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道に咲く華  作者: おの はるか
最終章
174/174

我が道を往く

「ええ、皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。私は」


 どこかの国の大きな広場で、登壇している青年が民衆を前に演説をする。


 今日はシャルトラッハ王国とある国(・・・)との和平が結ばれて五年が経った日。そして今登壇しているのは一年前に勇者としてこの世界に呼び出された生き残り。


 そして今は王国の名誉騎士として生き残った他の三人の異世界勇者と活動中である。


 演説が終わる。入れ替わりで登壇したのは女性だ。


「それでは魔族連合国家を代表して私からも挨拶を。元魔王リナ。今日はこの式典に呼んでいただき感謝する」


 シャルトラッハ王国と魔族連合国家。その和平が結ばれた五周年の記念式典だった。

 登壇者の右後ろには異世界勇者だけでなくこの国の王国も参列し、左後ろには魔族の長たちが参列していた。

 五年前に勃発した王国連合と魔族の戦争。その決着は両方の陣営が勝敗がつく前に群を撤退させたことにより終結した。

 そして直後に魔族側からは和平の交渉が持ち掛けられ、軍を削がれた王国側もそれを承知。様々な条約を互いに飲み込んだ上で条約が結ばれた。


 また、魔族に捕らえられていたにもかかわらず、洗脳など一切かけられないまま五体満足で解放された異世界勇者もこの条約に大きく貢献していた。


 その後少しずつ外交や貿易を始めながら人と魔族は距離を縮めていったのであった。


〇〇〇


「へへ~ん! おれっちがいちば~ん!」


 国の代表たちがあいさつをする広場から少し離れた街角の一角。祭事にかかわりのない子供たちが大勢で遊んでいた。魔族も、人族も関係なしだ。角が生えている子もいれば普通の人間の子供もいる。


「飛ぶなんてずるいよ!」


 かけっこの一環だったのか幼い子供たちが走っていた、のだが一人の、鳥の魔族の少年が背中にある羽で羽ばたき、あっという間にゴールにたどり着いてしまった。

 とたんに言い争い始める子供たち。そこを一人の女性が仲裁する。


「こらこら、あなた達、喧嘩しないの」

「だ、だって!」

「チェリシュ先生もずるいとおもうよね?」


 同意を求められた女性、チェリシュは呆れた顔をする。


「別にずるくないわ。遊ぶ前に決まりはみんなで決めたでしょう?」


 ええ~と騒ぐ子供たちをあやしながらチェリシュはぼやく。


「はぁ、クルルシアたちはいつ帰ってくるのかしらね……」

「クル姉様ならまだまだ帰ってこねえと思うけど」

「そうそう。こういう日はお馬鹿なな人が騒ぐだろうからね~。その取り締まりで忙しいと思うよ~」

「のんびり待つのが一番だぜ」


 チェリシュが声のした方向を見る。そこにいたのは二人の女性と一人の男性。男は獣人の耳が生えている。

 皆ほとんど同い年であり、五年前は子供だった四人だが無事に成長し、今は育ての親であるリナがやっていたような孤児院を悪魔喰いの生き残りと一緒に経営していたのであった。もっとも、スノードロップだけは死体故に昔の姿のままだが。


