EP-106 一難去ってまた一難
自分の競技を終えた私は小鹿さんと一緒に応援席に。ではなく仮設の救護テントに訪れていた。
失った水分を補給しつつ、竜崎先生に診てもらう。ここはテントが日陰になるから居心地が良いね。
「おらおらー!」
いま行われているのは大玉転がし。良介が出場する種目である。
バトンの代わりに大玉を転がしてリレーをするのだけれど、良介は大玉を持ち上げてトラックを走っていた。何だあの馬鹿力は。
しかもあいつ、他の走者が転がしている大玉にぶつけて思いっきり妨害している。レースの後に相手チームからブーイングの嵐を受けていたけど、「実行委員が提示した規定にそんなルールは無い」と詭弁すれすれの理論を押し通して1位をもぎ取った。
ヒトに当ててあれば確実に失格だったけど上手くやったものだ。きっと来年からルールの改訂が行われることだろう。もしかすると種目自体が無くなるかもしれない。
「ほい、どこも異常無し。引き続き頑張ってこい」
「無理は禁物ですよ」
「ありがとうございます。行ってきます」
「昼食は一緒に食べようなー」
応援席に戻った頃には次の二人三脚が始まっていた。猫宮さんとナツメ君のチームはこれから出るみたいだ。
この種目は体格が近いヒト同士が良いと聞いたことがある。でも2人はそれに当てはまっていない。と言うのもナツメ君の背が高いからね。猫宮さんも平均よりは長身だけど相手が悪い。
しかし普段から仲が良い2人のチームワークは他のグループとは一線を画している。猫宮さんの負けん気の強さにナツメ君の高い協調性が発揮された。
まるで普通に走るかのように颯爽と1位を獲得。誇らしげに胸を張る猫宮さんと謙遜するナツメ君はとても格好良かったよ。
「次は何だっけ?」
「障害物競走だ。我がクラスのエースが出場するぞ」
「雲雀頑張れー!」
障害物の種類は4つあり、それを1つずつクリアしてゴールを目指す。運動が苦手なヒトにも勝機があるのが特徴だね。
平均台、網抜け、ピンポン玉競走、垂直ロープ昇降の順番で配置された障害物に果敢に挑む生徒の皆んな。なんか最後の1つだけ難易度が跳ね上がっていないか?
垂れ下がるロープの長さは校舎の2階くらいあり、あれのせいでゴールに辿り着けないヒトが続出している。安全面とか色々と大丈夫なのだろうか。
ちなみに飛鳥さんは余裕で完走している。前半3つの障害物は普通に走るのとほとんど変わらなかったし、垂直ロープ昇降もお猿さんより軽やかに上り顔色も変えず降下。両手を上げて余裕の勝利でした。
「あれって本物の救助隊とか自衛隊がトレーニングでやっている奴だよな」
「参加したヒト、今日一日の体力を根こそぎ持っていかれたよね」
午前のプログラムの最後を飾るのは狐鳴さん達が出場する借り物競走。トラックの真ん中に走者と同じ数のカードが伏せられていて、書かれている言葉に該当するヒトやものを借りてゴールをする。
カードの内容は走者の数だけ存在する。例えばお題は人物なら「部活動の先輩・後輩」「眼鏡をかけたヒト」「クラスメイトの兄弟姉妹」など。ものなら「保護者のカメラ」「体育倉庫にあるもの」「趣のある木の棒」などがある。
いや最後のお題だけおかしいよね。趣なんてヒトの感性によって違うでしょ。まぁ、こういう曖昧なものを入れて各チームの点数差を調整するつもりなのだろう。
ちなみに私達の順位は2位だけど、1位との差はまだまだある。少しでも得点が欲しいけど、3位のチームもあるから難しいかもしれない。
「私達のクラスからは誰が出るんだっけ?」
「えっと、狐鳴さんと」
「馬場君と音々ちゃんだよ」
馬場君は馬の被り物をしていたヒトだな。あれを外すと中々に整った顔立ちをしているから、クラスメイトの男子に羨まれて弄られているのをよく見かける
音々さんはダンス部に所属しているヒトで、以前体育の授業でダンスをやったときに丁寧に教えてくれた人当たりの良いヒトだ。それでいて勉強もできるから隙が無い。文武両道で羨ましい。
