EP-118 中秋の名月
9月も後半に差し掛かり、夏の暑さから解放された今日この頃。快適な気温に私の体調はすこぶる良い。秋の換毛期が始まったことで家中が私の抜け毛にまみれになり掃除は憂鬱になったけど。
だって一通り掃除機をかけたと思ったのに床を見ると抜け毛が落ちているんだもん。歩いただけでも床に舞い、尻尾を振ればそこら一帯に撒き散らすことになる。ここ最近は櫛が手離せません。
「ふおっ、あっちにもこっちにも夢の欠片が落ちているよ!」
どこかの夢と魔法の王国を彷彿とさせる台詞と共に抜け毛を回収してくれる愛音。とても有難いことだけど、よくこんな面倒なことを楽しめると思う。
「2人とも、お母さんがお団子を作ったってさ。まだ早いけど一緒にしましょう」
「はーい」
どうしておやつがお団子なのか。それは今日がお月見だからである。
お月見は十五夜とも言い、一年で最も空が綺麗に澄んだ日に月を眺める行事である。ただし、他の催事と違って決まった日付が無いのが特徴だ。
その理由は旧暦において。つまり月の満ち欠けを基準にして作られた昔の暦では8月15日と決まっていたからだ。だから太陽の動きを基準とした新暦。つまり今の暦とは1年の長さが違うため、旧暦と新暦にある差の分だけお月見の日にちはズレるというのだ。
加えて月の満ち欠けは一定の時間では無い。大体15日くらいではあるけど、それはあくまでも「だいたいそのくらい」というだけなのだ。
だからお月見の日は毎年満月かと思うとそうでもない。1日くらいズレる年もそれなりにあるのだ。
さて、どうして私がお月見について意外と詳しいのかというと、勿論調べたからである。何せ月の満ち欠けは私にとってかなり重要な事だからね。
要は何を言いたいのかと言うと、私はヒトの姿でお月見をすることはほとんど無いということだ。だって満月になると狼の姿になってしまうし、その前日である小望月と、後日の十六夜には半獣の姿になってしまうから。
そして今年のお月見は半獣モードで迎えることになった。この状態の私は特に無力だ。この肉球の手ではお月見のお団子を丸めることすらままならないから。それこそ毛繕いくらいしかやることがない。
「お団子の準備はこんなところね。後はきな粉とみたらし。あっ、海苔はまだあったかしら」
キッチンのドアを開けるとママがお鍋を火にかけていた。この甘い香りはあんこだね。ママの手作りあんこは市販のものより甘くて美味しいのだ。
「良い匂いだな。おしることか作れないか?」
「良いわよ。確か切り餅の残りの余りがまだあったはず」
「おしることぜんざいって何が違うの?」
「地方によって同じものでも言い方が違うからな。だから明確にこうというのは言えないんじゃないかな」
「ふーん。ママ、私にも頂戴」
「はいはい。詩音のは砂糖抜きになるけどね」
「なんで!?」
「この量の砂糖は今の詩音には毒だから」
確かに動物には基本的にヒトに合わせた味付けの料理は食べさせてはいけないけどさ。でも私は甘くないあんこをあんことは認めない。
とは言えもしも食べて体調を崩したら竜崎先生に笑顔でお説教されるので諦めるしかない。普通のお月見団子もほんのり甘くて美味しいからね。
お皿に盛られたお団子にむけて肉球で合掌。夕食の前だから量は少しだけだ。白色しかない丸いお団子。串にすら刺さっていないノーマルなものだけど、その姿には不思議な魅力があるよね。
当然ながら手で掴めないし、箸で取ろうにもまず箸を持つことができない。むしろ箸の方が難易度が高い。
ということで私はお皿を両手で押さえてお団子を直接頬張った。もちもちと柔らかく仄かな甘みが広がるそれを、温かいお茶と共に流し込む。湯呑みを両手の肉球で押さえないといけないけど、コップの類いは持てないことも無いのだ。
「詩音、行儀が悪いわよ」
「そんなこと言われても」
「仕方ないなぁ。私が食べさせてあげるよ」
そう言うと愛音は自分のお団子を摘んで私の口元に持ってきた。妹にこういうことをされるのは癪だけどこの姿のときは仕方がない。ありがたく頂くことにする。
「はむはむ」
「琴姉ぇ、琴姉ぇ」
「どうしたの?」
「小さな唇が指に触れて、ときどき舌が当たって。尖った犬歯に噛まれそうな感じとかが控えめに言って最高」
「かぷり」
「ぎゃーす!」
あげると言ったのに指を離してくれないから本当に噛みついてやった。甘噛みだからそれほど痛くないはずだけど、自業自得だから同情はしない。
「ごめんごめん。上目遣いのしー姉ぇが可愛くてつい悪戯をしちゃった」
「次は本気で噛みつくから」
「狼の本気噛みか。冗談じゃ済まなそうだな」
「詩音、詩音。はいあーん」
わざわざ用意したスプーンでお団子を掬い差し出す琴姉ぇ。首を伸ばしてそれを咥え、ありがたくお団子を頂く。
でもこれだと餌付けされているみたいで嫌だ。そう言おうとすると2つ目のお団子を差し出されたので美味しく頂いた。食べ物に罪は無いからね。
「2人ともそのくらいにしなさい。夕食の前だし、本番はこれからなのよ」
「「はーい」」
「パパのおしるこ、食べても良い?」
「仕方ないなぁ〜」
「あなた」
「ごめんなさい」
その日の夜、私達はあらためて夜空に浮かぶ月を見上げてお月見を楽しんだ。
いつか家族だけでなく大切な友達と月を見上げる日が来るのだろうか。日付が変わり獣人の姿に変わる自分の体を見ながらそんなことを考えていた。
詩「ちなみに十五夜の他にも十三夜っていうのもあるよ。栗名月とか豆名月とも言うね」
愛「へー」
詩「そして十五夜か十三夜のどちらか一方しかお月見をしないことを片見月というんだ。これはあんまり縁起が良くないんだよ」
母「えっ、知らなかったわ」
詩「十三夜は旧暦でいうと9月13日にやるんだけど、勿論、新暦な当てはまるとこれも毎年日付は変わるよ。事前に確認してどっちもお月見しようね」
父「さすが詩音。凄く詳しいな」
詩「えへへ」
琴「十三夜なら月も欠けているから詩音も普段の姿で楽しめるわね」
詩「うん。だからまた皆んなでお月見しようね!」




