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道に咲く華  作者: おの はるか
私たちは希望の道を諦めない
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使徒終結編 対正義の使徒

 ひゅーひゅーと、決してまともではない呼吸音が倒れたシャルの口から聞こえてくる。だが、ソルトは動けない。シャルを助けるためには目の前の遠山銀奈が邪魔である。


「どけっ!」


 剣を魔法で引き寄せソルトは銀奈に切りかかる。が彼女は半身を逸らすだけでそれを交わしカウンターに拳を叩き込んでくる。


「この程度……いや、この子に気でも使いましたか? 人殺しの分際で」

「ちっ、そんなんじゃねぇ!」


 後方に自分から跳び、拳の衝撃を流すとソルトは再度、今度は魔法も交えて攻撃を仕掛ける。

 簡単な魔法だが火の矢や氷の矢、さらに眼に見えない真空の刃も交えての攻撃。だがまるでどこを攻撃するかがわかっているかのようにかわしていく。火の矢も氷の矢も、真空の刃でさえも。


 涼しい顔をしながら銀奈は子供をあやすようにソルトに語り掛ける。


「ソルト君、でしたね。殺意が駄々洩れですよ。そんな攻撃手に取るように」

『そうそう、こういうやつは殺そうと思って攻撃しちゃいけないんだよ』


 が、銀奈の言葉が遮られた。かぶせるようにソルトたちの頭に声が響く。

 銀奈と相対するソルトは先に気が付いていた。が、銀奈がその存在に気が付いたのは彼女(・・)から蹴りを食らい、すでに吹っ飛んだあと。


『やあソルト。ちょっとぶりだけど元気?』


 首に黄色いスカーフ。長い茶髪はすでに帯電し、ぱちぱちと音をたてて戦闘態勢であることを伝える。

 そして、紫の瞳には静かに怒りを携えて。


 義姉。クルルシア・パレード・ファミーユである。


〇〇〇


「痛いですね……」


 遠くに吹き飛ばされた銀奈が立ち上がる。蹴りを食らった瞬間に同じ方向に跳んで衝撃を殺していたのかダメージを追っている風には見えない。


『あはは、さては人の痛みを知らないな』


 クルルシアは立ち向かうようにしてその少女に向けて歩み始める。と、同時にソルトの頭へ思考を伝える。


『ソルト、君たちは十分だ。あいつが正義の使徒でさえなくなれば私たちでも手の打ちようはある。だから君はシャルちゃんを早く診せに行ってあげて』

「私たち……? いや、わかった」


 一瞬疑問に思ったが胸を貫かれているシャルを思い出し急いで彼女のもとに向かう。そして「私たち」の意味も理解する。


「血は集めて置いた。吸血鬼ならこの程度では死なないはず。急いでチェリシュのところに行って」

「アクアさん……」


 水の魔法だろうか。地面にしみ込んでいたはずの血をアクアが回収してくれていた。宙に浮かぶ真っ赤な球体として。それを受け取りつつソルトはシャルを抱きおこす。


「シャル、大丈夫か」


 吸血鬼故か、本人が何かしらの魔法を使っているのか、穴が開いているはずの場所からはすでに血は流れていない。

 返事はなかったが多少動かしても失血がないことを確認すると、ソルトはシャルを背負い、走り出す。


「チェリシュは北の駐屯地を攻める手はずになっていた。恐らくそこにいる」

「ありがとうございます……あの、アクアさんたちは」

「私はお前の姉と一緒にあいつを倒す。使徒ではなくなっても私が憎む使徒に変わりはない」


 そう言うや、土魔法で地面から二本の剣を作り出すとクルルシアと銀奈の戦いに入っていく。その様子を見送ってソルトも北の駐屯地へ向かう。


「チェリシュの件、頼んだ」


 そんなアクアの声が最後、ソルトの耳に届いた。


〇〇〇


 そして、時間は遡る。


 ソルトが正義の使徒を魔王リナのところから連れ出し、魔王軍全体に撤退命令が出た丁度その時、人間の軍もまた、時を同じくして撤退命令が下っていた。


 こちらも司令塔は王族。下がれと言われて下がった兵たちだがその真意はわかっていない。なぜなら撤退していく敵をみすみす見逃したのだ。誰もが追撃を加えたかったことだろう。


 しかも撤退した後は特に動くことはなく、何人かの呼び出しがあっただけ。王族から新たに支持があるわけでもない。


「ふん、お主らは所詮人間の兵。数でいかに勝ろうと魔族に打ち勝つには決め手に欠ける」


 だが、撤退を指示したのは王族ではなかった。二人の使徒のうち一人【傲慢の使徒】。


 彼の目の前には数十人にも及ぶ人間が直立していた。ただの人間の兵にも関わらず魔族との戦場で活躍した猛者たちだ。しかし現在、全員に共通することは目に光がなく、さらに銀の腕輪を装着していた。いや、させられていたというべきか。


