探求編 依り代
「これでいいですか?」
「ええ恐らく。前世も含めたら彼女が最年長になりますから。ナイル達も言いづらいものがあったのでしょう」
「そうでしたか」
シャルの治療を少し離れたところで見ながらソルトとマドルガータは話をする。周りには死体が転がっているためあんまりくつろぐことはできないがなんとか土でバリケードを作ってチェリシュの作業場所を作ったところだ。
「チェリシュにはもっと子供っぽくなってほしくて名前を挙げたんですけどね」
「あげた?」
「彼女のディベルテンテというのはもとは私の母語の言葉です。発音は多少違いますが意味は【喜び】。彼女にはもっと年相応に笑ってほしかった」
「なるほど……」
そうしているうちにチェリシュの動きが止まる。少女は治療を終えたらしくソルトたちの方を向いて微笑みかけ、そしてそのまま地面に倒れた。
「チェリシュ?!」
「チェリシュさん!!」
慌てて駆け寄ったソルトとマドルガータだが、どうやら疲れて倒れこんだだけのようで意識はしっかりとあるようだった。
「もう……無理……処置は終わったわ……あとは安静に……しておけば……」
「ありがとうございます!」
ソルトがシャルの体を見ると服を上からかけられていて怪我の部分は見えないが、顔色もよく、もう命の心配はなさそうであった。
それにクルルシアたちが暴れていたはずの方向からもすでに戦いの気配は消えていた。負けていればここに正義の使徒が来ているであろうことを考えればクルルシアたちが勝ったのだろう、と彼は考えた。
「これで全部終わったかな……」
「あら、終わっちゃったんですか~?」
安心が、言葉として出た瞬間だった。悪意でも、助けを呼ぶ声でもなく、何か不気味なものを感じてソルトは思わず武器を構え、シャルを庇う。
そしてそれはマドルガータも同じだった。人形を展開し動けないチェリシュを守るように展開する。
現れたのはナイル・パウラム。
「ナイル、神と会う準備はどうなったの?」
「ん~、それはもう大体終わってるわ~。あと一工程をのこしてるだけよ~」
にこやかに笑うナイル。だが、その笑みからソルトは恐怖しか感じなかった。
実力だけで言えば正義の使徒の方が怖かったかもしれない。だが、彼が恐れたのはその目。
遠山銀奈は自分の正義を信じて疑わず、果てには神に正義の使徒として認められた。その目にあるのは決して揺らがない【悪を許さぬ心】だった。
悪魔喰いの面々も程度は違うがそれぞれが望む者のために動いてきた。その目にあったのは【何があろうと目標を達成する志】だ。
クルルシアやソルトの他の家族たちも、自分たちを守るため、そして戦いの被害を少しでも抑えるため、そういった【何かを守る思い】があった。
しかし、しかしである。今の目の前にるナイルには以前は感じられた感情が一切感じられない。人を何とも思っていない瞳だった。
「あなたは……誰? ナイルではないでしょう」
「そう聞くってことは~感づいてはいるのね~。えらいわ~。もちろん【私】はナイルですよ~。もっとも、今の所有権は【俺様】にあるけどな。ぎゃはははは」
下品な笑いが返ってくる。だが目は笑っていない。
「その笑い……まさかお前、悪魔か」
「悪魔って……もともと魔王の部下だったやつか? でもなんで」
マドルガータに言われてソルトも過去を除いた際、魔王の幹部の一人に悪魔がいたことを思い出す。が、いきなりここに出てきた理由もわからない。
しかしマドルガータにもわからないようで答えてくれる様子はない。
「ぎゃはははは。なんでってそりゃ十年かけてゆっくりゆっくり支配させてもらったからなぁ。苦労したぜぇ。こいつ、地で頭良かったからな。何回出し抜かれたことか」
「出し抜かれ……いや、まさか……いつから……」
「いつからか、は俺様にもわからんぜ。俺様とこいつは混ざってはあいつに支配権を取り返されを繰り返してたからな。何かしようとしても無意識のうちにお前らに都合がいい選択させられるもんでびびったぜ」
「マドルさん、こいつは……魔王の部下だったんじゃないのか?」
