学園騒乱編 足跡
緊急集会があってから数日がたった。あれからソルトとシャルはギルドに通い、ソルトの姉の情報を集めようとしていた。
しかし、
「今日も何もなしか」
「そりゃあ、そんなすぐに見つかるならクルルシアさんがとっくに見つけてるでしょう」
姉プレアの情報は全くと言っていいほど出てこない。そもそも情報を集めようにも方針さえ出すことさえ難しい。
「そうだけど……やっぱり明確な手掛かりがほしいな。現状姉の生存を確かめる方法だってこのペンダントしかないし……」
ソルトが胸元のペンダントにした刻命石に手をやる。
「まあ、不安になるのもわかるけどね。こればっかりは地道に探していくしかないわよ」
「そうだな……」
「ところで迷宮で戦ったあいつ、【ガタバナートスの十四柱】とか名乗ってたんだっけ?」
「そうだな。確かにそう言ってた。でも誰も知っている人がいないんだよな」
「おかしな話ね……」
ソルトたちも一時はここから何か情報を得られるのではないかと考えて【ガタバナートス】についての情報を求めたのであった。しかしそれに反応するものはいなかった。
「そういえばチェリシュさんが知っている風じゃなかったっけ? 操られてる最中だっただからあんまり覚えてないのだけれど」
シャルが何とか思い出そうとする。しかし、それもすでにソルトは試していた。
「もう確認しようとはしたよ。でもチェリシュさんの家を訪ねてもいなかったんだよ。その助手って言う人はたくさんいたんだけど」
「うーん、そうなると本格的に【占い】待ちね……確か今日だっけ? 最初の占いから一か月が過ぎるのは」
八方塞がりの状況に手段を考えることをいったんやめ、【占い】の結果を待つことを提案するシャル。
「そうだな……少しでも情報を得ることができればいいんだけど……」
そういいながら学園へと足を運ぶ二人。
『ソルト! 聞こえる!? 急いできて!』
「な、なんだ?」
その時だった。突如聞こえたクルルシアの声。その尋常ではない慌てようにソルトも慌てるが、それに構わずクルルシアは要件を伝えてくる。
『占いの結果が出たの! それもいい情報!』
それを聞いた瞬間、ソルトは走り出した。
〇〇〇
「失礼します。ソルト・ファミーユ。入ります」
連絡が来て数分後。ソルトは自分たちの部屋には寄らずにそのままレイがいる学長室まで走っていった。少し遅れてシャルも追い付く。
部屋で待っていたのはレイの他にクルルシアと生徒会長のソフィア。
「ああ、入ってくれ。簡単な情報はクルルシアから聞いているか?」
「いえ、俺の姉についていい情報が入ったとしか……」
あれから聞いてみても『レイ先生に直接聞いて』の一点張りで詳しいことは聞かせてもらえなかった。
「ああ、情報はある。もっとも、いいか悪いか私には判断しかねるが」
「どういうことです?」
ソルトは疑問を浮かべるが、それに構わずレイは切り出す。
「では占いの結果だ。ソルト君。お姉さんと近いうちに会うことになるぞ」
「え?! ほんとですか」
「よかったじゃない!」
「おめでとうございます」
突然の知らせだったがシャルもソフィアも祝いの言葉を贈る。なかなか実感がわかないソルトにレイが付け足す。
「ああ、ほんとだとも。だが二つ問題がある。一つはそれがいつかわからないこと。近い内というのはわかるんだがな。そしてもう一つ、それがどのような状況なのか全くわからない」
そこまで言われてソルトはようやく実感を持ち、プレアに会える喜びを口にする。
「いえ、会えるというだけでうれしいですよ。前会ったときはろくに話せなかったので」
だが、その発言にレイが目を丸くする。
「前会ったとき? 一体いつの話だ」
「ああ、あれね。でもほんとにお姉さんだったの?」
その一方でシャルはすぐに思い当たる。だが、それでもあまり納得はしていない表情だ。
「うん、俺たちが迷宮で倒れたときで間違いないと思う。声も似てたし、何より俺たち二人を同時に眠らせることができるような魔法だ。【要求】の魔法だと考えれば納得も……」
「残念だがそれはない。その日はこの学園内に外部の人間は入れないようになっていた」
だが、ソルトの話を切るようにレイが否定の言葉を述べる。
「え?」
「当たり前だろう。異世界勇者が二人も意識不明の昏睡状態になったのだ。情報は隠させてもらった。それに情報が早すぎる。いくら君のお姉さんが優秀だったとしても、運ばれてから一日もたたないうちに君と接触をはかるなんて無理がある」
「で、でも。俺は確かに」
それでも食い下がるソルト。そこにソフィアが助け舟を出す。
「では学長。こういう可能性はありませんか? 彼の姉がこの学園内に、それも生徒として生活している可能性です。それなら外部の人間の出入りを禁止していたあの時でも会いに行くことは可能です」
「確かに……。だが、それならなぜソルト君に接触を図らない? 首席で合格しているソルト君は学園順位の影響もあって有名だ。知らないでいるはずがない」
「戦い、という言葉を、その時聞きました」
「その時、というのは君がこの前お姉さんと会ったときかな?」
「はい。その時に言われたのはまだ俺では力不足である、というような内容でした」
