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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
125/199

EP-125 冬の子

「はぁ、流石にもう11月。霜月というだけあってすっかり冬ね」

「そうだね」


 まだ薄暗い冬の暁、今日も大学に行くために琴姉ぇは家の扉を開ける。コートに手袋、マフラーにカイロなどの冬の必需品を装備しているが、冬の冷気は僅かな服の隙間からも入り込みその身を震わせる。寝不足の頭が半ば強制的に覚醒される。


「ひぇー、寒い!凍えるぅ!」


 ミニスカートにストッキングという防寒性皆無の姿で外に出た愛音は一際強い冷気の風を受けて思わず絶叫する。いくら手袋やマフラーを身につけたとしても、これでは寒さを凌ぐことはできない。

 彼女が通う桜里浜(おりはま)中学には制服の種類が複数存在していて、ズボンタイプの女子制服もある。それでも女子生徒は「可愛くないから」という理由だけで自らこの苦行に耐える者が大半なのが実情である。

 助けを求めるように手を伸ばす妹に自分のカイロを分ける琴姉ぇ。自分にもそんな時代があったと懐かしんでいるのかも知れない。

 何はともあれ3人とも準備が整ったので各々が通う学校に登校する。寒いという理由だけで学校は休めないからね。


「それじゃあママ、行って来るねー」

「「待ちなさい」」


 いざ出かけようとした矢先、私の肩に色が異なる手袋が乗せられた。振り返ると姉と妹が厳しい視線を向けている。

 私が知らないうちに何か不快にさせるようなことでもしたのだろうか。朝ご飯は上手に作れたと思うけど。


「詩音、どうしてあなたはこの時期になってもまだ夏服のままなのかしら」

「だって寒くないもん」

「お願いだから着替えて。見ている方が寒いから」


 唸るように声を荒げる愛音だけど風が吹いた途端それは一瞬で悲鳴と化した。琴姉ぇも白い息を吐いて身を震わせている。本当に寒いんだね。

 しかし私は本当に全く寒いと感じていない。むしろ普段より調子が良い気もする。昔は2人と同じように人並みに寒さを感じていたはずだけど、今は薄着でも全く気にならないのだ。


「良いから着替えて着なさい。まだそのくらいの時間はあるでしょう」

「むー」

「むくれても駄目。それとも手伝ってあげようか?」

「すぐに戻ります」


 あんな拷問をまた味わうなんて二度と御免だ。逃げるように家に戻り、自室のクローゼットを漁り再度身支度を整える。少し散らかしてしまったけど片付けは帰ってからにしよう。

 まずは冬服の制服に身を包み、その上からセーターを着る。上着は要らないかな。あんまり重ね着すると動きにくいし、この上から厚手のコートを着るから琴姉ぇにもバレないはず。

 その肝心なコートは桜色を基調としたもので、肘が見えるくらいの短いケープがセットになっている。ケープの裏地は白いファーになっていて保温性は中々。首元も同じような作りになっていて内側に冷気が入らないようになっている。

 帽子はコートとお揃いのカラーリングで、もこもこの裏地が暖かい。耳の外耳部分にも生地があり、動かす度に生地が擦れる音が聴こえるのが少し気になる。

 手袋は親指以外の指が1つにまとめられたもの。所謂ミトンというやつだね。コートや帽子に合うデザインだけど、指が少し動かしにくい。まぁ、学校に行くだけなら特に困ることは無いけどさ。

 後はマフラーか。これは桜色では無く白色で、両端にいくにつれて藍色のグラデーションになっている。私の髪や尻尾とお揃いの色だけど、よくこんなものを見つけてきたね。


 マフラーに限らず、この妙に気合いが入った装備は当然私が選んだものでは無い。服に関しては相変わらず無頓着だと自負しているし、必要とすら思っていない防寒着なんてお金を出して買うはずも無い。

 きっと私が知らない間にママと姉妹で選んだのだろう。こんなものに使うお金があるならプリンでも買ってくれれば良いのに。


「お待たせ」

「詩音」

「なぁに?」

「それ、良いわよ」

「その格好が似合うヒトなんて二次元にしかいないと思っていたよ」

「あっそ」


 コートなんて暑いだけだと思っていたけど、外に出てみると意外とそうでもなかった。通気性がそれなりにあり、熱や蒸れが篭らず外に抜けていくから見た目よりずっと快適だ。コートの丈も長くないから尻尾も自由に動かすことができる。

