EP-117 猫の集会
最終日の演劇も無事に終わり、高校生になって初めての文化祭は無事に成功した。
演劇が終わるや否や、瓜南さんに呼ばれて文芸部の隣で夥しい人数のお客さんと握手をさせられたけどね。着替える暇も無かったけど、皆んな喜んでいたみたいだからそれで良しとしよう。
「それで当日の直前になってギターを渡されたんですよ。もう本当にびっくりしました」
「それは大変だったねー。でもその期待には無事に応えることができたらしいね。お疲れお疲れ」
「実は詩音さん、次の演劇の衣装を着て演奏していたんですよ。とても可愛かったです」
「それは忘れて下さい」
文化祭の振替休日であるこの日、私は竜崎先生達に会いに来ていた。
竜崎先生は動物病院があるから留守番をしていたけど、戌神さんは遊びに来ていたらしい。全く気が付かなかったよ。
「桜里浜高校の文化祭は後夜祭とかやらないんですか?」
「そういうのは無かったです」
「まぁ、やるとなると先生方と負担が凄いことになるからなー。地元住人への許可取りやら生徒の安全管理とかでさ」
「でも仲の良い友達同士で打上げをするヒトはいるらしいです」
ママが経営するカフェ「Lesezeichen」でもそれらしいお客様の予約の連絡がいくつか入っている。
となればその日は必然的に私も手伝いをすることになる。皆んなが楽しんでいる間、私はお仕事に勤しむ。これが現実ですよ。
「まだ学生の身なのに悲しい社会人みたいなことを言うなよー」
「先生も医者ですからね。皆んなのお世話もあるのでこう見えて忙しいヒトなのですよ」
「ヒトは見かけによりませんね」
「よし、少し早いが予防接種をしてやろう。腕を出せー」
「ぴゃあ!?」
今日この病院に来たのは最近忙しくて先延ばしにしていた定期検診を受診するためだ。
とは言え獣化してしまう満月の日でも無いから簡単に終わったけど。そして今は先生との雑談タイム。それとここにいる動物達と遊びに来たのだ。
折角戌神さんにやんちゃな犬2匹と室内で遊ぶという高等テクニックをご教授してもらおうと思ったのに、思わぬ方向に話が逸れてしまった。
「院長、今日も変わりませんね」
「変わらず健康なのは良いことです」
「それが一番大切なのさー」
院長とは受付の前で不動を貫くフクロウの名前だ。初めてこの病院に来たヒトには絶対に分からない会話である。
そう言えばここにはもう一匹、面倒をみている子がいる。それが黒猫のココロワだ。
そう言えば飛鳥さんの家で預かってもらっているあんこも黒猫だったな。動物博士の狐鳴さんは抜け毛を見ただけでボンベイという種類だと言っていたけど、それと同じなのかな?私はあまり詳しく無いからよく分からないや。
「そう言えばココロワは普段はどこにいるんですか?」
「その辺にいるよー。たぶん」
「適当ですね」
「あの子は自由が好きな子ですから。でも詩音君、ココロワに会ったことありましたか?」
「はい。1回だけですけど」
「あいつは不思議な奴でなー。外に出しても迷子にはならず、戻って来るんだよ。家に置いても暇そうにするだけだし、好きにさせるようにしているんだ」
竜崎先生が言う通り、ココロワはミステリアスな猫だ。神秘的な雰囲気を纏っていて格好良い大人な猫だ。飛鳥さんのところで預かってもらっているあんこも将来はああなるのかな。同じ黒猫だし。
でも折角だから家でのんびりしているココロワを見てみたい。あわよくば油断した瞬間を激写してみたい。琴姉ぇや愛音が事あるごとにカメラを向けようとする気持ちが少し分かった気がする。
「よし、久しぶりに皆んなにお願いしてココロワがどこにいるのか探してみるのです」
「いま上の階の窓から入って来たみたいだぞ」
「何故分かるのですか」
「勘だな」
さも当然と言わんばかりにインスタントコーヒーにお湯を注ぐ竜崎先生。私の耳を澄ませてもそんな気配は感じないけど。
そう思った矢先、華麗な身のこなしでココロワさんが階段を降りて来て、先生の肩に飛び乗った。
本当にいたし、凄く息が合った動きでお互いに信頼していることがよく分かる。これが阿吽の呼吸というやつか。ちょっと羨ましいな。
「竜崎先生って実は動物とお話できるのでは」
「なんだかんだで2人は付き合いが長いですから」
