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道に咲く華  作者: おの はるか
私たちは希望の道を諦めない
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正義の使徒編 折れた大剣を破壊せよ

「そやっ!」

「悪……切る……悪……切る……」


 ソルトが剣で仕掛け、正義の使徒、遠山銀奈が対応を余儀なくされる。彼の目的はもちろん銀奈が肩にひっさげた折れた大剣であり、正義の使徒本体と思われる代物。

 先ほど攻撃が当たりそうになった時も無理やりに守ったことから銀奈にとっての何かしらの弱点なのだとソルトたちは考えていた。


「巡る花。夜に散る王。命は還り再び命無きものに命を与えんがために舞い戻らん。【人形演夜】」


 そして攻めるのはソルトだけではない。シャルもまた地面から人形を作成し手数で攻める。勿論このほかにも常時上空から魔法の矢を射出する魔方陣も展開済みだ。


 使徒とはいっても銀奈が得ることのできる情報は簡単な魔力探知と二つの目からなる視界からのみ。この世界の通常な人物なら即刻諦める戦況である。

 なにせ上からは常に魔法が、下からは自分の腰ほどしか大きさのない無数の人形たちが、そして目の前には決して弱くはない少年が切りかかってくるのだから。特殊な能力を一つしか持たない彼女にとってそれが効かない相手というのはかなりの面倒であった。


 だが、彼女はこの世界の住人でも、ましてや通常の人物でもなかった。


「遠山流秘伝五の型【仙掌】」


 剣を持っていない左手で彼女は地面に対し掌で打撃を与える。魔力もない、だたの一撃。しかし、それが巻き起こすのは爆発の如き砂塵。

 ソルトの視界を潰すのはもちろん、上空の目からも逃れ、攻撃しにくかった人形たちは今の衝撃で吹き飛ばされている。

 そして、そこで彼女は終わらない。

「【仙掌】二撃」

「なっ」


 煙が晴れる前に、ソルトがその場から離れるよりも前に、シャルと分断されている間に一撃でも叩き込む。遠山銀奈はそういう人間であった。

 気が付けば周囲一帯がえぐれるほどの掌打を剣を手放したその両手で身体を内側から爆破せんと叩き込む。


 が、ソルトも攻撃が来るのはわかっていた。


(痛ってえ……)


 【悪意探知】によるものではなく今まで戦ってきた積み重ねからに由来する勘で。

 避けきることができないのも何となくわかっていた。だが、来ることが分かっている攻撃ならば耐えることはできる。魔力で衝撃を張って威力を減衰してもいいだろう。

 そうして彼はその身体を犠牲にして……


「?!」


 動揺したのは正義の使徒。殺すはずの二撃は確かに体に届いた。しかし彼女に伝わった感触は命を取ったものではない。精々が打撲程度。よくて内臓損傷。

 そしてさらに銀奈の両腕は彼女同様に剣を手放したソルトによって掴まれていた。


「捕まえたぜ。正義の使徒様。シャル!」

「無茶すんじゃないわよこの馬鹿!」


 そういいながらもシャルが遠くで展開するのは落雷の魔法。狙うは勿論正義の使徒の折れた大剣。

 だが、敵の狙いが分かっても両腕をふさがれた彼女に抵抗するすべはほとんどない。


『お。おい! 私に選ばれた正義の使徒よ! 我を守れ! 我を守らねば!』

「うるさい!」


 そうはいいながらも正義の使徒はなんとかソルトの拘束を振り払おうと抵抗するがソルトも全力でシャルの魔法の時間を稼ぐ。


「まあまあ、当たっても俺らなら死なねえよ。ぼろぼろのその剣がどうなるかまでは知らないけどね」


 にこやかにソルトはそう言い。時は来た。


「回れ針よ。刻めよ命を。熱を帯び、先を尖らせ、鉄を穿て。雷魔法【鉄滅刃】」


 上空から降り注ぐのはたった一本の光の筋。


 しかしそれは目的に特化した魔法。


 周囲の人物、たとえ現正義の使徒である遠山銀奈ですらも攻撃せずにただただ一点、折れた大剣を砕くことのみを目的とした雷の槍。


『や、やめろおおおお』


 ソルトでもなく、シャルでもなく、銀奈でもない声がその場に響く。しかし剣は自分で動けない。どんな意思を持っていようが飛ぶための魔法がなければただの的。


 寸分の狂いもなく雷は折れた大剣に直撃し、その熱で消滅させた。


〇〇〇


「く……あう……」


 剣が消滅し、力が抜けたのか銀奈の身体からも力が抜ける。それを確認しソルトは彼女から手を離した。


「シャル、どうだ? 俺からはもう何も感じないんだが」

「大丈夫ね。正義の使徒の魔力はもう完全にないわ」


 軽やかにとびながらソルトのもとへとシャルはたどり着く。今現在周囲に確認できる敵はいない。近寄ってきている二名は確認しているが敵意があるならソルトが感づくはずだ。ゆえに敵はいないと判断を下す。


