狂龍顕現編 悲痛な叫び
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
悲痛な声が王都全域に響き渡る。しかしそれはすぐに止まる。だが、それでは終わらない。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
その絶叫は王都全域を襲った。
〇〇〇
「これは予想外ね……。いや、想定外というべきか。ミネルヴァ! 結界はもう解いていいわ! 逃げなさ……うぐっ」
頭の中に恐怖の感情が流し込まれ、激しい頭痛に襲われるチェリシュ。そして武器を全て消滅させると自身もその悲鳴から逃げるべく逃走を開始する。
「ここまでひどいとは思わなかったわ。一体何を抱えているのよ……」
急いでチェリシュは結界から飛び降りる。一刻も早く、今もなお響き続ける絶叫から逃れるべく。
「チェリシュ……どうする?」
上空から追いついてきたミネルヴァがチェリシュに問う。
「逃げるわ! 聖剣の破壊はアクアに任せて私たちは逃げる!」
「でも……逃げれそうに……ないよ」
「へ?」
珍しく気の抜けた声を出すチェリシュ。だが、振り返った彼女が見たものはあまりにもまずいものだった。
「これは……まずいわね」
別にミネルヴァの話し方を真似たわけではない。
〇〇〇
ソルトたちは地下遺跡から、土魔法で作った階段を通じて、ようやく外に出る。出てきた場所は王宮の裏門近く。
しかし、そこから広がるのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
避難を始めていた誰しもが頭を抱え、涙を流し、恐慌状態に陥っていた。
「な、なによ、これ……」
あまりにひどい光景にシャルは呆然とする。
「クル姉だ。間違いない。でもなんでだ? 鏡なんてないのに……」
「ソルト君、どういうことです?」
ソフィアがソルトに尋ねる。
「これは恐らくクルルシアが恐慌状態に陥っているから起こっています。孤児院の時も一回ありました。その時は鏡が原因でしたが今回は一体……」
シャルがその説明に噛みつく。
「鏡? なんでソルトのお姉さんが鏡でこうなるのよ。というか学校にも鏡はあるでしょう。せれじゃ説明が……」
「つく。孤児院の時は小さい子がいたずらで黄色いスカーフを隠したのが原因でな……それを探してる最中に鏡を見て……こうなった」
「え? 黄色いスカーフって昔からしてるの?」
「そうだぞ。俺が会ったときから寝るときと風呂入るとき以外はずっとしてるな。スカーフが無理な時はマフラーしてたり、襟が長い服を着てる時もあるけど」
「黄色いスカーフの下に何かあるの? それも恐慌状態に陥るような?」
「傷だ……シャル、お前、クル姉と一緒に風呂入ったことあるか?」
「あ、あるわけないでしょ」
「傷だらけだ。小さなやけどから切り傷まで様々」
「へ? クルルシアさんに傷? あの再生力で?」
「なるほど……チェリシュはそこを突いたのか……」
シャルが混乱する一方でずっと黙っていたプレアは納得する。
ソフィアも答えにたどり着く。
「児童虐待、その心的外傷をえぐられましたか」
「恐らく」
「あ、あの……置いていかないでくれます……?」
シャルが涙目になりながら三人に教えを乞う。
「いいけど移動しながらな。このままだと王都に残ってる人が皆死ぬぞ」
〇〇〇
王宮の結界内
『あああアああああああああああアあああああああああああああああああああああぁああぁあああああああああああぁあァああああああああああああああああイヤダイヤダああああああああああああああアあああああああああああああぁあああああああぁあああああああああぁあああああああああアあああああああああああああああ』
「な、なんだ?」
「!! これは……チェリシュの策か?」
結界の中で、SSSクランの【バトルビースト】と【悪魔喰い】所属のSS級冒険者、アクア・パーラは絶叫の中、戦いを中断する。
そしてその直後、王宮を囲んでいた結界が消える。そしてそこにチェリシュの大声が響き渡る。
「アクア!! 聖剣よろしくねえ!!」
「だ、誰だ?! 新しい敵か?」
アクアを呼ぶチェリシュの叫びに【バトルビースト】の冒険者たちは再び武器を構える。
「了解」
冒険者たちが叫びに気を取られふり返った瞬間、猫耳の少女アクアは全力で王宮内に突撃する。少しでも自分たちが速く撤退できるように。
一方、振り返った【バトルビースト】の冒険者たちは絶望的な状況を目にすることになる。
「おいおい…ほんとにSSS級のバケモンが出てきやがったぞ」
〇〇〇
「クル姉は昔の傷は治せない。治せるのは最近の傷だけだ」
「それってつまり?」
シャルの質問にソフィアが答える。
「つまり今ある傷はクルルシアが再生能力を得る前、すなわち幼少期についた傷だということです。それもソルト君が初めてクルルシアに会うよりも前に。そうなって考えられるのは……」
「児童虐待、それも暴力を伴うもの。その痛みの記憶をほじくり返されたんでしょうね」
ソフィアの説明をプレアが受け継ぐ。
四人は現在、未だ響き渡る絶叫の主、クルルシアの場所に向かうべく走っていた。ちなみに、プレアはソルトの背中に背負われている。
「で、でもなんでチェリシュさんがそんなことを知っているの?」
「彼女はもともと精神科医も兼ねていたわ。って言ってもわからないか……」
「つまり、精神の専門家、ということでいいですか?」
「ええ、それでいいわ」
ソフィアが自分にわかる言葉にまとめ、プレアが肯定する。
「じゃあ、この痛い痛いっていう悲鳴は……」
「ああ、クル姉が過去、ていうか小さいころに受けた虐待を思い出してるんだろうな」
「しかもその痛みが【伝達】魔法で直接伝わってくる……。プレアさんが神届物で守ってくれなければ、私たちも恐慌状態に陥っていたでしょう……。そろそろ見えます!」
王宮の周りを半周するようにして正門近くに来た四人。
「おいおい……こんなの孤児院の時はなかったぞ」
と、軽く絶望の声が出てくるソルト。
「その時は龍を召喚していなかったからでしょう」
と、あくまで冷静なプレア。
「あの……これって手に負えるやつですか?」
と、少し現実逃避気味になるシャル。
「ふむふむ、残念ながらほかに応援に来れる人はほとんどいなさそうですね」
と、SSSクランに損害を出しまくったプレアたちを言外に責めるソフィア。
目の前では黄金の雷を纏った、黄色い龍が自我を失い暴れていた。【痛い痛い】と狂気を振りまきながら。