「詩音君、ココロワが良いものを持って来たぞー」
そう言って私の腕の中にやってきたココロワは咥えていたものをそれを私の手に乗せる。そして首輪の鈴をならして顔を上げると黄金に輝く眼を向けた。
「これは花?私にくれるんだ。ありがとう」
「ガーベラというお花ですね」
「そいつは猫の国への招待状だよー」
「猫の国!?猫の国ってなんですか!?」
「猫の王様、猫妖精ケット・シーが治める国です。たくさんの猫が暮らしているんですよ」
猫の国とはどういうものなのか丁寧に説明してくれる戌神さん。ありがたいけど私がいま知りたいのはそういう事ではないのですよ。
この街にそんなファンタジー世界への入り口があるなんて信じられない。そりゃあ行きたく無いのかと問われると行ってみたいとは思うけども。
「猫から花を貰ったヒトは猫の国へ招待して貰える。この辺りでは昔からある御伽話ですよ」
「そういうのは嫌いではありませんけど」
「まぁ、それは空想の物語だとしてもだ。その辺でやっている猫の集会に招待してもらえるぞー」
猫の集会とはその地域で暮らしている猫が集まることだ。それに招待してもらえるだけでも充分不思議なことだけどね。
「安心しろ。猫の集会には俺も戌神もココロワに招待されたことがあるから」
「まさかの実話だった」
「ココロワは詩音君のことが気に入ったんですねぇ」
『どのような縁でも、繋がりはあるに越したことはないからね』
ココロワが何か意味が深そうなことを言っているけど、2人には「にゃあ」と鳴いているようにしか聞こえないんだよね。
言葉が分かるのと、そうでない場合では印象が全く変わるものだ。どっちも可愛いから良いけどさ。
「さて、折角招待してもらうからには手ぶらというわけにはいかんね。ちょっと待ってなー」
白衣を翻してどこかに行った竜崎先生はしばらくすると紙の箱を持って戻ってきた。その中にはお魚の形をしたクッキーが一杯に入っている。
「獣医師監修の猫用クッキーだ。ココロワには好評なんだぞー」
「これ先生が作ったんですか」
「レシピだけな。実際に焼いたのは戌神だ。これあげるから代わりに猫の集会はどうして行われるのか教えてくれー」
竜崎先生曰く、猫の集会とは地域の猫が集まる事であり、情報交換とか猫同士のお見合いなどをしているらしい。
ただしこれはあくまでも仮説であり、実際のところはまだよく分からないのだとか。真実は猫のみぞ知るということだね。
「あっ、それともう1つ。見つけたら連れて来て欲しい猫がいるんだが」
「どんな猫さんです?」
「そんなに難しいことじゃない。一目見れば分かるからさ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
戌神さんにお魚クッキーを包んで貰い、私は塀の上を歩くココロワの後をついて行く。招待状のガーベラは髪飾りみたいにして頭に付けてみたよ。
実はこれを手伝ってくれたの竜崎先生なんだ。白衣には皺だらけだし今日も寝癖は付いていたけど、こういう細かいこともできるのだから基本的なスペックは凄く高いヒトである。戌神さんは良いヒトを見つけたねぇ。
「竜崎先生も言っていたけど、猫の集会って何をするんですか?」
『特に何も。ただ集まるだけさ。それに何かしらの意味を見出すか、無意味に過ごすかはそれぞれの自由だけどね』
つまり猫によって集まる目的は異なるから、一概には言えないということかな。
真剣に参加する猫の隣で、その場所が過ごしやすいから昼寝に来ただけの猫がいるかもしれないのかも。
ちなみに今回のココロワの目的は私を紹介すること。しかし私は猫ではなく狼だけど大丈夫なのかな。たくさんの猫に群がられて猫パンチでもされるのだろうか。うん、悪くないかもしれない。
『こっちだよ』
「ココロワさーん。そっちは他所のヒトの家のお庭ですよ」
『うん、そうだね』
「私はそこに入れないのですが」
『そうなのかい。好きなところに行けないなんて人間は大変だね』
そう言いながらココロワは引き返すことも無く先に進んでしまった。招待されているはずなのに置いていかれるとはこれ如何に。
慌てて周り道をしてココロワのお尻に追いつく私。そう思ったら今度は建物の隙間に入ってしまった。勿論それはヒトが通る道では無い。
