異世界勇者編 旅路
「ぎゃあああああああ」
「おえええええ」
「ちょ、ちょっとストオオオオオップ!!」
「まだ、まだ死にたくねええええ」
ビュウビュウと激しく冷たい風が吹きつける中、四人の少年たちが悲鳴を上げる。
『全く大げさな。このくらいで怯えてたらこれから生きていけないよ』
クルルシアが呆れたように声をかける。
だが、この場合、間違っているのはクルルシアだろう。
上は雲一つない青空。
が、現実は場所は雲よりも高い場所を飛行しているというだけだ。地球と同じではないとはいえ、あまり生物の生存にふさわしい環境ではない。
しかも五人は龍の背中に乗り音速に近いスピードで飛行しているのだ。
「クルルシアよ。仕方あるまい。もう少しスピードを落とさぬか?」
『うん、そうだね。ちょと彼らの声がうるさくてたまらない』
彼女の使役する龍ジャヌの提案にクルルシアも乗る。ちなみにクルルシアの「うるさい」というのは伝達魔法によって少年四人の心の叫びが直接流れ込んでいることに対してだ。
そんなやり取りを経て、ようやく少年四人が正常な思考ができる程度の速度に落ち着く。
「はあ、はあ、すみません」
謝るのはカイト。
『うん、いいよいいよ。ちょっと遅れるくらいなら問題はないしね。しかしこうなると途中でどこかに寄らないとな……』
「何か問題があるんですか?」
『このペースで行くなら三日かかるんだけど途中で野宿も嫌だろう? 初日はもともと予定していたところに泊まるとしても二日目に泊まる場所を考えないとね』
「ま、待ってください。二日で行くつもりだったんですか!?」
『うん。そうだけど? というか本気出したら一日でつくよ』
何を当然のことを、と言いたげなクルルシア。その顔は本当に「何を言っているのかわからない」という顔であり、カイト達四人の不安を大きく膨らませた。
〇〇〇
だが、それ以降特に問題は起こらず四人の少年とクルルシア、そして龍は目的地を目指して移動するのであった。
余裕ができ、暇になったためか少年達から質問が飛ぶ。
「クルルシアさんはソルトと同じ孤児院の出身なんでしたっけ?」
最初に【探究者】のジョブを持つユウが持ち前の好奇心からかクルルシアに質問を投げかける。
『うん、そうだよ。それがどうかしたかい?』
「純粋な好奇心から聞くんですけど、彼が魔王の血縁、というのは本当に?」
ほかの三人がその投げかけた質問にギョッと驚くがクルルシアはたいして気にした様子もなく、あっさりと流すのであった。
『その質問は答えたくないな』
少しばかり困った顔はするが反応はそれきりだった。
「そうですか……すいませんでした」
ユウも深く追求することはしない。好奇心でクルルシアを怒らせれば上空の逃げ場がないこの状況で生き残れるとは思えなかった。
だが結局、やることもないので日が傾きつつある中、四人の少年は口々に質問する。
次に質問をしたのは【剣聖】のリュウヤ。
「クルルシアさんとソルト君て、いつから一緒なんですか?」
『うーん、そうだね……もう十年になるかな。私が九歳の頃に彼が道端で倒れているのを見つけたんだ』
「道端で?」
『そう、道端で。それもS級の魔物が跋扈するようなね。さすがに驚いたよ。普段は人っ子一人いない森の中だよ。わたしが【伝達】魔法で感知していなかったら間違いなく見逃していたね』
【名探偵】のカイトが横槍を入れる。
「あの、気になったんですけど、そんな危険な森でクルルシアさんは何をやっていたんですか?」
『私かい? 私は王都から孤児院に戻ろうとしただけだよ。私は小さい頃から冒険者をやっていたからね。それにこの子に乗ればどんな距離も一瞬さ』
龍のジャヌをなでながらクルルシアは翼の付け根にもたれかかる。
「なるほど……ではその孤児院はどこに……」
