迷宮編 国王の言葉
「二人とも、落ち着いたかね?」
「ええ! もう彼女のことはほっといて先に話を聞かせて下さい」
「どうぞ! 彼のことはどうでもいいので話を聞かせて下さい」
首席と次席の話から始まり、幾度となく口喧嘩を続け、ようやく二人はレイの話を聞く態度になったのである。
ソルト自身もなぜこんなにもシャルに対し、腹が立つのか分からなかったのだが。
「ふむ、まあ良いだろう。なに、難しい話ではない。国王様自ら、今年の入学式に参加してくださり更にお言葉までいただいたという話だ」
「国王様ですか、どんな言葉だったんですか?」
たいした感慨も無さそうにシャルは聞く。
「ふむ、映像があるから見せてあげよう」
そう言ってソルトが見たこともない魔道具をセットし始めたレイ。数分もしない間にそれも終わる。
「では、ご覧あれ」
〇〇〇
映像が始まった。場所はソルトたちが筆記試験を受けた講堂。椅子だけを並べたその場所ではすでに数百人の生徒が席についているようだ。クルルシアが、今年の試験合格者は六十人、と言っていたことを思い出し、在学生もいるようだとソルトは判断する。
少し経って壇上に、整った身なりの男が現れる。ざわめく生徒たちを見渡し「コホン」と咳ばらいを一つ。その瞬間に講堂内は静かになる。
静かになったのを確認して男は厳かに述べる。
「今から王歴百三年度、入学式を開会いたします。なお今年は第三代国王様もお見えになられます。くれぐれも粗相のないように」
その言葉に会場の雰囲気が変わる。国王が来るとわかったからか、おしゃべりをする生徒もいなくなり静かになった会場で入学式が進行していく。
その中で入学式は進んでいく。初めにあったのは入学者挨拶だ。しかし誰も壇上に現れない。そして、何やらバタバタと何人かが走り回り、ようやく一人の男が慌ただしく壇上に上がってくる。司会の男が安心したように進行する。
「入学者代表。藍川 竜也」
「はい!」
壇上に上がってきたのは黒髪黒目の少年だった。支給されたばかりの制服を着て堂々と話を始める。
「皆さん。初めまして。今年勇者として召喚された四十人を代表してお話します」
その言葉に会場がざわめく。勇者が召喚されたことは知っていても、学園に来るとは思っていなかったのだろう。生徒たちにとって転移者というのは誰であれ英雄だ。彼の言葉を聞くために、ざわめきもすぐに収まる。
「私たちはこの度、異世界より勇者として召喚されました。私たちも最初は驚きました。まさか自分たちが勇者として異世界に召喚されるなどとは思いもしませんでしたからね。もちろん向こうにやり残したこともたくさんあります。文句も言いたいです。しかし、私たちは聞いてしまいました。魔族の悪行の数々を、減らない魔物の恐怖を!」
いったん少年は言葉を切り、あたりを見渡し、力強く語り掛ける。
「安心してください! 私たち勇者が来ました! もう魔族の好きにはさせません! 魔物も私たちが片付けます! これが私たちの総意です! 魔王が来ても、魔族が来ても、魔物が来ても、すべて私たち勇者が退けましょう」
そして少年は再び言葉を切る。
「もちろん今はまだ私たちは弱いです。先生方には戦いを教えてもらわないとゴブリンにも負けてしまうかもしれません。また、私達だけでは魔族に立ち向かうには人が足りません。だから今は力を貸してください! お願いします」
そう言って頭を下げて新入生代表の挨拶が終わった。
〇〇〇
「ずいぶんと偏った意見だな……魔族ってそんなに酷いことをしているんですか?」
ソルトがレイに聞く。ソルト自身は魔族から酷いことをされたことがないうえ、歴史を学んでいないため知らないのだ。
「そうだね……例えばだが十年前の【災厄】、八年前の【教会襲撃】といったところか……。人側が無傷で済んだのは二年前の魔物の大量発生ぐらいだろう。もっともその時だってチェリシュという冒険者がいなければ、どうなっていたか」
「そんなに……」