「ふむ。となるとやはり何かしらの事件に関わっているのか……いや、それならばこの学園に通う意味は何だ……この数年に起きた大きな事件といえば」
「近年で起こった一番の事件といえばやはり【勇者殺し】ですね」
最初に発言したのはソフィアだった。だがすぐにレイから否定の言葉が入る。
「いや【勇者殺し】が始まったのは三年前だ。彼の姉がソルト君と一つ違いだということを考えても入学したのは去年のはずだ。だがここで生活する理由も分からないし……いや。待て、理由……
「どうかしましたか?」
突然黙ったレイを見てソルトは質問するが
その時ずっと黙って事の成り行きを見守っていたクルルシアが口を開く。
『学園内にいる可能性は高いと思う。一年前からあったことを思い出した』
「ん? なにかあったかね?」
不思議そうな顔をする四人。数年間この地に住んでいるソフィアとレイですら「何があったのか全く思い出せない」という顔を浮かべる。
『【勇者殺し】。その事件の発生頻度が上がったのは間違いなく去年からだよ』
〇〇〇
「なるほど! 教えていただきありがとうございました」
「いや、それほどでもない。というか私たちのほうからお願いしたいくらいなのだ」
異世界勇者のうちの二人、カイトと勇は騎士にいろいろな話を聞いていた。その話というのは【勇者殺し】について。
勇が一番調べたいと思ったのがその事件だったためこの三週間、二人は聞き込みなどを通じて情報を集めているのであった。
二人ともが異世界勇者、それも真実を探すことに特化したジョブを持っていることがわかると騎士ですら快く情報を教えてくれた。
「なあ、カイト、ホントに【勇者殺し】の犯人が分かるのか?」
「うーん、まだ検証しなきゃいけないことがあるけど多分、分かるね。情報は大分揃ってきてる。というか、クルルシアさんの【伝達】魔法の範囲内にいるのにばれてないってことはそれなりに理由があると思うんだ。特に三週間前の緊急集会の時みたいに不意打ちで質問が来たときとかね。まあ、あれに関しては純粋にその場にいない可能性もあったけど」
彼等二人はクルルシアやソルトにもこの三週間の間、暇な時を見計らって【伝達】魔法に関する質問をしていたのである。
「しっかしな~、騎士達でも分かってないのに、そんなすぐに?」
「そこは僕の【名探偵】のジョブに感謝だね。地球とは比べものにならないほど直感が働くんだ」
「お前、地球でも大活躍だったのにまだすごくなるのか」
「それほどでもないさ、証拠さえあれば謎解きは難しくないよ。ただ、この世界で気を付けなければいけないのは犯人に殺されないようにしなければいけないということだ」
「ええ~、そんな可能性あるのかよ」
「あるに決まっているだろう。今だってこうして事件について調べている僕らを狙っているかもしれないんだ。注意することに越したことはないよ」
「ちょっといいかな? そこの二人の少年達!」
カイトが勇に熱弁しているときだった。突然後ろから可愛らしい少女の声に呼び止められる。
二人の少年は振り向こうとした。
そしてそれは許されなかった。
ガチャッ。
そんな音と共に何かが頭の後ろに押しつけられる。それと同時に目の前に【Ⅷ】と言う模様が浮かんだ壁が現れる。
「振り向かないで、その時は撃つ」
「な?!」
「わ、分かった。用件は何だ?」
その豹変した冷酷な声にユウは慌てるが、カイトの方はすぐに銃を撃たないことに、交渉の余地を見いだし、対話を試みる。
実際地球でも探偵の真似事で事件に首を突っ込み、凶器を押しつけられたことがあった。そのため、勇よりは幾分か余裕があった。
また、その際にカイトが横目で確認すると左右にも目の前に現れたものと同じ壁があった。
結界の類だろうかと思考するカイト。だがその思考は打ち切られる。
謎の声の主は会話の主導権が握られることを嫌ったのかカイトの膝に思い切り蹴りを入れたのだ。
「痛っ」
「私が求めるのは対話じゃない。服従。これ以上探らないで。今回は勇者に駆けつけられたら面倒だから殺さないだけ。それにクルルシアさんと戦うのも面倒だしね。あと文句を言われても嫌だし……」
「従わなければ?」
「撃つ」
そのためらいの無さにカイトはこれ以上の対話は危険と判断してコクコクと頷く。
「分かった、受け入れる。だからその銃を下ろしてはくれないか」
さりげなく【銃】、という単語を使ってみるカイト。この世界に銃がまだ作られていないことは国王や商人に確認済みである。
「分かった。でも君達はこのまま振り返らずに自分たちの寮まで戻るんだ」
「分かった」
大人しく従うカイト。それにつられて勇も頷く。
だが、カイトは内心でガッツポーズをしていた。【銃】という物が存在しないはずの世界で、【銃を下ろす】という文章が通じたのだ。翻訳魔法が働いているとしても存在しない文は翻訳されないはずであるからだ。
言語自体は召喚の際に施された魔法によって勝手に翻訳されていると国王から聞いている。だが、異世界人のカイト達しか知らない情報を知っている。これだけで【勇者殺し】の犯人は異世界人であることを断定できる。
そうして、その後は大人しく、振り返ることなく転移者の仲間が待つ寮へと向かうのであった。
寮に入ってから後ろを振り向いたがそこには誰もいなかった。




