EP-116 狼の七匹の子山羊
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昔々あるところに、ヤギのお母さんとその子どもである7匹の子ヤギが暮らしていました。皆んな家族と兄弟が大好きで、仲の良い家族でした。
「それじゃあ買い物に行ってくるわね」
「お母さん。私も街まで一緒に行きたい!」
「あっ、ずるい。僕も行く」
「駄目よ。街に行く途中には怖いオオカミがいるの。あなた達では一口で食べられてしまうわ。だからお家で大人しく待っていてね」
「はーい」
お母さんヤギの言う通り、彼らが住む家がある森には狼が現れます。狼は他人のものを盗み、嘘をついて相手を騙し、子どもを攫って食べてしまう。皆んなからとても恐れられている存在でした。
街では狼が近付かないように昼も夜も門番が目を光らせています。ヤギの家でも母ヤギは自分が留守の間は絶対に家の扉を開けないように言い聞かせています。子ども達もその約束を必ず守り、今まで平和に暮らしていました。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
我が子に笑顔で見送られた母ヤギはいつものように籠と荷物を持ち、森の中にある馬車停に向かいます。森で暮らす人々は皆んなここの馬車を利用して街へ行き、生活に必要なものを買うのです。
寒さが厳しい冬が近づくこの頃、可愛い子ども達に美味しいものを食べさせたい。そう気持ちを奮い立たせて母ヤギは他の乗客と一緒に馬車に乗りました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
森が白雪に覆われる冬。街に出かけた母ヤギを見送った子ヤギ達は暖炉の暖かな火を囲み、家の中で楽しく過ごしていました。
「お母さん、早く帰って来ないかな」
「さっき出かけたばかりだろ」
子ヤギ達が心配するのも無理はありません。何故なら森は深い雪が降り積もり、街に行くのはとても大変だからです。子どもはおろか、例え大人でもこの雪道を歩くのは厳しいのです。
外に出られない子ヤギ達ができることは母ヤギの言いつけを守ること。扉を閉めてしっかりと鍵を締めて、冷えた身体を暖めるために暖炉に薪を焚べました。
「お母さんも言っていただろう。大変なのは近くの馬車停までだって」
「今夜は吹雪になるみたいだけど、遅くても夕方までには帰ってくるよ」
「馬車の中は暖かいし、道もお手入れされているから大丈夫よ」
「そうだよね。お母さん以外のヒトがお家に来たときは絶対に扉を開けない。よし!」
「あー、早く誕生日ケーキ食べたいなぁ」
「貴方のじゃなくておチビの誕生日でしょ」
いつもと変わらない賑やかな日常。寒い冬の空の下でもヤギの家族は元気に過ごしていました。
その様子を離れた木の影から様子を窺っている動物が一匹。それは締められた家の扉の前を音も無く通り過ぎ、母ヤギが歩いた後をを静かについて行きました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
深い雪をかき分けて母ヤギは馬車停に着きました。しかしそこにいたバスは今にも出発しようとしていました。
「乗合い馬車、発車しま〜す」
「待って、待って下さい!」
深い雪の中を進んだため、いつもよりも時間がかかってしまった母ヤギ。そのうえ冬の森に取り残されては堪らないと急いで走ります。
そのとき、母ヤギは雪に隠れた石に躓き転んでしまいました。それに気付いた馬車の運転手も慌てて駆け寄り、手を差し出して助け起こしました。
「お怪我はありませんか?」
「平気です。助けてくれてありがとうございます」
「間も無く馬車は出発します。お気をつけて、ご乗車ください」
運転手は落とした籠を拾うと付いてしまった雪を払い、母ヤギに返しました。母ヤギは恥ずかしそうに頭を下げて馬車に乗り込みます。
馬車に揺られることしばらく。偶然乗り合わせた乗客と談笑に花を咲かせた母ヤギは無事に街に到着しました。しかしいつものように馬車の料金を払おうとしたときのことです。いつも籠の中に入れている筈の財布が無くなっていたのです。
「きっとさっき転んだときに落としてしまったのね。どうしましょう」
