幕間 バレンタインデー
すいません……衝動を抑えきれませんでした
「ソルト~、私からのプレゼントだよ~。さあ受け取れ!」
二の月、十四日目、入学から一ヶ月ほどが過ぎた学園の中、ソルトは突然、呼び止められ、小包を投げ渡される。
本日の実技が終わりのんびりと自筆に帰ろうとしていたタイミングであるだけに驚くソルト。
「わわっ! クル姉か、急にどうしたんだよ」
突然のことながらも危なげなく飛んできた小包をキャッチする。
「今日はね、好きな人にチョコをあげる日なんだよ。まあ、材料が違うからちょっと別物になってるかもだけど」
ソルトは視線を落として小包を観察する。赤く、鮮やかにラッピングされ、微妙な質量を伴ったそれは食べ物だろう。
「チョコってあれか? リナ母様が作ってた……」
「そうそう! よかった……知ってたんだね。さあ、というわけで! それはもう君のものだ! 寮に戻ったら味わって食べるんだよ!」
「ありがとな。大好きだよ」
好きな人にプレゼント、という日なのだからそのお返しも好意であるべきと考え、ソルトは普通に返事を返した。
だが、その言葉を聞いた直後、彼女は顔を真っ赤にして、
「??!! わ、私も大好きだよ、ソーちゃん」
激しくまくし立てるとそのまま彼女は廊下の向こうに姿を消す。あっという間の出来事に半ば呆然とするソルトであった。
そして、我を取り戻し、再び自室に戻ろうとした時であった。
『ソルト、クル姉からのプレゼントだよ、ハッピーバレンタイン!』
「おおっとまたか?」
流石に二度目ともなるとソルトはもう驚きはしない、いや、二回来たという意味では驚いているかも知れないが。
『また? まあいい。そんなことより知ってるかい? 今日はね』
「好きな人にチョコをあげるんだろ? さっき言ってたじゃないか」
『なんだ、知ってたのか。ま、それならそれだ。はい!』
そう言ってクルルシアが差し出したのは白い小包に、これまた鮮やかに赤のリボンでラッビングされたものであった。大きさは先程の物と同じであろう。
「ありがとな、俺も大好きだよ」
好意には好意を。何回目だとかは関係なくソルトは言葉を返す。
『!!?? それを恥ずかしげもなく心の底から言えるソルトが凄いね……』
「ん?」
『いや、何でもない、私はちょっとひとっ走りしてくるよ』
顔を赤らめながら全速力で学園の外に向かっていくクルルシアであった。
〇〇〇
「ねえ、ソルト? その二つの小包は何?」
部屋に戻ると布団の上で魔法陣を組み立てていたシャルがソルトの抱えていた小包に注目する。
「ああ、これか? クル姉がくれたんだよ。バレンタインデーだってさ」
「バレンタインデー? 何それ」
「何でも好きな人にチョコを渡すらしいけど……知らないか?」
「それ……ホントにあってるの?」
懐疑的な目を向けてくるシャル。だが、ソルトも孤児院で教えて貰った断片的な知識しか持ち合わせてはいない。
「まあ、細かいことはいいじゃないか。なんだ? シャルも欲しいのか?」
「うーん……やめとくわ。何が入ってるかも分からないし」
そう言って再び布団の上の魔法陣組み立てに取りかかるシャル。
ソルトもシャルが集中しだしたのを見て邪魔しないようにこっそりと机の上に二つの小包を置き、開封する。
「ん?」
ソルトが不思議に思ったのは添えられていた短文。どちらも差出人はクルルシアのはずなのに字の筆跡も文章も違うのだ。
【あなたのお姉ちゃんより】
【クル姉からのプレゼントだぞ】
〇〇〇
どこかの屋敷の台所で、二人の少女が話し合う。人形使いマドルガータ・ジオイアと不殺の少女チェリシュ・ディベルテンテだ。
チェリシュの方は調理をしているようだ。
「で、結局神届物まで使ってクルルシアに化けてソルト君に会ったわけ? あの馬鹿は」
「そうですね。人形の目を通して確認しました。彼のあの様子なら気付いて無さそうですけどね……ところでチェリシュ、この机の上にある黒いものはなんですか?」
「何ってクッキーだけど……? ほら、サクラスだけ貰えないとかかわいそうじゃない?」
「そうですか、なら聞き方を変えましょう。あなた、料理をしたことは?」
マドルガータの質問にチェリシュは気まずそうに言葉を返す。
「カ、カップラーメンくらいなら……」
机の上に並ぶのは焦げた物体の数々。チェリシュの返事にため息をつきながらマドルガータはエプロンをつけ、彼女の隣にたった。
「ちょっと授業をしなければならないようですね」




