探求編 最後の使徒
「対象、悪魔。命令【鈍れ】」
「はん!! めんどくせえ奴だ。俺様が多少鈍ったところでお前たちの方が遅いだろう!」
プレアの言霊が悪魔に降りかかる。しかしその程度では悪魔の動きは把握できる速度に落ちることはない。それだけ悪魔と彼らとの間には大きな力の差があった。
上空に逃げられることはないといえども、狭い結界の中、悪魔は縦横無尽に飛び回り、攻撃を繰り返す。
「ソ―ちゃん! セーラだけでもこの結界の外に出せる?!」
「大丈夫だ。けど悪魔の動きを止めてくれないとあいつも一緒に出る!」
魔力が切れ、回復に努めるしかないセーラをいったん逃がすためプレアは指示を出す。
ソルトの今張っている結界はあらゆるものの交信を遮断する。故に、誰かを外に出すのであればそれだけの穴を開けねばならない。
しかし、人ひとり通れる穴を開ければ悪魔もまた外に出ることができる。それだけは何としても彼らとしては防がねばならない。今の状態から外に出てしまえば悪魔は瞬く間に他の悪魔喰いや、敵である最後の使徒、【知恵の使徒】ラディンの命が奪われることは容易に想像できる。
「一瞬の足止めなら人形と」
「俺とで大丈夫だ! セーラを出してやってくれ」
セーラが倒れてしまえば悪魔の魔力が完全にナイルの体に定着してしまう。それはすなわち、悪魔の命の源の回復と言える。
だから、マドルガータとテイルは仕掛ける。
「人形劇五機【剣舞踏】」
「神届物展開・閃槍」
空中に動く人形たちが五体。様々な魔法属性を纏った剣を構え飛んでいく。同時にとびかかった、悪魔の足を持つテイルを援護する形で。
悪魔の足による、音すら、否、光すらも超えかねない速度の攻撃は唯一悪魔がまだ躱す手段がない攻撃だ。
「く……目が帰ってきさえすればぁ!」
当然まともに食らう。何度目になるかわからない風穴がナイルの体に空く。が、それも一瞬。穴はすぐさまふさがり完全なナイルの体に戻る。
「【勇魔大封】限定解除」
そしてその傷が治るわずかなタイミングでソルトは人ひとり分が通れる穴を作り、そこにプレアがセーラを投げ入れる。
「完了よ!」
「結界再展開、問題ない! 二人はどうですか!」
戦力外となった悪魔喰いのセーラを外に出し、結界を再び閉じるソルト。悪魔の足止めをしていた二人に声をかけるが
「問題はありません。けれど」
「こんなのどうやったら倒せるんだよ」
たった今腹にあけた穴も即座に修復が始まるナイルの体。すでに福は原形をとどめていないくらいにぼろぼろだ。だが見える肌は徐々に悪魔の体に置き換わりつつある。
「だから言っただろうがよぉ! いくら俺様の力を使おうと元は俺様のもの! 人が使ったところでもとの俺様に勝てるわけがねぇだろぉが!! ぎゃはははははは」
そして、悪魔の体の割合が増えれば増えるほど速度が上がっていく。そして同時に、悪魔の硬度も上がっていく。
テイルの突撃も躱せなくとも見切りはじめ、最初は体に穴を開けていた攻撃もかすり傷すらつけられなくなる。
「このっ!」
「もう見飽きたぜ。俺様の足は返してもらおうか。ぎゃはははは」
何度目かのテイルの突撃。しかし、今度は避けるどころか受け止められる。反撃として少年の胸に伸びる悪魔の手。
「させるか!」
とっさに動くことができたのはソルト。事前に悪意を感知していた彼は所持する剣をそのまま悪魔の手が伸びる場所に突き刺す。皮膚表面が固くなっていることもあり刺さることすらない、が、無事に腕の軌道をずらすことには成功する。
そしてそこにマドルガータの人形も割って入り無理やりにテイルを引きはがす。
「助かったぜ……ありがとよ」
「気を付けろ! あいつドンドン強くなっていきやがる」
決め手が欠け、ソルトたちはじわじわと追い詰められる。かといって逆転の方法が彼らの中に思い浮かぶわけでもない。
「つまんねえ奴らだな。邪魔する気もないなら消えてくれて構わねえんだぜ? ぎゃは」
「ちっ……」
誰の舌打ちかはわからない。しかし対人戦に特化していた悪魔喰いや、ソルトではどうしても悪魔に対して決め手に欠ける。
「なら私が邪魔します。私があなたに引導を渡します」
そしてそこに、さらなる人物が現れる。
「誰だ……? ぎゃははっははははは。お前から来てくれたのかよ。俺様の手間が省けて嬉しいぜ!」
「ど、どうしてここに……」
突然響いた打算者の声にソルトは驚く。ソルトの結界により外部からの侵入はできないにもかかわらずだからだ。
そして、さらに言うならばその声を、ソルトは知っていたし、この場所には来てほしくない人物だった。
「知恵の使徒ラディン。ただいま参りました」