ちなみに彼女の本名は音々天琥さん。ちょっと難しいから皆んなは苗字を略して「ネネちゃん」とよく呼ばれている。私はまだできていないけど。
『位置に着いて、よーい』
「始まるぞ!」
第一走者が一斉に走り、カードを拾い内容を確認。あるヒトは直ぐに走り、あるヒトは頭を抱えて、あるヒトは実行委員に文句を言いながら校舎に消えていった。お題が場所は分かるけど凄く遠いみたいだね。
「黄チームの生徒の兄弟のヒトいませんかー!」
「ガラス製品って意外と持っているヒトいないぞ。いや、この砂を拾って珪砂と言い張るか?」
「お題がコントラバスって!運営マジでふざけんなよぉ!」
珪砂はガラスの原料。コントラバスは弦楽器だね。大きなバイオリンと考えると分かりやすいかな。重さは10キログラムくらいあるよ。
音楽室は校舎の4階にあるからそこから運ぼうとするとどれほどの苦行が分かるよね。私なら階段を降りた先とかで転んで潰れて事故になっていると思う。
ちなみにこのレースの最下位は黄チームの兄弟を探していたヒトでした。理由は黄色チームが彼の敵だったので、誰も名乗り出てくれなかったから。可哀想過ぎる。
「なんか私が知っている借り物競走と違う」
「桜里浜高校の名物だからな。借り物競走、鬼畜仕様バージョン」
「過去のお題には人間国宝なんていうのもあったらしいぞ」
「お題に適したものを持って来ても運営がつまらないと切り捨てたらやり直しだからなぁ」
「よくそれで競技として成立するね」
その異名に恥じない想像の斜め上をいうお題が散見される中、私達のクラスの第一走者である馬場君がスタート地点に立った。
応援したいところだけど全ては運任せだからな。せめてゴールができるお題でありますように。
走り出した馬場君は少し迷いながら1番近くにあるカードを拾う。内容を確認すると彼は迷わず私達がいる応援席に来た。
「言ノ葉さん、一緒に来てくれ!」
「えっ、私!?」
「お前まさかお題が好きなヒトとかじゃあ無いよなぁ!」
「お前に詩音は渡さん!」
「残念ながら違ったよ。でも言ノ葉さんでないと駄目なんだ」
お題に該当するものが他に無いのなら仕方がない。皆んなに道を開けてもらって応援席から出た私は馬場君の手を取りゴールに向かう。
幸いなことに他のヒト達は苦戦中だ。上手くいけば私達が1位だぞ。
『赤チームゴール!さぁ、スタッフにお題を見せてください』
「どうぞ」
「お題の内容は」
「内容は?」
「[もふもふ]です」
「おいこら」
誰がもふもふだ。ヒトに対して使うオノマトペでは無いだろうに。私の本体は尻尾ではないぞ。ちゃんと言ノ葉詩音という立派な名前があるんだ。
異議だ、私は異議を申し立てるぞ。こんなことが認められてたまるものか。確かにチームが勝つためにできることは頑張りたいとは言ったけど、この扱いはあんまりだよ。
『合格です!』
「やったぜ」
「ちょっと待って!異議あり、異議ありだよ」
『異議は認めません』
「なんでよ!」
「ありがとう言ノ葉さん。あなたのおかげで1位になれたよ」
「嬉しくない。全然嬉しくない」
確かに人間かどうかと問われると答えは否だけど、ちゃんと戸籍は持っているんだよ。
私は抗議を続けたものの、体育祭の実行委員は全く取り合ってくれず、そのまま応援席に帰らされた。なんという屈辱。
皆んなに宥められるも私の憤りは収まらず。揉めている間に次の走者である音々さんが出走する。他のヒトより一足速くカードを手に取る音々さん。小さくガッツポーズをすると私達がいる方へ真っ直ぐ走ってきた。
「詩音っちー、ここまでおいでー」
「また私なの!?」
「めっちゃ活躍してるなお前」
まさかまた変なお題が出たのではないだろうか。疑わしいけどチームが勝つためには行かなければならない。
音々さんに手を引かれて再びゴール。今回も1着だからお題をクリアしていれば2連続でトップだ。
『赤チーム、またまたゴールです!さぁ、スタッフにお題を見せてください』
「お願いします」
「お題の内容は」
「内容は?」
「[桜里浜高校の男子生徒]です」
