魔王の腕争奪編 次戦
「クル姉えええええええええ!!」
クルルシアの首が胴体から離れる。その衝撃の場面を目にしてソルトは我を喪う。
「ソルト! 待って!」
シャルが呼びかけに構わず、ソルトはクルルシアの首をはねた人形に突撃する。
腰に差していた剣を抜くと、禍々しい魔力で刃を覆うソルト。
「なに……あれ……」
三週間、迷宮を一緒に回ったシャルでさえ見たことのない魔力であった。そして勢いのままに一体の人形を両断する。
「なっ! 破壊!?」
後ろに控えていたマドルから驚きの声が響くが、それに構わずソルトは次々と切りかかる。
だが、一体目こそ不意打ちのように倒せたものの、ある程度距離を取られるとなかなか攻撃も届かない。その隙にシャルが拘束魔法を唱える。
「神の鎖よ、荒ぶるもの、嘆くもの、その全てを捕らえよ【神縛呪鎖】!」
なにもなかった空中から、金色に輝く鎖が四本、ソルトの前後左右から飛んでくる。
拘束されるソルト、そして、人形が襲いかかってくるよりも早く、クルルシアの体を脇で抱え、頭を鷲づかみにしたジャヌがソルトを空いている方の手で抱え込む。
クルルシアと同じ顔をしたジャヌを見てソルトは我を取り戻し、禍々しい魔力も消滅する。
「え? クル姉?」
「残念ながらお主の姉はただ今絶賛死亡中じゃ。この傷だと復活するにはあと二、三分はいるのう」
「えっ? 復活?」
訳の分からない発言に戸惑うソルトだったが、それに構わずジャヌはシャル達のいる方向に後退する。
「逃がしません!」
人形達が追撃に来るが、そこはソフィアが対応した。
「【王者の庭】!」
ソフィアが魔法を発動した瞬間、明らかに、人形達の動きが鈍る。
「ちっ! 面倒な!」
「あれは……空気を魔力で固定しているのですか?」
シャルが魔力を帯びた空気を見て、判断する。
「はい、その通りです。私の固有魔法となります。さあ、今のうちに」
その声にしたがい、四人が出口に向かい反転した時だった。
「あっら~、マドルったらピンチ~? そうよね~、空気固められたら糸の伝導率も落ちちゃうものね~」
階段から新たに人が降りてくる。レイが驚き声をあげる。
「な! 誰だ!」
「誰かって? あ~、自己紹介をお求めですね~。分かりました~。【悪魔喰い】団員ナンバー六、ナイル・パウラムで~す」
「また、新しいのが来たの……」
「ナイル……? 聞いたことがないが……まて、地上までは一本道だ、生徒達とすれ違ったはずだが」
「私の名前を聞いたことがないのは当たり前ですよ~。私は実践が得意じゃありません。一対一なら勝つ確率はいつも五十%、SS冒険者なんて夢の夢で~す。それと、生徒ですか? そちらに関しては残念、一対多では負けたことないんですよ」
相手の人数が多い時の方が勝つという訳の分からないことを告げる少女ナイル。
「ナイル! 何しに!」
「あら~、マドルがピンチのような気がしたから来たのだけれど。もしかして私いらない? 流石に五人も六人も相手するのは大変かと思ったんだけど~。というかもう右腕は届いたと聞いているのだけれど」
「……仕方ないですね。お願いします」
「何だと! いつの間に右腕を!?」
「はーい、承りました~」
そう言って、レイの叫びには取り合わず、ナイルは直径が三十センチメートルほどのリングに二つの刃がついた得物を手に持つ。
リングが回転し、妖しげな光が場を満たし始める。
「させません!【王者の庭】」
「神届技【逆境を鎮める刀】」
ソフィアの魔法のおかげか、刃の回転が止まる。
しかし、リングの回転が止まっても刀は怪しく光ったままだ。
不思議に思うソルト達だったが、不意にナイルが踵を返して階段を駆け上がる。
そして、それに続くようにして人形をどこかに転送したマドルも走りだす。ソルトはシャルに付けられた鎖を無理矢理解き、追いかけようとするが、
「え?」
上手く体に力が入らず姿勢を崩すソルト。
ナイルとマドルの姿が見えなくなるまで、そう時間はかからなかった。
〇〇〇
『あ~、あの子の能力ね』
「クル姉! 大丈夫か!」
二人の敵が見えなくなってから一分後、クルルシアが何事も無かったように復活する。
『大丈夫だよ。安心して。まだ2回しか死んでないから』
「クルルシアさん、それってどういうことですか?」
シャルも流石にこのような現象は初めて見たのか、声に出す。
『うーん、説明したいんだけど今はあの二人を追うことが優先かな。早く追いかけないと【右腕】だけではなくて、【左手】も奪われてしまう』
「それもそうだな」
そう言うとレイは懐から水色の石を取り出す。
「先生、それは【転移石】ですよね? どこに繋がっているものですか?」
