戦いの狼煙編 それぞれの道へ
「な、何者なの……あの女の人……」
【悪魔喰い】のメンバーが四人いるにも関わらず劣勢に追い込んだ少女を見て、上空、龍の背中からその様子を見ていたシャルは戦慄する。
『わからない……けれど彼女が【悪魔喰い】と対立しているのは間違いない』
「異世界勇者か? 俺たちもジギがいなかったら多分襲われそうになってたんだが……」
『異世界勇者……いや、異世界勇者ではないね。彼らは強力な洗脳魔法をかけられているはずだ。あんな正常な精神でいられるとは……ん? ジギ? あの子が来たのか? 全く……また勝手に行動して……。ちょっと待って、それならエーデも来ただろう。ジギのことだ。帰りの足として彼女を連れてるはずだ。どうだい?』
ジギタリスの名前に反応するクルルシア。その洞察の鋭さに驚きながらもソルトは肯定する。
「ああ、そうだよ。一緒に来てた……待て、いま洗脳とか言ったか!?」
『そうか……てことはあの連絡を聞いていないな……予定変更だ。やっぱり孤児院まで戻る。全く、家にいろって言っておいたのに……』
心の声が駄々洩れになっているクルルシア。どうやら孤児院の弟たちに何か指令を出していたらしい。だが、ソルトは孤児院に戻るという言葉を聞いて焦る。彼としては自分が魔王復活に協力する気がないため、魔王陣営であるとわかったリナたちのそばにはあまり近寄りたくないのだ。
「おい、だから孤児院には行かねえって……」
『大丈夫大丈夫、あの二人がこのキエラの村跡まで来てるってことはそれだけ長時間いなくてもばれない、すなわち、孤児院にリナ母様たちがいないってことだ。勿論ずっとってわけじゃないだろうけどね。ちょっと寄るくらいなら問題ないだろう?』
「それは……そうだな」
『それに下の子たちも力になってくれるよ。ソルトの考えのね』
龍の頭に乗っているクルルシアがふり返り、背中に乗っているソルトの目を覗き込む。まるですべてを見透かしているかのように。
『勿論私も協力しよう。神にはうんざりしているしね』
「神?」
シャルが反応するがそれ以上、クルルシアが会話を返すことはなかった。
龍は高度と速度を上げ、孤児院に向かうのであった。
〇〇〇
「あれは……龍? いえ、神届物持ちはいませんね。それに【悪】も【悪魔喰い】に比べたらまだ許容範囲でしょうし」
地上、【悪魔喰い】が去ったその場所で一人の少女が再び、次の目的地を目指して歩き出す。
〇〇〇
「はあ! はあ!」
プレアの荒い息が暗い室内に響く。
「助かったのかしら……?」
「追跡魔術の気配はない。プレア、大丈夫?」
チェリシュの問いにアクアが周りを【悪魔の目】で確認しながら答えた。
「もう大丈夫だろう。ベルダスまで飛んだのだろう?」
四人の状況をまとめるのはサクラス。
彼らは現在、シャルトラッハ王国の近郊、キエラから遠く離れた国、王国連の一つベルダス王国まで【転移】魔法で飛んだのであった。【悪魔喰い】の持つ拠点の一つだ。
チェリシュは服についた汚れを払いながら立ち上がる。
「さて、これからどうしようかしら。聖剣も右足もシャルちゃんが持ってるまんまだし……」
「とりあえずそっちの方は諦めたほうがいい。クルルシアと合流された今、彼らの動きを追うことは難しい」
尻尾を服の中に入れながらアクアは返答。それを受けてチェリシュは次の行動を決定する。
「そうね、それじゃあ私達は使徒でも探しに行きましょうか」
その時だった。暗い部屋に光が差す。何事かと四人が見ると複数人が部屋の中に入ってきたところであった。
入ってきた人物の顔を見てプレアは叫ぶ。
「マドル!? どうしてここに?」
入ってきたのはマドルガータをはじめ、ほかの【悪魔喰い】の団員であった。その顔は険しくあまり明るい雰囲気でもない。
「どうしてここに、というのは私たちも言いたいところですが……予定変更です。異世界勇者どころではありません」
「どういうことなの?」
マドルの返答にプレアは戸惑う。そこにマドルガータの後ろから【悪魔の脳】を持つナイルが状況を説明する。
「戦争よ~。現魔王の三人……人? まあいいわ。その三人が魔王として生きてることを宣言、それに対して王国連が宣戦布告よ。魔族の領地にシャルトラッハ王国以外の七ヶ国が軍を率いたわ。異世界勇者のお供付きでね」
「そういうことだ。というわけで俺たちは魔族側の加勢につく。普通の兵同士なら数の多い王国連がちょっと有利くらいだが異世界勇者もいるとなると俺たちがいかないとならねえ」
「ヴァンがいくなら……私も行く……」
一人の青年がナイルの言葉に同意し、ミネルヴァもその青年に追従する。
「ミネルヴァ……あなたが一応リーダーだからね……」
チェリシュが呆れたように呟くがミネルヴァは素知らぬ顔だ。
ソルトたちのいないところで事態が動き始める。
〇〇〇
『さあ! 帰ってきたよ! といっても数か月ぶりかな?』
「それでも結構懐かしい感じはするな」
「あれが孤児院……ってちょっと待って!! なにあの物々しい装飾の数々! なんで外装が真っ黒なのよ! これじゃあまるで魔王城みたい……」
『気づいたかい? みたいじゃなくてまさしくそうだよ。まあ、ソルトも知らなかっただろうし、私以外に気づいた子は今のところいないけどね』
「不思議に思うわけないだろう。皆この家しか知らないんだから」
三人と一匹の龍はキエラから遠く離れた孤児院に到着するのであった。徒歩で行けばどれだけかかるかもわからない距離であるが龍の移動速度ならばたいした問題ではない。
「それでも家っていうのね……。で、ソルトのお母さん、あ、リナさんの方です。彼女は今孤児院にいない理由は何でしょう?」
『さあ? さすがにこの数か月は私も孤児院には帰ってないからね。この前ジャヌに伝令を頼んだ程度だ。……うん、リナ母様はいないね』
地上に降りながらクルルシアは【伝達】魔法を発動。近くにリナやバミル、ワーリオプスといった大人がいないことを確認して孤児院の前に降り立つ。
すると玄関の扉が開き数人の少年少女が扉から出てくる。
「クル姉様あああ」
「ソル兄もいるじゃん。久しぶり~」
最初に出てきたのは獣人の姉弟セタリアとダンダリオン。そしてそれに続くようにしてもっと幼い子供たちも玄関から現れた。
「ソルお兄様だ!」
「久しぶり~~」
「ん? あの女の人だれ?」
「はいはい、お前ら、お姉さまやお兄様は忙しいんだ。あっちで遊んでろ」
だが、幼い子供たちはダンダリオンに追い返される。
「ダン、ありがとな」
「いいよいいよ。それより、ソル兄、一体何をするつもりなんだ? 一応エーデにタム、ジギにスノー、それと一応ノイも同席させてるけど」
「お前……察しがよすぎだろう……」
「年長組集めただけだよ。さすがに年少組は何をするにもまだ力不足だしな。ノイは特別だが」
「十分だ」
そう言いながらダンダリオンの頭をなでるソルト。隣でセタリアが羨ましそうに見ているが無視だ。
「お前たちの力を貸してほしい。いまの状況を打破できる発想が欲しい」
【我、正義の道を執行す】完
【私は知恵の道に何を見る】に続く