「だから、我が神届物の力を渡そう! 存分に使い、もう一度暴れてくるがいい!」


 場所は北の駐屯地。傲慢の使徒が人を操る【神届物】を使い、新たに軍を再編している場所。


 彼が集めたのは軍の猛者だけではない。とらえた魔族も強者と認めたら己の力で手駒にした。それだけに終わらず軍以外からも人を集め、強制的に能力を引き上げて自軍の力としていた。


 いかに攻撃を食らおうともその命が尽きるまで動き続け、ひたすらに【敵を殺し続ける】軍がそこには生まれつつあった。


「まったく、気持ちが悪い神届物ですこと」


 口を挟んだのは同じく軍の支持を出していた【希望の使徒】。その目には嫌悪をありありと浮かべている。


「ふん、さっきまでの戦いを見ていなかったのか。このままでは魔族に勝つのは厳しい。となれば我らが力を貸さねばなるまい。何のためにわたしが直接この身体で来ていると思っている」

「……しかたありません。しかし、戦いが終わればその神届物はすべて破棄しなさい。見ていて不快です」

「ふぉっふぉっふぉ。仕方あるまい。約束しよう」


 適当に【希望の使徒】の言い分を聞き流すと彼は目を向ける。魔王軍が撤退していった方向へ。


「全く、他の使徒共は一体何をやっているのか。わたしがいなければとっくにこの戦争は奴らの勝利ではないか」


 傲慢の使徒は初めから、人の中に、自身が強化した人間を紛れ込ませて戦闘を見ていた。しかしいずれの戦場も基本的には魔族が人よりも圧倒的に強く、その差を数でなんとか埋めていたのが現状だ。


 傲慢の使徒が強化を施していなければもっとひどい状態に追いやられていたのが彼自身想像できた。


 だが、やはり他の使徒からの連絡はない。暴食の使徒はソルトたちの妹を狙っている途中に通信が途切れ、博愛の使徒や堅固の使徒もつい先ほど通信が切れた。信仰の使徒など開戦する前にいなくなってしまった。

 決してしんみりする性格ではないが傲慢の使徒は物思いにふける。そしてその耳には外からの騒音が聞こえてくる。


「な、なんだ?! あれは」


 あれとはなんだ、と思いながらも兵士たちの視線を追う。それは空だった。はるか上空から何かが落ちてくる。


 空を飛ぶ魔族が特攻を仕掛けてきたのかと一瞬考えるがさすがに敵軍の真っただ中に一人で突入してくるほど強い魔族はいないし、そんな馬鹿なことをする魔族もいない。


 では悪魔喰いのだれかが突入してきたのか?と考えるがおちてくるものが視認できる距離になってそれも否定した。


 それは生物ではなく鉄の塊に見えた。爆薬の類だろうと判断し何人か人間を操作して結界を張らせる傲慢の使徒。だが、


「なに?」


 その鉄の塊に思えた物体は上空に張った結界をすり抜けた。そしてその結果は傲慢の使徒にあるものを想起させる。


 悪魔喰いの一人、チェリシュ・ディベルテンテの神届物【幽霊武器】。実態を持たず、脳に痛みの幻覚を与えるだけの非殺傷武器。


 剣や弓、果ては銃まで使ってはいたし、その攻撃にさらされれば傲慢の使徒の神届物による洗脳も解けてしまう。だが、いずれも小規模。王都での騒ぎの情報をすべて吟味しても機関銃や砲台が精々であった。何千も何万もいる場所にむかって攻撃しても精々数人の洗脳が解ける程度。


 当然、傲慢の使徒は落ちてくる物体を触らないように指示し、さらに離れるように指示する。爆弾であればその爆風波すべてを貫通して人体に疑似的ダメージを与えてくるのだ。正解である。


 それがただの爆弾であれば。


 それがチェリシュの使っていた神届物【幽霊武器】であれば。


「神届物【皆殺武器・原子爆弾】」


 チェリシュの口上は誰にも聞かれなかったし、異世界勇者でもない限りそんなものは知らなかっただろう。当然チェリシュの武器に殺傷能力が生まれていることも使徒は知らない。


 地形は変わらない。チェリシュの神届物の特性はすり抜けること。故にいかなる建物も被害はない。


 植物もダメージはない。彼女の神届物は脳を持つ者が相手出ないと効果を示さない。


 音もない。彼女の神届物は実体がない。故に空気を震わす爆音も爆風も起こることはない。


 残るのは疑似放射線による被害と、それによって与えられる【死】のみ。

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