邂逅
これにて一章は終わりです
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「ここは……?」
ソルトの目が覚める。場所は学校の保健室。気が付けばここで寝ていたのであった。
『目が覚めたのかな?』
頭に響くのは聞き慣れた声だった。右を見ると、椅子に座ったクルルシアが目に入る。
「クル姉?」
『全く、予定時間を過ぎても帰ってこないと思ったら、ビックリしたんだからね! チェリシュちゃんに四人が担がれているのを見た私の気持ちが分かる?』
「クル姉……もしかして怒ってる?」
ソルトが恐る恐る聞く。クルルシアから伝わってくる声にいくらか怒気を感じているのだ。
『当たり前でしょう! 君はもっと自分を大切にしなさい! そもそも迷宮っていうのはね、初心者を二人も連れて行くところじゃないんだよ! ソルトならそんな無茶しないって信じてたんだよ!』
「わかった! 悪かったから静かにしてくれ! 頭が割れる!」
クルルシアの叫びが頭に直接響き、頭痛に襲われるソルト。流石に傷に響くと思ったのか、クルルシアも幾分か落ち着きを取り戻す。
『はぁ、ご、ごめんね』
しかし、その時隣のベッドから声がかかる。
「ちょっと、あんた、五月蠅いわよ」
ソルトが、不思議に思って横を見ると眉をひそめたシャルがソルトの方を見ていた。
「ん? 俺のことか」
「さっきから叫んでいるのはあんただけよ。ったく。静かに眠れないじゃない」
クルルシアがシャルにも【伝達】魔法を送る。
『君がシャルちゃんかな? ソルトがお世話になっているね。これからも仲良くしてやってね』
「なっ! 【伝達】魔法!? は、はい。分かりました」
その反応に既視感を覚えたソルトはシャルに聞く。
「なあ、【伝達】魔法ってそんなに珍しいのか?」
レバル村の男にも同じような反応をされたので少し気になったソルトであった。しかしシャルは呆れた目でソルトを見る。
「あんた……本気で言ってるの?」
「あ、ああ」
「なら、よく聞きなさい。勿論冒険者の中で【伝達】魔法を使えるのは沢山いるわ。多少の距離なら誰にも聞かれずに連絡を取れるからね。でもね、この魔法はとんでもなく魔力消費が激しいのよ。だからこの魔法を日常会話程度に使うなんて一人しかいないわ」
そう言ってクルルシアを見る。
「そうでしょう? 超級冒険者、【雷姫】クルルシア・パレード・ファミーユさん」
『もう! 何でばらしちゃうかな。折角ソルトを驚かそうとしてたのに』
「超……級……?!」
「あんた、自分の姉のことくらい把握しておきなさいよ」
「だって教えてくれねえんだもん」
呆れた目でソルトを見るシャル。
だがここで突然、クルルシアが思い出したように話を持ち出す。
『そうそう、ドグライトが使ってた装飾品もチェリシュちゃんが取ってきてくれてね』
そう言いながら保健室の机の上にばらまく。
「それがどうかしたんですか?」
シャルは不思議そうに聞く。禍々しい魔力が感じられない今、それは呪いの品でも何でもなく、シャルの興味を引くものではない。
だが、ソルトの反応は違った。
腕輪や指輪など複数の種類があったがその中に共通するものがあった。それは絵柄である。その絵を見たとき、ソルトは驚きに声を荒げる。
「何でだ! 何であいつがこの模様を使ってるんだ!」
そこにあったのは幼少期、家を襲ってきた騎士達が付けていた鎧に描かれていた紋様と同じであった。
『詳しいことは分からない。でも間違いなく今回の勇者を狙った騒動と十年前、君たちの村を襲った事件、【災厄】は関連がある。私はそう考えるよ』
それが言いたいことの最後だったのかクルルシアが立ち去る素振りを見せる。
「もう帰るのか?」
心の動揺を抑えつつ、クルルシアに問うソルト。
『うん、ちょっと用事もあってね。とりあえず元気なソルトが見れたから今日は満足。明日もまた来るね』
そう言って保健室の扉に手を掛けるクルルシア。
でるときにもう一度振り返り、
『じゃ、二人とも。また明日ね!』
そう言って出ていくのであった。
〇〇〇
「そう言えば、あんたの名前、ファミーユよね……。そう言うことだったのね」
「孤児院の名前だけどな」
「ふーん」
興味なさげに相槌を打つシャル。そして、しばらく無言になった後、言葉を紡ぐ。
「ありがとうね。ソルト。迷惑掛けたわ」
