学園騒乱編 クラスメイト
翌日、
「おはよ~」
「おはよう」
ソルトとシャルが教室に入り挨拶をすると何人かが挨拶を返してくる。本来20人(内訳は異世界勇者が半分)ほどいるのだが、まだ始業時間まで余裕があるためか十人もいない。
二人が席に着き、荷物を取り出しているとすでに授業の準備を終えた二人の男子生徒が話しかけてくる。異世界転移してきた少年たちだ。
「なあ。ソルト君。おはよう」
「ん? 誰だっけ?」
一週間経つが、その半分以上を保健室で過ごし、学校は昨日一日行っただけのソルトは(チェリシュから絶対安静を言いつけられ二日前にようやく解放された)ほとんどの生徒のことをまだ覚えていない。
因みにソルト、シャルの両名と行動を共にしたリュウヤとダイは原因不明の記憶喪失となっており、迷宮でのことを覚えておらず、お陰でシャルが吸血鬼であることもまだばれていない。
「ああ、ごめんね、俺は近藤勇。目標は異世界人である……そっちからみたらこっちが異世界人か、とりあえず君たちと仲良くすること、夢はもちろんこっちの世界でハーレムを」
「ストップストップ、ソルト君たち呆れた目で見てるから! 失礼。僕は天道海斗。カイトって呼んでくれたらうれし」
「そんなことよりも! ソルト君! あの噂は本当か!?」
カイトがまだしゃべっている最中だったが、勇が身を乗り出してソルトに詰め寄る。
「あれだよ。迷宮に行って重症を負ったとかなんとか」
「ああ、あれな。もう大丈夫だよ」
そういって元気に腕を動かして見せるソルト。
「よかった、元気そうだな。ところでこれも確認しておきたいんだがよ。お前、そこのシャルちゃんと一緒の部屋って本当か?」
「え? そうだが……どうかしたか?」
当然のことのように返すソルト。
「くっそおお、羨ましい、こっちなんて男二人のむさくるしい部屋なんだぞ! 俺だって女の子とお近づきになりてえ!」
悔しがる少年を見て言い返す気も失せるソルトであった。悲壮感を漂わす二人に冗談交じりで告げてみる。
「俺の姉でよければ紹介するぞ」
「ソルト君の姉というとクルルシアさん?」
「そうそう」
「いくら美人でもあれはないと思うぞ……。いや、弟を前に言うのも何だけれども、俺が学園の美人は徹底的に調べる中で、絶対に近付くなって言われたのは彼女だけだぜ」
「俺も聞いたな。校則違反のスカーフを首に巻いてるけどあれ、先生を脅してまで付けてるらしいぞ。クルルシアさんを指導室に呼び出した先生が部屋に入って数分後、青い顔しながら出てきたらしい」
勇だけでなくカイトも追随する。
「あ~、あのスカーフか」
いつもクルルシアが巻いている黄色のスカーフを思い出しながらソルトは相槌を打つ。勇の話は続く。
「それだけじゃねえぞ。あの人かなりのブラコンらしい」
「ブラコン? なんだそれ?」
「じゃあ、聞くがソルト。お前いつまでクルルシアさんと一緒に寝たりお風呂に入ったりしてたんだ?」
「いつまでって今でも入ることあるし、一緒に寝ることもあるけど……? 何か変なのか?」
平然と答えるソルト。横でひたすら自分の授業の準備をしていたシャルも含めた三人が目を丸くする。
「ソルト君、何を当たり前みたいに言ってるんだい?」
「え?! 違うのか?!」
「うん、違うね……」
「この裏切り者が~! お前にはシャルちゃんがいるだろうが~!」
「ちょっと、巻き込まないでくれる? 私とソルトはそんなんじゃないわよ!」
それまでは驚いたりはしたものの、基本的に我関せずの体を保っていたシャルだが流石に自身の話が話題に出たので反論する。
だがそこに、シャルでもない別の女性の声が響く。
「そうよ! やめてあげなさいな! シャルちゃんが困るでしょう!」
それは教室の後ろから。車椅子に乗ったピンク髪の少女が白髪の男子生徒に押して貰いながら教室の前までやってくる。
「えーと……君は?」
突然乱入してきた少女にソルトが戸惑いながらも切り出す。
「私のことを知らないの?! 信じられない! 三大貴族の一つ、ドーラ家のカレイ・ドーラよ?! 何で知らないのよ! ってそれは別にどうでも良いわ。貴方たち、さっきのはシャルちゃんに対して失礼よ?! これだから男は」
