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道に咲く華  作者: おの はるか
私たちは希望の道を諦めない
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正義の使徒編 正義に生きる少女

「ああ、そういうことか」

「こういうことでしたか」


 正義の使徒が神届物を発動した。その瞬間にリナと、ナターシャは全身から力が抜けていくのを感じる。魔力云々ではない。もっと根源的な力をすり減らされているかのような。


「前の使徒はこんな強力な神届物ではなかったが……さすが転移者といったところかな」

「悪……倒す……絶対に」


 正義の使徒が、その黒髪をたなびかせ突撃する。かろうじて魔力の障壁を作るリナだったが一撃で破壊されてしまう。


「くっ」

「無駄……悪のあなた達が私の前でできることなどなにも」

「リナ様!」


 振り下ろされる骨の剣。だが、それがリナに達する前にナターシャが指先から出した糸でリナを引っ張り事なきを得る。


 そしてリナもただ引っ張られるだけではない。勢いを加速させるために正義の使徒に向かって氷と水の魔法をぶちまける。


「ちょこざいな……」


 氷だけを剣で弾き、水はそのまま身体強化で流されないようにする正義の使徒。当然ダメージはない。


 が、それだけでリナの魔法は終わらない。ゴロゴロと外から音が響く。その音に銀奈が気づいた時にはもう遅い。


「雷魔法【落雷仙】 詠唱省略だが受け取ってくれるとうれしいね」


 部屋の天井ごと、空から降理注ぐ雷が正義の使徒を貫く。


 避けようにも周囲はすでに水浸し、そのどこかに当たるだけでたちまち雷が地を這い使徒に襲い掛かる。しかも足裏の水だけは凍らして動きを阻害するおまけつき。


「ぐ、ああああああああああ!?」


瓦礫と落雷が使徒を襲う。


〇〇〇


「やりましたか……?」

「これでやれてればバミルとワーリオプスの二人は負けてないね。それに……どうやら何かルールがありそうだ」


 がらりと、がれきの下から使徒が上半身を起す。服こそぼろぼろになってはいるがその体に対するダメージは軽微だ。


「悪のくせに……悪い奴のくせに……正義に逆らうな……」

「銀奈ちゃん、君は悪と正義をどうやって見分けているんだい? なにごとも味方によっては正義も悪も入れ替わるものだ。何をもって君はその力を使っている? 先代の使徒は人の敵であればその力を増していたが君はそれに比べると強力すぎる」


 魔法が効きづらいことを見て、少しでも情報を聞き出そうとするリナ。正義の使徒は立ち上がり律儀に答える。


「私が……基準……そこに貴賤も曖昧もありません。万引きも悪いことです。詐欺も悪いことです。暴力もわるいことです。恐喝も悪いことです。横領も傷害も悪いことです」

「ん?」

「強盗も放火も強姦も許されざることです。誘拐も拉致も監禁も悪いことです。人を馬鹿にするのも侮辱するのも悪いことです。当然殺人も悪いことです」


 そして続く。リナが予想する最悪の基準を。

「ま、まさかだけど君……」

法律(・・)を守らないのは悪いことです。」


 法律は人が生きていくうえで欠かせないものであり、当然この世界にも一定水準の生活ができるように、市民の生活が脅かされない程度には整備されている。


 しかし、リナが知る前の正義の使徒は自分の知識を依り代にしていた。この世界で育ったものならばともかく明らかに日本人顔の少女は転生者ではなく転移者。この世界の法律を知っているはずがない。


 では、彼女が言った法律は……


「まさか……まさか君、日本の刑法(・・)を基準にしてるんじゃないだろうね!」


 ばかげている、とリナは思う。異世界と日本では命の重さも、犯罪の価値基準も大きく違う。この世界に日本の刑法を持ち込めばほぼ全員が犯罪者になるのは想像に難くない。


 だが、同時に納得がいく。例えば殺人。日本で行おうものなら重大な犯罪扱いだがこの世界では喧嘩や戦争で簡単に他人の命を奪う機会がある。(正当防衛を入れてもらえれば少しはましかもしれないが……)


「ええ、そうですよ」


 そしてその懸念は肯定された。


「君みたいな若い子がなんで刑法を網羅しているのかはわからないけれど……それじゃあ最後にこれも聞いていいかな……」

「何でしょう? 最後です。答えましょう」

「魔物の殺害は動物虐待になるのかな?」

「入ります」


 この世界で冒険者でありながら魔物を殺したことがない人物などいるわけがない。日々の食糧。依頼。討伐で一体いくつの魔物を殺していることか。

 リナは勝つことを諦めた。


 再度、正義の使徒の剣がリナに向かう。だが今回はもう逃げられない。ナターシャが糸で動きを妨害しようとするがその動きも弱体化されている。使徒を狙った糸は簡単に避けられ瞬きする間もなくリナに肉薄する。


「さようなら。最後の魔王様」


 剣が振り下ろされる。ナターシャが叫ぶがそれに意味はない。あっさりと使徒の剣は魔王リナの体を切り裂く。


「ちょっとまったあああああ」


 壁からソルトが現れ、剣を投げつけなければ。


〇〇〇


「っ?!」


 頭を狙っての投擲に銀奈は攻撃をすぐさま止め、回避する。頬に切り傷を負うがそれだけで済んだのは使徒としての身体能力のたまものだ。


 そしてそのまま後ろに倒れるようにしながらリナたちから距離を取ると乱入者に対して敵意を向ける。


「ソルト……前魔王の息子……。悪そのもの! 神届物【我、正義を」

「させるか! シャル!」

「準備はできてるから動きを止めて! 【詠唱停止】」


 使徒の、銀奈の足元に魔方陣が現れ、途端に神届物の詠唱が止まる。いや、止められる。口が動かないのだ。


 魔方陣に原因があると判断し、即座にそこから離れようとする正義の使徒。踏み込み、距離をおこうと行動するが


「な!?」


 踏み込んだ場所に別の空間が広がっていた。


 抵抗する間もなくその空間に落ちていく使徒。それはソルトが準備した空間転移の魔法。行先を決めたのはソルト。


 シャルがおいかけてその空間にはいる。ソルトも追いかけるため、穴に近づき、入る前に、リナの方へ振り替える。


「なあ、リナ母様」

「なんだい?」


 いつもと変わらず優しい口調で尋ねるリナ。


「俺は魔王になりたいわけでも、リナ母様たちを犠牲にしたいわけでもないんだよ……。神様たちの戦いだってそこまで興味があるわけじゃないんだよ。使徒の人たちだって殺しあいたいわけじゃない」

「そうか……じゃあ、君は何を目指すつもりなんだい?」


「何度も言ってる。俺がなりたいのは英雄(・・)だ。神様に与えられたものとかそんなのじゃない。ただ単純に周りを守れる、そんな存在になりたかい」


 そしてソルトも穴に飛び込む。正義の使徒がいるその場所へ。のこされたリナはしんみりと呟く。


「変わらないね……ほんとに」

「リナ様……追いかけますか?」

「いや、私たちじゃ行ったところで弱体化が効きすぎる。私たちはこちらの戦争を終わらそう」

「殲滅ですか?」

「いやいや、まずは休戦かな。全魔族長に連絡して。一時間以内に所定の位置まで後退せよ、と」

「御意」


 そして全身を細かい蜘蛛にして戦場に散っていくナターシャ。それを見送ってからリナは再び呟くのであった。


「なってみせなさい。英雄に」

 

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