うさぎは南天(なんてん)と呼ばれる植物で赤い木の実でできた目と、葉の耳を作る。兎は縁起の良い動物らしくて、南天も「難を転じる」ということで縁起物なのだとか。ということで我が家を幸福まみれにしてやろう。

 残念ながらこの辺りに南天は無いから、つぶらな赤い目は家にあるもので適当に誤魔化している。これはこれで温もりが感じられて良いと思います。


「しー姉ぇ、これ見て」

「なーに?」

「隙あり!」


 愛音に呼ばれて振り返ると目前に雪玉が迫っていた。これを避けられる反射神経なんて当然私には無い。なす術無く顔で受け止めた私は頭を横に降ってこれを払う。

 すると私の耳を2投目の雪玉が掠める。流石に講義の声を上げようとしたとき、3つ目の雪玉がまた顔に当たった。口の中で冷たい。


「あははー!引っかかった引っかかったー」

「ちょっと愛音、そのくらいにしないと」

「止めるな琴姉ぇ!」


 静止させようと伸ばす琴姉ぇの手をすり抜けて、私は地に四肢を着いて走る。積もった雪を体で掻き分けることになるけど気にせず突撃してやる。


「えぇ!?何で雪の上をそんな速さで走れるの!」


 普段なら身体能力にバグが生じている愛音に追いつくなんて到底不可能だけど、この雪は私に味方をしている。

 いつもより調子が良い私に対して、愛音は膝下まで積もった雪と寒さで動きが鈍い。飛びかかって押し倒すのはさほど難しくなかった。良い子は真似しないでね。

 柔らかい雪の上に倒れた愛音がもがく間に背を向けた私は両足で新雪を掻き分ける。飛び散る雪の行き先は言わずもがなである。


「うぎゃああぁ!」


 除雪車も驚く勢いで掻き分けた雪を全身に浴びる愛音。一方私は足下の雪が無くなるや否や、場所を変えて再び雪をかける。

 最終的にそこそこ立派な雪の小山の下に悲鳴が埋もれたところで溜飲(りゅういん)が下がったので許してやることにした。たまには体を動かすのも悪くないね。


「いや全く許してないでしょうが。もうこれ遭難しているわよ」

「寒い、冷たい。助けて琴姉ぇ〜」

「お前ちょっとヒトを忘れかけてないか」

「そんなことはない」


 余計な心配をするパパをよそにママから人参を貰った私は、愛音が作りかけたスノーマンの鼻としてそれをあしらう。彼の頭に2つの三角耳があるのが何ともあいつらしいね。

琴「お父さん。もしも詩音が狼として生きたいと言ったらどうするつもり?」


父「なぁ、お母さん。この辺りで買える山とかってあるかな?」


母「家から近いところであることが絶対条件だからね」


琴「そうだった。この2人はどんな夢でも全力で応援してくれるヒト達だった」


父「しまったぁ!?詩音に狩りのやり方を教えなければ!」


琴「普通に嫌がりそう」


愛「しー姉ぇは狼とヒト。将来はどっちになるつもりなの?」


詩「絶対にヒトだね。美味しいご飯を食べたいし、お風呂はちゃんと入りたいし。何より狼は楽器が弾けなくなるもん」


愛「しー姉ぇらしい答えだねぇ」

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