「お嬢様、落ち着いて下さい。車椅子をここまで移動させたことを私に後悔させる気ですか。あと私も男性ですしあなたの大好きなお兄様も男性ですよ」
「い、いやね~。リョウとお兄様は別よ。勿論別」
これに呆気に取られたのはソルト達である。
「なあ、カイト、勇。ホントにこいつら誰なんだ……」
「あ~、僕たちと同じ班なんだけど……。えっとね、車椅子の女の子の方が、さっきも言ってたけどカレイ・ドーラっていうんだ。生まれつき足が悪いらしい。渾名は【突撃姫】。何でもかんでも噛み付いてるね。特に男子には……。男の子の方はリョウ。彼女の暴走を止める役をドーラ家の方から言われてるそうだ。因みに二人とも入学試験の人形を破壊できたらしいよ」
「ふーん」
そしてその時になって再びカレイがやってきた。しかし先程とは違い明らかにしょんぼりしていた。
「えっと……ご免なさい」
「お嬢様。何がご免なさいか言わないと相手には伝わりません」
「ひっ、は、はい。こ、この度は……突然乱入して……場を乱してしまって……申し訳ありませんでした……」
先程の威勢はどこへやら、すっかりとしぼんでしまっているカレイ。
「いや、いいんですよ。ちょっと俺達も悪ノリしちゃったところもあるので……」
カイトが助け船を出す。シャルも続く。
「大丈夫ですよ。この程度気にしないで下さい」
だが、この言葉に気をよくしたのか再び元気になる車椅子の少女。
「ほらね! みんな気にしてないじゃない! 私は間違ってなんか」
「お嬢様、後でお話しましょうね」
「ちょっと待って! 何でよ~」
車椅子を引かれそのまま教室の後ろまで為す術なく運ばれていく少女。ソルト達は最後まで訳の分からないままだった。
「それにしても誘惑して全く反応がないのはそういうことね……」
最後、シャルの呆れた声を聞いた者はどこにもいない。
そして、担任が教室に入ってきた。
〇〇〇
「おはよう諸君。それでは一限目を始めよう」
担任であるシュークが簡単に挨拶を済ませ授業を開始する。内容は魔法の無詠唱に関してだ。
「魔法というのは究極的に言ってしまえばそもそも詠唱を必要としていない。それに詠唱する場合、英章句は何でもいい。詠唱はあくまでイメージを固めるために行うものだ」
「先生! それならば何故、皆無詠唱で魔法を使わないんですか?」
少女が質問する。異世界勇者の魔法使いとして選ばれた少女だ。
「簡単だ。単純に難しいからだ。発音しないと抽象的な魔法ほどイメージが掴めなくなる。いや、ちょっと違うな。正確にいえば詠唱した方が強くなる。イメージが固まりやすくなるからな」
「じゃあどれくらい違うんですか?」
また別の生徒が質問する。こちらは車椅子に座った少女である。
「そうだな。一般的に目に見えない魔法ほど効果は上がるな。例えば【雨を降らす】というのはイメージしやすい。普段から見慣れているからな。だが身体強化など目に見えない魔法はイメージしにくい分、詠唱すればその効果が数倍にもなると言われている。もっとも一流の冒険者にでもなってくると無詠唱でも詠唱でも変わらなくなってくるが……まあ、必要なのは慣れだな」
授業は進んでいく。異世界勇者は魔法に対する興味から、そうでない生徒はもともとの向上心の高さから質問をする。
そして一日の授業が終わる。
「では、これにて今日の授業は終わる。みんな、ご苦労」
その時だった。
『失礼します。学校長レイ・アマミヤ先生より連絡です。全校生徒は至急講堂にお集まり下さい、繰り返します……』
突然聞こえてきたのはクルルシアの声。いつもののんびりした声ではなく毅然としたものであった。恐らく生徒会としての顔であろう。
「なんだ? この時間に集会なんて聞いていないが……」
同じく伝達魔法が届いているらしいシュークは不思議そうな声をあげる。
「全校生徒に【伝達】魔法とか……ほんとに人間なの?」
シャルだけクルルシアに対して畏怖を覚えるのであった。