「どうしてよりにもよって私を選んだのかな!」
おそらくお題は数ある中で1番簡単な類いのものだ。しかしそれに対する人選がどうしてどっちつかずの私なんだ。もっと確実にクリアできるヒトがいたのに。
確かに私は男子だったけど今は女子だ。不本意だけど。中身は昔から変わっていないけど、生物としてみたときは確実に女子になっている。不本意だけど。
心と体のどっちをみるか。そんな賭けに出るくらいなら隣にいた良介にでもすれば良かったのに。そしてどうして音々さんはそんなに自信満々なのだろう。
『合格です!』
「やった!」
「それで良いのか。いや、私も嬉しいけど。嬉しいんだけども」
『ちなみにお題が女子だったとしても合格です』
「私はトランプのジョーカーなの?」
勝負の順位にもお題の判定も嬉しいはずなのに何か納得ができない。言葉にできないモヤモヤした気持ちを抱えながら私は応援席に戻る。
走者以上に活躍する私に賑わう皆んなの中心で複雑な表情を浮かべる私。当の本人が置いてきぼりになるとはこれ如何に。
そうこうしている間に最後のクラス代表である狐鳴さんが準備を整える。心なしか目が合った気がする。嫌な予感がするぞ。これが野生の勘というやつか。
合図と共に一斉に走り出す。小柄な狐鳴さんだけど足は速くて他のヒトより一足早くカードを拾った。
その瞬間、彼女の目が怪しく光り、嬉々として私に向かって走って来た。何回同じ光景を見せたら気が済むのかな。
「待たせたね」
「いや待っていないし」
「私を他の2人と一緒にしないで欲しいな。このお題は超難題。それこそしーちゃん意外に該当するヒトがいないのだよ!」
「もう詩音ちゃんの名前が書いてあるとか?」
「ピンポイントにも程があるわね」
そんなプライバシーの欠片も無いお題を実行委員のヒト達が許可したのなら、私は次の生徒会に立候補してこの学校の規律を正さなければならなくなる。家の手伝いと勉強だけで手一杯たから勘弁して欲しいのだけど。
少し難色を示したけど狐鳴さん曰く本当に他に代わりはいないという。それが事実なら嫌がっても仕方がないか。もしもここ諦めて最後の結果発表で僅差で負けたとかになったら悔やんでも悔やみきれないし。
『赤チームの活躍が止まりません!それではスタッフにお題を見せてください』
「ほれぇ、見たまえよ」
「お題の内容は」
「お願いだからまともであって欲しい」
「[愛玩動物]です」
「異議ありぃ!」
思わず実行委員のヒトが持っているカードをはたき落とす。誰がもふもふのペットだこら。さっきのお題で私のことを学生と認めただろうに。この高校はヒト以外の動物も通うことができるのか。寛容というレベルを超越しているぞ。
いや、百歩譲って動物は良い。事実私の生態はヒトとは異なるけど特別に高校生になれたし。定期的に本当に狼になってしまうから。何ならヒトだって動物だし。
でも愛玩は許さない。許してはいけない。桜里浜の男子生徒には決して譲れないプライドがあるんだ。今すぐ撤回しろ!
『合格です!』
「よっしゃあー!」
「よくなーい!もうさっきから何なのさ。全ての事象に悪意を感じるよ」
「それでは言ノ葉さんは男子生徒ではなく名実共に女子生徒ということで」
「そっちを撤回するんじゃない!」
『異議は却下します』
「うぅー!」
結局私はチームに大きく貢献できたものの、身も心も満身創痍という有様になった。どうして私ばかりこんな目に遭うのだろうか。
今日家に帰ったら生徒会に入る話、真面目に考えた方が良いかもしれない。
鳥「詩音ちゃんのおかげでかなり点数を伸ばしたけれども」
詩「がぅー」
鮫「当の本人の機嫌が悪くなっちゃったね」
狼「好感度を犠牲に成果を求めたから仕方ない」
猫「好感度って。ゲームじゃないんだから」
狐「しーちゃん機嫌直してよぉー」
詩「ふん」
鳥「拗ねたとこもまた可愛いとか無敵かよー」
狐「今度駅前で売ってる美味しいプリンを買ってあげるから」
詩「今回だけだよ」
皆(ちょろい。ちょろ過ぎる)