「それは災難でしたね。お代は次の機会で構いませんから、気にしないで下さい」
「明日は子どもの誕生日なんだろう。そんな暗い顔をしてはいけない。お金はまた今度で良いからそいつを渡してあげなさい」
悲しむ母ヤギを運転手や街の人々は励まし、以前から子どものために用意していたプレゼントを渡してくれました。皆んなの優しさに触れた母ヤギは感謝の気持ちで一杯になりました。
「おい、何者だ!」
「それ以上近付くな!」
そろそろ家に帰らなくては。そう母ヤギが思った頃、門の辺りが騒がしいことに気付きました。何事かと思いその場所に行くと母ヤギはとても驚きました。
そこには狼がいたのです。他人のものを盗み、嘘をついて相手を騙し、子どもを攫って食べてしまう恐ろしい狼が。
余計なトラブルに巻き込まれたくない。そう思いプレゼントを強く握った母ヤギは急いで帰ろうと馬車がある方へ向かいました。
そのときです。狼は突然走り出すと真っ直ぐ母ヤギの元に向かったのです。周りの人々が止める間も無く母ヤギに近づいた狼ですが、その手には何かを持っていました。
それは母ヤギの財布でした。無くしたはずの財布をどういう訳か狼が手にしているのです。
「あの」
「返しなさい!」
財布は落としたのではなく、馬車に乗ったときの騒ぎに乗じて狼に盗られていた。それを知った母ヤギは狼から財布を取り返します。
しかし財布の中にあるはずのお金はありませんでした。母ヤギは怒りを覚え街の人々と共に狼を責めて、その行いを非難しました。
「二度と私の前に現れないで」
やがて母ヤギは馬車に乗り、帰りを待つまた子ども達のために家路を急ぎます。狼の悪事には憤りを覚えるものの、家で待つ子ども達は彼女にとって何物にも代え難い宝物。どんなに辛いことでも乗り越えられるのです。
「おかえりなさい、お母さん」
「ただいま、愛しい子ども達」
馬車停に到着して、再び積もった新雪をかき分けて母ヤギは家に着きました。子ヤギ達も扉を開けて家族は再会の喜びを分かち合いました。
子ヤギ達は留守番をしていたときの話を我先に話そうと母ヤギの周りに集まります。母ヤギは家事をして料理を作りながら皆んなの話を順番に聞きました。
「それでね、お母さんがいなくなった後にオオカミが現れたんだ」
「お母さんの声を真似て、足を白くして、私達を騙そうとしたの」
「でも一匹だって分かったから皆んなで力を合わせて懲らしめたんだ。すぐに逃げて行ったよ」
「それはすごいわね。でもこれからはそんな無茶をしないで。お母さんを心配させないでね」
「はーい」
ヤギの家族は皆んなの好物であるクリームシチュー食べて、今日という一日を楽しく過ごしました。
誕生日会に心を躍らせる子ヤギ達を寝かしつけて迎えた翌日。夜の間に吹雪は過ぎ去り、朝日の日差しがヤギの家族を祝福していました。
「あら?」
今日も新しく一日を迎えようと思ったとき、家に続く足跡の道に気が付きました。訪れたものの尋ねずに立ち去ったのでしょう。
しかし昨夜はとても激しく、とても出歩ける環境ではありませんでした。
「お母さん、あれ見て」
一体誰なのだろうと母ヤギが考えていたとき、一匹の子ヤギがあることに気付きました。その足跡は狼のものであることに。
そして昨夜までは無かったはずのお金が扉の前に置かれていることに。
* * * * * * * * * *
昔々あるところに、街外れの森に狼が暮らしていました。冬を前にお腹を空かせた狼は食べ物を求めて森を歩いていました。
ある日、いつもと違う場所を捜索していると馬車の停留所に辿り着きました。狼は他人の気配が無くなったことを確認して何か無いかと辺りを調べます。
残念ながら食べ物はありませんでしたが、雪に埋もれていた布の袋を見つけました。
「くんくん。これはヤギさん家の匂いです」
綺麗な石が入ったその袋からは森にあるヤギが暮らす家から時々漂うものと同じ美味しそうな匂いがしました。空腹を思い出したところで狼はあることを思い付きます。
この袋はヤギの母親の持ち物です。それが道端に落ちているということはヤギの家は子どもしか居ないということ。家の中にさえ入ることができれば誰にも阻まれることなく好きすることができます。食べ物にも困ることはありません。
「きっと無くして困っているのです。早くお届けに行くのです」
