戦いの狼煙編 第三戦・追跡者の追跡者の追跡者
「ク、クル姉! どうしてここに!?」
「うっぷ……そうですよ……どうしてここに」
急上昇で意識が飛びかけるがそれに耐えながらソルトとシャルはクルルシアに問う。ソルトの腕の中でシャルは気持ち悪そうである。
つい数時間前までギルマット王国にいたはずのクルルシア。シャルトラッハ王国領内に存在したソルト達の故郷キエラからは、かなりの距離がある。
つまり、偶然見つけたなどと言うことは起こりえない。
『なに、せっかく私の体を触ってくれたんだ。使わない手はない。もっとも使ったのは初めてだけどね』
「?」
ソルトたちにはよくわからないことを言うクルルシア。だが次の瞬間には気を引き締める。
『まあいい。とりあえず今は逃げるよ。シャルちゃんも怪我をしているしソルトもまだ力を使いこなしていないだろう。そして何より今はまだ【悪魔喰い】と闘うべきではない』
「でも、どこに行けば……孤児院は無理だぞ。リナ母様達は魔族側だろう。俺はそっちに付く気はないぞ」
『知ってる。でも安心して良い。行く場所は孤児院じゃなくて……ジャヌ!』
『分かっておる!!』
突如クルルシアは自身が乗っている龍に向かって思念を飛ばし、それに反応するようにして龍は更に高度を上げる。
「ど、どうしたんですか!?」
龍の腕の中で苦しそうにシャルが呻く。
『不味いのも連れてきてしまったらしい! いや……私たちを追ってきたわけではないのか……異世界勇者でも【悪魔喰い】でもない……』
〇〇〇
「ちっ、逃げられたか。おいアクア、大丈夫か」
「無事……とは言えないけれど軽症」
血が流れる患部に止血を施しながらアクアが答える。そしてそこにプレアとチェリシュも合流する。
「あれ? ソルト君こっちに来なかった?」
二人しかいないのを見て疑問の声をあげるチェリシュ。申し訳なさそうにしながらアクアが答えた。
「ご免なさい。逃げられた」
「逃げられた?! あなたがいながら?」
「クルルシアがやってきたんだ。アクアが負傷した今、追撃は困難と判断した」
プレアが驚くがサクラスが情報を補足する。それによって納得はできたプレアとチェリシュだが、更なる疑問が二人を襲う。
「クルルシアさんが!? どうしてここに」
「……多分私ね」
アクアが自分の手を【悪魔の目】で確認するとそんなことを言いだした。
「どういうこと?」
「何かしらのマーキングね……多分店で私がクルルシアの腕をつかんだ時に……」
「なるほどね。それで、どうするの? 今なら打ち落とそうと思えばできるわ」
チェリシュの物騒な発言が響き渡る。だか、それに同意するものはいなかった。
「いや、やめておこう。アクアも負傷しているしプレアも【要求】が使えない。今クルルシアと闘うのは少しばかり厳しい」
「ん~サクラスがいうなら従うわ。了解よ……っ?!」
「これは!?」
「ん? どうしたの? 二人とも」
「なにか来た?」
突然目を見開き、辺りを見回し始めたチェリシュとサクラス。プレアとアクアが不思議そうに聞く。
「やっと見つけました」
そんな声が聞こえ、四人の目の前に一人の少女が現れた。
〇〇〇
「だれ……?」
「総員、気を引き締めて。彼女、間違いなく【正義の使徒】の神届物を持ってる!」
「そんなはずはないわ……正義の使徒は間違いなく首を刎ねられてる」
プレアは突然現れた少女に問い、アクアは【悪魔の目】で突然現れた少女を見て、チェリシュはその結果を否定する。彼女の認識では既に【正義の使徒】は死んでいる。そして悪魔の脳を持つナイルの計算によると使徒は死んでから十数年経たないと新たには誕生しない。
ちなみに冒険者時代にアクアが他人の能力を覗いたことはない。確実にばれ、犯罪者扱いとなるからだ。
「皆様初めまして。日本より参りました。遠山銀奈と申します」
凛と響く声、短いながらも黒く艶やかな髪。身に包むのはどこかの制服だろうか、ひざ下まである長いスカートをはいている。そして腰にさすのは折れた大剣と一本の剣。
「どういうこと……正義の使徒ではないの?」
「違う。正義の使徒ではない。けど神届物だけは持ってる」
「どういうことよ……」
チェリシュとアクアがコソコソと話し合う。だが、それには反応せずに銀奈と名乗った少女は少しずつ近づいてくる。
「【悪魔喰い】の方々で間違いありませんね?」
「そうだといったら?」
サクラスが緊張した面持ちで尋ねる。そしてその後ろではプレアが逃げるための魔法陣を展開。
「神届物【我、正義の道を、執行す】」
ギンナから凶悪な魔力が吹き荒れ凶刃が【悪魔喰い】に襲いかかる。
〇〇〇
「くそっ! なんでよりにもよって正義なんだ! プレア! どれくらい稼げばいい?」
手に土魔法で精製した大剣を構えサクラスは突撃してくるギンナに相対する。
「二十秒! 耐えて!」
「無茶言うな!」
叫びながらギンナの振り下ろす剣を大剣で受けとめるサクラス。
しかし彼女の剣は速い。ただただ速い。上からの斬撃を防いだと思ったらギンナは既に下からの切り上げを仕掛けてきて……。
「【幽霊武器・不殺の機関銃】!」
そこを援護するように横からチェリシュが発砲。数十発の防御不能な弾丸がギンナに向かって襲いかかる。
だが躱す。ギンナは僅かな後方への体の動きだけで弾丸の雨を回避。再度サクラスに襲いかかる。
「くっ!」
その圧倒的な剣の速さにすぐに劣勢となるサクラス。しかも今はチェリシュから見てギンナは常にサクラスの影に移動していた。チェリシュの【幽霊武器】も使いづらい、というか使えない。
「神届物【疾風怒濤】!」
だが、今度はアクアが突撃を仕掛けた。治癒魔法で無理矢理止血を終わらして神届物を使い、高速でギンナに斬りかかる。
「悪い! 助かった!」
サクラスはアクアにギンナの相手を任せる。負傷している彼女に戦闘をさせるのは気が引けたが彼女の相手はアクアしか務まらないと考えてである。
拮抗するアクアとギンナの剣の実力。だが、その均衡は続かない。アクアの腕に巻かれた包帯から血が滲み始めると明らかに彼女の剣の速さが落ちる。
「人を殺すのは悪。正義の名のもとに死ね」
端的にそう言うとギンナの剣がアクアに迫る。
「【幽霊武器・不殺の閃光弾】」
瞬間、ギンナの視界を、全身を、半透明な閃光が襲いかかる。
アクアの真後ろで爆発したそれは彼女の体をすり抜けギンナにも直撃を与える。
勿論、アクアも閃光に目を焼かれているのだが、彼女はこの状態でも【悪魔の目】によって活動可能だ。
「くっ!」
だが、同じく間近で閃光弾の爆発に晒されたはずのギンナは潰れた視界の中で、苦悶の声をあげながらもアクアに襲いかかる。
その正確無比な攻撃に驚きながらもアクアは最後の力を振り絞って後ろに跳躍。プレアの準備した魔法陣に飛び乗り、
「【転移門】発動!」
【悪魔喰い】の四人は姿を消したのであった。




