使徒終結編 二対一
「遠山流秘伝十一の型」
「クルルシア!」
『分かってる。飛んでくるよ!』
「【裂石剣山】」
ソルトが去ったのちの正義の使徒とクルルシアたちの戦闘。それは苛烈を極めていた。ソルトが去った瞬間からクルルシアは雷を纏い、アクアも【悪魔の目】を発動させ、あらゆる行動の先読み及び回避を行い、遠山銀奈は魔力を一切使わないままにその二人に並ぶ技の数々を披露させていた。
今も銀奈が放ったのは踏み込みで地面を隆起させ、それを切り飛ばすもの。その速度はアクアたちをもってしても事前に察知できていなければ躱せない。
しかしアクアは【悪魔の目】による短時間の未来視を、クルルシアは心を読むことで回避できていた。
そして躱しきった彼女たちはもちろん反撃を開始する。
「神届物【疾風怒濤】」
跳んでくる岩を電光石火のごとく躱しきり正義の使徒へ切りかかるアクア。その手には左右一本ずつの剣。
『雷竜魔法【黒雷天槍】』
そしてそれを手助けするかのようにクルルシアの雷撃が飛ぶ。事実、アクアの移動の邪魔にならないように気を付けながら、空から雷の雨が降り注ぐ。
「はっ!」
剣の射程におさめたアクアが放つのは二本の突き。もちろんただの突きではなく、空気中の塵を集めて突いている最中にすら剣の長さが伸びるという極悪なもの。
だが、この目の前の女はそれでもやられてくれはしない。
「遠山流秘伝二の型『月映し』」
アクアの放った二つ突きをまとめて自身の後ろに受け流し、そのわき腹に肘での一撃をくらわそうとする銀奈。突きで伸び切った体に容赦ない一撃を入れる。クルルシアからの援護も銀奈は軽々と剣で弾いてしまっている。
しかしアクアは獣人。踏み込んだ足と突きにつかった手のほかにまだ一つ残っていた。
「ち……」
舌打ちをしたのは銀奈だ。
銀奈の肘を受け止めたのはアクアの長い尾であった。ぐるぐると銀奈の腕にまきつくようにして衝撃を受け止めるとアクアはそこを起点に受け流されていたアクアは体勢を整える。
「死ね」
至近距離で、しかも腕を尾で拘束している状態。受け流せはしない。容赦なく二本の剣できりかかるアクア。だがそれでも銀奈は躱す手段があった。否、攻撃をさせない手段があった。
「遠山流秘伝十の型。【狂嵐】」
『アクアさん! ひいて!』
銀奈が行動した瞬間にクルルシアの警告がアクアに届く。直後、銀奈はあいていた右手で剣を動かし地面と接着させる。
そして放たれるのは異様な騒音。ほとんど超音波のような攻撃でクルルシアにはほんの少し眉を顰める程度だが獣人の、感覚が鋭いアクアにとってはそれどころではない。
「ああぁあ!?」
なんとも言いようがない不快感と頭痛がアクアを襲い、そしてその隙を見逃す銀奈ではなく、
「遠山流秘伝」
『させないよ』
かといって、その隙をつくことをゆるすクルルシアでもなく。銀奈が構えた瞬間に上と前後左右に魔方陣を展開、五つの方向から雷撃をお見舞いする。しかし、それも足元の地面を蹴り周囲を隆起させ、前後左右からは守られ、上から来るかみなりは剣を避雷針代わりに投げるという曲芸で防いでしまう。
そして隆起させた地面は再び銀奈の攻撃手段となる。砕かれ、投げつけられるそれを躱しつつクルルシアはアクアのもとへたどり着く。
『耳は大丈夫かい?』
「まだなんとか……」
戦闘が続行できるだけの無事を確認して二人は再び行動するのであった。
〇〇〇
一方で、遠山銀奈もどうするか考えていた。
近接では同レベルの相手が援護ありで突っ込んでくる。だからと言って離れればこちらの攻撃手段は限られ向こうからは魔眼と雷が襲い掛かってくる。
それにもとから二対一。長期戦になればなるほど不利になる気がしてならない。
「使うか」
至極あっさりと、彼女は指を胸に突き立てる。そして人差し指はそのままずぶりと彼女の体の中に入っていった。
〇〇〇
「神届物をもう一度発動する。これでおそらくやつの速度は超える」
『わかった。合わせてみせるからすきなだけ動くとい』
思念の会話。それが唐突に切られた。アクアがまさかと思い確認するとクルルシアの腹に何かが貫通した巨大な穴ができていた。致命傷である。
「神届物【疾風怒濤】!」
とっさに自身の身体能力を強化する神届物を発動するアクア。だからこそだろう。飛んでくるものを躱せたのは。
悪魔の目と、身体能力を強化する神届物を使ってなんとか躱せたその一撃。それはただの投石だった。
「この状態での攻撃が見切れましたか。すごい身体能力です。悪にはなんともったいないことか」
「一体何を……あれか」
どんな方法で身体能力を強化したのかと疑問に思ったアクアだったがさっきまでの銀奈といまの銀奈の違いは一目瞭然であった。胸に、血が流れる穴が開いている。そこから薬物でも使ったのか、それとも体を活性化させるツボでもおしたのか。
どちらでも変わらない。とにかくクルルシアが感知して躱すよりもはやい攻撃を目の前の、ただの地球人は可能にしたのだ。
「私が地球にいたころよりも随分とおかしなことになっている」
「日進月歩、という言葉を贈りたいですが……我ら遠山家は悪を罰する家系。この程度のことができずして正義は名乗れませんから」
正義、正義とまるで呪詛のように繰り返す遠山銀奈。アクアは気味悪く思いながらも動きを見逃さないように【悪魔の目】を発動する。
しかし、一歩の踏み込み、それをアクアが視認した、と思った瞬間にはすでに銀奈は彼女の目の前にいた。
「地獄におちててください。悪よ」
そしてずぶりと、体を貫く音が響き渡った。
「な……ん……」
苦悶の声はアクアから……ではない。その体を貫く音が響いたのもアクアからではない。
声をあげたのは今まさに切りかかろうとした銀奈から。音源も銀奈の腹部から。
『これでシャルちゃんの分は返してもらったよ。銀奈ちゃん』
そこに立っていたのは完全に傷が癒えているクルルシアであった。