「ダンダリオン、スノードロップ、ジギタリス。買い出しは終わったの?」

「もちろんだよ~。ほら~」


 スノードロップが買ってきたものを見せながら自慢げに笑う。それにつられてチェリシュも笑顔になるのだった。


〇〇〇


「へへへ。何が犯罪のない都市だ。こんだけ町中お祭り騒ぎなら見つかる筈がねえだろ」


 人込みの多い出店通りで、一人の男がすれ違う人々からスリを繰り返していた。祭日ということもあり人も多く、そして一人一人の持ち金が多い。


 結果、ほんの少しの時間で充分すぎる稼ぎをした男はスリの手を止め路地裏に入り、戦利品の確認に入る。


「おお、今日は儲かったぜ……ん?」


 札束を数えていた男は足元に猫がやってきたことに気づく。が、猫は猫。気にするようなことではない。


 その猫がしゃべらなければ。


「おい。それは胴やって稼いだ金か聞いてもいいか?」

「な……喋ったってことは魔族か!?」


 とっさにお金をポケットにしまい込むと小さなナイフを構えて猫に対して牽制する。


「おい、クルルシア。いたぞ」

「わかってるよ~。全く、私がここにいるのに犯罪をするなんていい度胸だね」


 一体いつからそこにいたのか、一人の女性が男の首に腕を回す。クルルシアだ。


 昔していた黄色いスカーフはもうしていない。そして意思の疎通も【伝達】の魔法を使わずに声を出して行っている。


 そして一匹と一人はスリをしていた男からすべての金を回収し元の持ち主に帰すのであった。


「まったく。また面倒なことをしているものだ」

「いいでしょう? それとも町のお祭りでも楽しみたい?」

「馬鹿を言え。それならとっくの昔に離れている」


 正義の使徒との戦闘後、【狂獣化】を行い、死にゆくアクアに対し、クルルシアは使い魔のジャヌと同じように生命の共有を行った。結果、アクアは体を子猫にまで縮めたが今もこうして生きることができていた。


「ふふん。素直じゃないんだから。昔からかい?」


 一人の女性と一匹の猫は町の警備へと戻るのであった。


〇〇〇


「ねぇ、ソルト。今日の魔物狩りは終わり?」

「そうだな。もう気配はない」


 一組の男女が、町から少し離れた街道で出てきた魔物を駆除していた。


「いやぁ、助かるねぇ。お二人は町の冒険者かい?」


 魔物に襲われそうになっていた商人の男が礼を言う。女の方……シャルは笑顔で返す。


「ええ。そんなところです。それよりもおじさん。いくら町が近いからって護衛も連れないなんて危なすぎだよ」

「それだなぁ……ケチったつけがこう来るとはな」


 シャルの隣にいた男、ソルトも口を開く。


「今からでも町に戻って護衛を雇うことをお勧めしますよ」

「そうしますかな」


 商隊の進路を町へと戻す男。それを見送ってソルトたちも回り道して、魔物を狩りながら町へと戻る。


「魔物って魔族と人が仲良くしてても沸くのね」

「もう魔族の管理下じゃなかったらしいからな。どうにかできたなら五年前の和平の時になにかしらやっただろ」


 魔物の血を払いながらソルトはシャルの隣を歩く。


 二人は現在、王都に新たに作った孤児院の手伝いと冒険者を兼業していた。主な仕事は魔物の狩りや護衛。真っ当に冒険者として働いていたのであった。


 それもそうね、とソルトに返事をしてからシャルはあることを思い出す。


「そういえばリナさんが来てるんじゃなかった? 会わなくていいの?」

「リナ母さんか。式典もあるだろうしそれが終わった後に会うことにするよ」

「それがいいわね」


 彼らは家路をたどる。


「あ、ソル兄様帰ってきた」

「おかえり~」

「ああ、ただいま」


 出迎えてくれた子供たちに笑顔を振りまきながらソルトは思う。いつまでもこの家族を、この平和を守っていきたいと。


 勇者の力は失った。悪意も、助けを求める声も彼はもう聞くことがない。しかしそれでも問題が起これば、一つ一つ解決していく。何かの力に頼ることなく。時に話し合いで。ときに地道な作業で。


「ねえ、ソルト」

「なんだ?」


 子供たちをあやしながらソルトはシャルの呼びかけに応える。


「今、幸せ?」

「そんなの決まってんだろ」


 戦争の後、ソルトたちは新たな生きる道をそれぞれ見つけ、そこで生きていた。


 数多の命が散っていった中でも生き残った彼ら。誰もがその死を忘れることなく、それでも生きていた。


 もう神はいない。使徒もいない。悪魔もいない。彼らを狂わす因子はもう存在しない。


 故に彼らは道に咲く華のように、根深く、天高く。


「幸せだよ。だから俺はこれからも守り続ける。勇者としてでもなく英雄としてでもでもなくな」


 ただ一輪の華として咲き誇る。

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