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道に咲く華  作者: おの はるか
私は、知恵の道に何を見る
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知恵の使徒編 迎え

 意識が暗転し……そして、再び布団の中で目が覚めた。


 今の声は……なに? 力? 私はそんなもの……。


「ラディン! お客さん! 何回呼んだら降りてくるのよ!! それにしてもあなた、村の外にどうやって知り合いを作ったの?」


 階下から声が響く。


 それにしても……私にお客さん?


 ソルトさんやクルルシアさんならお母さんも知っているはずだし……。


 不思議に思いながらも私は服を着替え、見られても恥ずかしくないようにしておく。


 そして、一階に降りた私を迎えたのは、見たこともない高級そうな黒服に身を包んだ三十代ほどの男性で……、


「ガダバナートス十四柱【憤怒の使徒】ラート・ファルフという。初めましてだな。新たな【知恵の使徒】ラディンよ」


〇〇〇


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。知恵の使徒? なにそれ? それにガダ何とかも私は知らない。


「知らないはずは無い。先程神から啓示があったはずだ。魔族を滅ぼせ、というな。む? 本当に記憶にないのか?」


 私が怪訝そうな顔をしていたことに疑問をもったのか彼は近づいてくる。


「嘘を暴け【真実晒し】」


 何か魔法を使う。だが、私にたは特に変化が無い。その様子を見て相手はため息をつく。


「なに? 本当に普通の、平凡な村娘の状態なのか? いや、だが間違いなく【知恵の使徒】ではある、か。覚醒しきってないのか……。仕方ない。これからのことは私が教えてやる。大人しく付いてこい」

「な、なんでですか! 私には家族が! この村を離れたくは」

「家族? 村? もうそんなものはないぞ」


 その瞬間、その男に集中していた、いや、違う、集中させられていた私の意識は周りにも向かう。


 血だらけの床。飛び散る肉片。誰かと同じ茶色の髪。誰かの頭。誰かの腕。


「すまんな。お前が降りてきている最中に連れていくと伝えたら言い争いになってな。かっとなって殺してしまった」


 窓の外を見る。


 真っ赤に、空にまで届こうかというほどの業火が村中から上がっていた。完璧に調整されている魔法の火だからなのか、暑さは全く伝わってこない。


「こっちはついでだ、お前に力を与えるためのな」


 だけど……なんでか全く怒りが湧いてこない。


「使徒というのは人とは価値観が変わるものでな。お前も何も感じないだろう? それにお前はこれで家族を殺され、故郷を追われ、無事に【勇者】となれる。奴と同じ力だ」


 男が何かを言っている。差し出される右手。それを私は……


「よろしくお願いしますね。【憤怒の使徒】」

「ふっ、ようやく覚醒したか」


 私は、彼の手を取った。


〇〇〇


「まず私達が向かうのはここだ。他の使徒との連絡用の魔道具を置いてある」


 地図の一点を指差して男は説明を続ける。私は大人しくその説明を聞く。


 因みに場所は二階の自室だ。他の民家が全て燃えてしまい、1階も血の海となってしまっている今、室内で話をするにはここしかなかったのだ。


「他の使徒は来るのですか?」


 私は尋ねる。


「敬語はよせ。俺達は同格だ。年もなにも関係ない。それと質問の答えだが、他の使徒はこの場所には来ない。今回は俺がお前を迎えに来ただけだ。他の奴らは忙しくてな」


「忙しい?」


 分からないことがあれば質問する。知恵の使徒となったばかりの私の頭では自分に必要な情報だけをくみ取る力が無い。


「ふむ……知恵の使徒に何度も質問をされるのは中々珍しい経験もできたものだ。なに、皆戦争の準備に忙しいのだ。ついに魔族を滅ぼす機会がやって来た。かの邪神との闘いにようやくけりが付く」


「魔族を……」


「そうだ。こちらの戦力は神届物(ギフト)を授かった異世界勇者四十人、王国連の兵士合わせて数万人、まあ、後者はあまり当てにしていないが……。そして私達十四柱十一人」


