EP-123 七変化
「言ノ葉さんって他人の声を真似するの凄く上手よね」
ある日の昼休み。いつものように尻尾のお手入れをしていると猫宮さんがそんなことを言われた。
突然の出来事に目を点にしたまま、とりあえず首を左右に振る。だって物真似なんて今までやったことないもん。
「でも文化祭の演劇で母ヤギ役だった私の声を真似してたときあったでしょ」
「母ヤギのフリをして家の中の子ヤギに会いに行く場面な。確かに猫宮の声そのものだった」
「確かにそういう設定だったから似せようとは思ったけど。別に練習とかしてないよ」
意識した点を挙げるなら音の波長を合わせたことくらいかな。ヒトの声の波長はその日の体調やそのときの感情によって差はあるけど、ヒトにはそれぞれ音の波長に特徴がある。声紋というやつかな。
私はそれを聴いて、そのヒトの特徴を模倣して発しただけである。でも言われてみると男だったときはそんなことできなかったな。この身体は器用なことができるんだね。
「試しにもう1回猫宮の真似をしてみろよ」
「そんなの急に言われても」
「中間試験で全科目満点なんて余裕ですわー!おーっほっほっほっ!」
「そんなの言ったこと無いでしょ!」
これでもかというほど高飛車なお嬢様キャラを演じる狐鳴さんに本人から鋭いツッコミが入る。
本当にそんな台詞を言うヒトは見たこと無い。でも猫宮さんは見た目と声質だけならイメージが合うんだよね。
「いやでも見た目と声だけならキャラ合ってるぞ。髪型を金髪ツインドリルにすれば完璧だ」
「誰がそんな恥ずかしい格好するもんですか」
「あとは相手を冷たく軽蔑するような台詞とか、相手を馬鹿にするような口調とか似合いそう」
「そんなキャラは二次元の世界にしかいないのよ」
確かに猫宮さんは目つきが鋭いから最初は怖いヒトかと思ったけど、実際は常識と良識を持ち合わせた凄く良いヒトだ。真面目に勉強するところとか格好良いし。
でもだからこそ、普段言わない台詞を言うときどんな感じになるか気になる。ちょっと興味が湧いてきた。
高飛車で常に自信に溢れた猫宮さん。不思議と凄くイメージがしやすいぞ。
『中間試験で全科目満点なんて余裕ですわー!おーっほっほっほっ!』
試しに狐鳴さんが言った台詞をそのまま繰り返してみた。その瞬間、騒がしい教室が一瞬で静かになり、全員の視線が猫宮さんに向いた。猫宮自身もまた何が起きたのか分からず硬直している。
「猫宮お前」
「ち、違う。私じゃない!」
「あっ、ごめん今の私。そんなに似てる?」
「びっくりしたぁ。遂に猫宮が素を出したのかと思った」
「それはどういう意味かしら」
『お父様に言いつけて退学にさせますわよ』
「すみませんでした」
「詩音さーん!」
「あはは。ごめんごめん」
口元を隠して猫宮さんの真似をしてそれらしい口調で話してみると皆んな凄く驚いてくれた。彼女には申し訳ないけどやってみるとちょっと楽しい。
「オオカミは遠吠えで色々な意思疎通ができるというけど、相手の声を真似するほどのことはできないよね」
「これに関しては単純に詩音の才能だろ。コトトリも真っ青な声帯模写だな」
「しーちゃん、そのものまねって誰の声でもできるの?」
「やったこと無いからわからないけど、聴いたことがある声とか音なら多分できる」
凄く低い音とかも難しいけどできなくはないと思う。あとは何度も聴いた音であるほど上手くできる気がする。例えば家族とか、クラスメイトの声は毎日聴いているからより似せることができたと思う。
「私の真似もやってみてよ」
『私の名前は狐鳴稲穂。好きなものはしーちゃんです』
「完全再現だ」
「いやいや、しーちゃんに堂々と告白する奴なんて稲穂しかいないから」
「照れるねー」
「褒められてないよ」
『大狼、先週の課題がまだ出ていないようだが』
「ぎゃあぁ!すみませんすみませ、あれ?」
ふと思いつきで猩々先生の声で話してみると、良介が弾むように勢い良く教室の入口を向いた。皆んなも和気藹々とした雰囲気が一気に張り詰めて緊張が走る。
当然そこに猩々先生はいない。しばらくして皆んなの視線が私に向けられる。目つきが怖いのは気のせいだろうか。いずれにせよバレた悪戯を誤魔化すように舌を小さく出す。
「はぁー、今のはマジで肝が冷えた」
「うん。私達も他人事だけど驚いたよ」
「考えてみれば俺、あのヒトの課題ちゃんとやっているし。咎められる理由無かったわ」
「えへへ。ごめんね」
「うーん、可愛いから許す!」
こういう気まずいときはとりあえず笑顔で振る舞えば何とかなると愛音が言っていたので実践してみると皆んな許してくれた。優しいヒト達で良かった。
「言ノ葉さんから先生の声がするなんて頭がバグを起こしそうになるわ」
「今は顔が見えるから良いけど、電話越しだったら絶対に勘違いするだろうね」
「言ノ葉さん、もしバイト中に迷惑な電話がきたときは今の声で応対するんだよ。間違いなく撃退できるから」
「こんなに色々な声とか音を出せるなら声優になれるかも。1人でアニメのキャラ全部の声を録れるよ」
「詩音ちゃんにウルピュアの格好させて完璧な振り付けと台詞で全力で演じて欲しい」
「絶対にやらない」
「アニメキャラが次元を越える歴史的瞬間になるのに」
「絶対にやらないからね」
折角意外な特技に気がついたのに望まぬ使い方をされようとしている。かといって他に何の役に立つかと言われると困るけどさ。
それこそ不審な電話のときに対応か、年末の隠し芸で披露するくらいにしか使えないと思う。あとは良介を驚かせることかな。さっきの驚いた様子は傑作だった。
『おい、もう授業が始まるぞ。貴様ら早く席に着きたまえ』
「やめろやめろ」
「毎回家庭科の授業だけ緊張するからね」
「生命の危機を感じる類いの緊張だけどな」
「その話、私にも詳しく聞かせてくれないだろうか」
その瞬間、クラスの空気が凍りついた。ドアの近くから感じる凄まじい気迫。生存本能を直接刺激するそれは声を真似するだけでは決して表現できない存在感。
その双眼に睨まれた瞬間、脱兎の如く走り出してそれぞれの席に戻る皆んな。このクラスになって半年も経つのにいまだに慣れない。慣れる気がしない。というか慣れてはいけない。
何故ならこの迫力に順応することは即ち生きることを諦めるのと同義だから。私にはまだやりたいことがあるんだよ。
とりあえず失言をした良介には人柱になってもらおう。骨は拾ってあげるから安心して逝きたまえ。
鮫「どうした大狼。血祭りにあげられた割には嬉しそうだけど」
狐「新しい世界の扉を開いちゃった?」
狼「んな訳あるか。いやまぁ、別に大したことじゃないんだが」
鮫「うん」
狼「詩音の奴、ちゃんと笑えるようになれたんだなと思ってな」
鮫「そっか。それは何よりだね」