ソルトの疑問。今目の前の存在は明らかにナイルに、つまり悪魔喰いの面々に対して悪意……はソルトには感じられないがそれに類似の感情で動いているのは間違いない。
「魔王の部下、ね~。そんな時期もあったか。ぎゃはははははは。まさしく黒歴史だぜ。それについちゃこたえてやんよ。魔王が俺の脳みそいじくりやがったのさ。俺は凶暴すぎるってな、せっかく神から体をもらったのにあれじゃあ力の半分もだせやしねぇ」
「神から……」
「ああそうだぜ? 何のためにお前らに俺の力を渡したと思ってるんだ? 駄神を倒すために決まってんだろ。そのために使徒を殺す。そのために力をお前たちに渡す。そしてついでに俺様もこうして元気に復活だ。例えば」
「ソルト君!」
「分かってます!」
「いただきます、だぜぇ」
とっさに、マドルガータがチェリシュを、ソルトがシャルを抱えてその場を離れる。それと同時に、バコン、という妙な音が響き、
地面もろとも消失した。
「これは……ミネルヴァの……」
起こった出来事を確認し、理解したのは、それと同じものを見たことがあったマドルガータ。だが悪魔は否定する。
「違う、俺様のだ。お前らに渡した【眼】も【口】も【鼻】も【魔力】も【腕】も【脚】も【耳】も【骨】も。そしてこの【脳】だって全部全部俺様のもんだ。我らが神が駄神を、その使徒を殺すために作った、な。ぎゃははははは。ま、人との共存をもくろんでたあの魔王はそんな俺を危険視して弱体化させてくれやがってよぉ。それで死んでんだから笑いもんだぜ」
ぎゃはは、と笑うその存在。だが、再び一歩踏み出したことによってソルトたちはさらに警戒を高める。
「お前の目的はなんだ」
問うのはソルト。頭ではシャルをどうにかして逃がす方法を考えていた。彼の本能は告げる。正義の使徒と同じくらいにはやばい、と。
「俺の目的? そんなん決まってるだろ。作られた目的は果たすのさ。こんな悪魔でもな。この地で死んだ数万人。さっきのそこのガキのおかげで少々足りなかった分も補充できた。その命を使って神に通じる扉を作る」
「神に?」
「ああ、神に、だ。俺が倒さなきゃいけねえのはそんな高尚な神じゃねえ。何万か命を贄に捧げりゃ会えちまうのさ。でもここで問題がまだあってなぁ」
悪魔の目が動く。その視線の先はマドルガータたち。
「いかんせん。この身体じゃちょっと戦力が足りねえんだわ。てことでお前ら。俺様の力を返せ」
「何となくわかってはいますが……その方法は?」
マドルが悪魔を睨みつける。同時にソルトに対して、悪魔から見えない位置にいる人形を動かして合図を送る。理解はできない、がチェリシュとシャルを指さしていたことから二人をまとめて逃がす算段がついたと判断。彼はしかるべき時に動けるように細心の注意を払う。
「なに、簡単だ。死んでくれりゃ全部俺のところに戻ってくる。この女の体にな。今戻ってきてるのは【脳】含めても【腕】、【口】、【耳】の四つだけだ。くれてねえ【皮】や【爪】があるって言っても流石にこれじゃあな。勇者もどきのガキの魂もいいかもな」
言葉の悪意がソルトに届く。同時にマドルガータがソルトに警告する。
「ソルト君、君はもう戦わなくていいはず。もう逃げてもらって構わない。ただそのついでにチェリシュも連れて行ってくれると助かります」
「残念ですけどそれは聞けません。あなた一人残したところでマドルガータさんが死んだら俺たちも追われる。それならここで協力しますよ。せっかくチェリシュさんが元気になりそうなのに、それを殺させるわけにはいかない」
「準備はいいかぁ? 行くぜぇ!」
ぎゃはははははっははははっはっはっははははははははははははははははははっははははっはははははははははははははははははははははっはっははははははははははははははっははははっははははははははははははははははははっははははっははははははははははっははははっはははははっははははっははははははははははははははっはっははははははははははははははははははははっはっはははははははっははははっははははははははははははははははははっはっはははははははははっははははっははははははははははははははははははっははははっはははははっははははっははははははははははははは




