EP-13 診断結果
「さて、話したいことは沢山あるけどまず1つ聞いておきましょうかね」
手にしたカルテをデスクに置いて竜崎先生が体を向ける。
「紫音さんを呼ぶときの敬称なんだけど、何が良いとか希望ある?」
最初の質問に思わず目が点になる。聞きたいことも言いたいことも幾らでもある中で最初の問いかけが敬称をどうするかってどうなのさ。
「普通にさん呼びで」
「ほーん。常識のある返事。てことは精神年齢の退行は無し。口調からして心は男性かな。今の外観と精神は引かれていないね。人格が変わる等の症状も無し。確かに事故以前の紫音さんがあるみたいだね」
竜崎先生の返事に今度は心拍数は跳ね上がった。犬に襲われたときは飄々としていて適当そうにみえたけど、1つの問診で私の内面を正確に読み取った。かなり頭がキレる人だ。
「さて、実のところ自分の方から聞きたかったのはこれで終わりでして。後は以前の検査結果をお話しするくらいなんですけども。とりあえず紫音さんに悪いところはみられませんでした。数値は正常値だし、アレルギー等も無し。そこら辺のヒトよりよっぽど健康体です」
健康体。そう言われてようやく大きく一息ついた。少なくとも今すぐどうにかなる心配は無い。今まで通り皆んなと一緒に暮らすことができる。
「先生、DNA検査の結果はどうでしたか?」
手にしたバッグを握る手に力を込めてママが尋ねる。健康であることが分かれば次に気になるのはこの体のことだ。この耳と尻尾は一体何なのだろうか。
「まぁ、気になりますよね。そうですよね。結論を言うと紫音さんの遺伝子はヒトのそれとは異なるものでした」
「私人間じゃない!?」
「ですね。人間ではないです」
遂に知ってしまった衝撃の事実。気が付いたら私人間やめてました。もしかするとそうかもしれないと考えてはいたけど、現代科学で証明されるとショックが大きい。
「しかしそれでは何の遺伝子なのかと聞かれるとこれがまた難しい。何せ過去地球に存在したどの生物にも合致しない」
「つまり新種ですか」
「そうなりますね」
「新たなる生物の誕生。種族名は「シオン」で決まりね」
「そうなりますね」
「そうなるんですか!?」
パパとママが悪ノリを始めた。新種は新種かもしれないけど仄かに厨二病の香りがして嫌だ。あと種族名「シオン」は断固拒否する。だってそれはただの名前だから。個体名だから!
「しかし全くヒトと違うかと言われるとそうでは無いんです。正確には人間の遺伝子の中に別の動物の遺伝子が混ざっている状態なんです」
「その動物とは?」
「狼です」
狼の遺伝子が混ざった人間ということかな。いやでもどっちが本体かなんて分かりようが無いよね。何せ前例が無いのだから。
「染色体の数は46本でヒトと同じだから、ベースになっているのは人間の方と推測はできます。しかし78本の狼の染色体の特徴が随所でみられるのも事実。混ざり合ったとしか言いようが無いですね」
「「リアル狼人間」」
「言うと思った!」
全く同じボケをハモらせるとはなんて仲の良い両親なんだ。人類であることを否定された私の気持ちを考えろ。
と思ったけど2人の表情を見てその憤りは小さく萎んでしまった。2人とも笑っているはずなのに眼が、心が悲しんでいたのだ。
人間では無い。それはつまり私は紫音では無いし、2人の子どもでも無い。琴姉ぇや愛音と姉弟でも無い。血の繋がらない他人とということになる。
以前にママは「血の繋がりは無くても家族だ」と言っていたけど、改めて現実を突き付けられると受け入れ難いものがあるのだろう。
「んー、申し訳ない。どうやら話す順番を間違えてしまったようですね」
私達の内心を悟ったのか、竜崎先生はあえて言葉を割り込ませて一枚の紙を渡した。DNA検査の結果書。
「先程言ったように紫音さんには狼の遺伝子を持っています。しかし当然人間の遺伝子もある。そしてこの人間の遺伝子に注目すると、ご両親の遺伝子を引き継いでいることが分かりました」
「つまりどういう事ですか?」
「男性だった紫音さんと同じ遺伝子では無いため同一人物とは言えません。しかしながら今の紫音さんは紛れもなくお二方のお子さんということになります」
つまり私が紫音では無いという結果と、紫音でしかあり得ないという矛盾する結果が出たというわけだ。2人に4人目の子どもとかいればまた話がややこしくなるけど、それがあり得ないのは2人が1番分かっている。
「という事は?」
「どういう事だ?」
「紫音さんの遺伝子は変異してそれまでとは全く別の個体になりました。それでも皆さんが家族であることは変わらない事実です。性染色体が男性から女性のものに変化しているのは謎ですけど」
竜崎先生の言葉を時間をかけて飲み込む。途中パパが「そうですか」と言うだけで静かにそれを受け入れた。
形はどうあれ私は紫音であり、自分達の家族である。それが分かっただけでも十分嬉しいことなのだ。
そんな感動を覚える状況でありながら、私自身はというとさり気なく明かされたもう1つの事実に引っかかっていた。「性別が変わった理由は不明」って。むしろそれが1番気になると言っても過言では無い。
でも言えない。目を潤ませて感動するママとそれを支えるパパの隣でそんな空気が読めないことは口が裂けても言えない。
「とまぁ、先日の検査までで分かったのはこのくらいです。しかし今後も何も起こらない保証はありませんので、週1回は健診にしてください。それも自分の連絡先を教えますんで体調不良のときや不安なこと、聞きたいこと。どんな小さなことでも気になることがあれば連絡をください。なんなら暇なときでも気軽に連絡をください」
「分かりました。あっ」
徐にポケットを探ったところで静かにその手を抜く。自分でも分かるほど不自然な態度にスマホを取り出した先生は首を傾げる。
「私、まだスマホ無くて」
「あー、さいですか。ではまた次の機会に」
「すみません」
申し訳なく縮こまりながら竜崎先生とママ達が連絡先を交換するのを見つめる。早く新しいスマホの入手は急いだ方が欲しい。
病院の去り際、紫音の父は呼び止められる。
竜「お父さん。もう少しお時間を下さい」
父「君にお父さんと呼ばれる筋合いは無い!」
竜「真面目な話ですよ!あと自分には戌神がもういますからご心配なく」
父「あっ、それはおめでとうございます」
竜「先程はあなた方が家族であると強調しましたが、普通のヒトとは違うという点を忘れないで下さい」
父「どういう事ですか?」
竜「懸念は幾つもありますが、特にリスクが高いものとして1つ言います。今後大きな怪我をしたとき、輸血や臓器移植は不可能と考えた方が良い。今まで以上に常日頃の健康に注意して下さい」
父「わ、分かりました」




