狂龍顕現編 人形使いの決断
「さてと、詳しい話を聞かせてもらおうか」
ソルトの担任教師、シューク・ドルストンが服についた汚れをはたきながら問いかける。
その横に先ほど戦った【悪魔喰い(デーモンイーター)】の二人の少女を捕らえ、マドルの人形は全て自身の人形で取り押さえながら。
「いや~、一応私達にも事情があると言いますか~、あんまり言えないのですよ~」
「……」
「……」
「あの~、スルーはひどくないでしょうか~?」
「……」
「……」
少女一人の間延びした声は、他の二人に無視される。もう一人の少女は黙ったままだ。うつむいているので表情は見えない。
「あ、あの~、やっぱり~? 久しぶりの再会だと思うので~、部外者の私は~」
「ナイル、黙ってください」
「あう~」
隣に座る少女にきっぱりと言われ、少女ナイルはおとなしく座る。
「それで? 今の名前はマドルガータだったか?」
シュークがマドルのほうに尋ねるがマドルは黙ったままだ。しかし、その表情は先ほどとは違い、暗く、申し訳なさそうにしている。
「だんまりか。昔からお前はそうだ。困ったことがあっても俺に頼らない。一人で抱え込む。そして最後に破裂する」
「師匠には関係ないです……」
ようやくシュークに対してマドルが口を開く。
「関係ない、お前はそう言うのか」
その言葉に悲しげな表情になるマドル。シュークは続ける。
「もちろん、ここはお前の人生だ。第二の生だ。別に一々俺に何か聞かなくてもいいし、俺が教えられることも少ないだろう。だがな、これだけは言わせてくれ」
うつむくマドルの顔を覗き込み、シュークはしっかりとマドルの顔を覗き込み、目を合わせる。
「また会えてよかった。元気だったか?」
その言葉を聞いた瞬間、マドルの目から涙がこぼれる。
「し、師匠……」
だが、その時だった。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
「なんだ!?」
「これ……は……?」
「あ~、クルルシアさんか~、これはまずいな……」
マドルとシュークは驚き、その悲痛さに顔をしかめるが、ナイルだけは納得がいったという表情で舞う一つ動かさない。
「ナイル! これは何ですか!」
「なにって~、誰の魔力であるかはわかるでしょ~。クルルシアさんよ~、クルルシアさん」
その会話にシュークも目を丸くする。
「クルルシアだと? 何故彼女が?」
「何故って言われると~、チェリシュをけしかけたのは~、私だし~」
「けしかけた?」
マドルもその話は初耳だったのかナイルに聞き返す。
「そうよ~、けしかけたわ~。本来は私たちが撤退するときの合図にするつもりだったのですけどね~、クルルシアの強さが想定外だったときは使うように指示したわ~、もっとも流石にこれは緊急事態だけどね~」
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い!』
頭に直接響くクルルシアの伝達魔法。正直に言って聞くに堪えない。
「いや、そもそもこれ、伝達魔法じゃない可能性もあるのかしら~」
「ナイル? なにか言いましたか?」
「いや~、なんでもないわ~」
「おい! 貴様! いったい何を!」
「【悪魔の脳】発動」
シュークが詰め寄るがマドルは無視して瞳を閉じ、思考をめぐらす。ナイルの目から涙のように血が出始めるがマドルもナイルも気にしていない。
「現状……敵……目的……最適解……」
「一体何をやって」
唯一シュークだけはうろたえるが、誰かがその質問に答える前にナイルは目を開く。
「解」
「ナイル、私は何をすれば?」
目を開いたナイルがマドルに指令を出す。
「とりあえず彼を説得してこの縄を解いて貰えるかしら~? 足止めに使うのはソルト君達で~す」
〇〇〇
そして王宮前、
「あれはマドルの……あれ? なんか知らないのがいる」
「あれも……人形ですか?」
プレアが龍に突撃した四体の人形を目で捉えるがそこに見覚えのないものが混じっていることに違和感を覚える。
一方シャルのほうは弾丸のように飛び交う人形に圧倒されていた。
「説明しマス。私の師匠の人形デス」
「わわ! びっくりした」
「マドル? えっと……この人形はマルテだっけ?」
