異世界勇者編 交渉前半戦
勇者達を王宮に置いてきたクルルシアは一直線に宿に戻る。荷物をまとめ、ソルトを探しに行くためだ。
と、言っても彼女は荷物などほとんど持っておらず、宿を引き払う旨を伝えるだけだが。
『失礼。昨夜泊まったクルルシア・パレード・ファミーユだ。今日の夜には出るけどいいかな?』
「もう行ってしまわれるのですか、今日はたくさんの人が引き払いますね……」
少し存念そうに答える受付の青年。クルルシアに伝わってくるのは彼のクルルシアに対する温かい感情。本気で残念がっているようだ。
『うん。急ぎのようもあってね』
「分かりました。あ、それと代金はすでに王宮の方から支払われているので問題ありません」
『あ、そうか……。わかった。ありがとう』
そう言って二階へ上がるクルルシア。少し横になって休んだら出発するつもりである。
〇〇〇
階段を上がったクルルシアは一息つくとベッドに倒れ込む。服装が多少乱れるが気にしない。町の中、行き交う人の声全てが聞こえるクルルシアにとって町は疲労がたまる場所でしかないのだ。
勿論、ソルトの前でそんなことはおくびにも出さないが。
(疲れている暇もない。今後の予定を考えなきゃ……まずは情報収集か)
柔らかな布団に身を包み、町の行きかう人々の心の声を聞きながらクルルシアは寝返りをうつ。
その時だった。部屋にノックが響く。
「失礼します。クルルシアさん、起きていますでしょうか?」
『起きてるよ。どうぞ』
従業員の男の声にベッドから身を起こしながらクルルシアが答える。
すると部屋の扉は開かれず扉の下から手紙が差し出された。
「言伝とこちらの手紙を渡して欲しい、と」
『言伝?』
「はい、【待ってる】とのことです」
『ありがとう、また見ておくよ』
「はい、失礼いたしました」
青年が去ったことを確認してクルルシアは手紙に近づく。魔力的な罠や物理的な罠が仕掛けられていないことを確認して手紙の封を開ける。
そこに書いてあったのは王都にある一つの飲食店の住所とメニュー、そして時刻だった。
〇〇〇
夜、カランカラン、と軽やかな音を立てクルルシアは指定された時間、指定された店の扉を開く。
店の中はクルルシアが思っていたよりもずっと静かであった。
「いらっしゃいませにゃ~! クルルシア様ですにゃ! 予約はなされておりますのでこちらへどうぞですにゃ!!」
帽子を深々と目元まで被り、そこから猫耳が突き出た少女がウエイトレスの格好に身を包みクルルシアを案内する。
『え? 予約?』
戸惑うクルルシアだったがウエイトレスの少女に店の奥に案内され、料理の並べられた机に座らされる。
「え~、本日の料理はフルコースとなっておりますにゃ。たんまりとお食べくださいにゃ。あと、お残しは厳禁なのにゃ」
『わ、わかったよ……』
手近にあった料理を手元に引き寄せる。そこにあったのは温かいスープ。だが、誰が用意したかもわからないものを無警戒で口に運ぶことはしない。匂いで毒の有無を確認する。
「大丈夫よ。そんなに警戒しなくても毒は入ってないわ」
『?!』
このときクルルシアは二つのことに驚く。
一つは突然、クルルシアの『伝達』魔法に引っかからずに話しかけてきた、という事実に対して。
そしてもう一つ、その相手の顔を見て。
「ディナーの誘いに乗ってくれてありがとうね。ちょっと時間は早いかもしれないけれど」
彼女の対面に座ったのはチェリシュ・ディベルテンテ。王国連全体で指名手配されている十四歳の少女であった。
〇〇〇
『お前のせいで!』
勢いよく椅子から立ち上がり、チェリシュの襟首を締め上げようとするクルルシア。だが、そのために伸ばした右手を横から伸びてきた右手がつかみ取る。
『え?』
「困りますにゃ~。暴力はだめですにゃ~」
クルルシアが自身の龍の怪力を止めた右腕の主を見る。彼女の右腕を掴んだのはウエイトレスの少女。だが、クルルシアは自身の怪力を止めるほどの獣人に心当たりは……