 間違ってはいない。


 現在その場に近づいているのはソルトの義姉クルルシア。そして一時的に手を結んでいる【悪魔喰い】の団員アクア・パーラ。どちらもソルトたちに手を出す気がないどころか、味方だ。


 間違ってはいない。


 敵意を感知するソルトがいる限りシャルは敵意を持たない存在に目を向けていた。だがクルルシアとアクアはまだ直接視認できる距離ではなく、使い魔である蝙蝠を介して観察できるだけだ。そのうえこちらを攻撃する理由も当然ない。


 それに過去に他の人間を操りソルトたちと戦闘し、今まで遠山銀奈を操っていた存在、【正義の使徒】はまさしく消滅した。遠山銀奈ももとの、なんの加護もないただの人間に戻る。


 ここまでは間違っていなかった。


 そして間違えているものが致命的だった。


 一つに、折れた大剣に宿っていた【正義の使徒】が地球からやってきた少女に対して何も強化を施していない。おこなったのは強化ではなく拘束だった。

 召喚された瞬間に「男じゃないのか」と呟いただけの【怠惰の使徒】を迷うことなく、彼ら使徒が反応できない速度で折れた大剣を突き刺し、殺したのだ。

 ゆえに、剣に宿る正義の使徒は考える。このままこの少女を放っておけば欲望に忠実な使徒たちは全員殺される、と。


 だから弱体化させた。


 二つ目、遠山銀奈は確かに【正義の使徒】の精神汚染に侵されていた。


 しかし、それは使徒が困らないように無差別な攻撃を禁止するもので。この世界の人族にとっての悪を倒せ、というものであった。


 ではそれが無くなったらどうなるのか。


 もちろん、シャルたちの予測通りもとの人格に戻る。そこは間違っていない。


 間違っているのはその前提。その元に戻った人格は果たして通常の人間のそれなのか。


「なあ、こいつどうする? ここにほっとくわけにはいかないし」

「でもまだ使徒が残ってるし……私が使い魔で運ぼうかしら?」


 そんな会話の裏で倒れていた少女の意識は覚醒する。だが、眼を開けるなんてことはしない。冷静に理解を進めていく。


 ソルトたちが近づいてくる。苦しそうにうめきながら遠山銀奈は目を開ける。


「あ、目が覚めましたか? 気分はどうですか?」


 心配そうに聞いてくるシャルに対して銀奈は答えない。その目線はまっすぐにソルトに向かっている。


「ん? どうかされましたか?」

「あなた……」

「?」


 なにかを口ずさむ銀奈だったがソルトには聞き取れなかった。そのメッセージを読み取ったのはシャルのみ。吸血鬼の視力でその唇から読み取る。


「遠山流秘伝一の型」

「なに!?」

「ソルト!」


 驚きながらもとっさに後退するソルト。しかし、後ろに進む力よりも前に進む力の方が早い。


「【神貫(かみぬき)】」


 伸びてきたのは突き。武器も何も持たないそれだが明らかにさっきまでのわざと威力が違う。

 しかし武器を手放したソルトにそれを受けるすべはない。魔力の障壁なんてあっさりと破るだろう。


 ぐい、と腰のあたりを引っ張られるのをソルトは感じた。もともと後ろに進んでいただけあってその速度は上がりその魔の手から逃れる。


 引っ張ったのはシャル。ソルトの後ろに立っていたが、垣間見た銀奈の唇からいちはやく彼女の行動を予知し、ソルトを引っ張ったのだ。


 そして引っ張ったシャルの体は当然、ソルトとは逆方向へと動く。


 まさしく、その魔の手へと。


 ずぶり、と不気味な音を立て遠山銀奈の腕はシャルの胸を貫いた。


「よかっ……た……」

「シャル?!」


 そう言うとシャルは自分の胸から生える、自身を貫いた手に一瞥するとソルトに対しにこりとほほ笑む。


 直後、腕が彼女から抜き取られ、空いた穴からだくだくと血が流れだす。力なく倒れるシャルの体に駆け寄ろうとするソルトだったが目の前の女、遠山銀奈がそれを許さない。


「悪人は皆、その命を持って罪を償わせるんです。そしてその装置として私は生を受けました。たとえ、異世界に来ようとそれは変わりません。悪即斬です。知ってます? 悪即斬」


 彼女が呟いたその善悪の基準は至極単純であった。


『あなたは……人を殺しましたね?』


 そこに矛盾があろうとも。彼女自身が悪に染まろうとも。正義の使徒の呪いが消えようとも彼女はただただ悪を許さない。

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