突然後ろに飛んできた人形に驚きながらも、プレアはその人形の名前を正確に言い当てる。燃える炎のように真っ赤な人形を通じてマドルの説明は続く。
「ええ、そうデス。しかし今は事情の説明ヲ。ナイルは第一に遠距離からの攻撃を指示しまシタ」
「で、でもそれじゃあ……」
「うん、ありがとう。そこはこっちでも結論が出たよ。でも問題は……」
マドルを通して行われた指示にシャルもプレアも難色を示す。
「ハイ、人形は感情を持たずクルルシアに感知されまセン。魔法も同ジ。そのため反撃として行われている雷は食らいませセンガ、逆に言うと人形だけでは注意を惹けないタメ、彼女を王宮内にとどめることができませセン。すぐにでも市街地の恐怖の感情におびき寄せられてしまうデショウ」
「で? ナイルは第二に何を?」
「少数精鋭、そしてなおかつクルルシアに敵意を感知されないメンバーでの足止めしマス。敵意悪意を持っていると、その時点で雷が飛んできますかラネ。その間に人形達で拘束、精神安定の魔法陣を描きマス。もっとも今残っているメンバーダト……」
「俺ですか」
「あとギリギリでここにいる四人というところでしょうか」
二人と一体が話しているところにソルトとソフィアも合流する。その二人の問いかけにマドルの操る人形はこくりとうなずき、肯定を示した。
〇〇〇
『痛い痛い』と悲鳴をまき散らし、龍は同じ感情を持つ人々の方向に足を向ける。
「クル姉! 聞こえるか! 返事をしろ!」
その行く手を一人の少年が立ちはだかる。
『痛い痛い痛ソルい痛い痛ト痛いはい痛い痛い私が痛い痛い痛まもい痛い痛る痛い』
「何を言ってやがる! 近所迷惑になってんぞ!」
そう言ってソルトは自身の刀を地面に突き刺す。
「【勇魔大封】」
ソルトが呟き、それと同時に龍とソルトを中心に立方体の結界が形成される。
それにより垂れ流されていた龍の悲鳴は全て遮断され、市街地の人々から苦しみの表情が消え始める。
ソルトの横にシャルも降り立つ。
「あんた、勇者らしい技使うの初めてじゃないの」
「うるせえ。使う機会が無かったんだよ」
『勇魔大封』。本来は勇者と魔の生き物が一対一闘う際、邪魔が入らないようにするための結界である。
もっともソルトの言う通り使う機会などほとんど無いのだが。
「勇者の技がそんな簡単に必要になるわけがないでしょう。精々あの使徒どもと闘うときぐらいよ。今回が例外」
プレアも横に立つ。
「お姉ちゃん、休んでても良かったんだぞ。左腕大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫よ。とりあえず魔王の左腕をひっつけたわ」
そう言いながら左肩に引っ付いた魔王の腕を見せるプレア。
「おいおい……そんなもん引っ付けて大丈夫かよ」
「なんでもありですか……」
魔王の左腕を移殖したプレアに対し、もはや驚きよりも呆れの表情を見せるソルトとシャル。
「どうってことはないよ。それよりも今は時間稼ぎが第一。攻撃はする必要はないからね」
「わかってるっての」
「大丈夫ですよ! 無茶はしません」
「強欲の使徒の話は聞いているからね」
「げっ」
「あう……」
いつぞやの【強欲の使徒】との戦いを指摘され言葉に詰まる二人。だが、そうも言っていられなくなる。
『痛い痛ソ痛い痛い痛い痛いルい痛ト痛い痛い痛い痛い誰い痛にもい痛い痛い痛渡さい痛いない痛い』
三人の戦いが始まった。
〇〇〇
「で、どういう風の吹き回しでしょうか?」
「なにがデス?」
真っ赤な人形にソフィアが尋ねる。いや、尋ねるというよりは問い詰めるような口調だ。
「誤魔化さないでください。なぜ【悪魔喰い(デーモンイーター)】のあなたがなぜ王国のために戦っているのですか?」
「ああ、それであなたはここに残ったのデスネ。大丈夫デスヨ。私が師匠に逆らうなんてことはありまセン」
「師匠? 何はともあれ、監視はさせていただきますからね。私の【王者の庭】であなたが人形を動かせるとは思わないことです。先ほど決めた魔法以外のものを使おうとすれば即座に拘束させていただきますので」
「好きにしてくだサイ。私は魔法の構築に取り掛かるノデ」
それきり真っ赤な人形はしゃべることをやめ、やってきた人形たちは魔法陣を高速でくみ上げていくのであった。
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