それでも小柄な私なら身体の向きを横にすればギリギリ通ることができた。服は少し汚れたけど、このときばかりは小さい身体に感謝をしたよ。
その後も他所の家の屋根を飛び越えたり、横断歩道が無い車道を通るなど、ココロワの自由な道案内は続く。耳と鼻が効く今の私だから追うことができたけど、普通のヒトなら確実に見失っていたと思う。確かにこれでは猫の国があるとしてもヒトには見つけられないだろう。
やっぱりヒトと他の動物ではものの見え方が違うんだね。でもヒトの感覚で猫の視点で街を歩くというのが非日常でちょっと楽しい。不思議な世界に誘われていくみたいだ。
『着いたよ』
「ほぇー」
ココロワに誘われて着いたのは建物の裏側にある、特に名前も無い空き地だった。ヒトの手が加わっていないから雑草が伸びてゴミも落ちているけど、丁度良い日差しがあるからどの季節でも過ごしやすそうだ。
決して広い場所では無いけど、それはヒトにとっての話。猫が集まるならむしろ丁度良いと思う。
ヒトが干渉せず、猫しか知らない秘密の場所。確かにこれは猫の国と言えるのかも知れない。
「おー、知っている顔が何匹かいる」
集まっているのは野良猫が多いけど、ヒトに飼われている猫もいる。例えばぶち丸。以前、狼の姿で迷子の猫を探していたときに出会ったイケメンである。
そう言えばそのとき迷子だった猫。つまり迷い猫だった小次郎ちゃんの姿は無い。もう危ない目に遭わないようにと飼い主が戸締りをしっかりしているのかな。
『なんだ、お前また人間を連れて来たのか』
『これで何度目よ。折角過ごしやすい場所を見つけたばかりなのに』
『いや待て。それ本当に人間か?変な気配を感じるぞ』
『面白いだろう。だから是非、皆にも会って欲しくてね』
不安、懐疑、好奇心、恐怖、好意。猫達は私に対して様々な感情を抱いている。それでも敵と断定して敵対するというより、何者なのか探ろうと見定めている感じがする。
警戒している訳では無いのは私がちゃんとココロワに招待されたお客さんだからかな。それなら第一印象は大切だ。竜崎先生から貰った箱を開けてお魚クッキーをお披露目する。
その効果は凄まじく、匂いを嗅いだ猫達は我先にと集まりクッキーの取り合いを始めた。野良猫が多いのはやっぱりお腹を空かせているからだろうか。
しかし残念ながらお魚クッキーの量はそれほど多くない。野良猫に餌を勝手にあげるのはあまり良くないことだと竜崎先生にも言われているのだ。
『おい人間、もっと寄越せ!』
「ごめんなさい。ここにあるのが全部なんです」
『これだけで満足できるわけ無いわ!』
あっという間にお魚クッキーを完食した猫達は私の足下に集まって来た。狐鳴さんなら歓喜に震えそうな光景だけど、不満の言葉が分かるから何とも微妙な気分になるよ。
『そうだなぁ。僕の家の主人ならまだ持っているだろうけど』
「それだ!猫さん猫さん、もし良ければ私に付いて来てください。さっきのクッキーをたくさんご馳走してあげます」
『に、人間の住処に行くのか』
「大丈夫です。あの方々はとても良いヒトだからきっと歓迎してくれます」
なんだかんだで身寄りの無い子を引き取ってしまう優しい2人だ。事情をちゃんと説明すればきっと分かってくれるに違いない。
ココロワと一緒に説得して、私はお腹を空かせた猫の集団を引き連れて家路につくことにした。
ただ一つ心残りなのはぶち丸や他の何匹かには断られたことだ。彼ら皆んな耳を怪我していたから、その猫達にこそ来て欲しかったな。
竜「いやー、よくあれだけ沢山の猫を連れて来たものだねー」
詩「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
竜「そんなこと無いよー。むしろよくやってくれた」
詩「と言いますと?」
戌「さくら猫ってご存知ですか?耳をV字にカットされた猫のことなんですが」
詩「耳を切るなんて。どうしてそんなことを」
竜「あれは不妊・去勢手術をした証だ。この地域にいる奴らのほとんどは俺が処置したかな」
詩「ゑ」
竜「詩音君のお陰で未処置の野良猫をたくさん保護することができたよー」
戌「びっくりすると思いますが、ヒトと動物が仲良く暮らしていくためには大切なことなんですよ」
詩「ぶち丸が来なかったのはそれが理由だったのかぁ」