しかし狼には|邪〈よこしま〉な感情は一切ありませんでした。狼は狼でありながら、誰よりも素直で優しい心の持つ狼少女だったのです。
布の袋に残った匂いを頼りに狼少女は歩きました。やがて明かりが灯る楽しそうに話す声が聞こえるヤギの家に着きました。狼少女は玄関のドアを叩き、中にいる子ヤギに声をかけます。
「こんにちは。オオカミです。ドアを開けてください」
「オオカミが何をしに来たんだ。お母さんでないなら扉は開けないぞ」
断られた狼少女は考えます。どうやら子ヤギはお母さんなら扉を開けてくれるそうです。
狼少女は以前聞いたことがあるヤギのお母さんの声を思い出します。そして軽く咳払いをすると、彼女と全く同じ声質で話しました。
「こんにちは。ドアを開けてください」
「いいえ、あなたはお母さんでは無いわ。お母さんの足はお前とは違って真っ白なの」
断られた狼少女は考えます。どうやら子ヤギは扉の隙間から狼少女の灰色の毛並みの足を見たようです。
そこで狼は真っ白の新雪を足に付けてヤギと同じ白い足にしました。
「こんにちは。おドアを開けてください」
「その前に足を見せてください」
言われるがままに狼は足を見せました。真っ白な足を見て母親が来たと思った子ヤギ達は扉を開けてしまいます。
「初めまして。オオカミなのです」
「うわぁ!オオカミが何のようだ!」
「あの、これを」
「ここはボク達ヤギの家だ。オオカミは出ていけ!」
「きゃう!」
現れた狼に子ヤギ達は追い返そうと家にあるものを投げつけました。勇気を出して力を合わせて戦う子ヤギ達を前に狼少女は逃げ出しました。
ヤギの子どもに追い返された狼少女は布の袋を抱いたまま、渡しそびれてしまったことに尻尾を萎れさせて落ち込みました。
「そうだ。ヤギのお母さんにお届けするのです」
地面の雪を撫でる尻尾を立てた狼は来た道を戻り、馬車停に着きました。そして車輪の跡を見つけると、道なりにどこまでも伸びるそれを追って歩きます。
狼はこの線が馬を追いかけて街に行く大きな動物の足跡であることを知っていたのです。
馬車停から街まで続く森の道を狼は歩きました。足に痛みを覚えてもお腹が空いて音が鳴っても立ち止まること無く歩き続けて、狼はようやく街に着きました。
「こら君、止まりなさい」
「街のヒトでは無いね。どうしてここに来たのかな」
「ヤギさんがこれを落としたのです。お届けに来たのです」
ヤギの母親を探そうと狼は街に入ろうとしますが、2人の門番に止められてしまいました。狼は布を袋を掲げて事情を説明します。
納得した門番は道を開けようとしました。しかしその直前、彼らは目の前にいる人物が狼であることに気付きました。
「もしやお前はオオカミだな」
「オオカミは他人のものを盗み、嘘をついて相手を騙し、子どもを攫って食べてしまうんだ。お前を街に入れることはできない」
「そんなことしないです。嘘言ってないです」
狼少女は何度もお願いをしましたが街に入れてもらえませんでした。再び尻尾を萎れさせてそのとき、狼は門の近くにいた母ヤギの姿を見つけました。
元気を取り戻した狼は門番の静止を振り切り母ヤギの元に向かいました。そして今まで大切に持っていた布の袋を差し出します。
「あの」
「返しなさい!」
落とし物を無事に渡した狼ですが、母ヤギは喜ぶどころか突然怒り始めました。
「お財布の中身が無くなっているわ」
「きっとこのオオカミが盗んだに違いないわ」
「これだからオオカミは嫌いなんだ。街から出ていけ」
「「出ていけ!」」
「きゃうん!」
どうしてヤギの母親が怒っているのか、どうして街の人達が怒っているのか。街に来たことが無い狼少女には分かりませんでした。
訳が分からないまま責められて狼少女は怯えてしまいます。それでも人々は容赦なく街から追い出しました。
「二度と私の前に現れないで」
母ヤギはそう言い残して馬車に乗り去って行きました。走り去る馬車を狼は呆然と見送ります。それに対して街の人達は二度と街に来ることが無いようにと全員で狼に手をあげました。
狼少女は最後にもう来ないことを約束して街を去りました。協力して追い返した人々は街を守ることができたと大いに喜びました。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