ソフィアが尋ねる。【転移】、というのは二つで一つの用途に使われる魔法道具である。遠距離からでも片方に魔力を込めればもう片方の石が置いてあるところに飛べるという代物だ。
「もう片方は私の学長室に置いてある。全員、石に手を添えてくれ」
そう言われ全員が手を伸ばす。
「【転移】!」
〇〇〇
「全く、あなたって本当に周りの人に頼るのが苦手ですよね~。言ったでしょ~。相手の人数が増えたら助けを呼べ~と」
「……うるさい」
地下から上る階段の中、二人の少女の話し声が響き渡る。
「もうっ! きちんと聞きなさ~い。何でもかんでも抱え込んだらダメなんだからね~。そんなだから師匠に声も掛けられないの~」
「そ、それとこれとは別でしょう!」
「いいえ~! 絶対に、私にでも言ってくれたらその日のうちに全ての準備を終わらせてみせるわ~」
「そ、そうですか……」
黙り込むマドル。
そして、暫く走り続けること一分、二人はようやく外に出る。一般の生徒に見付からないよう偽装された入り口からコソコソと出てくる。
「ふ~、やっぱり外はいいわね~」
「はいはい、分かりましたから。早く他の人の応援に行きますよ。ミネルヴァが心配です」
「あ~、流石に竜種が六頭だもんね~。クルルシアがいなかったとしてもあれはキツいわ~」
王宮の上空で竜種六頭相手に立ち回るミネルヴァの心配をする二人。しかし、応急の方へと加勢に向かおうとした二人を遮る者がいた。
「君達か。私の生徒達に手を出したのは」
その声に二人はギョッとする。まっすぐにこちらに向かってくる男はソルトや異世界勇者の担任シュークであった。
「言ったでしょ~。こんなことになる前に早くコンタクトを取れ~と」
「だ、だって……」
小声でコソコソと話す二人。シュークの視線が鋭いものへと変わっていく。
「沈黙は肯定として受け取る。覚悟せよ」
そう言うとシュークは三つの魔法陣を展開。三体の人形を呼び出す。
「ねえ、ナイル。あなたの能力、人形は含めないのよね」
「ええ、生きてるものだけよ~、というわけでここは任せていいかしら~?」
「あなた、悪魔ですか」
「ごめんね~、【悪魔の脳】も同じ結論出してるから否定できないわ~」
マドルはため息をこぼし、幾つかの人形を召喚する。それを見たシュークは驚きに声をあげる。
「ほう、見た感じゴーレムというわけでも無さそうだ。まさか、私以外に、傀儡師がいるとはな」
「ええ、あなたから教わったようなものです」
ぼそりとマドルが呟くが、シュークには聞こえなかったようだ。
「何か言ったか?」
「いいえ! 何も!」
その言葉と共にマドルは四体の人形でシュークに襲いかかる。そして、それと同時にナイルはその場を離脱するべくシュークから距離を取るが、
「逃がさん」
茂みに隠れていた一体の人形に行く手を阻まれる。
「二人揃って覚悟して貰おうか」
普段学校のクラスでは決して見せない鬼のような形相であった。
〇〇〇
「話が……違う……ナイル……遅すぎる……」
ぼやいたのは、空中の結界の上を飛び回りながら竜の攻撃を回避し続けている少女ミネルヴァ。
細かく、小さく、されど強固に、無数に作られた結界はミネルヴァの足場にもなり、相手の竜の動きを邪魔する武器にもなる。
「くっ! ちょこまかと動きよって……」
ギルドマスターであるリップトンがうめき声を上げる。それもそのはず、彼含め六組いた【魔獣調教師】は既に三組が撃墜されているのだ。文句を言うな、という方が無理だろう。
『隊長、落ち着くっす。相手の思う壺っすよ』
『そうです。下に落とされた彼らもまだ死んではいません。挽回は可能です』
マスターであるリップトンを励ます二人。その声に応じるように前の敵を見る。
『そうだな、しかし、どうやって倒したものか……。あの神届物をどうにかしなければ我々は勝てな』
「神届物【希望は世界の果てに】」
リップトンの声を遮るようにして、ミネルヴァの声が響き渡る。
『おっと、全員! 躱せよ!』
『はい!』
『分かってるっす!』
三人共が高速で飛行し、魔法の対象となることから逃れようとする。しかし、
「捕まえ……た」
ミネルヴァによって作られた結界が青色の竜の翼の根元を捕らえ、包み込む。
しかし、結界は固定されており、高速で飛行する竜の体からは置いていかれる。
結果として竜の翼は結界に引き摺られるようにして切断され、
「ああああああ~~、落ちるっす~~」
また一匹、地面に這いつくばる竜が増えたのであった。
だれか、発音知っている人がいれば教えてください……
【逆境を鎮める刀】
Et sverd som skjærer motgang
【死ぬより怖いことが存在する】
C'è qualcosa di più spaventoso di morte




