魔王の腕争奪編 姉の実力
少し、時は遡る。
「どういうことだ、これは……」
場所は王宮の裏門から入ってすぐの場所、何人もの大人が倒れていた。中には流血がひどく、重症の者もいる。
「先生、彼らは?!」
「彼らは私と同じ二十年前の異世界勇者だ。それがこのように全滅させられているとは……」
戸惑うようにレイがつぶやく。
「先生、あそこに足跡が!」
叫んだのはシャルだ。血だまりから足跡が伸び、なおかつそれが地下ではなく上へとつながる階段に向かっていたことを指摘する。
「地下ではなく上? 【魔王の左腕】は地下に封印されていたはずだが……」
しばらく考えるそぶりを見せるレイ。だが考える時間が惜しいと考えたのかある提案をする。
「ソフィア嬢、シャル嬢、そしてソルト君。君たちはこのまま地下に向かっていただきたい。私は国王の安否を確認してくる。この惨状を引き起こしたのがアルヴァ達ならまだ地下には向かっていないはずだ。先に向かって結界を補強しておいてくれ。シャル嬢ならできるだろう」
「先生、一人で大丈夫ですか?」
ソルトが不安げに聞くがレイは涼しい顔だ。
「なに、安心してくれ。私には戦う力こそないが、【占い】による回避なら自信がある。死ぬことはないさ」
「分かりました! レイ先生もお気をつけください!」
ソフィアが元気に返事を返す。
「ああ、くれぐれも三人とも、一人になるんじゃないぞ」
そう言って階段を駆けのぼっていくレイ。
そしてソルト、シャル、ソフィアも地下に向かったのであった。
〇〇〇
地下への階段を見つけると迷わずに階段を駆け下りる三人。その中でシャルが何かに気づく。
「これは……血の匂い?」
「あら? 鼻がいいのですね。私はまだ何も匂いませんが……」
「い、いえ、そんな気がするというだけで……」
シャルが慌てたように弁解する。吸血鬼のため、血に敏感に反応してしまうのだ。
だが、言われてソルトも五感を魔力で強化すると、確かに血の匂いが嗅ぎ取れる。
「いや、俺も匂いました。間違いなく血の匂いですね……それに何やら戦闘の音らしきものも……この魔力は!!??」
その時、ソルトの顔が驚愕に染まったかと思うと身体強化の魔法を自身にかけ、シャルたちを置いて階段を駆け下りる。
「ソルト? どうしたのよ……ってちょっと!! 先に行っちゃだめよ!! 戦闘が起こってるなら慎重に行かないと」
「そうですよ! ソルト君!」
しかし二人の叫びには耳を貸さず、ソルトはひたすら、階段を駆け下りていく。
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんがいる!」
ソルトが感じたのは姉プレアの魔力。十年経とうが、それだけは忘れない自信がソルトにはある。
階段を駆け降りて、駆け降りて、駆け降りる。
そして、ついに階段を降りきったソルトが見たものは、五人が倒れている中、彼らに目もくれず封印の扉に手を駆けようとする姉の姿だった。
「お姉ちゃん?」
〇〇〇
十年越しで容姿が多少変わっているがソルトには「彼女がプレアだ」という確信が不思議と持てた。
「ソ、ソーちゃん? どうしてここに」
少しおびえたような表情をするプレア。ソルトが一歩近づくたびに一歩後退する。
「なあ、お姉ちゃん。何をしてたんだ……」
転がる死体や傷つき倒れた剣士たちを見ながらソルトは聞く。
「…………」
プレアは答えない。気まずそうに眼をそらしながら、黙り続ける。そこに複数の足音が階段のほうから聞こえてくる。
「ちょっとソルト! 一人で何先走ってる……の……」
一番初めに顔を出したのはシャル。それに続いてソフィアがついてくる。
「先に行ってしまっては困りますよ! レイ先生と別れるときに、私達三人は一緒にいるようにと言われたでしょう! いったい何を感知したので……」
ソフィアも五人が倒れ伏す惨状の中、一人立っているプレアを見ると警戒の色を示す。
「ねえ、ソルト、彼女がお姉さん?」
シャルが確認の意味も込めてソルトに聞くと、ソルトはうなずく。
「間違いない。魔力もそうだし、何より俺のことをソーちゃんって呼ぶのはお姉ちゃんだけだ」
「そう……。ねえ! ここで何をしていたの?」
シャルがプレアに問いただす。そのとき、【剣聖】の男が突然笑いだす。
「はっはっはっは! そうかよ、あの裏切り者に二人も子供がいたのか。愉快すぎるだろう」
「裏切り者? 誰の事だ」
「はん! 何も知らねえのか。お前のお姉ちゃんのほうは知ってるみたいだが」
饒舌になる剣聖の男、だが、ソルトの顔を見たとき、言葉が止まり、不思議そうな顔をする。
「あれ? ジャンもセナも黒髪だっただろ。なんでお前、銀髪ぐっ」
「黙れ!」