あった。
『アクア・パーラ!?』
帽子を被って目元まで隠れていたうえに、戦場とはかけ離れた言動(クルルシアの記憶では決してニャーニャーなどと言っていた記憶はない)、そして、心を読むことさえ出来なかったため完全に気付くことに遅れたのだった。
そこにアクアが追撃する。
「アクアだけじゃないわよ。あなた、この店にいる八人の中で心が読めるのは何人?」
そう言われてはっとするクルルシア。そして把握し、席に着く。
誰もクルルシアの【伝達】魔法が通じない。
厨房の大柄な男も、もう一人のウエイトレスも、ウェイターも、新聞を読む青年も、一人でチェスで遊ぶ女性も、隣の席で食事中の少女も。
そしてクルルシアはそのほとんどの顔に見覚えがあった。
『なるほどね……この店が貴方たちの隠れ家なわけ』
「まあ、ほとんど正解かしら。もっともプレアはまだ療養中、マドルも人形修理に大分苦戦しているみたいでね。いただきます」
そしてそのまま料理を口に運び始めるチェリシュ。また、クルルシアも後ろに控えるアクアに警戒しながらも食事を手に取る。
『で? 私を呼んだ理由を聞かせて貰おうか』
「食事しながらおしゃべりは……そっか、貴女のは別におしゃべりではないか」
そう言いながら口の中を一瞬でからにするチェリシュ。別に魔法を使った形跡はない。
『誤魔化すな。【悪魔喰い】のほとんどが集まってまでして、私を呼んだ理由を答えろ。そしてもう一つ』
「もう一つ?」
少し不思議そうな顔をしてチェリシュは聞き返す。
『ソルトはどこだ』
「ああ、なるほどね。ではそちらから話しましょうか。アクア、残りはミネルヴァにあげといて」
そう言ってアクアに皿を片づけさせるチェリシュ。
「も~、お残しはだめだっていったにゃ~」
「残してないわよ。ミネルヴァにあげるだけよ」
「そう言うところ、年齢相応で可愛いにゃ~」
その間にも両腕に何皿も載せていき、それが終わると別の席に運んでいく。クルルシアがその方向を見るとアクアによって運ばれる料理をほおばる少女がいた。
「それで、ソルト君のことだったかしら、悪いけどそれ、私たちの方も全力で探してるのよ。全く見つけることが出来ていないけど」
『なに? キミ達が連れ去ったわけじゃないの?』
「プレアが説得に成功していればその可能性もあったのだけれどね。説得は失敗。それどころか今は私たちの邪魔までされる始末よ」
両手を広げやれやれ、とするチェリシュ。クルルシアの質問は続く。
『邪魔? 魔王復活の?』
「ええ、魔王復活の。今回もやられたわ。まさか私たちよりも先に魔王の右足を奪取しているなんて考えなかったわ。左足は何とか手に入れたけれどね」
『魔王の右足を?!』
「ええ、私たちが今日王宮に向かったときには空っぽ。そうそう、貴女が連れてきた勇者様はまだ封印場所だと思うわ。出入り口にミネルヴァが結界を張ったからまだ出てきてないはずよ」
ジュースを口に運びながらチェリシュは簡単に呟く。
だが、クルルシアは異世界勇者については特に何も思わなかったのか気にせずに話を続けるのであった。
『彼らのことはどうでもいいけれど……。そうだね。ソルトなら占いには引っかからないからね』
「そうね……。侵入者がいつ来るかを占う魔法を無効化されちゃ、後手に回るのは当然のこと。【勇者】の効果に【占いの結果に左右されない】、なんてものがあったとは……いや、そこじゃないわね。それがこんな形で役に立つとは」
『そんなのがあったの……。まあ、何時の時代もそう。勇者は占いなどではなく、自分で道を切り開かねばならない。それを考えると今の彼の方が勇者らしくはあるかな』
グラスに注がれた飲み物を口に運ぶクルルシア。そこに今度はチェリシュが話を切り出す。
「じゃあ、ソルト君の話も出たことだし、言うわ。ここに貴女を呼んだ理由、だったわね。簡単よ、クルルシアさん。こちら側につきなさい。悪い提案ではないはずよ」




