EP-111 インファイト
時が流れるにつれて、少しずつ学校が文化祭の色に染まっていく。
私達のクラスで作る飾り付けは勿論、正門に作られるアーチや校舎の外壁に飾られる垂幕、先輩達の屋台。至るところからお祭りの雰囲気が漂っているのを感じる。
しかしそれは演劇の本番も近づいているということ。練習を重ねて最初よりは良くなったけど、胸の内にある不安はどうしても拭えない。こればかりは私の性格の問題だから仕方ないのだけど。
「皆んなお待たせー。衣装の用意ができたよー」
準備中の教室に意気揚々と現れたのは舞台の段取りを仕切っている狐鳴さん。そう言えば衣装の採寸調節をやるのって今日だったか。すっかり忘れていたよ。
出演する他の皆んなと一緒に空き教室に移動して、瓜南さんから衣装を受け取る。さて、問題はこれをどこで着替えるかだ。
「ナツメ君」
「駄目に決まっているでしょ」
「むぅー」
男子と一緒に着替えようとしたけど教室から閉め出される私。隣の教室では狐鳴さんと飛鳥さんが無言のまま手招きしている。
凄く良い笑顔だけど、そっちは女子の更衣室だよね。言っておくけどその領域に踏み込むという選択肢は絶対に無いから。
猩々先生に他の空き教室を教えて貰い早速着替える。他のヒトよりも貰った袋が大きいけど、一体何が入っているのだろうか。
「わぁ、思っていたよりしっかりした布を使っているのかな」
服のことは詳しく無いけれど、その仕上がりはお店に売っているものと遜色ないと思う。デザインに関しては実用性皆無だけど、衣装と考えれば納得できる。
とは言え着たいかどうかと問われると話は違うけど。これ本当に大勢のヒトの前で私が着るのか。誰か冗談だと言ってくれ。
「皆んながいる教室に行くことすら憚られる」
サイズが合っているか確かめないワケにはいかないのでとりあえず着てみると、驚くほどぴったり収まった。軽く動いても違和感は無いし、見た目に反して着るのも簡単だった。
しかし、だからこそ怖い。私のスリーサイズは誰にも話していないのに、どうやってオーダーメイドの一品をここまで完璧に仕立てることができるのか。
ママが勝手にお店の制服を作ったときとは状況が違う。女のヒトは皆んなこれほどの観察眼を備えているというのだろうか。例外なく特殊能力を持っているというのか。もしそうなら狼の耳と尻尾が生えていることなんて可愛いものだね。
「とりあえず大丈夫みたいだから戻ろうか」
衣装を丁寧に畳んで袋に戻した私は制服に着替えて衣装の調整を行う空き教室に戻る。様子を見る限り、まだ全員は終わっていないみたいだね。
「あるぇ〜?しーちゃんまだ着替えてないのー?早く着てくれないと困るなぁー」
「稲穂は詩音ちゃんの生着替えが見たかっただけでしょう」
「女子高校生の皮を被ったオッサンかよ」
「失礼な!私は自分の欲望に忠実で貪欲なだけだよ!」
「自慢するな。理性を持て、理性を」
「言ノ葉さん、サイズは合っていたかしら?」
「大丈夫だったよ。瓜南さん」
本番までの間に体型が大きく変わらない限りは問題ない。でもあの格好を皆んなに見られるのか。悪足掻きかもしれないけどもう少し頑張ってみようかな。
瓜南さんに衣装を返却して何か手伝えることはないか聞くと、衣装制作の担当チームを手伝って欲しいと言われた。確かに皆んなの採寸を確かめたり、この場でできる仕立て直しなどで忙しそうだ。
ナツメ君なんて女子に囲まれながらも気にした様子も無く裁縫に勤しんでいる。ああいうことが沙汰なくこなせるヒトって格好良いよね。
「言ノ葉さん、一緒に採寸してくれないかな。はいこれメジャー」
「はーい」
「まずは違和感があるところを聞いてね。あと最低でもスリーサイズは確認して欲しいの」