「ねえ、それって証拠はあるの?」
シャルが会話に加わる。何とも鬱陶しそうだ。レイが答える。
「ああ。騎士がいずれの事件でも魔族の存在を確認したそうだ。間違いないだろう」
「そう……」
ソルトはシャルの反応に不思議なものを感じながら、再び映像に目を戻す。少年の挨拶は終わり、重役の人たちが順番に挨拶をしているところだった。
そして、彼らの話が終わった時だった。司会が再び壇上に上がった。
「国王様よりお言葉です」
その言葉に重役の人の挨拶時には寝ていた生徒も飛び起きる。
同時に、司会の言葉に続き何人かの騎士が会場内に入ってくる。そんな彼らに守られるように一人の男が登壇した。
「諸君、まずはご機嫌よう。そして、この学校に来てくれたことに感謝しよう」
そんな言葉と共に国王の挨拶が始まる。
しかしその言葉を聞いた瞬間ソルトの胸がチクリと痛む。
「悪意……?」
「どうかしたのかね?」
「あ、いえ。大丈夫です」
気を取り直して国王の言葉に耳を傾ける。
「今年は四十人もの異世界勇者が入学してくれたことを、私は嬉しく思う。彼らが成長してくれれば、我が国の安定は盤石のものとなるであろう。同時に魔族、魔物との戦いにも終止符を打つことができる。そしてもちろん転移者でない諸君も貴重な我が国の人材だ。私は諸君らに思う存分競い合ってもらいたい」
それで国王の挨拶は終わる。会場からは万雷の拍手が鳴り響き、国王が場を後にする。
そこで映像は終わったのだった。
〇〇〇
「と、いうわけだ。私は二人にも国王様の言葉の通り頑張っていただきたい。いかがかな?」
「まあ、姉の捜索に支障が出なければ」
「私は別に構わないわ」
ふたりとも煮え切らない返事をするのであった。しかし一応了承したということでレイは安心する。これでも学園長、主席次席が入学式を休んだことに危機感を覚えていたのだった。
「そうか。ありがとう。そう言ってもらえてこちらも安心だ」
そして二人は部屋に帰らされたのであった。
〇〇〇
「いい? この線からこっちに来たらダメよ!」
「はいはい。わかってるわかってる……て、なんで線が真ん中じゃないんだよ!」
「当たり前でしょう? 私は女の子よ。優遇されるに決まっているでしょう?」
「何が女の子だ」
部屋に帰ると早速いがみ合う二人であった。数分ほどそれは続き、
「はあ、はあ、なあシャル、ちょっといいか」
「はあ、はあ、なによ。名前で呼ばないでくれる?」
「明日は学校だ。行くように釘を刺されているんだから今日はもう休もう」
「くっ、そうね。とりあえずは休戦でいいわ」
そう言ってから大人しくベッドに入るソルト。しかしシャルはベッドに入るそぶりを見せない。
「どうした? 寝ないのか」
「ええ。私夜型だから今は全く眠くないのよ」
「昼に寝てたからだろ……」
しかし、そう言いながらもシャルは、部屋に置いてある明かりの魔道具を消してくれる。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
「何をよ」
暗くなった室内で、ソルトは部屋の反対側にいるシャルに思い出したように話しかける。
「ソルト・ファミーユだ。これから同じ部屋に住む。よろしく」
その意味に気づきシャルも戸惑いながら名乗る。
「シャル・ミルノバッハ」
こうして入寮一日目の波乱は終わりソルトは就寝するのだった。
〇〇〇
「こいつ……無防備過ぎないかしら……」
ソルトが寝入ってから数時間後、ようやくベッドに入ろうとしたシャルは何を思い立ったのかソルトの枕元まで近づいてくる。
「はあ、なんでこいつのことこんなにイライラするんだろう……流石に恋ではないし。そう言えば【魅了】の魔法も見破られたわね。もしかして勇者かしら? だとしたら納得なのだけども」
冷静に自己分析する少女。その表情は暗くなった室内では誰も読み取れない。
そしてそのうち考えるのも面倒になったのか、自分のベッドに入り、眠りに落ちるのであった。