「おいおい、助けたのは俺じゃないぞ」
「それでもよ。操られてる間のこと、ずっと覚えてるわ。あなた、私に攻撃しないよう注意してたでしょう? そのことについてのお礼よ。それに私の正体を知っても驚いていないんでしょう?」
「もしかして、とは思ってたからな。流石に魔王の腹心の娘だとは思わなかったけど」
「聞かないの? 何でそんな私がここにいるか」
「聞かれたくはないんだろう? ならいいさ」
「そう、ありがとう」
そして、無言になる二人。しばらく経ってソルトが再び口を開く。
「初めて名前を呼んでくれたか?」
「うるさい!」
その言葉にほほえましく思いながらもソルトはまた別の話を口にする。
「なあ、ところで、今まで認識阻害の魔法かなにかを使ってたのか? あの時は随分と様変わりしていたけど」
「認識阻害……ああ、【偽装】のことね。たいして魔力も食わないからずっとかけてたわ」
「今も同じ魔法をかけてるのか? なんか少し違う気がするんだが」
「ええ、もちろ……。え?」
ソルトが何気なく聞いた言葉に驚くシャル。
「ねえ、今私どうなってる?」
「どうって、普通に人に見えるぞ」
迷宮の時に伸びた八重歯は普通の人と同じくらいに戻り、目の色も茶に戻っている。この外見で吸血鬼だと判断する人はいないだろう。
「ねえ、誰がこの魔法をかけたのかしら?」
「シャルじゃなかったらチェリシュさんじゃないか? あの人とっても強かったし、そこら辺の魔法も使えそうだぞ」
ソルトが無難な答えを言う。しかし、チェリシュは首を振る。
「違うわ。集中したら、まだこの魔法をかけた人の魔力を感じることが出来るわ。チェリシュさんでもない。クルルシアさんでもない……」
そう言いながら急に黙るシャル。そしてそのままベッドに倒れ込む。
不思議に思ったソルトが見るとスヤスヤと眠っていた。
疲れが出たのか、と思ったソルトだったが彼にも急に眠気がくる。それも抗うとかそう言った次元の物ではない。まるで、そう世界に定められたかのような……
〇〇〇
扉が開く音がして、誰かが保健室の中に入ってくる。
「お話中、突然ごめんね」
微睡みの中、ソルトは誰かの声を聞く。
「こっちにも事情があってね。というか。まだ胸を張って話せなくてね」
誰だろう、とソルトは不思議に思う。
「それにまだそっちも事情を把握しているわけではなさそうだからね。細かい話はまた今度ね」
クル姉じゃないし……レイ学長でもないし……、と未だに考える。
「とりあえず用件だけ言わせて貰うね。いっぱい話したいこともあるのだけど今は我慢する。うん、我慢我慢」
シャルが寝ていることは確認したし、とソルトは候補を絞っていく。
「用件は簡単。もっと強くなって欲しいの。今の君じゃ、まだまだ私達の戦いには参加できない。せめて【勇者】の称号を【英雄】にまで昇華させないと無理だよ。そうしないと巻き添えで死んでしまうことになる。【勇者】のスキルを持っている時点で私達の戦いから逃れることは出来ないよ」
称号の昇華など聞いたことのないソルトはただただ、謎に思う。この存在は誰なのか。
「勿論、【英雄】となったその先で、君がどんな道を選ぼうとも私達は構わない。いや、勿論私としては傍にいて欲しいけどね」
最後の方で、語尾に少し可愛げが戻る。
「それじゃあ、またいつか。今度は起きて話そうね」
誰かが席を立つ。そしてそのまま保健室の扉を開けて出て行く。
「大好きだよ。ソーちゃん」
〇〇〇
「ソルト! 起きなさい! 大丈夫?!」
「ッは! お姉ちゃん!?」
「ちょっと……流石に引くわよ……私よ、私。シャル・ミルノバッハよ」
ドンびいた目でソルトを眺めるシャル。慌てて彼は弁明する。
「いや、シャルを勘違いしたとかじゃなくて。ここに今、女の人が来なかった?」
「分からないわ。私も突然眠気が来て、気付いたら……ってどうしたのよ! あんたまだ傷塞がってないんだから、起きたらダメよ!」
突然ベッドの布団から出て行こうとするソルトにシャルが驚きの声を上げる。
しかし、ソルトにシャルの言葉は届いておらずブツブツと呟く。
「称号の昇華? 戦い? 【英雄】?」
数々の言葉が頭の中をさまようソルト。
「一体、何が起こってるんだ」
その問いに答える者は誰もいなかった。
【俺は英雄の道を志す】完
【私は約束の道を果たし往く】に続く