「スリーサイズってどうやって測るの?」
「そっかー、そこからかー」
「流石言ノ葉さん。いつまでもそのままでいてね」
そのままでいては手伝いができないから困るよ。確かにこうした話は服には全く興味が無いし、私服は家族が選んだものしかないからその方面の知識は欠片も無いけどさ。
そう言えば姿が変わってからというもの、自分で買った服なんて一着も無いな。衣替えのときも気付いたら新しい服がクローゼットに納められているんだよね。不思議なこともあるものだ。
「こことここ。あとここだよ」
「女子はもう終わるからあとは男子の方ね」
「はーい」
メジャーとペンとメモ帳を装備していざ出陣。送り出す皆んなの声を背に男子が着替えている隣の空き教室に向かう。
中に入ると男子は着替えも程々に雑談に興じているヒトばかりだった。どうやらこれが作業が遅れている理由のようだ。衣装制作の担当は皆んな女子だからこっちには来れないから仕方がない。
「げっ!どうして言ノ葉さんがここに」
「こっちはいま男の更衣室だぞ」
「何が駄目なのさ」
男子更衣室に男子がいて何がおかしいというのか。皆んなの反応に頬を膨らませて抗議すると、何かを察したように天を仰いだ。
そんなことよりヒトの目が届いていないことを良いことにサボっている方が問題だと思う。私が来たからには手早く終わらせてやるぞ。
「衣装を着て違和感があったヒトはいる?」
「俺のやつ少しサイズが小さかったかな」
「それなら計り直そう」
最初に名乗りをあげたのは体育祭でも活躍した帆立君。言われてみると以前より体格が立派になっている。
彼の正面に立ってお腹にメジャーを巻く。シャツの上から触ると腹筋が割れているのが分かる。私とは似ても似つかない。なんて羨ましい。
そして帆立君は背が高いから胸囲などの上半身の測定がやり難い。密着して腕を伸ばさないと届かないよ。
「んぅ、うんしょ。うぅ〜」
「ち、近いよ言ノ葉さん。色々と当たって」
「こら、動かないの」
一歩退く帆立君を見上げて抗議すると、彼は顔を逸らして大人しくなった。そうだそれで良い。素直なヒトは好きだぞ。
慣れない作業に四苦八苦しつつも無事に完了。ノートに数字を書き込む。ふふん、私だってやればできるのだ。
「それじゃあ次のヒトは」
「はい俺!お願いします!」
「いや俺が先だ」
「ここは間をとって俺が」
「あえて俺からという選択肢も」
「「いや、槌野は無い」」
「何でだよ!」
どういう訳か急に意欲的になってくれた男子達。理由は分からないけどやる気があるのは良いことだ。
皆んなが協力的になったお陰で作業が捗り、言われていたことは無事に終わった。これで残りの時間は演劇の練習をすることができるといものだ。
「しーちゃん!男子に何か変なことされなかった!?」
「何も無いよ。変なことって何さ」
「そりゃあもう、あんなことやこんなことだよ」
「飛鳥さん。通訳をお願いします」
「詩音ちゃんは知る必要が無いことだよ」
今にも飛び掛かろうとするほど荒ぶる狐鳴さんをヘッドロックで押さえ込む飛鳥さん。相変わらず2人は仲が良いんだね。
帆立「言ノ葉さんの耳、ふわふわだったな」
蛸「すごく良い香りがした」
烏賊「めっちゃ柔らかかった。抱きつかれたときにその、あの、あれが」
槌野「お前らよく耐えたな。言ノ葉さんが元男なのは分かっていても男なら反応してもおかしくないのに」
蛸「正直危なかったけど、それ以上に気付かれて嫌われたくなかったからな」
烏賊「本当、お前はよく平気でいられるよな。大狼」
狼「まぁ、昔から知っている仲だからな。それにこんなことでいちいち反応している場合じゃなかったし」
帆立「どういうことだ?」
狼「そんな余裕を許さない怖い保護者がいるんだよ。本当、マジで」




