異世界勇者編 交渉後半戦
『冗談かなにかかな?』
私たちの味方になれ、というチェリシュの言葉にクルルシアが聞き返す。
「いいえ、本気よ。勿論利点も提供するわ。私たち【悪魔喰い】がソルト君の捕獲に全力で協力する」
ジュースのおかわりを頼みながらチェリシュは淡々と述べる。
『なるほどね』
「だって、それくらいしないと絶対に来ないでしょう。というかこの前は悪かったと思っているわ」
ウエイトレスのアクアからジュースのおかわりを貰い口に運びながら答えるチェリシュ。
『けど、悪いね。断るよ』
だが、あっさりとクルルシアは答える。
「理由を聞かせて貰っても? 貴女の孤児院の管理人だって魔王陣営でしょう? 私たちと敵対する必要はないわ」
元々断られると思っていたのか、チェリシュから驚きの表情は見えない。
『そうなんだけどね……。一つ目、ソルトに関しては自分で探す。この近くにいることはもう確信出来たからね。後はしらみつぶしに探すだけだ。私の【直感】と【伝達】なら分かるだろう』
「ふーん、なるほどね。では、二つ目は?」
『私自身は魔王陣営のつもりはない』
「何を……何ですって?」
その言葉は予想外だったのか、それともそれほど高くない確率と考えていたのか、チェリシュは目を丸くする。
『正直ね、人と魔族の戦いなんてどうでもいいんだよ。どっちも心を持ち、汚い時もあればきれいな時もある。思考を持つ存在・概念の声が聞こえる私にとって種族なんてどうでもいいくくりだ』
「でも、争っているのよ。それも人側の勝手な事情で。先代の魔王は和平すら提案しているのに王国連は無視よ」
『それこそ私にはどうでもいい。私が一番気にかけているのはソルトだ。彼が不幸になりえる可能性は摘んでおきたい』
クルルシアの声は決意が込められていた。だが、チェリシュもそれに臆さずに交渉する。
「前にも言ったでしょう。隠し通すことは不可能、というか、すでにばれたでしょう。彼は必ずこの争いの鍵になるわ。運命が彼を放っておかない。プレアだって彼が【勇者】を与えられた時点で諦めたわ」
『それはプレアちゃんが勝手に判断しただけだ。それに私と彼女では価値観がまるで違う。私はただ、ソルトには自由でいてもらいたい。今回だって自分の意思で動いているのならば私は止めるつもりはない。喜んで協力させてもらう』
「どういうことよ?」
『話は終わりだ。私が君たち側につくことはない。なんならここで宣言してしまおう。私は魔王陣営につく気も人間側につくつもりもない』
そういって席を立つクルルシア。もう話すことはないと言わんばかりだ。
だが、チェリシュもほかの悪魔喰いのメンバーも引き止めることはせずにその姿を見送ったのであった。去り際にクルルシアが【伝達魔法】を使う。
『【勇者】なんて与えられたものにすぎないよ』
カランカランと、店の扉を開き、クルルシアは外に出て行った。
〇〇〇
「チェリシュ~おつかれさま~」
「ナイル……ごめんね、失敗したわ」
クルルシアが出て行った直後、一人でチェス盤とにらみ合っていた女性がチェリシュに話しかけてくる。
「いやいや、予定通りだからね~。問題はないわね~。それよりも問題なのは~」
「問題?」
いつも通りゆったりと間延びした声で話すナイル。だが次の声は厳しいものだった。
「あなたの口が滑ったことかしら。まあ、ほかのメンバーだとちょっと感情が高ぶるだけで、私たちの内部事情を知られる可能性があったからそれに比べたら大した問題ではないけどね」
「え?」
「まあ、そのおかげで知ることができた点もあるけれどね~」
「どこか教えてもらえるかしら?」
もともとチェリシュがクルルシアとの話し合いを一手に引き受けたのは理由がある。結界使いの少女ミネルヴァが自身の神届物を用いて作った【対伝達腕輪】は感情を高ぶらせない限りクルルシアに心を覗かれない。
だが、感情が高ぶればその限りではない、という弱点を持つ。結果、【悪魔喰い】全体の年齢が若いこともあり、前世も含め一番いろんな場数を経験したチェリシュに任せたのであった。
「ソルト君の【勇者】の話の時よ~。あなたが【与えられた】と言った後にクルルシアも【与えられたものにすぎない】って返してきたわ~。では問題、与えられたって、誰からかしら~?」
「それは……、まさか!」
「そういうことよ。彼女も神と出会っているのは間違いないわ~。いや、それは早計かも。少なくとも神の存在を一つの外的存在としてとらえているのは間違いないわね~」