街を離れた狼少女は日が暮れても棲家に帰らず、森の馬車停にいました。真っ暗な吹雪の中、雪に埋もれた綺麗な石を1つ1つ手探りで拾い集めていたのです。
狼少女はこの石がお金であることを知りません。しかし皆んなが怒っていた様子からして、母ヤギにとって大切なものだと感じたのです。
お金を集めた狼少女はヤギの家まで歩き扉の前に置きます。そして馬車停に戻ると、再びお金を探しました。
どこにあるのか分からない。いくつあるのかも分からない。それでも狼少女はずっと探し続けます。
例え空腹を忘れても、極寒の寒さを感じなくなっても、狼は暗い森の中で母ヤギの落とし物を探し続けました。抗えない睡魔に身を委ねたそのときまで。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
『お父さん、お母さん。どうして私達は街っていうところで暮らさないの?』
ある日、狼少女は狩りから帰ってきた両親にそう聞きました。街について聞いたことはあるものの、そこに行ったことは一度も無かったからです。
久しぶりの食事に喜んでいた二匹は悲しい表情で、それでも子ども前だからと笑顔で話しました。
『それは昔、私達のご先祖様が街でとても悪いことをしたからだよ。ヒトのものを盗んだり、嘘をついて困らせたり。そして皆んなに迷惑をかけた罰として、街から追い出されてしまったんだ』
悪い心を持ってただ困らせたかったのか、そうでもしないと生きていけないほど切羽詰まった理由があったのか。今となっては分かりません。しかしその行いが街のヒト達の怒りに触れたことは事実です。
街から追い出された狼はその後、とても苦労しました。住む家も無ければ食べ物もない。その日その時を生きることが精一杯でした。
狼は心から反省して街のヒト達に謝りました。何度も何度も謝りました。それでも決して許されることありませんでした。
やがて狼は己の罪と後悔を子孫に伝え、同じ過ちを繰り返さないように、優しく誠実に生きるようにと言葉を残して永い眠りにつきました。
その罪は子孫の代になっても消えることはありませんでした。中にはその不遇な扱いに反発した者もいましたが、狼少女の両親は先人の教えに従うことを選んだのです。
『辛いことがあったとしても、他人を騙すようなことをしてはいけない。そしてもしも困っているヒトがいたら、必ず助けてあげなさい。優しく誠実に生きるんだよ』
『うん、分かった!』
その約束をした翌日、冬備えのために狩りに出かけた狼少女の両親が帰って来ることはありませんでした。まだ狩りができず、川で魚を捕まえることもできないほど幼い少女を一人残して旅立つことになったのです。
狼少女は食べたことがある果物や木の実を採って生活していましたが、本格的な冬の訪れにより採れるものはすぐに無くなりました。
川の水を飲み、雪を食べて空腹に耐える。夜は温もりが無い樹の洞穴の中で吹きつける冷気に震えながら毎晩目を閉じました。
そんな生活を一週間続けたとき、彼女は母ヤギの財布を拾いました。そしてもう二度と会えない大好きな両親の言葉に従い、彼女は迷うことなく動いたのです。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
薪が燃える音に反応して狼少女は目を覚ましました。温かいベッドに柔らかな布団。見覚えの無い場所にいることに驚いた狼少女は顔を覗き込んでいる母ヤギの姿に目を丸くします。
「良かった!目が覚めたのね」
昨夜、母ヤギは家の前に置かれたお金に気付いたときに全てを察しました。目の前の狼は泥棒でも嘘つきでもない。誰よりも優しい一匹の少女であるということに。
ヤギの家族は狼少女に謝罪とお礼を述べました。少女はどうして謝られたのか分かりませんでしたが、家族が喜んでくれたことに素直に喜びました。
「オオカミのお父さんとお母さんはどこにいるの?」
「この前、たくさん雪が降った日からお家に帰って来ないの」
「オオカミちゃん。これからはこの家で一緒に暮らしましょう」
「ふぇ?」
「これからは私達と一緒にクリームシチューを食べましょう」
「良いの?ありがとう!」
こうして狼少女と七匹の子山羊はいつまでも幸せに暮らしました。
ハツカネズミがやってきた
お話はこれでおしまい