「十四柱なのに、十一人?」


「強欲が復活するにはあと数年必要だ。あとはつい先日やられた色欲。そして正義は……盗られた」


「盗られた?」


「ああ、意味が分からない。私達の神届物は神から直接与えられるもの。それが盗られるなど本来あり得ない」


「なるほど……」


 なるほど、とは言ってみたものの私にも分からない。この【知恵の使徒】の能力を使いこなせればまだもう少し分かるのだろうが……。


「最後だ。お前に渡すものがある。前の【知恵の使徒】が扱っていたものだ。お前にも扱えるだろう」


 そういうと壁に掛けてあった棒状の布でくるまれた何かを私に投げて寄こす。とっさに受け取った私だがその重さに思わず落としそうになる。


「こ、これは?」

「槍だ。使徒にはそれぞれ固有の武器が与えられてな。なに、使い方は後々思い出す。前の【知恵の使徒】もそうだった。では、出発するぞ」


 いうが早いか行動が早いか、槍を投げ渡した男はそのまま玄関から出て行く。


 私も付いていく。


〇〇〇


 連れてこられた先は洞窟だった。松明もつけずに私達は進んでいく。


 そして、最奥、辿り着いた場所には巨大な水晶が存在していた。


「これは……魔道具?」

「そうだ。複数人が会話をすることを可能にする魔道具だが、そこはいい。始まるぞ」


 その途端、水晶に顔が映り始める。自分の顔ではない。知らない人の顔が複数だ。


「ラートよ、無事知恵の使徒の回収にも成功したようだな」


 一番年上だろうか。水晶に映り込んだ顔の一つ、六十を超えていそうな老人の男が語りかける。


「無事に。それよりも早く情報を教えてくれ。あまり時間も無い」

「そうじゃな。それに新入りも多い。どこから話すか……。よし、勢力図の話をすればだいたい分かりそうだの」


 そして、説明が始まった。


〇〇〇


「現在、勢力が私達含めて四つある。いや、一つは勢力と言って良いかも分からんが……」


 言いよどみながら老人は声を続けた。聞き取りやすい声で助かる。


「一つ目は我々だ。高貴な神より使命を頂いた【ガダバナートス十四柱】。そして最近、新たに神が力をお認めになった異世界勇者達、そして我らが守るべき人々、王国連」


 それは私も聞いたことがある。いや、ガダバナートスという団体は今日初めて知ったが……。


「二つ目に、我らの敵、魔族、そして魔王軍。これについては情報はいらんだろう。憎き邪神の力を授けられ我らに刃向かい、人間を滅ぼさんとするのだ」


 うん、それくらいなら私も知っている。人々の生活を脅かす魔物、魔族、魔王。そして、その背後にいる邪神。


「三つ目、ソルト・ファミーユを含む集団だ」


 ソルトさんの名前に一瞬反応してしまう。大丈夫、誰も気付いていない。


「あいつは魔王の息子だ。生かしておくだけで後々の災いとなるのは間違いない。おまけにやつは【勇者】のジョブを持っておる。注意しておくに越したことはない。本当であれば正義の使徒が殺しておいてくれれば助かったのだが……」


 三つ目……ソルトさんが使徒と魔族の闘いに混じっているのは予想外だったけれど。

 しかし、そうなると四つ目は一体……。


「四つ目、これは勢力と言って良いのか分からんが一人の少女じゃ」

「使徒ともあろう御方がたった一人の少女に警戒を抱くとは滑稽ですわね。先程のソルトという少年もそうですが、そんなもの気にしなくていいでしょう」


 水晶に移った別の女性が老人を馬鹿にするような発言をする。だが、


「正義の使徒の力を奪われた。それで同じことを言えるやつはいるか?」


 その瞬間、誰もが黙った。そんなにも……そんなにもやばいのか。正義の使徒の能力は。あとで調べておこう。


「そういうことだ。当面の目標は魔王軍の力をそぎつつ、ソルトと、少女に手を出していけば良い。それに既に戦争の準備は堅固、節制、信仰、希望の使徒が進めている。それに従えば問題はないはずだ」


 そう言って老人の声は止まる。水晶に映る顔も減っていく。


「終わりだな。ラディンよ、状況は分かったか?」


 魔道具を片付けながら私の方に声をかける憤怒の使徒様。


「はい、分かりました」


 答えながら男との距離を詰める。槍を包んでいた布をほどき地面に落とす。


「さて、お前に与えられる最初の仕事だが……あ……あああ?」


 槍で男の心臓を一突き、そして、抜いたその勢いで槍を回転させ頭を潰す。


 男はもう動かなかった。【憤怒の使徒】は死んだ。間違いなく、私の手によって。


「憤怒の使徒、自身を含め周りの怒りがそのまま力となる。それなら怒ってないときは普通の人と同じということ……当たってたみたいですね」


 血の付いた槍を振り回し、血を振り払う。槍を扱ったことは無いけれど不思議と使い方が分かる。そうでなければ一瞬で殺すことなどできなかったであろう。これが知恵の使徒の力か。

「【自己催眠解除】。……うっぷ」


 腹の中から湧き上がるのは嘔吐感。家族を殺された怒りか、村を焼かれた悲しみか、人を殺した気持ち悪さか。仕方ない、自己催眠をかけていなければこの気持ちもあいつの力に変えられていた。


 使徒になれば感覚が変わる? そんなこと【知恵の使徒】の知識にはない。あいつが勝手に言っていただけだ。事実は異なる。彼らは、人のために人を殺しすぎだ。


 口から零れた異物を拭う。私は止まるつもりはない。止まるわけにはいかない。


「ソルトさん、クルルシアさん、待ってて下さい、今恩を返します。このばかげた戦い、止めますよ!」


〇〇〇

ガダバナートス十四柱残り十人。

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