そこにウエイトレスの少女とウェイターの少年が近づいてくる。
「ねえねえ、本当によかったの? 彼女をこちらに引き込めなくて」
話しかけてきたのはウエイトレスの衣装に身を包んだ少女セーラ。腰に差した二丁の拳銃がウエイトレスの服から異様な雰囲気を醸し出している。
「こらセーラ。ちゃんと話を聞いとかないと。それに今仲間にするくらいならこの前の右腕の時に交渉してるよ」
少年の方がセーラをいさめる。
「そうだけど~~」
「セーラ、静かにしろ。お前の声は耳に響くんだ。それとその話に関しては最終確認を済ませただけだ。ナイルの話はいつもきちんと聞いておけ」
「し、失礼ね!」
新聞を読んでいた青年がセーラに向けて文句を言う。セーラが言い返すも青年はそれに答えず再び新聞に目を落とす。
「しかし、料理の感想くらいは聞きたかったものだぜ」
厨房から出てきたのは大柄な男。エプロンもつけず、調理していたとは思えない服装であった。
「ヴァン、ご馳走様」
アクアが運んだ料理を完食したミネルヴァが満足げにおなかをなでる。
「ん?」
「あら?」
その時、新聞紙に目を落としていた青年が顔をあげ、ウエイトレスをしていたアクアも「にゃー」と言わず、いつものキリッとした顔立ちとなる。
直後カランカランと店の扉が開く。
「全く、面倒臭い。全く持って面倒臭い。どうして私が動かねばならないんだ。誰だ、私の傀儡を殺したのは。全く、その犯人探しも面倒臭い。しかし神は私に働けと言う。面倒だ。全く持って面倒だ」
入ってきたのは三十代ほどの男性であろうか。背筋を伸ばし、服装も整ってはいるが、その顔に覇気はなく、吹けば飛ぶような細身の体だ。
だが、そこから醸し出されるのは強者の香り。その姿をアクアが視認した瞬間、彼女は叫ぶ。
「全員! 退避!! そいつは【怠惰】よ!」
近くにあった皿をブーメランのように投げるアクア。ほかのメンバーが逃げるまでの時間稼ぎであり、その一撃は龍の怪力を止めるほどの腕から放たれたもの。人一人殺すのは容易い。だが……。
「神届物【我、怠惰の道を享受する】」
次の瞬間、男を中心に歪な魔力が吹き荒れ、空気すら切り裂いて飛んでくる皿を受け止める。
そしてその魔力はそれだけにとどまらず、爆発的に店の中を広がり……
「【大地砕き】!」
先ほどはセーラをいさめていた少年が地面に自身の足をたたきつける。そして相手の魔力が届く前に建物ごと倒壊させて、悪魔喰いのメンバーを逃がしたのであった。
「面倒臭い。逃げられるとは……。爺の人形も壊された……うむ……しばらくは私が動くしかないか」
〇〇〇
『今の音は何!?』
誰に呟くでもなく、あまりの轟音に驚くクルルシア。
見ると夜の暗闇の中、【悪魔喰い】のメンバーがいた店から砂煙が舞い上がっている。現場に向かおうとした彼女だったが、周りの人間も何があったか気になったようで、人混みが激しくなり思うように動けない。
だが、数分もすると彼女も店が倒壊しているのを視界に捉える。
『一体何が……【悪魔喰い】が八人もいて逃走を選ぶなんて……使徒でも現れたということか……??!!』
思考にふけるクルルシアだったが、驚きのあまりそれどころではなくなる。人ごみの中に銀髪の少年を見つけたのだ。
『ソルト!?』
だが、【伝達】魔法の返事はない。その少年は一瞬だけクルルシアの方を見ると驚いた顔をしながらもすぐにその場を遠ざかり始める。
『ソルト! ねえ! ソルトでしょう! 待って! 置いていかないで!』
だが、その距離は見る見るうちに離れ、すぐに見えなくなる。人混みで龍の怪力で押し分けて進むわけにもいかず(そんなことをしたら八つ裂き死体が量産される)クルルシアは追い付けない。
『ソルト! 置いていかないで!』
〇〇〇
「危ねえ……なんでクル姉がこの街にいるんだよ……」
宿に戻り、自分の荷物を受け取るソルト。長く、太い筒状の入れ物を背に担ぎ、宿の青年に挨拶をしておく。
「では、俺はこれで」
「寂しくなりますね、では行ってらっしゃい」
手を振りながら送り出してくれる宿屋の青年。
宿から出たソルトは路地裏に向かう。誰も人が見ていないことを確認すると、
「拓け、異空の門よ、我に道を与えん。【転移門】」
ソルトの眼前に魔法陣が現れ、彼がそこをくぐった瞬間その姿は消えた。