 でも防寒着としての機能を果たしているのかと問われると正直疑問ではある。どちらかと言うとそれらしい衣装なだけと言った方が納得してしまう。

 まぁ、着ないよりは暖かいのは間違いないし、他ならぬ私が着心地が良いと感じるならそれで良いんじゃないかな。


「この尻尾に手を入れたまま学校に行きたい」

「大学まで着いて来てくれない?」

「やだ。私が遅刻しちゃうもん」


 背後から虎視眈々と狙う2人から追われるように先は進む。やがてそれぞれ解散した後、少し先に良介が立っていた。横断歩道を待っているのだろう。あの体格で黒い上着を着ているから遠目から見るとまるで熊みたいだ。


「おはよう良介」

「おっす。なんだその格好は」

「見ているだけで寒いからと着させられた」

「そうだな。その通りだな。お前、先週まで夏服で登校してたもんな」

「だって本当に寒くないんだもん」

「それにしたってせめて長袖くらい着ろ。風邪とか引いたら大変なんだろうが」

「大丈夫。今日からちゃんとセーター着たから」

「着させられたの間違いだろ」

「あっ、あそこにいるのは猫宮さん」

「話を逸らすな」


 だって本当に居るんだから仕方ないじゃないか。コートのポケットに手を入れたままの良介の腕を引いて走るように催促する。

 それでも動きが鈍いままなので今度は後ろから背中を押して無理矢理にでも急がせる。本当に冬眠前の熊みたいだな。


「猫宮さーん」

「おはよう」

「おいすー」

「びっくりしたぁ!詩音さんだと思ったら大狼君だった」


 確かに見た目と違う声がすると驚くよね。私が皆んなの声を真似したときもそうだったし。

 良介を間に挟んで話すのは後期の期末試験の話だ。年末年始の連休の前に立ちはだかる最後の難関を突破しないと気持ちの良い年明けは迎えられないからね。

 この中で1番頑張らないといけない良介が全く聴く耳を持っていないけど気にしても仕方がない。こいつの時間の結果がどうであろうと私には関係無いし。

 いつかまた勉強会をやろうと約束したところで私達は学校に到着した。教室に入ると暖房の暖かい空気が頬を撫でる。誰だこんなに暑くしたヒトは。電気代が勿体無いじゃないか。


「おはよう、言ノ葉さん。今日は暖かそうだね」

「うん。でも今は暑いからエアコン止めるね」

「それは止めてね」

「なら窓を開ける」

「それも止めてね」

「これは換気、換気だから。換気は大事でしょ」

「何事にも限度はあるから、ね」


 既に開いている窓を全開にしようとするとナツメ君に笑顔で止められた。彼は意外と寒いのが苦手なのかな。元水泳部だから低温には強いと思っていたよ。

 もしもそうなら私が着ているセーターを貸してあげれば全て解決するのでは無いだろうか。私は涼しくてナツメ君は暖かい。一石二鳥とはこのことか。


「それは絶対に駄目だから」

「まだ何も言ってない」

「言ノ葉さんとの付き合いも長くなったから。何を考えているのか多少は分かるよ」

「す、すごい」


 どうやらナツメ君は知らない間に超能力に目覚めていたらしい。なんて羨ましい。私は耳と尻尾が生えて性別まで変わってしまったというのに。

 この世の中には私が思っているよりも不思議なことがたくさんあるんだなぁ。


「今のお前ほど表情が易い奴は居ないから」

「耳と尻尾も全力でアピールしているものね」

「そう言えばこの身体になってからババ抜き勝ったことない」


 結局、空調に関してはエアコンの設定温度を少し下げることで話がついた。やっぱりこのクラスは皆んな優しくで良いヒトばかりです。

鳥「おはよー。今日は寒いね」


狐「うわっ、寒い!なんでこの教室こんなに寒いのさ」


鮫「あぁ、それには理由が」


狐「エアコンの設定温度低くない?窓も開いているし暖房の意味ないよ」


猫「あっ、ちょっと」


狐「先生居ないし設定温度上げちゃおっと。おー、快適快適」


詩「狐鳴さん、嫌い」


狐「えっ!?なんでどうして!私何か迷惑をかけるようなことした!?」


詩「知らない」


狐「のぉー!お願いしーちゃん、機嫌直して!」


鳥「あー、成程。事情は大体分かったわ」


狐「どうしてこんなことにー!」

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