男の喋りを邪魔するようにプレアが叫び、同時にナイフによる投擲が【剣聖】の命を絶つ。
その突然の行動にソルトは戸惑う。
「お姉ちゃん!?」
「ソルト、待って!」
シャルが我に返り、前に出ようとしたソルトを止める。
「ソーちゃんはまだ知らなくていいの。まだ……まだ……」
うわごとのようにプレアは「まだ」という言葉を繰り返す。その姿はソルトが見ても危うく見えた。
「お姉ちゃん、何を言ってるんだ。何でその人を殺したんだ」
ソルトが詰め寄る。だが、帰ってきた返答は質問に対する答えではなかった。
「対象、世界、命令、【私を隠蔽せよ】」
その瞬間、封印の扉の前に立っていたプレアの姿が消える。
「えっ、お姉ちゃん?」
「ちょっと! そんなのあり?」
二人が驚くのは無理もない。プレアの魔法が発動した瞬間、先ほどまで感じ取れていたプレアの魔力も、気配も、何もかもが消え失せる。
「だめです。私の【王者の庭】でも捕捉できませ……」
「動かないで」
突如、再びプレアの声が響くが、それは封印の前からではない。ソフィアの後ろからだ。ソルトとシャルが振り返ると首筋にナイフを当てられたソフィアと、ナイフを当てるプレアが視界に入る。
「い、いつの間に……」
「お姉ちゃん、ほんとに何してるんだ」
「ソーちゃん、動いちゃだめ」
前に踏み出そうとするソルトにプレアが忠告する。気丈にも捕まっているソフィアがプレアに問う。
「どうする気ですか」
「邪魔をしないでくれたらいい。私が【魔王の左腕】を回収するまで」
「外にはSS級の冒険者も多く控えています。逃げられると思っているのですか?」
「ごめんね、少し黙っていて」
そう言うや否や、プレアの手が怪しく光り、ソフィアに向けて魔法をかける。すると、数秒もしないうちにソフィアの全身から力が抜けていく。
ソフィアの反応がなくなったことを確認して、ソルトに向かって話しかける。
「ごめんね、ソーちゃん。まだ、あなたを巻き込みたくないの。だから、黙って従って」
「そんなの……できるわけない!」
そう言ってソフィアを助けるため、武器を準備するソルト。その様子を見てプレアは諦めたようにため息をつく。
「そっか……そうだよね。【勇者】だもん。しょうがないね」
「何を……」
ソルトがもう一度聞こうとした時だった。プレアの詠唱が始まる。
「対象、この部屋の……」
「させないわ!」
だが、それに即座にシャルが反応する。ソルトの横に立っていたシャルが消え、次の瞬間にはプレアの後ろに回り込む。
「な!」
プレアがシャルの速さに驚く。プレアがソフィアにナイフを突きつけた時点でシャルは【幻惑】魔法を使っていた。
シャルの手刀がプレアの背中目掛けて放たれる。プレアはそれをぎりぎりのところで避けるが、ソフィアからナイフが離れたその隙にソルトがソフィアを救出する。
「くっ!」
シャルの素手による猛襲をぎりぎりのところで捌くプレア。しかし、能力が制限されているといってもシャルは吸血鬼。その一撃一撃が速く、そして重い。それにナイフであろうと、シャルが身体強化を施せば恐れる必要はなかった。
シャルの作戦はいたってシンプルだ。彼女がソルトから聞いた限り、【要求】の魔法は二人とも対抗手段がない。そのため、詠唱させないことがシャルの勝利に必要な条件となる。だが、
「邪魔を、しないで!!」
「ぐうっ」
ナイフに雷魔法を纏わせて斬りかかり、無理矢理シャルを後退させる。ナイフをかわしても雷撃が鞭のように襲い掛かり、シャルが女の子らしくない悲鳴を上げる。
「対象! 封印の結界! 命令! 【消えろ】!」
そしてすかさず【魔王の左腕】の封印を指さし、プレアが魔法を唱える。髪の一房が黒から白に代わると同時に、扉を触られないために張られていた封印がみるみる消えていく。
「お姉ちゃん! やめてくれ!!」
ソフィアを安全な場所に移したソルトが、姉の凶行を止めるべく、封印の解除を邪魔しようと鞘で殴り掛かる。しかし、
「対象、ソルト、命令、【地に伏せろ】!」
その言葉が響くと同時にソルトの体が地面に張り付くようにして動かなくなる。呪いなどを無効化する魔法道具でも持っていれば問題ないが、まだ冒険者となって一か月のソルトは持っていない。
「待ちなさ……うぐぐ」
シャルの方も未だに雷のダメージから回復しないのかまともに立つこともできない。
「ソルト、言ったでしょう。ジョブを昇華させなさいとって。まあ、一か月しか時間がなかったのだから、できてないのはしょうがないけど。そこの吸血鬼ちゃんも、【吸血姫】を目指して鍛錬しておきなさい。でないと昇華者には絶対に勝てないよ」
そしてプレアは封印の施されていた扉の向こうに消えていった。