『おっと残念、時間切れだ。今日止まる場所に到着だよ』
最後、カイトがした質問には答えず、クルルシアはジャヌの背中の上で立ち上がる。
『うん……やっぱり変だね。来てよかった』
「ここが今日止まる場所ですか?」
ジャヌの背中から地面を見下ろしながら【重盾戦士】のダイがクルルシアに聞く。今までは大きい体のせいもあって落ちないようにすることで精いっぱいで会話には参加していなかったのだ。
地面に見えるのは家が三十件ほどの小さな村だ。しかし夜にも関わらず明かりはほとんど見えない。
『そうだよ。でもちょっとばかり気になることがあってね……』
「気になることですか?」
ユウが聞き返す。
『君たち、戦闘の準備はできているよね?』
〇〇〇
ゆっくりとジャヌが村の中央広場に降り立つ。その最中、クルルシアが四人の少年に説明する。
『最初の異変は二か月前、この村と連絡が取れなくなった』
「く、クルルシアさん? 何か不穏な雰囲気を感じるんですけど」
リュウヤが少しおびえた様子でクルルシアに声をかける。だが、クルルシアは無視して話をつづけた。
『最初は通信用魔法道具の故障かとみんな思った。長い間使って入ればどんな道具でも壊れるからね。それがいけなかった』
「い、いけなかった?」
『技師、つまり魔法道具を直せる人が複数の冒険者に護衛してもらいながらこの街に向かったんだ。しかし一か月たっても帰ってこなかったもともと徒歩で二週間の距離だ。流石に遅すぎる』
「え?」
『これでなにか異変があるのでは、とギルドの上層部が考えた。しかし村近くに駐屯しているはずの騎士たちは連絡が取れず、二組の冒険者も向かったがやはり音沙汰無し』
ジャヌの足が地面を捉える。五人が背中から降りやすくなるように体を小さく丸める。
『そしてだ。今このように村の中央に、巷では超危険生物として認識されている龍が現れてもだれ一人として現れない』
「ね、寝てるんですよ! きっと。もう夜遅いですし」
『きみ、魔物が夜に現れてもそんなことを言うつもりかい? ここは小さな村だが国境付近ということもあってすぐ近くにはそれなりに大きな兵舎もあるんだ。ほら、あれだ』
そう言ってクルルシアは少し遠い場所にある白い建物を指さした。夜ということもあって見えづらくはあるが確かに見える。
だが、
「クルルシアさん。あの建物、明かりが一つも付いてませんよ」
リュウヤが最初に気づく。
『そうだ。だからおかしいと言っている。見張りがないなんてあってはならないんだ』
龍であるジャヌを自身の影にしまいながらクルルシアはある方向を向く。
『気にならないかい? この村で何があったか』
クルルシアの視線の先ではこの村で、否、この周辺で唯一明かりがついている建物に向けられていた。
〇〇〇
警戒した足取りで明かりのついた家に近づいていく五人。
『うん、人はいるね。しかし、なんだ? この感情は……』
【伝達】魔法を使い、家の中を確認するクルルシアだったが、その顔に浮かぶのは戸惑いの感情だ。
「クルルシアさん? 誰か居るんですか?」
『多分すぐに君達にも聞こえると思うよ。ダイ君、防御系の技を何か準備しておいておくれ』
「わ、分かりました」
ダイは返事をしてから背中に背負った大盾を担ぎ直す。
そして、家の前に立ったとき、少年四人にも歌が聞こえてくる。
「おっにく~、おっにく~」
「な、何ですか、この歌は」
『わからない、だけど私が伝達魔法で聞こえるのもこの声だけだ。この村に残る唯一の人、警戒するに越したことはないよ』
そして、クルルシアは扉の前に立ちノックする。
『ん? ちょっとまってくださ~い!』
少々バタバタする音が響き、そのあとに足音が近づいてくる。
そして、扉から現れたのは、
「ん? はじめまして、ですか?」
きょとんとした顔の青髪の少女だった。




